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012 思い出話


「お母さんに変なことを言われませんでしたか?」


「い、いや、特には」


「その反応、少し怪しいです」


 僕は今、柊木さんと一緒に道を歩いている。

 あれからしばらく夏美さんと話をして、外が暗くなる前に帰ることになったのだが、柊木さんが少しだけ送ってくれることになったのだ。


 ここあたりの土地は来たことがないので正直ありがたい提案だった。

 さすが気遣いも出来る柊木さんである。


 しかし柊木さんの機嫌はあまりよろしくない。

 まあ先ほどのこともあるし、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが、せっかく二人きりなのに勿体ない気もする。


「……朝野くんは覚えていないかもしれませんが」


 そんなことを考えていた僕に、柊木さんがぽつりと呟く。


「ずっと前に、朝野くんに助けてもらったことがあるんですよ」


「僕に?」


 言われて思い出してみるが、全く身に覚えがない。

 しかし柊木さんの口ぶりは嘘とも思えないので、柊木さんの言う通り、恐らく僕が忘れてしまっているのだろう。


 それを悟ったらしい柊木さんが僅かに寂しそうな表情を浮かべるが、すぐにそれを振り払うように首を振る。


「実は私、受験勉強のストレスとか寝不足のせいで居眠りしてしまって、高校入試の日にサキュバスの能力を発動させてしまったんです」


「え……」


 柊木さんの言葉に驚く。

 一度サキュバスの能力の効果を見てしまっている以上、大丈夫だったのか心配になるのは当然だろう。


「もちろんその時もたくさんの男の人たちが寄って来たんですけど、そこで能力にかからなかった朝野くんが助けてくれたんです」


「ぼ、僕が?」


 僕は高校入試の時のことを思い出す。

 言われてみれば確かにそんなことがあったような気がしなくもない。


 確かあの時、何としてでも高校に受かるために何日も続けて徹夜で勉強して、それなのに女子に群がる男子たちがいたものだから無性に腹が立ち、「さかるならよそでやれ!」と一喝したのだ。

 徹夜明けの僕の負のオーラに畏れをなしたのか、男子たちが一斉に散り散りになっていく様は何とも爽快だった。


「まさかあの中心にいたのが柊木さんだったとは」


「あの時は周りに頼れる人もいなくて、もう少しで本当に大変なことになるところだったんです。だから高校で同じクラスになった時に一番にお礼を言おうと思ったんですけど、それ以上にどうしてサキュバスの能力が効かなかったのかが気になってしまって……」


 そこで一度柊木さんは「ふふっ」と何かを思い出したかのように噴き出す。


「ここだけの話、これまでに何度か朝野くんを魅了しようとしていたんですよ?」


「そ、そうだったんだ」


 もしかしたらその時に一度でも僕が魅了されれば、柊木さんはサキュバスとしての責任を果たしてくれたのかもしれない。

 そう考えるとやはり後悔が残る。


 しかし柊木さんにとってはこの半年間、サキュバスの能力が効かない僕という存在は不思議や疑問の対象だったのだろう。


 そして最近になって勇者による「魔族騒ぎ」があり、柊木さんなりに「僕=魔族」という仮説を立てたのかもしれない。

 そこで勇気を振り絞って僕に魔族かどうかを聞いてきたのだろう。

 しかし僕の反応で我に返った柊木さんは慌ててその場から逃げた、と考えれば色々と辻褄も合う。


「でも、朝野くんが魔王様で本当に良かったです」


 柊木さんがぽつりと呟く。

 その雰囲気に僕も「様付けなんてしなくていいのに」とは言えない。


「僕も柊木さんが魔――サキュバスで良かったよ」


 魔族、と言おうとして止めた。

 何となく女の子的には可愛くない響きだと思ったのだ。

 それならまだサキュバスの方が、僕の好みにも合っている。


 微笑む柊木さんに心の中で「胸はまあ、うん。遺伝子的には……」と呟いたのは内緒だ。


「あ、そういえば柊木さん」


「はい、何ですか?」


 そこで僕はふと夏美さんに言われたことを思い出す。

 あまりにも面白そうに話してくれるものだから、強く印象に残っていたのだ。




「胸を大きくするために夜な夜な一人で揉んでるって本当なの?」




 余談だが、その後の記憶はない。

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