表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/104

第十八話

11/18 文章を修正


謎の連勤で滞る更新

まあいいか

「さて、じゃあ俺はそろそろ戻るよ」


 そう言って満流が立ち上がる。

 お互いに聞きたい事を聞き終えた。既に太陽は真上に浮かんでいる。

 思い出したように、満流が一つ質問する。


「そういえば旅をするって言ってたな。次の目的地とか決まってるのか?」

「うーん……さっき話に出て来たルドニアかゼクストって国に行ってみたいけど……地理が解らないからなんとも」

「そうか。じゃあ俺が調べておくよ」


 満流の提案は、鉄にとってありがたい物だった。

 拒否する理由も無いし、満流にも思惑がある。

 これで何の予備知識も無く鉄と別れて、何かあったら非常に後味が悪い。

 それなら少なくとも身を隠せる地形くらいは調べて教えておいた方がいいと思ったのだ。

 ちなみに、心配しているのは鉄ではなく鉄と関わった人間の方である。

 その辺りは鉄も良く理解していた。


「ありがとう。しばらくはここにいるから、今度来る時には美味しいお酒もお願いね」

「……お前、未成年だろ」


 呆れたような満流の声と共に、歩き出す足音が遠ざかって行く。

 またね、と呟く。

 またな、と返ってきた。



 バレット達は満流と共に元来た道を戻っていた。

 聞きたい事が山ほどあるという顔をしている。しかし、多すぎて何から聞いていいのかわからなかった。

 そんなバレット達の葛藤を知りながらも、満流は他人事のように涼しい顔をしている。

 何も後ろめたい事は無いという堂々とした態度が、またバレット達に口を開くのを躊躇させていた。


「……ミツル、お前はどこまで本当だと思っている」


 ようやく、バレットは一つ口を開く。

 何が、とは聞くまでも無かった。

 鉄の話だ。無理矢理世界を渡った、盗賊を殲滅した、ヘルハウンドを討伐した。

 確かに、とても信じられる話ではない。満流だって、鉄以外がその話をしたのならまず疑ってかかった自信がある。

 しかし、満流は見崎鉄という男を知っている。


 もちろん全てを知っている訳ではない。むしろ知らない事の方が圧倒的に多いだろう。

 しかし、知らないという事を知っている。

 自分には理解出来ない存在だと認めている。

 それだけで十分だ。見崎鉄が何をしようと、今更驚く事もない。

 それに、そんな利益の無い嘘を吐くような人間でもない。

 話す事は多くは無かったが、それでもその人格は嫌と言う程把握している。


「もちろん、全部本当だと思ってますよ」


 そう言うと、バレット達は目に見えて苦い顔をした。

 彼らも、本能の部分で薄々感じていた。

 見崎鉄がそれを可能とする存在だという事を。


 満流との会話の際、鉄は気配を消していなかった。

 嫌悪感を伴う違和感。それだけが大木の向こう側に座っていた。

 湖で限りなく死に近い体験をしたせいか、彼らはそれだけで理解してしまう。


 あれは、自分達の手に負えるモノではない。



 バレットが口火を切ったせいか『マガツ』の面々が我先にと質問を飛ばしてくる。

 あれはそんなに強いのか、本当に人間なのか。


 満流が全ての質問に答えられる範囲で答える中、マリアだけが沈黙していた。



「……国王には、見たまんま報告しねぇとなぁ」


 困った時に頭を掻くのはバレットの癖だ。

 しかし、今は鎧を被っているのでゴリゴリと重い音が鎧の中に響くだけだった。

 こんな話、普通ならば信じられる訳がない。

 あれを感じた自分達でさえ、未だに信じられない思いでいるのだ。


 せめて一切の私情を挟まずありのままを伝えるのが最善だ。

 説明は満流がしてくれるだろうし、その上で判断はレイヴンに任せよう。

 半ば自棄になりつつ、バレットはそんな結論を出した。


「……ちなみに、もし、もしだ。報告を聴いた国王がクロガネとやらを国に迎え入れるとか、逆に討伐するとか言い出したらどうする?」

「止めます。止まらなかったら、その時は……」

「その時は?」

「放っておきます。どうせ不可能ですから」


 だろうな、と。

 我ながら馬鹿な質問だった、と思い返す。


 迎え入れるのは不可能だ。世界中を回って景色や食事を楽しむ旅をすると言っていた。

 討伐するのはもっと不可能だ。この広大な森で一人の人間を探し出せる程、今のアルファルドに余裕はない。

 向こうに敵対する意思が無い事は満流が説明するだろうし、もし仮にヘルハウンドよりも速く走れるというのが真実なら、アルファルドに余裕があっても徒労に終わる事は間違い無いだろう。

