【拾壱の章 遊園地の思い出】
ドームシティ遊園地は途轍もなく長い歴史を持っており、その開園は海底がまだ地上だった頃と言われている。
なにせ俺が物心付くか付かないかの頃に亡くなった祖父母が、子供の頃に遊園地で撮影した写真が残っているほどだ。
都心部のど真ん中に位置する事や家が近かったこと。
なにより入園料の安さから、小さい頃はよく母と姉マナブの三人で遊びに来ていた。
すっかり改装されて見る影もないが、当時はこんなに大きな屋内施設は建っておらず、大観覧車も、建物内外を縦横無尽に駆け巡るジェットコースターもない。
入園料さえ払えばどのアトラクションも乗り放題で、年季の入った中小規模遊具とレトロゲームが多い、おおむね野ざらしな遊園地だった。
正直とても地味で、高層ビルに囲まれた上にドーム球場が隣接している事から、日陰になっている時間の方が多い立地。
悪く言ってしまうと、やや寂れた薄暗い印象が強い場所であった。
しかしこのうるさ過ぎず、かといって静か過ぎない、家族でのんびりと楽しめる雰囲気が俺の性には合っていた。
【チバ】にある賑やかで華やかな【夢の国】や【オオサカ】の豪華絢爛な【映画の町】と比べてしまうと魅力も話題性も雲泥の差だが、俺が『遊園地』と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やはりココ。
かけがえのない『思い出の地』だ。
しかし、苦々しい思い出もいくつかある。
一緒に来ていたマナブと俺は、双子とはいっても『二卵性双生児』と言われるタイプ。
性別どころか性格まで違い、彼女はすこぶる快活だった。
好きなアトラクションもその性格に準じているのか、絶叫系や動きの激しい物、ドッキリ系が多かった(恐らく、大人になった今でも好きだろう……)。
特にマナブがお気に入りだったのが、一周が一分にも満たない子供向け極小コースター。
回転率の良さから、多い時は入園からの直行三〇連チャンで乗りまくったりする程だ。
別にそういった物を好むのは結構だ。
俺も母も、彼女が満足するまで待つ事を苦には感じない。
問題なのは、俺も同乗させられた点だ。
ようやく次のアトラクションへ移動する頃には、俺は足腰が立たないほどグロッキー状態。
ある時なんか、母に売店で買ってもらったばかりのヒーローの帽子がコースターの走行中に何処かへ飛んでいってしまい、吐き気に苛まれながら、子供ながらマナブを心底恨んだ。
まぁ母に介抱されている間、膝枕で頭を撫でられる時間は、恥ずかしさもあったがとても安心できる至福の時間でもあったけど……。
もう一つ俺が恐ろしかったのは『お化け屋敷』。
この遊園地にも俺が十歳の頃までは存在していて(やはりマナブに強制連行されて)入る度、恐怖におののき大泣き、卒倒した事もある。
魔術が当たり前に普及した影響かは不明だが、三人に一人は幽霊が見えるこの時代、幽霊退治の専門職まであるというのに、何が怖いのかと学生時代には同級生たちから良くからかわれた物だ。
しかし生憎と、俺は今時珍しい見えない側。
いくら世間的に幽霊が溢れ返って認知されているのだとしても、見えない物は見えないし、気配すら感じ取る事もできない。
だからこそ、たまに期待してしまう。
亡くなった父や母もまた、幽霊として俺の傍にいてくれたりしないかと。
仮に霊感があって見えたとしても、幽霊に触れる事は出来ないと聞く。
つまりあの手が、俺を撫でてくれる事はもう無い。
それは解っている。
しかし死に目にも会えず、そもそも死の原因を作ってしまった俺としては、触れ合えないまでも一目会いたい。
会って謝りたい。
そう思わずにはいられないのだ。
『大丈夫です、學サマは、何も悪く御座いません……。仮にそうでも、貴方様はもう十二分に咎を受けました。もう御心の荷を、降ろして良いのです』
そんな声が聞こえたかと思うと、不意に、頭を撫でられるのを感じた。
心地よい感覚に俺がゆっくり目を開けると、黒いシルエットが俺を見下ろしていた。
どうやら膝枕をされて、頭を撫でられていたらしい。
手の甲で片目を擦ると、目から頬にかけてザラザラと塩の結晶が付着していた。
思わず「母さん?」と呟くと、シルエット――即ちトヨは「吾輩です」と微笑んだ。
皮肉な物だ。
幽霊が見えない俺が、自称とはいえ神様に慰められているとは。
「‥どれくらい経った?」
彼女の頭上に見えるガラス越しの空は既に日が傾き、黒と紫、そしてオレンジの入り混じった色をしていた。
都会では人工の光が強すぎてほとんど見えないが、恐らく『流星時間(特定の時間に大量の流れ星が観測される自然現象)』が始まる時間帯。
即ち夕食時と予想する。
「一刻と少しほどで御座います。‥起きられますか?」
「あぁ、……ぐはぁッ、腰いってぇ……」
旅人時代に何度か経験したが、クッション性のない板のベンチで寝るのは、やはり避けた方がいい。
『狭い』という意識から自然と体が強張るし、何より腰を痛めかねない。
