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第8章 これからの二人、そして恋の証明


 わたしは今、王都の正門前に立っている。

 頭上にはくっきりとした青空が広がり、春の風が街道の石畳を優しく撫でている。やがて門衛の兵士たちが「通行の許可を」と声をかけてくるけれど、正直、胸の内は落ち着かない。

 ユリウスの手を握りしめながら、わたしは覚悟を決めて門をくぐる。


「エリザ、無理してないですか?」


 隣で声をかけるユリウスが、少し不安そうにわたしをうかがっている。その瞳に宿る揺れは、たぶんわたしと同じ。緊張と決意と、あと少しの怖さ。でも、わたしはしっかり笑ってみせる。


「大丈夫ですよ。あなたが隣にいるから平気です」

「そっか……わたしも、あなたがいてくれて心強いです」


 ユリウスはほんのわずかに微笑み、再び視線を前に戻す。王城の尖塔が高くそびえ、長い石の回廊がずっと先まで続いている。そこには貴族の兵士やら使用人やらが行き交い、どこか張り詰めた空気が漂っている。わたしは王城で育ったわりに、ここへ戻るのは婚約破棄以来だから、いろんな思いが去来する。


 後ろからはセシリアと、助っ人として同行してくれたルカがついてきている。セシリアは相変わらず「何かあればすぐ手を貸しますよ」という頼もしさを漂わせているし、ルカはルカで「こういう場、意外と燃えますね!」と陽気に言っている。

 わたしにとっては彼らの存在は心強いが、同時に王都の空気には敵意も渦巻いているはずだ。とりわけ、王太子派――。


「ユリウスさま……無事に話し合いで済むといいんですけど」


 わたしが声を落とすと、ユリウスは小さく息をつく。


「こればかりは分かりません。向こうも、わたしたちをただ呼んだだけじゃないでしょうから。……でも、やられる前にきちんとこちらから話すつもりです。あなたを騒ぎに巻き込む形にはなってしまったけれど、本当にごめんなさい」

「いいえ、わたしこそ。あなたが背負っている大事な問題なんですもの。わたしも一緒に立ち向かいます。……それが愛する人を守るってことでしょう?」


 わたしが少し照れ交じりに言うと、ユリウスは聞こえないほどの声で「ありがとう」と呟いた。

 するとセシリアが「よーし、参りましょう!」と声を張り、まるでお祭りにでも行くかのように先導してくれる。その背中を追って、わたしたちは王城の玄関を抜け、奥深くにある謁見の間へと向かう。


 大広間には冷たい光が差し、天井のステンドグラスが淡く青い影を落としている。わたしは見覚えのある床の大理石の模様を見つめつつ、かつて婚約破棄を宣言された場所だと思い出す。

 あのときは、むしろ解放感を覚えた。

 だけど今は違う。

 ここでわたしたちは、ユリウスとわたしにかけられた汚名を晴らすための“戦い”に臨まなければならない。


「やっとお出ましですか、ユリウス殿。平民上がりの外交官としては、随分図々しい態度ですな」


 鼻につくような声が響く。わたしがそちらを向くと、そこには明らかに敵意を隠そうともしない壮年の貴族が立っていた。王太子派の有力者らしい。周囲にも、彼に同調している一団が並び、こちらを鋭い目で睨んでいる。張りつめた空気が広間を包み込む。


「勝手に辞令を無視し、しかも王太子殿下の元婚約者と不埒な関係にあるとか。何とも放蕩な男ですな?」


 彼はユリウスを見下すように言うが、わたしは思わず一歩前へ出る。


「関係とは何です? わたしは本人の意思で婚約を破棄し、ユリウスさまと対等な立場で行動を共にしています。あなた方が勝手に“不埒”だと決めつけるのは、筋違いでしょう」


