すこし付き合ってほしいんだよ
日没まで、まだ時間もある。
まひるは鞘さんに連れられて、船への階段を上っていった。
たぶんドレスアップでもするんだろう。
ちょっとドキドキするなぁと胸をときめかせたが、俺は何日も取り換えていないシャツで過ごすのかよとまた現実に戻る。
ち、仕方ないけどな。結局俺はただの『鞘』だし。
座っているのにも飽きたので、この島をちょっと冒険しようと決める。
廃病院らしき目の前に豪華客船とコンテナ。
じゃあその向こうは何なのか。
見た目傾斜になっていて、ちょっとした砂丘になっているから、俺はその丘をさくさくと裸足で越えることにしたのだ。
手に履いていたスニーカーを持ちながら、砂丘を上る。
後ろを振り向くと、自然の滑り台みたいになっていて、段ボールを尻に敷いて滑れば楽しめそうな距離だ。
もう少しで越えられる。
俺はそのまま夢中になって登る。
頂上だ!その向こうには…
「汚らしい人。」
その向こうには、侮蔑のまなざしを向ける、ランドセルを背負った少女がいた。
「…ごめんなさい」
私立の小学校にでも通っているのか、紺のブレザーの制服を着ていた。
黄色のネクタイが可愛らしい。
でも俺に向けるそのまなざしはかなり冷たい。
思わず謝ってしまった、確かに汚いですね俺。
「はぁ、あなたが姉の言っていた『さい君』とかいう人ね。
想像通りの不愉快さね、ごきげんよう。
私はまひるの義理の妹、華之宮ゆうですわ。」
会っていきなり臨戦態勢のその子は、ゆうというらしい。
怒れないくらい、なんかオーラが高貴。
庶民という言葉が改めて分かる比較対象だった。
「っていうか妹!?に…似てねー!!」
「ええ。義理、ですから。」
叫ぶ俺に、ゆうちゃんは念を押して言った。
…気にしてるのか?
ゆうちゃんは慣れた仕草で背中のランドセルを探る。
何を取り出すのかと思いきや、スマホだった。
「…もしもし、黒?
そっちにいったん引き返すから。訳は察して。」
無愛想に電話を切って、それはランドセルにしまわれる。
ランドセルを背負いなおしながら、来て下さい。とゆうちゃんは言う。
「汚いので船で洗わせます。続きはその後で。」
さっと背を向け、丘の向こうに去っていく。
俺はなんだか申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにして、とりあえず綺麗になっておこうと思い、
丘の向こうに足を踏み入れる。
丘の向こうには砂浜があって、
黒い豪華客船が青い海に浮かんでいた。