【拾弐の章 人は彼らを『異星人』と呼ぶ】
「あー、忘れ物なら東爺の管轄ですー。エレベーターで地下三階ですー」
施設内の若い清掃員を捕まえて忘れ物センターの場所を訪ねると、彼はそう言って俺たちをエレベーターまで案内してくれた。
道中、俺やトヨの顔色が優れない事や、大量の食料品の入った袋を心配されて『救護室』への案内も提案されたが、理由があまりに間抜け過ぎるので丁重にお断りした。
どれだけ気合を入れた所で、胃袋の物理容量が増える訳もない。
ドームバーガーは二人してヒーヒー言いながら何とか完食したが、結局残りの料理は食べきれずに持ち歩く事になった。
もうこうなったら『差し入れ』のテイで、出版社の村井君に押し付けてしまえ。
彼はかなりの大食漢。
今日も泊まり込んで仕事をしているだろう。
それはそうと『アズマ』という名前だが、昔、どこかで聞いたことがある気がする。
はてさて、誰の事だったか……。
「‥むむ? 學サマ、ココでは御座いませんか?」
トヨの声に思考を現実に戻すと、直ぐ右手に『遺失物管理室(落し物センター)』のプレートがぶら下がる扉があった。
トヨの声がなければ、危うく通り過ぎるところだった。
物思いにふけると周りが見えなくなるのは、俺の悪い癖だ。
コンコンと二回ノックをすると、ややあってから『どうぞー』とくぐもった声が聞こえてきた。
軋む扉をゆっくり開けると、その先にはうちの店も真っ青な大量の物、モノ、もの……。
向こう側が見えないほど奥行きがあり、建物の三階分はあろうかと思うほど高い天井。
『部屋』と言うには無理があるほど、だだっ広い空間が広がっていた。
入って直ぐ手前側には、本当に落し物か疑わしいほど巨大な機械(用途不明)や、水没した社会では欠かせないダイビング用品、果ては水上バイクに……、斬馬刀(何故こんな武器が?)などの大物が横一列にズラリと並んでいる。
その後ろには天井スレスレまである大きな金属棚が、図書館よろしく何台も並んでいた。
上に行くほど小さい物が乗っているらしい。
もはや『倉庫』といっても過言ではない。
『待っとくれよー? 今降りるでねー』
頭上からの依然くぐもった声に見上げると、一番近い棚の最上部に人影が蠢いていた。
と、次の瞬間、人影が棚から落下!
足を滑らしたのか?
踏み外したか?
何にしても、あの高さから落ちたら無事では済まされない!
「トヨ!『神通力』で何とか出来ないのか⁉」
「お、おおお待ちを‼ えぇーと、えぇーと…」
トヨはパニクっているらしく、合掌こそすれ中々術を発動させない。
駄目だ、家での一件を鑑みるに、彼女はとっさの事にとかく弱いらしい。
とてもじゃないが待っている猶予はない。
俺はせめて全身でクッションになろうと、人影の真下に滑り込んだ。
……のだが、一秒、五秒、十秒と身構えているのに、一向に人は落ちてこない。
不思議に思い改めて目線を上げると、人影はゆ~っくりと降りて来ていた。
近づいて来るにつれてハッキリ見えてきたのは、宇宙服を思わせる真っ白でずんぐりとしたスーツに、背中に大きなボンベらしき物を背負った人物。
ボンベ下部には楕円の穴が空いており、そこが青白く輝いて光る粒子が出ている。
落下が遅いタネはアレか?
『魔術』ではなく科学技術っぽいな。
『お若いの? ちょいっと下がってくれんかね?』
「あぁ、すいません」
言われた通り後ずさって場所を開けると、間もなく宇宙服の人物は音もなく床に着陸する。
いたって平然としており、焦っていたのが馬鹿みたいだ。
『管理担当の東です。落し物を届けに来たのかい? それとも、探しに来たのかね?』
穏やかな口調で俺に向き直ったその人の、金魚バチを逆さにしたかの様なフルフェイスヘルメットの内部は、黄色っぽい液体に満たされていた。
透明なシールド越しにその中を見た俺は、ようやく『アズマ』という人物の事を思い出した。
「……あの、もしかしてシーナン=ベイ……、アズシナさんですか? 清掃員の?」
『ふむ? 確かに儂は東・シーナン=ベイだが、どちらさんだったかね?』
頭頂部にポンッと手袋でずんぐりした手を置き、アズシナさんは首をかしげた。
「あぁ、やっぱり! 俺です、平賀 學! 双子の片割れの!」
『ヒラガ? ひら……、ちょいと待っとくれ? ……データベース、検索開始』
アズシナさんは急に感情のない口調になると、直立不動になる。
ガリガリと、まるでPCがHDDを読み込む時に鳴るような音を全身から立て始めた。
あぁこの立ち姿や音、本当に懐かしい!
