277話 新たな力
レインとシェティーネがガルドとともに剣王堂へと向かっている頃、勇者は一人、ガンデルの下を再び訪れていた。
玉座には未だ凛々しく座っているガンデルの姿。
周囲に兵士は一人としていなく、魔力樹とともに青白く発光し続けている。
「勇者様」
「少し確かめておきたいことがあって」
「そうであったか。今日はよい日だ。今は一人の時間を満喫したい気分であったが、勇者様の用とあらば何でも答えよう」
ガンデルはニッコリと笑みを浮かべながら城下へ向けていた視線を勇者へと向ける。
「少しこの国の状況を調べてみたら、邪神の力が既に結界そのものに定着していることが分かりました」
「と言うと?」
「邪神の力を全て浄化するためには、ムンテルダルク全体に張られている結界の全てを解除、あるいは解析する必要があります」
ムンテルダルクに現状張られている結界は、地下に存在するブラッドアイスに施される結界・ムンテルダルクと他国とを仕切る結界・ムンテルダルク内における安全地帯確保のための結界の三つである。
その内、後者の二つに関しては、規模が異なっているだけで同一のモノであるため、解析すべきは実質二種類。
そして解除してしまえば、邪神の力以外にブラッドアイス本体からも別の邪悪な力が滲み出てしまうことになるため、解除は論外。
「ならば解析するしかなさそうだが、そんなことが可能なのか?」
「正直、五分五分ですね。試してみたんですが、真実の魔眼ではエクソシストの力で構築された結界を読み解くことはかなり困難でした」
「無理、とは言わぬのだな」
ガンデルは小さく微笑む。
本来、エクソシストの力は神の力同様に、力を宿す者同士でなければ、干渉することは不可能。
しかし勇者は、そこに結界があることを見抜けるだけでなく、その構造までも薄く読み解くことが可能。
「そこで提案なんですけど、真実の魔眼へと少しだけエクソシストの力を流して貰いたいのです」
ガンデルは勇者の発言の意味が分からず、首を傾げる。
それもそうだろう。
抗体がない力など、体内へ入れてしまえば何が起こるか分からない。
ただ弾き返されるだけかもしれないし、人体に異常が生じてしまう可能性もなきにしもあらず。
最高神などの万能の存在が神の力を人間へと授けることや、魔力をゼロから地上へ定着させると言ったことは、万能故に成し得ることができること。
「自分が何を言っているのか、分かっておるのか? ましてや霊子に干渉するエクソシストの力など、体内に存在する魔力との反発で死に至ることもあり得るぞ」
霊子は元々魔力にも宿る存在であるのだが、魔導師が霊子に干渉できないのは、体内にエクソシストの因子が存在していないため。つまり魔力で例えると、他者の魔力回路と自身の魔力回路、あるいは核同士を交換するようなもの。異物と判断され、異常が起きてしまうことは大いにあり得る。
「けど、それが最善なんです。このままじゃ、数年単位で時間を浪費することになってしまう。それに、無茶なことだとは思いませんよ。エクソシストの力も、結局は神の力の派生物。僕たちはその神の力を宿す存在。だから、お願いします」
ガンデルはまたしても呆気にとられた様子でゆっくりと息を呑み、呼吸を落ち着かせる。
「色々とついていけていないが、信じてよいのだな?」
いくら一国の王だとしても、勇者を手にかけたとあれば、国は許せど、民は、世界の人々はガンデルを許さないだろう。
大国を背負う王として、大一番の覚悟を決める。
「——————よかろう」
そう言って、勇者を自身の近くへと呼び、勇者の両目へとエクソシストの力を流し込む。
エクソシストの力は、霊子を操るための魔力でいうところの回路のようなモノであり、細胞レベルに散らばる因子のこと。そのためそれ自体は目に見えず、勇者も平然とした様子で特に異常は生じていない。
しかし瞼を開けた瞬間、黄緑色の淡い光がガンデルの瞳へと届く。
勇者の瞳は通常茶色であるが、真実の魔眼発動の際には白銀色となる。
今は正しくその白銀色に染まり、かつ、瞳孔のみ黄緑色の輝きを帯びていた。
「本当に何ともないのだな?」
「はい、大丈夫です。それよりも最後にもう一つ確かめたいことが」
「申してみよ」
「もしかしたら元々は、ムンテルダルクに漂う邪神の力はこれほど濃くなかったのでは?」
「その通りだ。神の使徒と名乗る二人組が数年前この地に来てから、状況は一気に悪くなって行ったのだ」
この時、勇者の脳内には、目ぼしい存在が浮かび上がっていた。
「あの時は、偽りの記憶を疑いすらしていなかったからな。今思えば神の使徒とは、邪神とやらが送り込んできた者のことだったのだろう」
しかし勇者にとっても分からないことがある。
なぜ、ここムンテルダルクのみに配下を送るような真似をしたのか。
そしてその使徒とやらの姿は、当然だが既にムンテルダルクにはない。
ただ、ガンデルの展開している結界に染みつく邪悪な気配の中に、その者たちの気配も混じっていたのだ。
「その者たちについて何か知っておるか?」
「・・・・・いや、詳しくは」
ムンテルダルクへとこれほどの邪悪な力を蔓延させる目的は不明だが、浄化が済めば間違いなく何かしらのアクションを見せてくるはず。
いや、そもそも自分たちをこの場へ誘き出すことが目的だったのか?
様々な思考を巡らす勇者だが、邪神の配下である十大魔神が攻めてくる可能性については、一先ずユーラシアとともに対策を立てることとし、勇者はガンデルの下を後にする。
「それじゃあ、僕たちは浄化の作業に戻ります」
「よろしく頼んだぞ」
そうして勇者は、一度客間で待つユーラシアの下へと戻るのだった。




