293話 竜と神人
建物が大きく振動し、ミシミシと不快な音を奏でる。
「集まりな!」
サーラは子供たちを自身の下へ呼び寄せ、部屋全体へと結界魔法を施す。
これはあくまでも気休め程度。サーラの結界は物理攻撃ではなく魔法攻撃への耐性が高いため、今回の現象ではほぼ意味を成さない。ましてやこれが魔法による攻撃であったとしても、これほどまでの威力の前ではどちらにせよ無力に等しい。
老いた老骨の体では、たかだかダークエルフ擬きの攻撃すら防ぐことができなかったのだから。
サーラは、三人の子供たちを自分が上になる形でぎゅっと抱きしめる。
「何をしてるだい⁉︎ あんたも早くおいで!」
ほぼ90代とは思えない気迫と声量でユキに呼びかけるサーラ。しかしユキはそんなサーラに優しく微笑みかけ、淡々と答える。
「落ち着くのじゃ。この程度、わらわにかかれば造作もないこと」
すると、いつの間にか揺れが収まっていることに気がつく。
「・・・・・ユキ、あんたのおかげかい?」
「久方ぶりに力を使ってみたが、思ったよりも衰えてはいないようじゃな」
サーラはその様子を呆気にとられた表情で見つめていた。
(ユキが以前、神の遣いだったことは、記憶が奪われていることと一緒に勇者様から聞かされていたけど、正直、色々と信じられないことばかりだったよ。だけど、時々胸に宿る懐かしさや、妙に暦の入ったユキの口調・・・・・力の気配は一切感じられないけど、どうやら信じざるをえないみたいだね)
「一先ず揺れ自体は、教会を覆うわらわの聖水で防ぐことができたが・・・・・」
ユキの顔色は徐々に強張っていき、まるで何かに恐怖を覚えている様子。
「——————魔力だけではない・・・神の力に、これはまさか——————竜の気配⁉︎」
サーラも同様に外から押しつぶされそうなほどの魔力の圧を感じており、子供たちはとっくに意識を失ってしまっている。
「神ということは、考えられるのは邪神とやらの遣いじゃな。しかし、なぜ邪神の遣いが竜の気配を宿しておる?」
感じられる竜の気配は、かつて幾度も恐怖させられた竜王のモノとは明らかに別物だが、それが竜の気配であることは疑いようもない。
恐怖で思考が埋め尽くされていると、突如外から魔力と神の力の気配の膨らみを感知する。
「正気ではないぞ⁉︎」
ユキは今出せる最大量の聖水を自身を中心として展開させる。
先ほどそうしなかったのは、サーラたちを考慮してのもの。いわゆるこれは水球であり、自身を中心として展開すると、一定範囲全体が聖水で埋め尽くされてしまうことになる。故に先ほどは教会の外側に展開したのだが、この力の高まりは、手加減など考えている余裕などない。
大きさにして直径100メートルの巨大な水の球体が教会を破壊して出現する。
この世にある全ての教会は、人魔戦争時に建てられたモノであり、神からの恩恵を授かっていた頃は、あらゆる鉱物よりも強固な鉄壁の存在と化していた。そして、神放暦へと突入して恩恵が消え失せてもなお、そこら辺の建物よりも遥かに高い耐久力を有していた。
そんな教会が、跡形もなく崩れ去る。
ユキは罪悪感を感じつつも、勢いを止めることなく、限界の限界まで聖水を絞りだす。
元々神人は、最高神から力を与えられて以降は各々が体内で力を自然回復させていた。しかしユキが神人として人類に力を奮った最後の時だけは、最高神と力の回路を繋いでいたおかげで、回復など必要ないほど無制限に力を行使することができていた。
そして最高神が消滅した今では、その回路が消失したのみで、神人だった頃の力を失ったわけではない。ただ、他者の魂に直接干渉する技や、その他人類に害を成すと思われる危険な技は自らの意思で封印している。そして、神器『ファミリー』も今では必要ではなくなったため、生き残った『ファミリー』はそれぞれの家族と幸せに暮らしている。
全身の細胞が全力で目の前の存在が危険であることを知らせてくる。