「が、學サマ…」
アズシナさんの返答を待っていると、シャツの裾が引っ張られる。
首だけで振り返ると、トヨがアズシナさんの姿……、といより頭部を見上げて顔を青くしながら震えている。
「か、顔が……、顔が……、この者、顔がありません⁈」
‥成る程、世界の水没や魔術が普及している事すらトヨは知らなかった。
当然、地球外生命体――所謂『異星人』が市民権を得ている事も知らないという訳だ。
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ビッグバン以来、どこまでも膨張し続ける【大宇宙空間】
星と暗黒の大海原には途方もない数の『恒星』とそれに属する『惑星』『衛星』が存在し、それらが寄り集まり何億、何兆もの銀河系を形成、宇宙全土で渦巻いている。
夜空に広がる溢れんばかりの星々を見れば、俺たちの住む【太陽系第三惑星】にのみ文明や知的生命が存在する訳がない事は想像に難くなく、事実、宇宙には数多の異星人が存在していた。
宇宙から最初の使節団が飛来して、異星人の存在が公となってから一世紀あまり。
知的生命が暮らす星群による同盟組織『銀河連合安全保障理事会(通称G・U・S・C)』に地球が加盟し、異星間での交流、交易が盛んになって以来、地球の科学水準は劇的に向上。
地球産魔術との融合も相まって、地球が同盟の中核と成るのにそう時間は掛からなかった。
宇宙全体から見れば『辺境宇宙』に属していた地球は、豊富な資源と安定した四季に恵まれた惑星として知れ渡り、今では年間数万人規模で異星人観光客が訪れる行楽地となっている。
地球への移住者も年々増加しており、異星出身者は世界人口の約5%にまで達している。
アズシナさんもまた、地球環境に惚れ込んで移住してきた異星人の一人だ。
出身は地球から六万光年ほど離れた【水の惑星 ダヤンメール】
その身体は、地球人のように肉体や骨格を持たない粘性の液体で、人間でいう所の『脳』の役割を果たす大きな『核』を持つ。
語弊のある言い方になるが、まるでアメーバのような『単細胞生命体』だ。
彼の着ている宇宙服は流動の身体を人型に保つ物であると同時に、記憶容量を物理的に増設する為に、HDD等の記録媒体を接続出来るようになっている。
故に彼の種族は、宇宙一の記憶力を持つと言われている。
「な、何と面妖な……」
トヨの驚きに「置物のお前がそれ言うか?」と思わずツッコミを入れる。
が、直ぐに(しまった!)と思い、アズシナさんに視線を戻した。
彼を前に『置物』発言はマズい。
トヨの正体がバレる。
しかし幸いにしてまだ検索が終わっていないらしく、アズシナさんは無反応だった。
聞く所によると、検索が終わるまで一切の思考、行動が止まってしまうのが、彼らないし彼女ら種族の弱点らしい。
ただそれにしたって、随分と時間がかかっているな?
