第33話【番外編】すれ違う救世主と闇騎士。そして、すべてが崩れ去る【第1部完】
32話・33話の番外編は、第29話(レテラ村)より過去の出来事(砦作戦)となります。
※本話には、キャラクターの死亡描写や精神的な残酷描写、流血表現などが含まれます。苦手な方はご注意ください。
目の前に突然現れた漆黒の影に、俺は何もさせてもらえなかった。
寸分違わず魔族の首を切り落とせたはずの剣は、怪しく鈍く光る黒銀の大剣によって容赦なく弾かれ、吹き飛ばされないようにするだけで精一杯だった。
だが、目の前の紫黒の甲冑を着た男は、俺のことなんてまるで眼中にないように魔族の男に向かって短く命令する。
「アラン、もういい下がれ」
「はっ、ヴェイグ様。お手を煩わせて申し訳ございませんでした」
そう言って男が優雅に一礼した後、魔族特有の転移でこの場から掻き消えた。
──ゆっくりと、闇騎士ヴェイグがその兜を下ろしながら振り返る。
目の前の男は、確かにエルニアだった。
空色だった髪は瘴気に染まったように黒く、濃い紺色の長髪へと変えられ、戦場の血染めの風に吹かれて揺らめいている。明るく優しさの溢れていた温かなネイビーブルーの瞳は、冷たい氷のような紫水晶の光を鈍く宿していた。
「どうしたのさ? イヴェット、そんなに怖い顔して?」
だが、その変わり果てた姿から発せられたのは、懐かしい陽だまりのような声色。
そのあまりに異常な乖離に、俺は何と言葉を返せばいいのか分からず、喉が凍りつく。
「ふふ、本当にどうしたのイヴェット? 変なの。──さぁ、じゃあ魔王様の為に死んでよ、イヴェット!!」
突然膨れ上がった殺気に息を呑み、緩みかけた手を咄嗟に握りしめて聖剣で一撃を防ぐ。
目の前の男は、エルニアの表情とエルニアの剣技で、俺を凄まじい速さで追い詰めていく。
いや、その剣技の型は確かにエルニアのものだが、彼特有の『甘さ』が一切ない。俺の命をただ効率的に刈り取るためだけに、猛然と振るわれている。
「エルニア……!? どうしてだよ!! お前は魔王ユラシーズに操られているんじゃないのか!?」
俺は諦めきれず、目の前の男に向かって必死に叫ぶ。だが、猛撃が止むことはなく、奥へ奥へと押し込まれ、とうとう受け止め切れずに吹き飛ばされた。
気がつけば、後方の陣まで追いやられている。
(まずい、ここには物資と後方部隊が……!)
焦りで冷や汗が吹き出す。
後方の陣で待機していたのは、後方支援を担当していた気弱なルイと、かつてのエルニアのようによく笑い、真っ直ぐなトアだった。
「イ、イヴェット様!? どうされたんですかそのお怪我──ひっ!?」
瓦礫を突き破って現れた俺の姿に駆け寄ろうとしたルイが、俺の後方から漂う禍々しい気配に立ちすくむ。
「逃げろ! ルイ! トア!! こいつから離れるんだ!!」
喉がちぎれんばかりに叫んだが、全てはもう、遅かった。
闇騎士ヴェイグは、俺という『最大の障害』を何故か一旦後回しにすると、計算し尽くされた最効率の軌道で、死角にいたルイとの間合いをゼロにした。
「あ──」
ルイが悲鳴をあげる隙すら与えない。
無造作に振るわれた黒銀の刃が、ルイの首を軽々と刈り取る。
ごとり、と生々しい音を立てて転がる首。その襟元から、教会特有の銀のペンダントトップがちらりと覗いて、泥の中に落ちた。
噴き出す血飛沫が、呆然と立ち尽くすトアの顔を赤く染めていく。
「ルイ……? 嘘だろ……ルイぃいいいっ!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたトアが、狂ったように剣を抜き、ヴェイグへと飛びかかる。
その見苦しくも真っ直ぐな姿──かつて、優しかったエルニアの背中に追いつこうと必死だった、俺たちの泥臭い過去の姿そのものだった。
やめろ、トア! 行くな!!
