召喚の儀式
誤字報告、ありがとうございます。修正させていただきました。
王妃の間
初代王妃が現れたとされる場所。
王妃と共に現れた召喚の陣、王妃が亡くなってからも陣は消えず、その場に残された。その陣を守る為に築かれたのが、王妃の間である。
かつては小さな教会であったその場所には小規模ながらも立派な神殿が建てられていた。王宮の片隅にあるそこは、儀式の有る無しに関係なく数人の神官と警備しかいない。
王妃という国にとって重要な存在が関係しているにも関わらず、だ。
多くの国民が知っていた。
王妃召喚の儀式と呼ばれてはいるが、実際はただの成人の節目としてしか扱われていない事を。
ファルディナ王国にとって、この儀式は次期国王の成人を祝う行事の一環でしかなかった。
なぜなら
今まで幾度となく行われてきた王妃召喚の儀式において、
王妃が召喚されたことなどなかったからだ。
初めて儀式を執り行ったのは4代目国王。それはもう大事に大事に守られていた陣に多くの供物を捧げ、それまでに成されていた陣の研究を元に、作り上げた祝詞を持って万全の態勢で挑んだ召喚だった。
そして何も出て来なかった。
幾度も儀式を行った。何の反応も返さない陣に向かい続ける日々。研究がダメだったのかと考え研究のやり直しを命じたり、供物が少なすぎたのかと思い供物を増やし…何十何百と儀式を行ったところで諦めた。
4代目は己が成人する前日、数人の護衛とただ一人の神官が見守る中陣の前に立った。
私は明日成人する。いつまでも何の実りもない行いを続けても意味はないだろう。今日が最後だ。私はこの国をさらに豊かにしなければならない。たとえ何が起きても、私が再びこの陣の前に立つことは無い。
そして最後の儀式にあげられた祝詞は、国の誰もが知っているごく一般的な祈りの言葉であった。供物も無くただ祝詞だけの儀式。王には強い思いだけがあった。
祝詞をあげ終えた王は、閉じている目をそのままに祈る。
国の平和と繁栄を。
陣を見ぬままに踵を返そうとした王は、背後にいた者達の驚愕した声に思わず目を開いた。
陣が確かに光っていたのだ。
何もかもを照らすほど明るくはなく、けれど消えてしまうほどに弱くはなく。
優しく包まれているようだった、と言葉が残っている。
4代目は宣言通り二度と陣の前に立つことは無かった。息子が成人する前日に、祝詞をあげ祈って来いと陣の前に放り出しはしたが。
気弱なところがあった息子はその日を境に立派に皇太子として過ごすようになったという。
不思議と他の王族が同じ成人の節目に儀式を行っても陣は反応しなかった。
何の意味がある訳でもない。しかし次期国王としての思いを確かにするために、成人の節目として儀式が行われるようになったのであった。
エルディールは陣の前に立っていた。どのような手段を用いても消えることの無いという陣は、様々な模様によって描かれている。
王妃の間にはエルディールの他にその護衛と儀式を見守る神官がいた。
国王エルディールがその座に即位してから3年が経つ。15という若さでの就任など本来ならば有りえる筈が無かった。しかし先代の王が若くして亡くなった為、最年少の王が誕生したのだ。
既に王として立っている者の王妃召喚は今回が初めてである。皆、皇太子であった時に儀式を行っていた。
何か変化があるかもしれない。
少数だったがそう考えている者は確かにいた。確証は無いただの夢物語だと他は言う。
儀式は祝詞をあげ祈りを捧げて終了する。
エルディールの祝詞が始まった。
「蒔かれた種は大地に根を下ろし、優しさを知り 雨粒によって芽吹き、思いやりを知り 太陽によって生長し、喜びを知る」
エルディールは己の機嫌の悪さを自覚していた。
(こんな儀式に何の意味も無い。国を背負う事に不安のある皇太子が、ただの己への励ましとして始めた事ではないか。既に王としてある俺にとっては必要の無い物だ)
「嵐の力強さで己の弱さを知り 雷の偉大さで己の小ささを知る 大地の 太陽の 雨粒の 嵐の 雷の 全ての導きを持って空を向く」
(陣が光って何が変わる。たかが陣に国を栄えさせる力なぞあるものか)
「優しさを持って思いやりそれを喜ぶ 弱さと小ささを忘れず いかなる時もうつむかず」
(俺がこの国を)
「己が誇れる花とならんことを」
(栄えさせねばならない)
陣が光った。
それを確かめたエルディールは呟いた。
「俺はこの国を、守らなくてはいけない」
他の誰にも聞こえなかったはずの言葉は、別の存在に届いた。
光が消えない。
それどころかだんだん強くなっていた。
「陛下、お下がりください」
危険は無い筈の儀式。しかし増えていく光に危機感を覚える。
「陛下!」
目を開けていられないほど光が強くなる。
目を薄く開き陣を見続けていたエルディールはその時、何かが割れる音を聞いた。同時に光が収まる。
「えっ?」
その場に残されていたのは、初代王妃と同じ、黒い髪と瞳を持つ少女。
「お」
「お?」
「王妃様が現れたああぁぁぁ!!!!」
神官が少女に向かって走り出す。いくら短い距離とは言え、もう高齢なのだからと少し落ち着くように声をかける前に、神官は少女に迫っていた。
「王妃様でいらっしゃいますね!」
「えっと…?」
「王妃様なのですね!!」
「すみません、何のお話で…」
「よくお越し下さいました、王妃様ああぁぁ!まさか、この目で、儀式の成功を見届けることが出来るとは!一生の内で!最大の!幸せでございます王妃様!!!……あっ」
「ちょっ大丈夫ですか!?」
いきなり叫ばれ血走った目で見つめられ、そして目の前で倒れられた少女
可哀そうなほど動揺している
(災難だな……)
エルディールは神官の介護を護衛の一人に指示し、陣のある冷たい床に座り込んだままの少女を見た。そして安全な位置まで下げようとしてくる護衛の背中から出て、少女の目の前に立った。
黒い瞳がエルディールを映した。
「ようこそ異世界へ。私の花嫁どの」
瞳がだんだんと驚きに満ちてくる。
「私はファルディナ王国8代目国王、エルディール・ファルディナ。君の名前は何というのだろうか?」
儀式の最中の気分の悪さが、消えているのを感じた。
何の意味も無い筈の儀式。
国を守るという、当たり前のことをわざわざ確認する必要性を感じなかった。
けれど
「津田 明音です。あれ、今、花嫁って言いました……?異世界?」
「君は別の世界から、この世界に召喚された。私の妻として。応えてくれたんだろう?」
「う、うそだーーー!!」
こんな事があるのなら、この儀式にも何か意味があったのかもしれない
叫び声を聞いてやって来た警備の者の足音を聞きながら、少し笑った。