さよならの前に
そうして帰ってきました本国。
でも攫われたところも一応日本だったらしい。
聞いたこともない島だなと思っていたら、帰還船の乗組員が『地図には載っていない華乃宮私有の島』だと教えてくれた。
しらねぇはずだ。
あれから一ヶ月しか経っていないのに、俺には一年経ったような気がした。
それほど毎日がのんびりしていたのだ。
もちろん帰ってきた当初は、アパートの継続手続きやら大学の届けやらで、脳みそもフルに使った。
…ちなみにあの告白は、まだ答えをもらっていない。
なぜなら休みに入ってしまったからだ、相手が。
どうやら俺が攫われている間に留学試験に受かったらしく、すでにアメリカへと行ってしまっていた。音沙汰ないのは、見込みなしと考えていいんだろーな…。
でも俺は悲しくなかった。
というよりも、やり残した事があるような———感覚。
まひるのために、何もできなかったこと・何もしなかったこと。
「まぁ、今更仕方ないことだけどな…」
バイト明け、夜中近い時刻。
月に照らされながら、アパートへの道のりで呟く俺。
「汚らしい。」
独り言への返事。それも辛辣。
後ろを振り返ると、またしてもあの小学生がいた。
そう、華乃宮ゆう。まひるの義理の妹さん。
「ゆう、ちゃん。ここらへんに住んでるの?」
「それは面白い冗談ね。
こんな兎小屋に住める程、神経太くありませんわ。」
悪いな、俺はここに住んでるよ。
しかし驚いた。
ゆうちゃんが家の前にいるなんてミスマッチすぎる。
あの孤島事件以来、一切会っていなかったからな…。
ゆうちゃんは、肩に垂らした黒髪をかすかに揺らして、首を傾げる。
「ここに戻っているのは、黒から聞いたのだけれど。嘘だとわかったのね?
それで追い出されたのかしら?」
「追い出されたというか…できることないしな」
俺はまひるの『鞘』じゃなかったのだから。
縁も所縁もないし、義理も人情もない。
いや、人情はあるか。一応。
「でも、心残りがあるんじゃなくて?」
覗き込まれる黒い瞳。
これは見る人が見たら、えらい魅力的な視線なんだろーな。
俺はこない、全然効きませんよ、決してな!
頭を軽く振りながら、ゆうちゃんから視線を外す。小さな唇が、くすりと笑う。
「実に魅力的ですね、下僕にしたいですわ。
今日来たのはそういう話ですの。
……道祖土さん、私の下に来ないですか?」
スカウトなのか、下僕って奴隷なのか図りかねる。
とりあえずこんな道端よりもアパートにどうぞといったら、丁寧にお断りされた。
「私の車でよければ。未成年なのでお茶しか出せませんけれど。」
車でお茶が出るか!!と夜道で叫びたかった。