 ピシャリと言い切ると、貴族の一団は露骨に顔をしかめる。視線がわたしに向けられ、ひそひそと囁きが交わされる。きっと「生意気な女だ」とでも言っているのだろう。


「言葉遣いにお気をつけください、エリザベートさま。あなたは元婚約者でもあったのですよ。公爵家としての立場を弁えるべきでは?」

「公爵家だからこそ、自分の意志で物事を判断できると思っています。わたしはあなた方と違って、名門の体裁や虚飾の慣習に押しつぶされるのはもうごめんですので」


 わたしがきっぱり言うと、貴族たちはさらにひそひそ声を強める。「生意気だ」「育ちがなっていない」「王太子殿下に泥を塗る気か」といった陰口が聞こえてくるが、そんなもの痛くもかゆくもない。

 実際、泥を塗ったのは誰なのか、わたしはよく知っている。


「お静かに。ここは王宮だ。勝手な私闘をする場ではないぞ」


 場を仕切るように出てきたのは、かつてわたしと政略婚を結ぼうとしていた王太子……ではなく、その側近にあたる重臣。王太子本人はまだ姿を見せない。裏で何か手を回しているのか、わたしたちを先に追い詰めるつもりなのか。

 ユリウスはわずかに首を振り、冷静な口調で口を開く。


「わたしに対する辞令の件ですが、今回の呼び出しは“誹謗中傷の真偽”を確かめるためと聞いています。どうか、きちんと場を設けていただきたい。わたしは逃げも隠れもしません」


 ユリウスの声は通る。普段は無口だが、一度決心すると堂々と話すところが彼の魅力だ。重臣は渋い顔をして、「ならば裏付けとなる証拠を示してもらおうか」と返す。

 わたしはそれこそ待っていましたとばかり、セシリアと目で合図をする。セシリアは鞄の中から書類の束を取り出した。


「ここにあるのは、隣国との交渉におけるユリウスの正当な実績。そして、当時彼にかけられたスキャンダルが“事実無根”であった証拠です。関係者の証言や手紙の写しなど、いずれも正規の手段で得たものですよ。どうぞ、ご確認ください」


 周囲の貴族が「何だと?」とどよめき、重臣たちは思わず書類を受け取って目を通す。

 ペラリ、ペラリとめくる音が大広間に響く。ユリウスへの濡れ衣がいかに根拠を欠いていたか、これで表に出るはずだ。


「そもそも、ユリウスさまは“女をたぶらかして交渉を失敗させた”なんて事実はありません。逆に、貴族側が自国の利益のために、彼をスケープゴートとして利用したのです。あなた方はそういった悪意を知りながら、ここまで公表せずに誹謗だけを広めてきたのでは?」


 わたしがきつい口調で尋ねると、王太子派の貴族たちはあからさまに顔を引きつらせる。中には声を荒らげる者もいるが、「デマだ」などと反論できる材料がないらしく、ただどもっているだけだ。

 重臣の一人が書類を乱暴に閉じ、声を張る。


「しかし、問題はそれだけではあるまい。ユリウスは勝手に辞令を破り、勝手に女を連れ回し……王太子殿下の元婚約者であるエリザベートさまにまで手を出している。倫理的に許されないのではないか!」


 わたしはその言い草に腹が立ち、思わず声を荒らげる。


「『手を出している』なんて言い方をしないでください。わたしたちは互いの意思で好きになり合っている。王太子殿下とはもともと政略結婚だったに過ぎない。それを、あたかもユリウスさまが“王家を裏切って誘拐でもした”かのように表現するのは滑稽です」

「そ、それは……!」

「第一、わたしが王太子殿下に愛されたことなんてありませんよ。家柄に縛られた、“国の道具”として扱われてきたんです。あなた方はそれを黙認し、わたしを利用しようとした。それを今になって“裏切りだ”なんて責める筋合いはありません」


