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【拾参の章 探し物は続くよ何処までも】

『‥それで、今日はどうしたね? 久々に儂の顔を見に来た、という訳でもなかろうに?』

 思出話も一段落したところで、アズシナさんは改めて、訪問の理由を俺たちに訊ねる。

 いかんいかん、再会の衝撃で、本来の目的をすっかり失念していた。


「昨晩から今日にかけてなんですけど、『端末』の落し物って届いてたりしないですか?」

『『端末?』そりゃ毎日のように届いとるが……、タイプは?』

「A4用紙くらいのタブレット型です」

『デカいタブレットとは、また()()()()()使っとるね……。ちょっと待っとってくれ?』

 アズシナさんはソファーから立ち上がってきびすを返すと、斜め上方向へジャンプ。

 同時に、彼の背負っていたボンベが降りて来た時と同様、下部を青白く光らせた。


 たちまちアズシナさんはあり得ないほどの飛距離で遠ざかり、倉庫の奥の方へと着地。

 ()()()()()()()()()()()もビックリのジャンプ力だ。


 数回のジャンプと浮遊を繰り返し、間もなくアズシナさんは二段重ねになった衣装ケースを抱えて戻ってきた。

 歳の割には、俺よりよっぽど力持ちだな。


 ローテーブルにどさっと置かれたそれを開けてみると、中には様々な形のタブレット型端末がプチプチの緩衝材に包まれて満載されている。

 一つ一つに拾った日時と場所が書かれた付箋紙が貼り付けられているが、日付は全てバラバラ。

 物によってはそれこそ、十年以上昔の物まであるではないか。


「これ、全部忘れ物ですか? えげつない量ですけど……」

『あぁ~、施設の方針で、忘れ物は永久保管になっとるでね。ただ、儂が着任するまでの管理がまぁ杜撰(ずさん)でなぁ。長年かけて棚を導入したり、サイズ別、種類別に分別する所までは頑張ってるんだが、ケースの中までは中々手が回っとらん。一応今も、地道に整理しとるんだがねぇ……』

 成る程、この倉庫の物全てを整理整頓となれば、確かに忙しすぎてテレビもラジオも新聞も見てるヒマはなさそうだ。

 探す側も、一つずつ緩衝材から取り出して確認なんてしてられないから結局諦めて、忘れ物は溜まる一方という訳だ。


 だが今日の俺には、トヨという強力な探知機がある。

 ココは神様の本領、発揮してもらうとしよう。


「トヨ、何時までもふんぞり返ってないで『(えにし)』を調べてくれ」

「言うに及ばず! お任せ下さい!」

 トヨはソファーから立ち上がって腕捲くり。

 目の前に重なった衣装ケースに両手をついてやや俯く。


 程なく彼女の周囲に一陣の風が吹き、衣装ケースの輪郭がキラキラと輝きだした。


『おぉ、神さんは何をしとるんだい?』

「何でもトヨには、近くに俺の持ち物があると解るらしいんですよ。まぁ捜索魔術の一種ですかね」


 トヨは目を閉じて「にゃむにゃむ」言っていたが、数秒経ったところで急に目を見開いて顔を上げる。


 しかし見つかったのかと期待したのが、トヨの表情はなんだが微妙で、眉が片方つり上がっている。

 小首を傾げ、どうにもパッとしない様子。


「どうした?」

「……御座いません」

「は?」

「この箱の中に、學サマと『縁』のある物は入っておりません」

「入ってないって……、お前『縁』を感じ取ったんだろ?」

「はい、今も気配はしております。ただ、この箱の中身からでは御座いません。断言できます。この箱に収められた『たんまつ』の中に、學サマの物は入っておりません」

『断言』とまで言われてしまい、俺は「マジかよ……」と悪態混じりに項垂れた。

 やはりそう簡単に見つかる訳ないという事か。

 いや、そもそも本来の目的地は出版社じゃないか。

 偶然立ち寄った場所で、見つかるかもと考える方が甘い。


 だがそうなると、トヨが感じている『縁』の発生源は何だというのだ?

