10 剥奪
柴崎チェックの場合3
ペケと別れた帰り道。黒い車が一台、戸建ての前に止まっていた。
「どうして、父ちゃんが連れてかれるんだ? 国王もコールドスリープに入ったのに」
チェックは車に乗せられた良輔を引き留めようとした。チェックの暴れ様は、人混みができるほどだった。
皆は哀れそうな表情でチェックを見澄ます。
それに合わせて怒りのボルテージが上がる。
そんななかで、とある人がチェックのすべてを包み込むような優しい声をかけた。
「チェック、迎えに来たよ」
人混みの中、ベージュ色のチューリップハットを被った中年の女性がチェックの前に出てきた。視線を合わせるように背を低くする。
「私達と一緒に暮らしましょう」
「あなたは?」
「私の顔を忘れたの? 無理もないわ、まだ小さかったもの」
「……もしかして母ちゃん?」
「そう。私が母ちゃんだよ」
中年の女性が答えている内に車は走り去っていった。
「夢か?」
チェックは頬をつまむ。
痛い。
「チェック、どう見ても怪しいだろ。……帰ってください。チェックの油断している隙に騙すつもりだろう。人さらいか何かだ」
チェックと玲点の見解は、違った。
「これが名刺。よかったら連絡して。それじゃあ」
女性はハンドバックから名刺入れを出して、更にその中から長方形の紙を出す。そして、両手でチェックに渡した。そして、振り向きざまにヒールの音を鳴らした。音はどんどん小さくなっていった。
「後藤ソレナ。42歳、保育士。面皮保育園、だって」
「保育園の先生なのか」
電話番号も書いてあった。
チェックは尻ポケットにしまった。
「怪しい、こんなタイミングで人を振り回して。いかにも子供好きですって人が、子供置いてくわけ無いだろ」
「不倫して、子供ができたから別れるって言っていたんだよ」
「最低だ。だいたいお前、そんなやつのところに暮らすの不安じゃないのか?」
「俺は父ちゃんも母ちゃんも好きだよ。待ってたんだ。帰ってきてくれるのを」
「とりあえずお袋に電話してみる、帰ったら相談だ。チェック、逃げるなよ」
「逃げも隠れもしないよ」
「電話かけるわ」
玲点は海桜のケータイに電話をした。
麻林ペケの場合
家には両親が出かけていて、バツがサークルの中で孤独に待っていた。どうやら今日は雨が降るらしい。
冷房とテレビをつける。
テレビでは国王の甥っ子の佐藤守のニュースでいっぱいだった。
「ええ!? まだ氷鬼ごっこ続くの!?」
ペケは開口一番、驚く。
きゅーんとバツが鳴いた。
「驚かしてごめん」
ペケは収納ボックスからたまごボーロを2粒掴み取ると、バツに投げる。
バツはジャンプしてくわえると、美味そうに食べた。
母方の祖母のリムが70歳のはずだ。大丈夫だろうか?