 そうでなくても、結局一人の人間の為に軍や冒険者ギルドを動かすのは百害あって一利無しだ。

 それを分からないレイヴンではない。

 恐らくは、関わらないという選択をする筈だ。


「しかし、彼は一人で大丈夫なのか? 友達なんだろう?」


 森の中の野宿は、熟練の冒険者でも危険が伴う。

 だからこそ、何人かでパーティを組み、交代で夜の番をするのだ。

 いくら強くても、寝込みを襲われてはどうしようもない。


「違います」


 しかし、その考えは一瞬で霧散した。


 前を歩いていた満流が立ち止まり、こちらを振り返っている。

 そこに一切の表情は無い。

 まるで能面のように、ただ目と鼻と口が在るだけだ。


 殺気は無い。ただ無意識の威圧感だけが溢れている。

 何も言えなかった。

 この中で最年少の満流に、しかし誰もが気圧されていた。



 黒い外套が、川辺でゆらゆらと揺れていた。

 地面に枝を刺し、その上に更に枝を乗せただけの物干し竿に、外套とYシャツ、下着が掛かっている。

 その近くで、鉄は静かに川を覗き込んでいた。


 川幅はあまり広くない。五歩も歩けば渡れるだろう。

 水深も浅い。一番深い所でも、鉄の脛が浸かる程度だ。

 これなら、気配を消して行けば魚を手掴みで捕れるだろうか。

 しかし、体を拭く物が無い上に今は新品の黒い服を着ている。濡らしたくはない。

 全裸は流石に憚られる。手掴みは却下だ。


 ふと、日本で読んだ漫画を思い出す。

 大きな岩に岩をぶつけると、近くにいた魚が驚いて気絶し浮き上がって来るという描写があった。

 川には大きな岩があちこちに点在している。試す価値はありそうだ。

 鉄は川辺にあった岩を両手で持ち上げると、それを最も近い大岩に向かって勢いよく投げ付けた。


 ガツン、という岩と岩がぶつかる音が響き、更に大きな音を立てて鉄の投げた岩が川に落ちる音が響く。

 すぐに大岩に駆け寄り、水面に目を落とす。


「……まあ、そうだよね。知ってたけどさ」


 魚は一匹も浮いていなかった。

 期待していた訳ではないが、やはり落胆は少なからずある。


 最後の手段として、色々吹っ切って手掴みに走ろうと考える。

 先程却下した案だが、濡れた服は魔法で乾かせば良いのだ。

 学生ズボンの裾を膝くらいまで捲り、着たばかりの黒い服を脱いで外套の隣に掛ける。

 いざ、と。鉄は静かに冷たい水に足を入れた。



 数十分後、鉄は川辺に座り込んでいた。

 既に服は着ている。が、ズボンは捲ったままだ。

 その背中には黒い影が掛かり、鉄の周りだけどんよりと空気が重く見える。

 覚悟を決めて川に入ったものの、魚は一匹も捕れなかった。


 というより、一匹も見付からなかったのだ。

 どれだけ念入りに探しても、岩を退けてみても、魚の影も形も無かった。

 この辺りに魚はいないのかと思ったが、しかし鉄がここを訪れた時は確かに数匹の魚影が見えたのを覚えている。


(原因はあれだよなぁ……)