 言い放つと、敵対する貴族たちは言葉を失い、さらに騒然とする。するとそこへ、厳かな声が響いた。


「……面白いじゃないですか、その言い分。ならば、本人を呼んで直接対決と行こうじゃないか」


 空気が変わる。振り返れば、大きな扉の向こうから王太子が歩み出てきたのだ。

 わたしは息をのむ。かつての婚約者。政略と体裁だけで結ばれていた男。わたしに婚約破棄を言い渡し、わたしを解放してくれた張本人でもある。


「エリザベート、ひさしぶりだね。婚約破棄以来、こんな形で再会するとは思わなかったよ」


 王太子はどこか余裕の笑みを浮かべている。けれど、その瞳の奥には猜疑と苛立ちが渦巻いているのが見える。わたしはきっぱりとした声で挨拶を返す。


「わたしも驚きました。あなたが、ユリウスさまを嵌めるために裏で動いているなんて噂を耳にしていましたから」

「ふん、裏で動いてたかどうか、決めつけるのはまだ早いんじゃないかな。あいにく、わたしはそこまで暇じゃない」


 王太子はわずかに肩をすくめる。周囲の貴族たちは緊迫した空気のなかで「殿下が不機嫌だ」とひそひそしている。そんな視線をものともせず、彼はユリウスをまっすぐ見据える。


「ユリウス=ヴェルナー。お前は本当に、王国に必要な存在なのか? 噂によれば、お前は外交先で数々の失敗を重ね、女性関係で不祥事を起こしたとか。エリザベートに近づいたのも、自分の野心を満たすためじゃないのか?」


 冷たい問いかけに、ユリウスは視線をそらさず答える。


「わたしは……リュエル王国の外交官としてずっと働いてきた。これまでに築いたつながりや成果がある。それを踏みにじろうとする人がいるなら、事実を突きつけるだけです。わたしはあなたや誰かの“道具”になるつもりはない。たとえ王太子殿下であろうと、理不尽な中傷でわたしを排除しようとするなら、全力で拒否する」


 はっきりと言い切るユリウス。その強いまなざしに、王太子はほんの一瞬息を止めたように見えた。

 わたしの胸は高鳴る。これまで“誰かに合わせる”生き方をしてきたユリウスが、今はこんなにも毅然とした姿勢を取っている。


「ふん……随分と強気じゃないか。だが、そう簡単にはいかない。お前は王家に歯向かうのか?」


 王太子が皮肉めいた笑みを浮かべる。わたしは耐えきれず、口を挟む。


「歯向かうも何も、王家と仲良くしたいからこそ真実を明かしているんです。王太子殿下がわたしを政略の道具にしか見なかったことも、ユリウスさまへの捏造スキャンダルが広まった裏にも、関与している貴族たちがいるはず。そこを隠しておいて、彼だけを悪者に仕立てようという魂胆が見え透いています」

「黙れ、エリザベート! お前は婚約を破棄された身で――」

「破棄されたからこそ、今は自由です。そうして、わたしは自分の意思でユリウスさまを愛しています。それに文句があるなら、はっきり言えばいい。あなた自身が、どういう気持ちなのか」


 わたしの強気な態度に、王太子は怒りをこらえるように拳を握りしめる。周囲の廷臣たちは「殿下、落ち着いて」と宥めようとするが、彼は制するように手を挙げた。


「……つまり、お前たちは“恋愛関係”にあると公言するわけだな? そして、お前は騎士団訓練の経験を持ちながら外交官となったユリウス=ヴェルナー……どこの馬の骨とも知れない男を王族に近づけている。王国の体面を汚していると、そう言われても仕方ないぞ」


 彼の苛立ちが声に滲んでいる。まるで“本当は渡したくなかったものを奪われた”ような複雑な表情だ。わたしは軽く眉を下げながらも、決意をにじませた笑みを向ける。


「王族に近づく? いいえ、あなたが放り出しただけでしょう。政略結婚を一方的に破談にしてくれて、むしろありがたかったんです。おかげでわたしは自分の意思で人を愛する喜びを知りました。今はその喜びを堂々とここで示しているだけです」

「エリザベート……!」


 王太子の顔が悔しさとも嫉妬ともつかない感情に染まり、声が震える。周囲の貴族たちがざわつき、空気が一層ピリつく。でも、わたしは胸を張って言葉を続ける。


「あなたは本当にわたしを大切に思っていなかった。それが事実でしょう? そんなあなたに、わたしの恋をとやかく言う権利はない」


 その一撃が効いたのか、王太子は何も言えなくなる。すると、ほかの貴族たちが「殿下を侮辱するのか」「なんという無礼」とわめき始める。わたしは耳を貸さず、ユリウスの手を少し握りしめる。彼が小さく頷いたのを確認し、再び声を上げる。


