【拾伍の章 それは『ヒト』か『獣』か】
人類史最大の謎『サルなどの霊長類が、何をきっかけに突然変異し人間の祖先へと進化したか?』
科学と魔術、宇宙技術が大いに繁栄した今もって、その明確な答えは解かっていない。
それと同じように、身体に動物的特徴を持つ『ロプス』という人種に分類される人々が、何をきっかけとして今の姿へ進化したのかもまた、依然として不明とされている。
二ホン国内で人口が多い種族でいえば、猫系動物から進化した『虎族』や、犬系動物から進化した『狼族』。
鼠などのげっ歯類から進化した『齧族』などが有名だろう。
起源となった動物の数だけ多様な容姿と特徴を持つロプスだが、彼らないし彼女らと人間の間には、中々に度し難い『因縁』の歴史が存在する。
ロプスが初めて地球上に出現したのは、人間よりもかなり後。
時代が『世界暦』に入ってからと言われている。
今でこそ人間と同じように服を着て家に住み、機械類を使った仕事もして料理もたしなむが、その見た目は動物が巨大化して、そのまま二足歩行化したかのような姿。
当時は原始的な生活を送っていたロプスを、人間側は『ヒト』ではなく『動物』として扱い、あまつさえ退治しようとまでしていた。
『ロプス』という総称の語源が、古代ギリシャ神話のモンスター『サイクロプス(あるいは『キュクロープス』)』という点からもそれが伺える。
当然、ロプス側は自分たちも『ヒト』として扱うよう権利を求めて人間と対立。
人間という枠内ですら人種や宗教観で戦争が勃発していた様に、ロプスと人間もまた、小規模の内戦から世界全土を巻き込むレベルの大戦まで、歴史上、幾度となく繰り返す事となった。
ロプスは元となった動物由来の強靭さやスピード、圧倒的力で人間を脅かし、対する人間は豊富な重火器や化学兵器でロプスを殺戮。
果てない憎しみと悲劇の連鎖が、世界を水没にたらしめたという説も存在する。
この不毛な戦いに終止符を打つべく、主要各国と各ロプス人種の族長との間に明確な平和条約が結ばれたのは『2527年』。
今から『500年前』と、歴史的には最近の出来事だ。
ただいくら条約が結ばれた所で、少し前までいがみ合っていた者同士。
人々の感情は、そう簡単に割り切れなかった。
時代が進むに連れて異星人という、ロプス以上の異形人種が確認された事から『ヒト』という大枠への認識も変わり、少しずつ関係改善は進んでいる。
しかし今現在においても、諍いが完全になくなった訳ではない。
差別意識は衣、食、住あらゆる分野に深く根を張っており、比較的、人種問題に寛容なニホン国内ですら、ロプスやそのハーフというだけで就職や採用を渋られたり、福利厚生の待遇に差をつけられたりするなどの不平等が横行。
地域によっては、人間とロプスの生活圏を、フェンスや壁で分けている場所も存在するそうだ。
捻くれた見方だが、異星人のアズシナさんが地下の仕事へ転属になったり、村井君たちロプス組があの狭い一室で『小説』という社内ではあまり重要視されていない部署で働いている事も、実は差別されてという可能性だってある。
ロプスの人々を化け物扱い、動物扱いすることは、彼ら、彼女らへの、この上ない侮辱に他ならないのだ。
「良いか⁉ お前がどれだけ高次な存在だったとしても、言って良い事と悪い事がある! その分別もつかないで、偉そうな事ばかりほざくな‼」
「はい、仰る通りで御座います……」
床に正座したトヨは、ロプスという人種の事情を俺から聞かされ、すっかりショボくれていた。
これまでなら折檻や叱責に対して平気で反抗していたが、今度ばかりは自分でも悪いと解っているようで、それを甘んじて受け続けている。
当然だ、これで抵抗しようものなら、例え相手が神でも悪魔でも、俺は本気で許さない。
「家での一件や、さっき扉を吹っ飛ばした件もそうだ。自分の行動がどんな結果に繋がるかも想像できない様な奴が、やれ『役に立っただろ?』『褒め称えろ?』 ふざけんのも大概にしろ‼」
