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恋のてつがく!  作者: 蜂矢ミツ
2/8

恋に『落ちる』

 すたこらさっ。

 さっさっさっ。


 翠狸は脇目もふらず、一目散に。

 あっという間に、街で一等高い塔に駆けあがっていきました。


「絶景かな、絶景かな!」


 そうして、塔のてっぺんの近く。

 手ごろな棒に腰かけて、おでこに手をあてて吹きすさぶ風を遮り、そのちいさな足をぷらぷら揺らしながら、眼下の景色を得意げに眺めています。


「とうっ」


 かと思えば、次には。

 なんと、飛び降りてしまったではありませんか!


 でも、大丈夫。

 そのぽっこりお腹には、いつの間にやら、太いゴム紐がしっかりと結び付けられていましたから。


 びよ、びよ、びよよよよん。


 いわゆる、バンジージャンプというやつでしょう。

 一定の間隔で、落下と浮上を繰り返し。


 やがてそれも収まり、最後には、翠狸は吊り下げられたまま、くるくるまわっています。


「わははははっ! はー、楽しかったなあ。

 でも……どうしよっかなあ」


 紐の長さは、地面や塔の壁に頭をぶつけないように、中途半端な長さにしてあったものですから。

 地面は遠く、塔の壁も遠い。そんな中途半端なところで、宙づりになってしまったのでした。

 さすがは、筋金入りの阿呆だぬきです。


「左右に大きく揺らせば、壁まで届くかな?

 ひっさつ! ブランコ式!」


 必殺の使い方を間違えていますね。一体だれを()る気でしょうか。

 ああ――いや、間違えていなかったかもしれません。


「……ひょおおおおおお!?!?!?!?」


 ブランコのように紐を揺らすことで、確かに壁には近づきつつあったのですが。

 からだを捻るようにして揺すったために、なんと、しっかり結んだ紐から、ぽっこりお腹がするりと抜け出てしまったのです。


 気づいたときには、真っ逆さま。

 必殺、じぶん。といったところでしょうか。




 ひゅるるるるん。

 落ちてゆきます。


 からだを平たくして、ハングライダーのように飛んでみましょうか。

 いえ、ここは街中です。建物やヘリコプターや鳥など、ぶつかって破壊してしまわないとも限りません。

 翠狸はあまり飛行はうまくないのです。カーブすらできません。


 ひゅるるるるるるるん。

 どんどん、落ちてゆきます。


 からだをぷーっと膨らませて、風船のようになってみましょうか。

 いえ、くどいようですがここは街中です。巨大化して地面にぶちあたり、ぽーんと弾んでどこかに激突してしまわないとも限りません。

 いえ、弾むことすらできず、ずっしり鉄球のように落下してしまうやもしれません。

 最近、おいもの食べ過ぎでまるまるしているのです。その重さたるや、かつての三十倍です。(※当社比)

 怪獣があらわれたと勘違いされてはたまりませんので、却下です。


 ひゅるるるるるるるるるるるん。

 どんどんどんどん、落ちてゆきます。

 地面はもう、すぐそこです。


「ふんぬっ」


 くるくる、くるるん。

 空中でからだを捻って三回、宙返り。

 そうして足を下にして、華麗に着地しようとしたところに。


「……何してるの?」


 赤いきものの、おきつねさんがおりまして。

 翠狸は、その腕の中に、すっぽりと納まったのでした。




「検証そのいち。『落ちる』を体験してみたよ!」


 曰く、恋に『落ちる』という表現があることから。


「そういえば、ぼく、ちゃんと落下というやつを体験したことってないなあって。

 百聞は一見にしかず、っていうし、実際に落ちてみれば早いかな、って!」


 危険も顧みず、というか大して考えもせず、バンジージャンプに挑んだというのです。

 紅狐はとても心配したようで、翠狸の頬をぐにぐにと、変形するほど左右にぐいーっとひっぱり、無言の怒りをぶつけはじめました。


「いらひ、いらひふぉー!」

「どうしてそういう危ないことを、軽々しくやっちゃうかな……」

「あい、もうひまひぇん。ごへんははひ」


 謝ったところで、許したのか紅狐は手を放してしまいました。

 甘いです。この阿呆は、もう少し手厳しくしてやらないから、同じようなことを繰り返してしまうのですが……。

 まあ、そんな事を言っても、詮のないことかもしれません。手厳しくしたところで、懲りないことも十分にありえます。


 翠狸は、じんじんと痛む頬を両手で抑えながら、ぽろぽろと涙をこぼしています。

 そんな様を見て、かわいそうに、そして少し申し訳なく思ったのでしょうか。

 紅狐はぺろりと、労わるようにその頬を舐めてやりました。


「それで、何か分かった?」


 一応は、検証という名目の行為だったものですから。

 危険を冒した分、その成果はあったのでしょうか。


「わかった、かな?

 んーとね、落ちる、といっても二種類あるんだ。『飛び下りる』と『不意に落ちる』の」


 紅狐にやさしくしてもらって、泣いていたのもどこへやら、ご満悦になった翠狸は、ふんふんと鼻をうごかしながら、得意げに語り始めました。


「『飛び下りる』のは、この人を好きになる! って決めてかかるような、あるいは、恋をする!って決めて相手を探すような。最初の内は、浮き沈みも激しくて面白いけど、時間が経つと段々落ち着いていくんだ。

 これは、『飛び下りる』、つまりは“恋をする”こと自体を楽しむことに通ずる、のかも。

 一度収まった後には、新しい方向性を探す必要が出てくる」


 どこかからチョークを取り出し、アスファルトに何やらよくわからない絵を描いてみせながら、翠狸は語り続けます。


「『不意に落ちる』のは、好きになるつもりなんて全然なかったのに、何かをきっかけに、あるいはいつの間にか、好きになってしまう、というような。

 恋に“落ちる”という表現は、こちらの意味合いの方が強いかもしれないね!」


 ――ぼくの恋は、『不意に落ちる』方。

 落ちた先には、大好きな相手がいて、すっぽりその腕の中に納まってしまう。

 まさしく、そんな風に始まったのかもしれないなあ――


 翠狸はそう思ったものの、なんとなく声に出してしまうのが面映ゆく、飲み込んだまま。

 何も言わずに、ひょいっと紅狐に抱き着きついて、その想いを、大事に噛み締めたのでした。


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