本当は忘れてほしくない
「奥方様には内密にしてありますので、ご心配なく」
と、その場でお茶を立てられ、馬鹿広い座敷に上げられた。
うわーこれで上座に殿様がいたらぴったりやー。
と現実逃避しながら、飲みなれない抹茶をやりなれない正座で頂く。
ゆうちゃんを見ると、凛とした横顔でお茶を口にしている。
うーん…人間の遺伝子にも差があるんだなぁ。
「ゆう様、ところでそちらの御仁がお話に上がりました方でしょうか?」
「ええ、最近私の下僕になった道祖土様です。」
下僕と呼ばれた俺に恭しく首を垂れる白月さん。
下僕ってよくいう言い方なのか?
「道祖土様、こちらは囲ヵ原白月さん。
鞘さんの妹さんよ。」
「やっぱりそうでしたか。
年が離れてるので自信がなかったのですが…どことなく鞘さんの雰囲気と同じだったから」
そう言うと、白月さんは少し嬉しそうに顔をうつむけて、小声でお礼を言った。
…かわいい。二五才くらいかな。
ゆうちゃんの話によれば、今回の『まひる誘拐事件』に内面から協力してくれるという。
「いいんですか?
俺、囲ヵ原家が大切にしているものを奪っちゃうんですよ?」
「…私にとっては、兄が家族です。
大切なものを護りたいのは、私も一緒ですから」
ちょっと悲しそうに微笑む白月さん。
どうやら彼女にとって、兄の鞘さんはかなり大切な人みたいだ。
白月さんに向き合って、ゆうちゃんもうなづく。
「これで利害も一致していることですし、
私も気兼ねなく本家を崩すことができます。」
「崩すんだ…」
「ええ。徹底的に。」
徹底的にらしい。おそるべし華之宮ゆう…。
それから一時間ほど、俺たちは打ち合わせを行った。
これからの計画、動き、心構え。
ゆうちゃんは静かだが、いつもより饒舌に語った。
その夜。
明日の朝の計画を執り行うため、夜はこの屋敷にこっそりお泊まりすることになった俺。
俺、ひとりだけ。
「道祖土様、誰かに見つからずに大胆に行動してくださいね。」
難しい注文を事務的に残し、ゆうちゃんは元のリムジンで帰って行った。
見つからずに、とはいっても屋敷は外から見ただけでもかなり広かった。
歩きまわらず、用意された部屋に留まっていれば誰にも見つかることはないだろう。
用意されたのは、白月さんの私室だった。一緒に寝泊まり。
そんなどきどきな気持ちは一切なく、俺は明日への緊張で胃が痛かった。
考え事をしていると簡単に夕は更けていく。
「道祖土様」
胡坐をかいて考え事をしていると、後ろから白月さんの優しい声がかかる。
どうやら屋敷での仕事が一通り終わり、私室に戻ってきたようだ。
このまま明日の朝まで私室で準備を済ますという。
手にしているのは、着物の生地のようだ。
針でちくちく塗っている。
…え、着物を手作り!?
「…兄は、お元気そうでしたか?」
片手間のように聞く彼女だが、明らかにそれがかねてから聞きたいことだったのだろう。
鞘さんとの仲の良さがうかがえる。
「鞘さんはお元気でしたよ。
毎日穏やかな顔をしてあのわがままお嬢様のまひるの横に控えていらっしゃいましたから。
まひるもまひるですけど、鞘さんも心が広い。
優しい方ですよね」
「兄は…」
トーンが急に落ちていく白月さん。
針を刺すペースが少し落ちている。
目にはいつのまにか涙が浮かんでいた。
「もう黒霧と、名乗っていらっしゃらないのですね…」