「あ、居た居た! 平賀さーんッ⁉」
閉鎖中で薄暗い正面ゲートの内側、二階部分までが吹き抜けとなっているエントランスホールでトヨをガチ説教していると、編集室から俺たちの後を追ってきていた村井君が二階通路から手を振っていた。
通路から当たり前のように下へ飛び降りてきた村井君に俺は改めて「本当にすまん」と謝罪。
座っているトヨの頭を無理やり押さえ、直ぐに謝るよう促した。
「ヒッグ……、も゛う゛し゛わ゛け゛、こ゛さ゛い゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛ぁ゛……」
鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃな所為か、発言全てに濁点がついた様な声でトヨは土下座する。
あまりの号泣ぶりに、村井君は若干引いていた。
「ひ、平賀さん、自分はもう大丈夫ッスから! ‥まぁ、あそこまでダイレクトだったのは久々でちょっとビックリしましたけど……。この子も悪気があった訳じゃないスよね?」
「コイツちょっと事情があって、ロプスを今まで見た事が無かったらしいんだよ。だからその辺の事情にも疎くて……」
「えぇーッ⁉ そんな子居るんスねぇ……」
トヨに『人狼』と呼ばれた――即ち狼族である村井君は、二メートルを優に超える巨体を縮こませてトヨの前にしゃがみ「もう良いっスよ」と彼女の肩を持って体を起こさせる。
「自分もみんなも、この手の事には慣れてるから気にしてないっス」
そう言ってサッカーボールくらいなら簡単に鷲掴みに出来そうな毛むくじゃらの手で、トヨの頭をワシワシと撫でた。
しかしトヨはかぶりを振って彼の手から抜け出し、また直ぐに床に頭を押し付けて土下座を止めようとしない。
「……事は、倫理を逸脱した行いに御座います! 吾輩自身が己を許せないのです!」
「うーん、困ったっスねぇ……。こんな小さい子に土下座させてると思うと、逆に罪悪感が……」
長い爪先でマズルを掻く村井君に、俺は「放っておけば良い」と助言する。
本当なら、村井君には一発殴る権利だってあるくらいだ。
あとで編集室にも連れて行って改めて謝罪させる必要もあるし、しっかり言動を悔いて貰わなければ困る。
それに小さいのは見た目だけだ。
神に年齢という概念があるのなら、言動からして恐らく俺よりも遥かに上だろうし。
「それはそれとして本題。さっきも言いかけたけど『端末』って落ちてなかったか?」
「失くしたって話っスよね? うぅん、そういった話は来てないっスけど……、一応先日の会議室とか一通り見てみますか?」
「頼むよ」
「この子は?」
「コイツには反省が必要だ、このままで良い」
俺は依然として床に突っ伏し、顔をあげないトヨを一瞥。
あえてそのままにして、戸惑う村井君と端末を探しに向かう。
トヨは、何も言わなかった。
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屋上の喫煙室、さっきまで居た三階の編集室、そして二階の会議室と、おととい訪れた順番通りに部屋を巡った。
編集室に立ち寄った際にトヨのことは遠縁の親戚として、改めて謝罪。
村井君のフォローもあって、トヨの発言は無事に許してもらえた。
それよりも編集の邪魔をした事や、反省させる為とはいえ、トヨを一人置いて来た事の方を責められたのは予想外だった……。
「‥はぁー、くそ! 駄目だ。どこにも無い……」
村井君にも手伝ってもらって、途中関わりのあるマンガ部門の関係者にも訊ねたみたが、結局社内に『端末』は落ちていないという結論に達した。
もうこれで思い当たる場所はない。
完全にお手上げだ。
「こんだけ探して無いなら、もう屋外で落としたって事っスねぇ」
二階通路に設置されたベンチで天を仰ぐ俺に、村井君は自販機で買ってくれた缶コーヒーを差し出す。