「わたしはもう、この国の古い体制や、貴族同士の利害だけで動かされる生き方に縛られる気はありません。ユリウスさまは平民出身だろうと、優秀で思いやりがあって、人を助ける力を持っている。リュエル王国にとって貴重な存在です。あなた方が彼を排除しようとするなら、わたしは皆さんに問いたい。そんなに優秀な人材を失うほど、この国は豊かで余裕があるんですか?」


 ピシリ、と空気が凍る。

 さすがに衝撃だったのか、王太子派の面々が声を失い、顔を見合わせる。なかには「確かに、最近の外交成果はほとんどユリウスが牽引している」と陰で認める声もある。わたしは畳みかけるように言う。


「それに、わたしはあくまで公爵家の令嬢。わたしがここまではっきり物を言うことに、それなりの重みがあると思いますよ。もしわたしを無視して彼だけを処罰するなら、公爵家の名誉を傷つけることになるのでは?」

「ぐ……!」


 王太子派の貴族たちは明らかに押し黙り、視線を泳がせる。体裁ばかり気にする彼らにとって、公爵家との対立は得策ではないのだ。わたしがにこりと笑うと、そのすき間を突くようにセシリアが書類をさらに差し出し、「ほらほら、ここもどうぞ」とにやりとする。王太子派の目論見は完全に狂い始めているようだ。


 しばらく沈黙が続き、居心地の悪い空気が漂う。すると、王太子が深く息を吐いて、わたしとユリウスを見て呟いた。


「……そこまで言うなら、認めるしかないのかもしれないな、お前たちの言い分を」


 貴族たちが一斉に「殿下!」と制止するが、王太子は手を挙げてそれを押し留める。顔には痛みの色が浮かんでいるが、どこか吹っ切れたようにも見える。


「正直に言おう。わたしはエリザベートの存在を道具だと思っていた。政略上のメリットが大きかったから。だが、そういう生き方に疲れたのは、お前だけではなかった。わたしもまた、形ばかりの婚約に嫌気が差していたんだ」


 王太子の声には微かな弱さが混じっている。わたしはその表情を見て、初めて彼の本音が感じられた気がする。無表情ではあったが、わたしとは違う形でずっと国の義務に縛られてきたのかもしれない。彼は視線を落とし、苦笑のようなものを浮かべる。


「だからこそ、一方的に破棄なんてまねをして、逃げた。……結果として、お前を自由にしてしまったが、そこまで行動力があるとは思っていなかった。ましてや平民出身の男に惹かれるなんてね。まったく想定外だ」

「……そうかもしれません。ですが、想定外であっても、わたしたちは今を生きています。どうか、邪魔をしないで」


 わたしがはっきり言うと、王太子は口を結んで黙り込む。その横で貴族たちが「殿下、どうか」と困惑するが、王太子は重々しく頭を振った。


「もういい。確かに彼らの主張は理にかなう部分がある。あとは、こちらも体面を守るために収拾を図らねばならない。……ユリウス、お前は引き続き外交官として働き、リュエル王国のために成果を出せ。過去の疑惑を蒸し返す者がいるなら、わたしが直接処罰してやる」


 言いながら、王太子は苦そうに唇を噛む。「処罰してやる」という言葉には棘があるけれど、少なくとも彼の口から“お前を認める”という趣旨の宣言が出たのは大きい。

 周囲の貴族たちが「殿下、それでは――」と動揺するのを尻目に、王太子はさらに続ける。


「もっとも、“公爵令嬢を自由にしてしまった”責任はわたしにもあるし、あえて言えば……少しばかり悔しい気もある。お前らが輝いているのを見せつけられるのは面白くないからな」


 皮肉を含んだ声音だけれど、妙に空々しくもなく、本音が混ざっている気がする。

 ユリウスは深く礼をし、静かな口調で答える。


「ありがとうございます。もし本当にそうしてくださるなら、わたしはこの国のために全力を尽くしましょう。平民出身だからといって卑屈になるつもりもない。わたしは外交官である前に、一人の人間ですので」


