341話 最終決戦
「——————ハァハァハァハァハァハァ」
「どうだ? 涼しげな表情など保っていられないほどの衝撃だろう。だが全てが事実だ。貴様はこれまで偽りの真実に踊らされ、悲しみと絶望を抱いていたにすぎない」
「んじゃ、エメラルは・・・・・てめえに操られてただけだってのかよ」
「奴のシエルを愛する感情は本物だった。俺はその感情を利用させて貰っただけにすぎない」
ユーラシアは歯にヒビが生じるほど強く噛み締める。
「だが、最高神が貴様を転生などさせなければ二度も最愛を失うこともなかったのだ。まぁ、それは俺にとっては喜びにすぎなかったが」
「てめえ・・・・・」
「まぁ話はまだ終わっていない。記憶がないながらに最高神が貴様に施した転生の秘術を無意識に悟った俺は、エメラルにも似たような術を施すことにした。最高神のように上手くはいかず、魔物からのスタートになってしまったが、結果的に俺のコマとなり、貴様の糧となってくれた」
エメラルに対して吐いた暴言、暴力、その全てがこの一瞬で後悔へと変わり果てる。
先ほどまで余裕のあったユーラシアの心は、いつの間にか窮地に立たされていた。
「それだけではつまらないと判断した俺は、いずれ復活するだろう貴様のためにもう一つプレゼントを用意しておくことにした」
「まさか・・・・・」
「ミラエラ・リンカートン。奴の記憶にシエル殺しの罪を植え付けたのは紛れもないこの俺だ。以前、ミラエラが貴様へとありもしない己の罪を語っていたのは傑作だったな」
「アートォォォォォォォ‼︎」
ユーラシアの体外へと虹色のオーラが爆発的な勢いで荒れ狂う。
「ふむ。貴様が以前同族を滅ぼしていた姿も傑作だったがな。やはり、この先も永遠と俺を楽しませられのはお前しかいないようだ!」
ユーラシアの精神力が揺らいだことにより、再び漆黒の領域が周囲を支配する。
「——————グホッ」
胴体を貫く巨大な黒き剣。
突如出現した剣は縦横無尽に回転し、目にも止まらぬ速さでユーラシアの全身を切り刻む
「——————こんなもんかよ」
赤と黒が融合した一つの心臓を起点に、粉々にされたはずのユーラシアの肉体は瞬く間に本来の形を取り戻す。
「やはりな。いくら神の真似事をしようと結局は人間の延長でしかないわけか」
「だったら何だ・・・・・オレの力でてめえの全てを喰ってやる。これが最後の戦いだ」
「やれものならやってみるがいい」
邪神の背後に突如出現した漆黒の球体は、宿す闇に反比例して両者の姿を鮮明に浮かび上がらせる。
「何だ・・・・・すげぇ熱さだ」
「貴様が俺の力を取り込んだように、俺もまた竜王の力と己の力の融合に成功したのだ。奇しくも、貴様と俺とでは全く異なる力を体現させることになってしまったみたいだが」
背後に佇む漆黒の輝きは、その形も相まって「黒い太陽」の名に相応しい。
「『ダークネビュラ』」
邪神の身体そのものが宇宙の景色を体現した模様を浮かび上がらせる。
徐々に個としての形を失くしていき、宇宙の景色を波動として周囲に拡散させていく。
広大な宇宙に佇むユーラシア。
しかしそこは本物の宇宙ではなく、邪神そのもの。
『ハルマゲドン』
世界の声が空間に響き渡った直後、周囲一帯に無数の赤黒い瞳と刃が出現した。
「喰われるのはオレの方だとでも言いたげだな」
『貴様も、この俺の一部となれることを光栄に思う時が来ることだろう』
「んなもんお断りだ。言っただろう——————オレがお前を喰うってな」
ユーラシアは一度目を閉じると、再び現れた瞳には、灼熱の赤が宿っていた。
全身は黒く染まり、モード『黒竜王』へと変化する。
「『ラグナロク』」
瞳を起点に生じた小さな紅き炎の灯火は、目にも止まらぬ速さの回転率を生み、瞬く間に巨大な炎の渦へと変化していく。
『今更炎如きで何ができる? 俺を失望させるな』
「フッ、分かってねぇな。闇をも呑み込む炎——————それが、邪神を喰らうために創造したラグナロクの真髄だ」
『神の領域を踏み越えても尚、貴様は竜王にこだわるのか!』
「覚えとけ——————オレは竜王だ。それ以外の何者でもねぇんだよ‼︎」
『ッ⁉︎』
ユーラシアの感情の高まりでラグナロクによる炎が己の闇と邪神のエネルギーを、もの凄い勢いで捕食していく。
宇宙空間と炎の渦とか混ざり合い、絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのような混沌とした姿が誕生する。
『あり得ない・・・・・こんなことがあり得ていいはずがない!』
次の瞬間、現れたのはまたしても宇宙空間だった。
遠くに星の輝きが無数に見渡せるその場所は、何もない闇の空間。
しかし、これは邪神のエネルギーで作り出された闇ではない。
最高神が創造した世界の闇そのもの。
両者は翼を宿す生物としての姿で向かい合う。
「ッ——————何だこれは?」
ユーラシアの左胸と邪神の右胸が一本の虹色の鎖で繋がれる。
「オレとお前の神の力を封じた。こっからは、純粋な力の勝負だ」
「貴様と違い俺には心臓がない。どうやった?」
「んなもんどうだっていいだろうが。ただ、今の言葉ではっきりしたな」
ここで初めて、ユーラシアは挑発的な笑みを邪神へと向ける。
「オレの方が上だってことが——————」
「ユーラシア・スレイロットォォォォォォォ‼︎」
柄にもなく叫ぶ邪神の顔面へと、竜王の鉄拳がお見舞いされる。
「グフッ」
名もなき近くに存在した惑星へと激突した。
「来いよアート。今のてめぇは神でも魔王ですらねぇ。ただのちっぽけな無力な一人の存在だ」
「望み通りにしてやろう」
ぶつかり合う両者の拳が惑星を割る。
地上から見た星々の輝きがアートとユーラシアの戦いの影響でことごとく散っていく。
魔力も神の力も用いない純粋な肉体による戦い。
アートは邪神の力を失ったとは言え、今の状態は魔王時代を大きく上回る力を発揮している。
ユーラシアもまた、ラグナロクの影響で黒竜王の力を失ったとは言え、竜王としての腕力、防御力、精神力は健在。加えて神のエネルギーは細胞の一つ一つに行き渡っている。
紅き無数の線が闇に包まれた宇宙を彩る。
それらを形造るは、激しい攻防により宇宙に舞う竜王の紅き鱗の細かな欠片。
竜王は正義のヒーローでも、ましてや救世主でもない。
自分自身がそのことをよく理解している。
大切な者のために戦う一つの小さき生命に過ぎなかった。
それでもここまで大きく、強く、恐ろしくなれたのは、地上に生きた生命の中でも最も多くの絶望に恵まれたから。
絶望がユーラシアを悪魔へと、真の希望たり得る存在へと導いた。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ——————」
渾身の一撃を振り下ろし、また一つの惑星を破壊した時、その場に唯一立っていたのは——————竜王だった。
全身血だらけとなり意識を保っているのもやっとの状態で、地を踏みしめ荒々しい息を吹かせてアートを見下ろす。
「まだだ——————」
しかし、ユーラシアの体はアートの体の上へと倒れ伏すのだった。