 少なくとも俺が一度は手にした物という事になる。

 俺が覚えていないだけで、園内で忘れてしまった物。

 ここまで来たら、その正体を突き止めずにはいられない。


「‥改めて聞くけど、その『縁』ってのは、どの程度の精度で感知できるんだ?」

「今の吾輩が確実に感じ取れる範囲は、吾輩を中心とする『一丈(いちじょう)一間(いっけん)の円』で御座います。それ以上の距離になりますと、感じとれはすれどかなり曖昧となります」

 家でも聞いたが、やはり『一丈』云々と聞いてもイマイチ距離が想像できない。

 ニホン独自の古い単位だという事は知っているのだが、現在の具体的な距離までは解からない。

 面倒くさがらずに、家のPCで調べてくるべきだった。


『ふぅむ……、『メートル法』に直すと、()4().()8()()()()()だね』

 そう言うとアズシナさんは『受付』と刻印されたテーブルから紙とペンを持ってきた。


 彼は簡単だが、倉庫内を横から見た絵を描いてみせる。


「ココの天井と地上部の床の厚さを合わせると大体4メートルある。地上部でその『エニシ』とやらを感じ取れたのだとしたら、恐らく棚の最上段にある物だろう。神さんよ、感じたのは地上のどの辺りからだったかいね?』

 アズシナさんの質問にトヨは腕組みをして唸り、記憶を辿りだす。


「‥學サマがお倒れになられた舞台から、最寄りの飯屋に駆け込み……。そう、料理の完成を待つ為に椅子に座った時ぞ!」

『持ってきた袋の中身からして『アルティメットバーガー』さんだね。カウンターから見て何番目の席だい?』

 トヨは左上に目線を向けて指を折っていく。


「三つ目!」

『となると、この棚かな』

 アズシナさんは入口からだいぶ離れた棚の最上部に丸印をつけた。


『見ての通り、棚は上に行くほど軽く、奥に進むほど古い忘れ物が置かれとるでね……。待っとってくれよ。今取ってくる』

 アズシナさんは再び物凄いジャンプで奥へと飛んでいった。


 そうだよ、この知識と機転の良さこそアズシナさんだ。

 子供の頃、俺が母とはぐれて迷子になった時の事。

 アズシナさんは今回のように、俺の立ち寄った場所や行動、歩幅やスピードまで推理して見事に母と再会させてくれた。

 掃除の手際も傍から見ていて実に効率がよく、正確無比なメンテナンスにより、俺の知る限り不良を起こした遊具はない。

 老いて多少物事を思い出すのが遅くなったとしても、アズシナさんは昔と変わらず頼れる人だ。


『待たせたね、恐らくコレだろう』

 5分ほど待っていると、帰ってきたアズシナさんの手には電話帳くらいの大きさをした箱が。

 結構古いものらしく、表面に貼られた日付のラベルはかなり色あせている。

 