 それを聞いて、王太子はわずかに顎を引き、視線を伏せる。「分かった」とだけ言い、踵を返して大広間を後にしていく。残された王太子派の貴族たちはしばらく顔を見合わせていたが、結局、殿下に背くわけにもいかず、あれこれ不満をこぼしながら散っていく。

 わたしはその様子を眺めながら、ようやく肩の力を抜いて安堵する。ユリウスもまた、ふうっと静かに息をついた。


「……ありがとう、エリザ。きみがいなかったら、わたしはずっと王太子派の人形のままだったかもしれない」

「そんなこと……わたしこそ、一緒に闘えてよかった」


 わたしたちは見つめ合い、自然と笑みがこぼれる。

 ルカが「うひょー、勝利ですね!」と鼻息荒く喜んでいるし、セシリアも「お嬢様、お疲れさまでした」と微笑んでくれる。

 わたしも胸が熱くなる。この大広間で受けた婚約破棄がすべての始まりなら、今のわたしたちは“本当の自由”を手に入れたと言えるかもしれない。



 その翌日。謁見の間での大騒ぎが嘘のように、王都は穏やかな晴天に包まれている。わたしとユリウスは、正式な形で王宮から辞令を与えられた。

 辞令――つまり、ユリウスは外交官として正式に“王室補佐官”の地位を得て、わたしは彼の“補佐パートナー”という形で行動をともにできるようになる。これまであいまいだった立場が、公にも承認されたのだ。

 王太子は「ふん、好きにしろ」と吐き捨てるように言っていたが、それでもわたしたちを強引に排除しなくなっただけ大きな進歩だろう。見方を変えれば、あの人も少し肩の荷が下りたのかもしれない。政略結婚という重圧から解放され、わたしと完全に別の道を歩むことに納得した――少なくとも、今はそう感じられる。


「あとは、わたしたちの働きぶり次第ですね。今後の外交案件で成果を出さないと、また何か言われるかもしれません」


 ユリウスが穏やかな声で言う。わたしは頷きながらも、彼の手を握って笑ってみせる。


「それなら心配ないです。わたし、こう見えて公務の経験は豊富ですよ。書類仕事も通訳みたいな仕事もできるし、どんな雑務も引き受けます」

「頼もしいですね。じゃあ、一緒に行きましょうか。隣国の大使が来る予定、たしかもうすぐ……」

「はい。わたしが段取りをチェックしますね」


 ふたりで顔を見合わせ、くすりと笑う。このやりとりがすごく自然で、“当たり前”になりつつあるのが幸せだ。かつては遠巻きに避け合っていたわたしたちが、今は互いの心を通わせて、支え合う準備までしている。思わず胸が暖かくなる。


 セシリアはそんなわたしたちを見て「いいですね、まるで新婚みたい」とからかってくる。

 ルカも「あ、これは後日“結婚式”っていうスケジュール組まないといけないですね!」なんて言い出すから、わたしは慌てて「やめて!」と返す。

 でも、心の底ではまんざらでもない気持ちが湧いてきて、頬が熱くなってしまう。


「あ、あの、ユリウスさま……わたしとの今後のこととか、考えています?」


 顔を赤らめながら聞くと、彼も少し顔をそむけて耳を赤くしている。

 なんて可愛いんだろう。この人が王宮であんなに凛として戦っていたのに、わたしの前ではこんな表情を見せる。それが愛しくて仕方がない。


「……わたしは、今すぐ結婚とか言われたら心臓がもたないですけど、それでも……いずれは。あなたが嫌でなければ」

「嫌なわけないです。むしろわたしの方が喜びますよ?」

「そ、そうですか……じゃあ、いつかちゃんと、きみに“それ”を申し込む日が来るのかな」

「いつでも待ってます。わたしはあなたの隣にいるのが当然だと思ってるんで」


 そんなやりとりを交わすだけで、わたしは心が弾む。

 何があっても離れない、とあの日小庭で誓い合ったように、わたしたちは互いを必要としている。

 政略も貴族の体裁も関係なく、ただの“ユリウス”と“エリザベート”として愛し合う。

 こんな日が本当に来るなんて、少し前までは夢にも思わなかったのに。


 わたしは馬車に乗り込み、書類を確認しながらユリウスと細かい打ち合わせを始める。これから向かう隣国の大使は、あまりにもルールに厳格な人だと聞いているが、わたしとユリウスが揃って交渉に臨めばきっと大丈夫。それに、セシリアもいるし、ルカもやたら張り切っている。