無意識に手足は震え、胸の底から込み上げてくる気持ち悪さに眩暈を覚える。
ユキは自分の目で実際に『竜』という存在の真なる実体を目撃するのは初めてのこと。
しかし、神の力に宿る最高神の記憶から、高熱の炎を宿した真っ赤な鱗を全身に纏う竜王の竜としての姿は、しかと脳裏に焼き付いていた。
今目の前に佇む巨大な一体の竜は、全身が透き通るような鮮やかな青緑色で染め上げられている。そして青を成しているように見えるのは、分厚く膨れ上がった聖水越しに見ているためであり、実際は緑系統であることが窺える。
直後、予備動作なしで放たれる全身と同じ色の炎による竜の咆哮。
放たれた咆哮は、瞬く間に巨大な聖水の球体を包み込むほどの規模として扇形に広がり辺り一帯を焼き尽くす。
炎は風に乗り、至る所へと撒き散らされる。ソルン村を囲う周囲の森は焼かれ、存在する家屋は全焼。住んでいる村の人々とて無事では済まないだろう。
それでも幸運なのは、ユキの背とする方向には、誰一人として住んでいない点。教会はいわゆる村の最果てに位置しているため、村人たちの被害は、間接的なものだけに限られている。
それでも村を焼かれていることには変わりはない。家を失った者は住む場所を失ったこととなる。
それでも目の前の竜の意識はユキへと向けられている。あまりにも咆哮の威力が桁違いなために周囲への被害は避けられないが、この村を滅ぼすことが目的ではないのだろう。
そのことを示すかのように放たれる咆哮は止むことを知らず、ただユキのみを一点に狙うかのようにその範囲を徐々に狭め、巨大なビームのように直線を描く。
先ほどの威力とは比べ物にならず、ユキの聖水は一瞬で蒸発させられた。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——————」
全身を包み込む高熱の熱線。
その威力は背後に聳え立つ山々を軽く消し飛ばすほどの威力。
以前、竜王の咆哮を喰らったからこそ分かる。この竜から放たれた咆哮は、あの時味わった竜王の咆哮以上だということを。
息はある。
しかし、命に関わるほどの重症な火傷を負ったユキは、咆哮の消失とともに地へとへたり込む。
視覚もやられ、ぼんやりとした朧げな景色しか捉えられない。
地を這い、何とかサーラたちの下へ向かうも、視界にはピクリともしない黒焦げとなった四つの影。触覚と嗅覚もかなりのダメージを負ってしまったせいではっきりとは分からないが、ざらざらとしつつもべちょりと何かが掌にこびりつく感覚がした。それが血液であることは、見ずとも理解できた。
この村で大切なかけがえのない存在を作り、これまで様々な存在を傷つけて来た分、一生かけて大切な存在を守ると誓った。
それが呆気なく奪われる絶望。
喉が焼け、僅かに声にもならない空気の漏れ出る音が耳に響くのみ。
「邪神には生け捕りにするよう言われているからね、一歩火力を間違えれば殺しちゃうところだったよ〜危ない危ない。まっ、今にも死にそうな感じだけど、ギリギリセイフってことで問題ないでしょ」
呑気でお気楽な声がユキの耳に響く。
声のする方へと視線を向けると、先ほどまでいた竜ではなく、体を緑色に染めた人型の何かがすぐ横に立ってこちらを見下ろしていた。
「僕にとっては勇者はそんなに重要じゃないし、もっと優しく連れてくはずだったんだけどね。まさか君も神の力を宿してるなんて驚いたよ。僕は君と会うのは初めてのはずなんだけど、どうして君は神の力を使えるのかな?」
ユキには答える義理もなければ、声すら出せない状態。
「まぁいいや、死なない内に連れてくとしようかな」
そう言うと、その者は倒れ込むユキを持ち上げて肩へと乗せる。
痛覚すら失われるほどの火傷を負っているため、悲鳴すら出ない。
そうしてソルン村はたった数秒で地獄絵図と化し、ユキは突如現れた竜族エメラルによって魔界へと連れ去られるのだった。