昔はその膨大な知識量で、面白い話を次々と聞かせてくれた物だが……。
『検索終了。‥おぉ~、ガッ君かい⁈』
ようやく活動再開したアズシナさんは俺の両肩を掴み、久々の再会を懐かしんでくれた。
「ははっ、その呼び方するのは、アズシナさんかマナブくらいですよ……。お久しぶりです」
『いやぁ、すまんねぇ。なかなか思い出せんで……。歳を取ると、媒体も古くなって来て検索に時間が掛かって敵わん。ボケる前にデータ移動せんとな?』
アズシナさんはヘルメットから伸びたケーブルの先、四角く膨らんだ右胸のスリットを『確りしとくれよぉ』と愚痴りながらポンポン叩く。
彼が園内の清掃員、兼遊具点検作業員として働いていた頃よりも、記録媒体がだいぶデカくなっている。
つまり最後に会った時から、それだけの年月が経過しているという事だ。
『まぁ立ち話もなんだ、座りなさい』
アズシナさんに促され、俺たちは入口すぐ脇のソファーに腰掛けた。
先に向かい側のソファーに座ったアズシナさんは、昔を懐かしんでいるのか「すっかり大きくなって……」しみじみと呟き、無い顔で俺を見つめる。
『最後に会ったのは、幾つの頃だったかいね?』
「高校入る前だから、中三の夏ですね」
『と言うことは、十五年以上は経っとるな……』
「清掃とかメンテナンスの仕事はどうしたんです?」
『園が大規模改装されてから、日陰がすっかり減ってしまったろ? 知っての通り、儂は日光が駄目な日陰者。それに儂も年老いて、日がな一日中腰で工具を弄るのにも限界だった。ここ十年は倉庫番で落ち着いとるよ。マナブちゃんも元気かい? 何でも警察官になったとか』
「ご存知だったんですか?」
『あの子がトウキョウを離れる直前くらいに手紙を貰ったんだよ。‥ぇえ~と、あぁコレだ』
アズシナさんは真横の壁に吊るされていた布製レターラックに手を伸ばし、ハガキを一枚取り出す。
表面には見覚えのある筆跡で、アズシナさんの本名とこの施設の住所が。
裏面は写真付きで、婦人警官姿のマナブが姿勢正しく敬礼をしていた。
その下のメッセージ欄には、彼女が警官になった経緯。
即ち『八年前の事』も簡単にだが書いてあった。
『ココにはテレビもラジオも電波が来ないし、普段から仕事にかまけて新聞なんぞも殆ど見とらんかたでね……。‥今更になったけど、色々と大変だったな』
やや遠慮がちなアズシナさんの言葉に、俺は一言「はい」とだけ答える。
その一言で察してくれたのだろう、彼はそれ以上『色々』については踏み込んでこなかった。
『ところで、そちらのお嬢さんは?』
アズシナさんに見つめられ、俺の隣に座っていたトヨはビクッと体を跳ね上げた。
俺は見慣れているから気にしないが、初見の異星人はそんなに怖い物なのだろうか?
神話に登場する神様も一説では異星人と言われているし、似たような物だと思うのだが。
『もしかしてぇ……、娘さんかい?』
「まっさかぁ、俺今年で三十一ですよ? こんなデカい子供がいたら、少なくとも十代の頃の子供じゃないですか…。コイツは、」
と、そこまで言ってから、はたと気づく。
そういえばトヨの事を誰かに訊ねられた時、どう説明すれば良いのか全く考えていなかった。
先ほど自分で言ったとおり、トヨを娘とするには俺は若すぎるし、そもそも結婚どころか、彼女だっていないんだ。
かと言って馬鹿正直に『神様です』の事を言う訳もいくまい。
ここは無難に『親戚の子』という事で……。
「我が名は『豊福招来猫多大明神』なり! 學サマの大願成就の為にお仕えする商神なるぞ!」
ところが俺が言いよどむ間に、トヨは目の前のローテーブルに飛び乗り仁王立ち。
臆面もなく神様宣言してしまう。
両手を腰に置き「そんじょ其処らの娘子と思って侮るなかれ!」と胸を張っているが、虚勢なのか声が震えていた。
トヨの行動に面食らったのか、アズシナさんは少し彼女を見つめてから無言で俺を見る。
「し、親戚! 親戚の子です‼ ちょーっとゲームや本の見すぎで、現実と幻想の区別がつかない程夢見がちなイタい子なものでして‼」
俺は慌てて背後からトヨの口元を鷲掴みにしてソファーに座らせると、大袈裟なまでに笑って取りつくろう。
が、意図を理解していないトヨは俺の発言に憤慨。
口を覆う手を引っペがし「にゃんたる言い草! 我輩、決して非常識な夢想家では御座いませんよ⁉」とジタバタしながら猛抗議しだす。
ちょっと黙ってろ化け猫‼
空気を読め‼
『‥フッ…、ハッハッハッ!』
しばらく無言で俺とトヨのわちゃわちゃを見つめていたアズシナさんだったが、不意に吹き出すように笑いだした。
ヘルメット内の液体が泡立ち渦巻いていて、実に愉快そうだ。
『いゃ~失敬……。そうかそうか『神さん』とは! コレは無礼な口はきけんねぇ?』
「お、おぉ! 話が解かる老輩よ! うむうむ、此れからも神仏を敬い、謙虚に過ごすが良いぞ!」
アズシナさんは両手を擦り合わせて、『ありがたやー』と言いながら深々と頭を下げる。
トヨは調子を取り戻したようで、ふんぞり返って偉そうに腕組みして鼻息を吐いた。
やれやれ、子供のごっこ遊びだと思われてる事に気付かないとは……。
まぁ誤魔化せた(のか?)みたいだし、トヨもコレで大人しくしてくれるなら、それでいいか。
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