ちょうど一頻り絶望して、一息つきたかったところだ。
所持金ゼロの身としては有り難い。
「警察に賭けるしか無いかぁ……」
俺は早速、缶のプルタブを持ち上げてコーヒーを口に含む。
クーラーが効いてるとはいえ、正直、季節的にはホットではなくクールの方がよかった。
ま、奢ってもらったのだから贅沢は言えないけど。
「道に『端末』や財布が落ちていたとして、それを素直に警察へ届ける人がどれだけ居る事やら……」
「そこはぁ、性善説で行きましょう」
村井君は苦笑しながらペットボトル強炭酸飲料にストローを刺し、少しの間、炭酸の影響で上に動くストローを戻して、再び浮き上がった物を戻す作業を繰り返しながら言う。
何をしているのか訊ねると『魔術ではなく科学現象で動くのが面白い』との事。
独特なリラックスタイムだな……。
悪いが俺は性悪説派だ。
人は基本に利己的。
ボランティアなんかも含めて、善行なんてのは罪悪感や周囲から自身が悪く見られない為の行動でしかない自分本位の行い。
少なくとも、人が生まれながらに善人という考えには無理がある。
「あぁ、そうそう! 留守電入れてましたけど、今月号も無事に掲載されますよ。相変わらず、会議での評価は中の上ぐらいですけど」
「もう少しオブラートに包んだ言い方あるだろに……」
俺の愚痴に対して村井君は「作家や漫画家の世界は実力社会っス」とバッサリ。
おちゃらけている事の方が多い彼にしては珍しく、真面目な顔でストローを長い口でくわえ込む。
割と修羅場だからなのか、トヨの件もあってか、真面目スイッチが入ってるらしい。
「おべっか使って上がるのは著者のやる気と生産性くらいっスよ。平賀さんには、どちらも間に合ってるじゃないっスか。作品のクオリティばかりは、本人に培って貰うしかねぇっス」
「耳が痛いな。‥ぶっちゃけた話、マズいのか?」
「マズいか否かで言えば、超マズいっスね。知ってると思いますけど、今は小説部門全体が縮小気味。中途半端な作品が乱立するくらいなら、部門その物を潰してしまおうって話も上がってます。比較的まとまったページ数を確保できてる平賀さんの巻末作品が部門維持への要なんで、これ以上評価を下げないように頑張って下さい」
「……そうだな」
コーヒーを一気に飲み干し、勢いをつけて立ち上がる。
そろそろトヨを迎えに行くとするか。
編集室の人たちの前で、ちゃんと謝らせないと。
「今日は色々と悪かった」
「あ、もう帰るんスか?」
「あぁ。端末がココにない以上、長居してても仕方がない。俺たちに構ってたら村井君の仕事も滞るだろう? 渡したハンバーカーとか飲み物は、みんなで適当につまんでくれ」
「ゴチになります。‥あ、そうだ、トヨちゃんにも何か買ってあげますよ。何にします?」
そう言いながら村井君は、俺が返答するよりも先に自販機へ現金を滑り込ませていた。
「おーい、トヨ! 村井君か飲み物買ってくれるってよー! ……トヨ?」
何を飲みたいか訊ねようと、先ほどの村井君よろしく二階通路から下のエントランスを覗き込む。
ところが、先程までトヨが突っ伏していた場所に、彼女の姿がなかった。
まぁ流石に移動したのだろうと、もう一度トヨの名前を大声で呼ぶ。
……返事がない。
どこに行った?
「‥ん! はい、もしもし?」
不意に、自販機の前で待ちぼうけを食らっている村井君が、首筋を押さえて電話に出るときのような言葉を発する。
いや『出るような』ではなく、実際に出ているのだろう。
あのポーズは街中でもよく見かける、インプラント型端末を使って会話している人のそれだ。
「はいはい……、えぇッ⁈ ……平賀さん! 大変っス‼」
「どうしたんだ?」
「今、編集室経由で警備室から電話だったんスけど、トヨちゃん、外行っちゃったみたいっス!」
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