 鉄が恨めしげに見詰める先には二つの岩があった。

 先程鉄が投げた岩と、それがぶつかった岩だ。


 魚が気絶して浮いてくるどころか、音に驚いた魚が一匹残らず遠くまで逃げてしまったらしい。

 裏目だなあ、と空を仰ぐ。

 既に日は傾き、オレンジの光が射していた。

 そのまま後ろに倒れ、大の字に寝転がる。


 川のせせらぎ、頬を撫でる風を感じながら、のんびりと夕焼け空を眺める。

 これも一つの絶景かな、と思った。

 異世界に来て発見した事だが、どうやら自分はこういう穏やかな時間が好きらしい。


 空を見たまま、消していた気配を元に戻す。

 瞬間、周囲の木から大量の鳥が飛び立ち、無数の獣の足音が慌てて逃げて行くのが聴こえた。

 しかし、そんな物は気にならない。

 日が落ち切るまで、鉄はそうして空を見ていた。



 夜になってから、鉄は大木の根元に戻って来た。

 洗った服は乾かなかったので、魔法で無理矢理乾かして鞄に詰め込んだ。

 結局今日も果物と味噌汁だけの食事かな、と考える。

 いくら鉄が食事抜きで耐えられる体だと言っても、食べる楽しみが無いのは悲しい。

 食事は、この世界で鉄が掲げた目標の一つでもあるのだ。もう少し充実した物が食べたい。


(無い物ねだりをしてもしょうがないってのは分かってるんだけどさ)


 ふう、と溜め息を吐きながら、鉄は水の入った鍋を火にかけた。

 しかし、鍋から取り出したのは味噌ではなく塩と醤油だ。

 せめて今日は違う味付けにしようと、鉄は醤油の蓋を開けた。


「ん……色々足りないけど、まあまあ悪くないかな」


 沸騰した水に醤油と塩を少量落としただけの汁は、思ったより食べられる味だった。

 醤油がもったいないので味付けの殆どが塩だが、十分に味を感じられる。

 やっぱり具が無いのは寂しいなあ。そう思いながら、鉄はお椀に入れた汁を啜った。



 鞄を開き、果物を一つ取り出す。

 以前街で貰ってきた三種類の果物の、最後の一種類だ。

 全体的に色は紫で、レモンのような楕円形だ。

 手触りは柔らかい。しかし触った感じはレモンではなくバナナのようだと感じた。

 どちらにしろ、皮は食用ではなさそうだ。

 端を爪で傷付け、そこから丁寧に側面の皮を剥く。

 黄緑色の果肉が顔を出した。


「うわぁ……食用なのかな、これ……」


 紫の皮の向こうから、卵のように綺麗な黄緑の果肉が覗いている。

 色合い的になんとなくエイリアンチックだ。洋画に出てきたら、まず間違いなく未知の生命体が産まれてくるだろう。

 念の為耳を近付けてみる。何も音は聴こえない。

 よかった、と鉄は胸を撫で下ろす。

 しかしまだ警戒は解かず、果肉の外側を少しだけ齧って口に入れた。


 意外ではあったが、それは普通に食用だった。

 身の食感は茹で卵だ。しかし全体的に甘く、当然黄身は無い。

 中に謎の生物の幼体が埋まっているという事もなく、鉄はその果物を食べ終えた。


(よく考えたら、アボカドもエイリアンの卵みたいな見た目してるけど美味しいもんね)


 食べ物は見かけで判断しちゃいけない。そう再確認して、鉄は残った皮を見る。

 一応食用かどうか確かめる為に皮を少し齧る。

 苦かった。どうやらこの果物も皮は食べない方が良いようだ。



 ふと、今日一日を振り返る。

 とはいえ、川では考えるような出来事はなかった。

 必然的に、考えるのは朝の事になる。


 鉄を見た満流は、思った通り鉄に会いに来た。

 お互いに色々な話をした。殆どは満流からの情報提供だったが。

 この国の名前、国土、周辺国、歴史……他にも沢山の情報を教えて貰った。

 アルファルド王国の現状、満流が召喚された理由については意図的にぼかしていたように思える。興味が無いので知りたいとも思わないが。


 バレット達まで来たのは誤算だったが、特に気にする事でもないだろうと判断した。

 確実に鉄の存在が偉い人の耳に入るだろう。しかし、直接見ていない以上特に対策は取らない筈だ。

 それに、この広大な森で捕まる筈もない。移動速度もそうだが、魔獣に襲われる心配の無い鉄とでは鬼ごっこにすらならない。


 もし鉄を敵と見なすなら、間違いなく満流が止めるだろう。

 満流は国の中枢と繋がっているらしい。今もあの城の一部屋を使わせて貰っていると聴いた。

 彼は相手が国王でも大臣でも関係無く意見を述べる男だと鉄は知っている。

 もし国がその意見を無視したら、彼は簡単に国を去るだろう。



 天野満流の危うさを、誰よりも見崎鉄が良く知っていた。

 彼は信念を通す為に、容易く全てを犠牲にする男だと知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