「いやー、おふたりの連携は見てて気持ちいいですよ。お仕事面でも夫婦漫才みたいに息が合ってるし」


 ルカがおどけて笑うから、わたしは「夫婦漫才て!」と突っ込んでしまう。でも、ユリウスも「そう言われるなら、これからも息を合わせましょう」と嫌じゃなさそうな顔をしている。

 そんな調子で揺れる馬車のなか、わたしは書類を抱えつつ、ほのかな幸福感を噛みしめる。


 ――このまま、この国と隣国の外交がうまく進めばいい。王太子派からの嫌がらせも少なくなり、ユリウスが自分の力を発揮できる舞台がどんどん増えればいい。わたしはその横で、彼を支えつつ、ときには笑い、ときには困難を一緒に乗り越える。そんな未来が想像できる。


 馬車は王都の大通りを抜け、やがて城壁の外へ。旅立つ前のわくわくする気持ちと、堂々と手を繋げる幸せを感じながら、わたしはユリウスの方に視線をやる。彼もまた、同じようにこちらを見ていて、小さく微笑む。


「さあ、出発ですね」

「はい。お互い、頑張りましょう」

「ええ。あなたと一緒なら、何だってやりとげられそうですよ」


 わたしが冗談めかして言うと、彼は少し照れたようにうつむき、手の甲を軽く握り返してくれる。わたしはその温もりに、改めて深い愛情を感じて胸が満たされる。どんな困難があっても、わたしたちはもう同じ道を歩んでいくのだと確信する。


 頬をなでる優しい風と、石畳を転がる車輪の音が心地よく混ざり合う。わたしは窓の外に広がる景色を眺めながら、幸せな予感を頭の中で巡らせる。


 ユリウスが車内で書類を整理しながら、ちらりとわたしを見やって微笑む。その笑みを、これからもずっと大切にしていこう。


「ユリウスさま、あなたを愛してよかったです」


 ふいに口にした言葉に、彼は少し驚いたように目を丸くする。けれどすぐに柔らかな眼差しを浮かべ、「わたしも、あなたを愛せてよかった」としっかり応じてくれる。その一言で、わたしはどこまでも走って行けるような気持ちになる。


 馬車の車輪は快調に回り、王都の大門を出るころには空がいっそう開けて青く澄み渡っている。景色は美しく、行き交う人々の声が活気に満ちている。

 わたしはユリウスの肩にそっと寄りかかり、胸に希望を咲かせたまま目を閉じる。


 馬車が大通りを抜け、街道へと差しかかるころ、町の人々のざわめきが小さくなる。

 わたしは窓を開けて外の空気を吸い込み、背筋を伸ばす。この四人で向かう先は新しい仕事の場。だけど、同時にわたしにとっては“恋のその先”でもある。


「エリザ、どうしたんです? さっきから窓の外を見て」


 ユリウスが不思議そうに問いかける。わたしはちょっとだけ首を振って笑う。


「いえ、何でもないです。ちょっと未来のことを考えてただけ」

「未来……?」

「はい。あなたと一緒に歩む未来のこと。いろんな場面が浮かんできて、わくわくしてたんですよ」

「そう……わたしも見てみたいです、そんな未来を」


 彼は少し照れながら、しかししっかりとわたしの瞳を見つめる。その光があまりにもまぶしくて、わたしはまた胸をときめかせる。こんなにも人を好きになるなんて、人生は何が起こるかわからない。

 本当の意味で誰かを愛するって、こんなにも素晴らしいことなんだと再認識する。


「じゃあ、一緒に見に行きましょうね。その未来を、わたしたちの手で」

「ええ、約束です」



 ――そう。ずっと、どこまでも。


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