声にならない叫びが胸を突く。俺は必死に手を伸ばすが、足が竦んで動かない。
「死ねぇええっ、魔王の犬がぁああっ!!」
トアの決死の一撃。
だが、ヴェイグはそれを避けることも、剣で受けることすらしなかった。
ただ左手の甲冑で強引に切先を掴むと、そのままトアの胸ぐらを掴み引き寄せる。
──ぐしゃり。
頭部を強打された甲冑の金属音と、骨が砕ける嫌な音が重なる。
生ゴミのように地面へ投げ捨てられたトアの頭を、ヴェイグの黒銀の具足が無慈悲に踏み潰した。
その千切れた衣服の隙間から、ルイと同じ教会の記章が、泥にまみれて重なっているのが視界の隅に映る。
だが、そんなものに目を向ける余裕など微塵もなかった。
「ぁ……」
息が、吸えない。
血飛沫を顔や紺色の髪に浴びながら、エルニアは眉一つ動かさずにトアを踏みつけていた。
昔と変わらない、あの綺麗で整った素顔のまま。そこに一切の感情を宿さず、ただのゴミを片付けたかのように。
俺が勝率100%だと弾き出していたチェス盤は、跡形もなく粉々に砕け散っていた。
術式も、未来予知も、仲間を守る力も──俺の積み上げてきたすべてが、この怪物の前では何の価値もない戯れに過ぎなかったんだ。
ぴくりとも動かなくなったトアの死体を見下ろしたまま、エルニアの唇が不自然に開く。
『すごいや、トア! がんばれ、がんばれ!』
「……あ?」
ジジッ、と耳障りなノイズを混じえて吐き出されたのは──かつて、二人で稽古をしていた時に聞いていた、あの無垢でおっとりとしたエルニアの声だった。
『──あ、壊れちゃった。おやすみ、イヴェット』
あたたかな思い出の言葉が、目の前の惨劇を彩る「最悪な煽り」として再生される。
空っぽの紫水晶の瞳が、ゆっくりと俺を捉えた。
「あはは。じゃあ、次はお前の番だよ、イヴェット」
エルニアの顔で、エルニアの声で、狂った殺意が放たれる。
「つ……っ、あぁあああああああっ!!」
俺の頭の中で、何かがぶちりと切れた。
あぁ、そうか。そういうことか。
あいつは──魔王の側に堕ちたエルニアは、俺たちとの思い出すらも、俺の心を折るための道具として使っているんだ。
『完璧な救世主』を演じるための冷徹な仮面が、激しい怒りと絶望で内側からバキバキに砕け散っていく。
「許さない……許さないぞ、ヴェイグ!!! お前は、俺たちの思い出まで踏みにじるのかぁっ!!」
計算式も、気高さも、すべてをかなぐり捨てた。
俺は血反吐を吐きながら、泥に塗れた聖剣を両手で強く握り直す。
目の前にいるのは、俺の大好きな親友じゃない。
俺たちの光を汚し、仲間を殺して嘲笑う──魔王の忠犬『闇騎士ヴェイグ』だ!!
狂気と怒りで食らいついた俺だったが、数打の剣戟の末、肋骨を叩き折られて無様に地面へ転がされた。
「ぐ、ふっ……あ……!」
視界が赤く染まり、聖剣を握る指すらまともに動かない。
俺は血の味のする泥を舐めながら、振り下ろされるであろう止めの一撃を待った。
だが──重々しい金属音を立てて、黒銀の具足は俺の頭越しに冷酷に通り過ぎていく。
「え……?」
ヴェイグは、倒れ伏す俺を見下ろすことすらなく、完全に背を向けていた。
俺の未来予知も、術式も、命がけの抵抗も。
あいつにとっては『これ以上攻撃する必要のない機能停止状態』として処理されただけだった。
「──状況確認。目標『黎明の道標』の戦力低下率、70%オーバー」
感情の籠もらない、不気味なほど淡々とした声が響く。
「これより、残存勢力の掃討および砦の制圧へ移行する」
あいつの紫水晶の瞳が捉えていたのは、俺個人じゃない。
最初から『黎明の道標』という組織そのものの無残な解体と、この砦の強奪だけだったんだ。
「アラン。残りを『殲滅』する。手を貸せ」
「かしこまりました。……ヴェイグ様」
一言、声をかけただけで先程後方に下げた自分の従者を呼び出し、冷酷に命令する。
黒銀の閃光が弾け、逃げ惑う俺の仲間たちの中へ飛び込んでいく。
次々と上がる悲鳴。崩れ落ちる旗。散っていく仲間たちの命。
あいつは俺を殺しすらしてくれなかった。
殺す価値すらないゴミのように放置され、俺の目の前で、俺の大切な居場所が淡々と作業のように踏みにじられていく。
「待て……待てよエルニア……! いや、闇騎士ヴェイグ!! 俺を見ろ……! 俺を殺していけ……ッ!!」
声にならない悲鳴は爆炎の中に消え、俺はただ仲間が殺されていく音を聞きながら、気を失った。
──魔王の策動により、当事者であるエルニアの記憶から完全に削ぎ落とされた、最悪の惨劇。
こうして、歪んだ狂気に囚われた救世主と、何も知らぬまま裏で世界を救おうとする闇騎士の、終わりなきすれ違いが始まったのだった。
【第1部 完】
これにて『第1部』完結となります!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
闇騎士としての呪縛、狂気の思考最適化、そして過去の惨劇……。
絶望の果てに「料理」という歪んだ決意を固めたエルニアの物語は、ここからさらなる怒涛の展開へ向かっていきます。
もし「ここからの展開が気になる!」「少しでも面白かった!」と思っていただけましたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】での評価ポチやブックマークをいただけますと、第2部執筆の大きな大きな力になります!
【今後の投稿スケジュール】
火曜日:特別編「第1部振り返り&キャラクター紹介」投稿!
金曜日:いよいよ第2部スタート!(※以降、いつも通り【火・金・日】の18時更新となります)
ぜひブクマを外さず、次の展開を楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!
今後ともエルニアたちの物語をどうぞよろしくお願いいたします!