昔に比べて、一度痛めてしまうと回復まで時間がかかる。
「ご気分は如何です?」
トヨに「先ずは水分を」と渡された、フィルムで蓋をされた紙コップ。
一緒に渡されたストローを刺して中身をすすると、渇いた喉を潤すにはやや難のある、ドロリとして激甘な液体が口の中に広がった。
どうやらシェイクか何かが溶けた物らしい。
起き抜けの人間に真っ先に飲ませる物としては、中々にパンチが効いている。
「だいぶマシだ。まだクラクラするけ……、おいマジか?……」
固まった体をほぐす為に立ち上がって背伸びをし、おもむろに背後のベンチに目をやると、大量のファストフードや飲み物、デザートが所狭しと溢れ返っていた。
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食べても食べても一向に減らないファストフードの山に、遂に俺の胃袋は悲鳴を上げた。
いくら朝から食べていないとは言え、ハンバーガーのセットメニュー二種とフライドチキン二本を食し、さらにドリンク三杯を流し込めば苦しいのは当たり前だ。
生憎と俺はフードファイターではないからな。
油物、特に味の濃い物は冷めると非常に味が落ちるので、それが一層食欲を奪う。
「吾輩も、もう限界です……」
食べ物を挟んで向かい合う形でベンチに座り、幾つものケーキやドーナッツを割り箸で突いていたトヨも、口元のクリームを舐めとる気すら失せて天を仰いでいる。
「甘い物ならお任せ下さい!」などと息巻いていたが、実はチョコや生クリームの方が胃に来るのだ。
巻かれた帯の上からでも判るほどトヨの腹部はぽっこり膨れており、腹にボールでも詰めてるかの様だ。
「‥お前さ……、何事にも『限度』って物があるだろ……」
「ケップッ。‥申し訳、御座いません……。お倒れになられた事に、気が急いてしまい……」
それを言われると、何も言えなくなってしまう。
実際トヨの『空腹が原因』という読みはあながち間違っていなかった。
低血糖の典型的な症状に『頭痛』や『手足の震え』『動悸』そして『気分の落ち込み』がある。
これは人体が足りない血糖値を補おうとして、アドレナリンを始めとした様々な副腎質ホルモン(腎臓の上にある『副腎』と呼ばれる臓器から分泌されるホルモン)を分泌、交感神経に働きかけて心身に影響を与える為だ。
溶けたシェイクで糖分を補給され、食事を取る程に頭痛も軽減。
落ち込んでいた気持ちも盛り返してきた。
しかし、今度は食べ過ぎからくる腹痛と吐き気に苛まれている。
まさか三万ポイント全部を、一度に使い切るとは……。
しかもファストフードに。
この大量に残った料理、どう処理する?
勿論捨てる気など毛頭ないが、これ以上はもう食べれない。
持ち帰ったとしても、冷蔵庫が使えないので保存が出来ないし……。
「……ハッ! 時に學サマ、ご報告したい事が!」
気だるそうに布で口を拭っていたトヨは何かを思い出したのか、急にコチラへ身を乗り出す。
が、直ぐに青い顔をして口を両手で押さえてうな垂れた。
待て、その体勢で吐かれたら全部俺に掛かるじゃないか。
吐くにしてもトイレに行ってくれ。
「んで、何を知らせたいって?」
トヨの両肩を持って、慎重に彼女を元の位置へ押し戻す。
トヨはトヨで、飲みかけのアイスティーで口の内容物を胃袋(あるのか?)に押し戻した。
「ゴホンッ……。調達の折、この施設内で學サマとの『縁』を感じました」
「ッ!『端末』のか⁉」
「それは解りかねますが……、少なくとも學サマの所有物があるのは間違いございません」
出版社に忘れたとばかり考えていたが、思えば酔い潰れるまで飲んでいたのはココの飲食店街ではないか。
施設内の店舗のどこかに置き忘れていた可能性は充分に高い。
子供の頃とシステムが変わっていなければ、たしか施設内の忘れ物は全て『落し物センター』に集められて保管されている筈だ。
イベントステージ内を見回すと時計を発見。
‥マズい、既に短針が『6』を指している。
「トヨ、直ぐに食べ物片付けるぞ」
「え、ええ⁈」
「もう一般的には営業終了時間だ。センターが何時まで空いてるか解らん!」
「せんたー、とは?」
「良いからとにかく食え!」
何としても今日中に端末を回収したい俺は奮起して、残っている料理の中で特に大きな包に挑む事にする。
中から出てきたのは、やたらとデカい真っ白なハンバーガー。
直径は約二〇センチ、白いバンズと白いチーズをふんだんに使い、さらにハンバーグはドーンと三枚入り。
施設のポスターによると、ドーム球場モチーフの期間限定品らしい。
大きさからも推察できる通り、一人向けではなく家族向けらしいが、それにしたって重たすぎる。
完全にカロリーお化け商品だ。
「……トヨ、買ってきたのはお前だ。半分食え」
冷めて固まったチーズにコーティングされた肉の塊を前に、完食すると固めた覚悟は早々に溶けさった。
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