 表面は、アズシナさんが少し拭った程度では取れないほど、ホコリがこびり付いていた。


「學サマ、此れに御座います! 間違いありません!」

 箱に触れるまでもなく、トヨが目を輝かせて俺に飛びつく。

 どうやら本当にコレらしい。

 日付は、二十六年前の八月。

 奇しくも俺の誕生月ではないか。


 留め具を外して、中を覗き込む。


「……ははっ、マジかよ」

『端末』がないと解った時と同じ言葉が思わず溢れた。


 しかしそこに込められた感情は、落胆ではなく感動と懐かしさだ。


 箱の中には更にジッパー付きのポリ袋(よく冷凍物や切った野菜をいれる奴)が数枚入っている。

 その中身は子供用の帽子だったり、キャラクターの印刷された缶バッジだったり様々だ。


 俺がその中から見つけ出したのは、緑と赤を基調とした、鍔部分には牙のような飾りのついた帽子。

 その年の誕生日に母から買って貰ったのに、マナブと乗ったコースターで飛んでいってしまった、()()()()()()()()だったのだ。

 裏返すと、内側に母の字で『ナカノ町幼稚園 平賀 學』と書いてある。


 両親が亡くなるまで気にも止めていなかったが、家には、父の書いた字は残っていても、母の書いた字というものは残っていなかった。

 ネット社会の昨今、手紙やハガキという手書き文化は半死半生、まして身内との連絡はもっぱら通話アプリでの通話やチャット機能が主流だった。

 勿論、文面や写真も思い出としては十分だろう。

 しかし文字を生業とするようになった俺には、手書きの文字が持つ温かみや柔らかさ、そこに込められた『思い』こそ何物にも変えがたく、尊いものだと信じてやまない。


『おぉ、懐かしいねぇ。ガッ君の好きだったヒーロー『赤鬼ライエン』の帽子じゃないか』

「‥アズシナさん、あの、これ……」

『勿論、もって帰りなさい。名前が入ってるんだ、間違いようもない』

「ありがとう、ございます!」

 まさかこんな形で、形見を見つけられるなんて……。

 俺は胸に帽子を押し付け、深々とアズシナさんに頭を下げた。


「どうです? どうです學サマ? 失物、見つかりましたよね? 吾輩、お役に立ちましたよね?」

 せっかく余韻に浸っていると言うのに、トヨは俺の周りを跳ねるようにウロウロ。

 うつむく俺を覗き込み「褒めて良いのですよ~? (あが)(たてまつ)って頂いても良いのですよ~?」とニヤニヤしている。

 

 俺は目に溜まっていた涙を拭いてトヨを呼び止める。

 トヨは褒められると思っている様で、満面の笑みで俺の前に立つ。


 しかし俺の答えは賛美ではなく、トヨの額めがけた強烈なデコピン。

 トヨは「痛いです!」と声をあげ、額を押さえて目を瞬かせた。


何故(なにゆえ)!?」

「本来の目的も果たせてないんだから、そんなに褒めて貰いたいなら『端末』見つけてからにしろ! お前は一々、言動と結果が不釣合いなんだよ」

「そんなご無体なぁ! 吾輩、久方ぶりに誰かから褒められたいので御座いますぅ! 褒め称えられない『神』など『神』とは言えませぬぅ!」

 トヨは子供の見た目に違わぬ駄々をこねて、俺の足にすがり付いた。

 あぁ、面倒くさい……。


『はっはっはっ。‥なら、儂が褒めてあげるとしようかね?』

 アズシナさんはひざまずいてトヨの両手を持ち、視線を彼女に合わせる。


『神さん、ありがとうね? 君のお陰で、久々にガッ君と会う事ができたよ。短い時間だけど、君たちみたいな若者と話せてとても楽しかった』

「お、おぉ! そう言ってくれるか、東(おきな)よ! そなたの未来は、さぞ幸多き物と成ろうぞ!」

 トヨは感激した様子で目を輝かせる。

 神様が人を敬うとは、立場が逆だぞ。


『ほぅ、それは有り難い。……さっきも言った通り、ココはテレビもなくて退屈だでね。今日は本当に楽しかった。良かったら、また会いに来とくれ。ガッ君の小さかった頃の話ぐらいなら、幾らでも聞かせてあげよう。例えば彼が三歳の頃、トイレ間に合わずに、』

「ちょッ!? アズシナさん、その話はマジで……」

 俺が必死に止める様子に、アズシナさんは朗らかに笑う。

 全く、アズシナさんも人が悪い……。


『はっはっはっ、……なぁガッ君? これは年寄りの戯言(たわごと)だがね、思うに世の中は協調と共感、そして妥協と甘受で成り立っている。結果はどうあれ、誰かの努力や行いは素直に認めてあげなさい。好意なら尚更ね? そうすればきっと、巡りめぐって自分にプラスとなって帰ってくる時が来るから。何といったかな、この星のコトワザ『情けは人のためならず』と言う奴だ』

「そ、そうです! 學サマは吾輩に対してぞんざいです!」

 アズシナさんに便乗するトヨの額に、俺はもう一発デコピンをお見舞いした。

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