玄関で開閉音が聞こえてきた。
「ペケ、帰ってたんだね。リアル氷鬼ごっことやらが終わった記念に今日はごちそうだ。チキンとシャンメリー買ってきたぞ」
丸夫はニコニコしながらチキンや飲み物などをテーブルの上に置く。
佳代子も子供のように負抜けた顔をしている。
「お父さん、お母さん。あ、まだリアル氷鬼ごっこは終わってないって」
「……え!?」
丸夫は見開いた目でペケを見た。
「それは確かなの?」
佳代子はペケの肩を掴むとぐらぐら揺らした。
「今、ニュースで、やってる」
『彗星のごとく現れた王子が下した命令、それはリアル氷鬼ごっこ継続とのことです』
センター分けの黒髪の痩せこけた王子の姿。
ちょうどよく流れるニュースがすべてを物語っていた。
「何歳だ、明日は何歳なんだ?」
『選ばれた子は23、51、62、70歳です』
テレビのコメンテーターはまるで餅をついているかのようなタイミングで説明しはじめる。
「70は佳代子のお母さんの年だ……」
山奥に住んでいて、老々介護されている母方の祖母のことだ。
「諦めよう」
丸夫は顔を背けて口にした。
「何で」
「せめて、お父さんに捕まえてもらおう。なにも死んでしまうわけではない。100年後に目覚めるだけだ」
「そのコールドスリープがうまくいくとでも思っているの! 大した頭だね!」
「喧嘩はよそう。ペケはどう思う?」
「私もおじいちゃんがおばあちゃんを捕まえたほうがいいと思う。そうじゃないと、誰かに捕まってしまったら2人とも……」
「……そうね。お父さん、あの足で捕まえられるはずがないわね。私、鬼になるお父さんの着替え手伝ってくるわ」
佳代子はそれだけ言い残してさっさと出ていった。
「お母さん、大丈夫かな?」
「大人だし、きっと現実を受け止めるよ」
「お腹空いた。これ、食べていい?」
「おう、飯にするか。佳代子の分とっておいてな!」
「いただきます」
ペケと丸夫は2人でフライドチキンを食べだした。
久しぶりのフライドチキンはとても美味しい。
肉汁は留まることを知らず、外はカリカリ中は柔らかな鶏肉だった。
ペケは食べ終えると「ごちそうさま」といい、汚れた手をキッチンで洗った。
「そういえば、玲点君と、チェック君元気かな?」
「え? 変わりないと思うけど」
ペケはドキドキする。あの日の氷鬼ごっこのことを蒸し返すつもりなのか、身構える。
「たまにはうちに呼んでもいいよ」
「別に、お父さんには関係なくない?」
「そんな事言わずにさ。ジュースやお菓子はたくさん買ってきてるんだからさ」
「分かった、……たまにはね!」
ペケは語尾を強く発声した。
「おー怖い、反抗期か」
「そんなんじゃないよ。ちょっと本屋で漫画買ってくる」
ペケは2階の自室に行き、大好きな少女漫画の続きを買うために、家においている財布から千円札をズボンのポケットに入れて、家を出た。
お母さん大丈夫かな?
胸騒ぎがする。
杞憂だといいのだけれど。
黒井英の場合。
英は布団のかかっていない掘りごたつに座りながらテレビを見ていた。
70歳の人が子となり逃げなくてはならない。
こんな山奥の集落に鬼が来るのか? いや、向かいの家の人は70歳のお爺さんが住んでいたはずだ。リムは捕まるのか?
なんだか胸がウズウズしている。
「爺さん、ご飯はまだかえ?」
リムは一緒に住んでいる英に声をかける。
「お昼ごはんなら、食べただろう」
英は呆れ顔でリムを見る。
「婆さん、今日でさよならになりそうだよ」
「私を餓死させるつもりか! ご飯! 持ってきて! ご飯!」
「うるさいずら。静かにしろし!」
英は立ち上がり、台所に寄り、炊飯器を開ける。ラップを駆使して小さなおにぎりを作った。皿にラップを食べられないように取って、のせる。
「これでも食えし」
英はリムの前におにぎりを置いた。
リムは子供のようにがっつく。
それから、リムの下の世話をして、ベッドに寝かせた。
リムは年々軽くなっている。明日11時までそばにいてやりたいし、できれば眠っている間にコールドスリープに入ってもらいたい。自分勝手だと思うかもしれないが、これこそ自分なりの愛だ。
それから3時間後だった。
ピンポーン
インターホンがなった。
「お父さん、佳代子だけど」
紛れもない娘の佳代子が来た。外は雨が降っている。
「よく来た、夫婦喧嘩でもしたのか?」
「お父さん、鬼になったら。お母さんを捕まえる気なの?」
佳代子は挨拶もなしに本題を切り出した。
「ああ、そのつもりだ」
「正面に住むおじさんも70歳だったよね。私、騙して連れてきたの」
え? 騙して連れてきた?
車の後部座席の窓に足をぶつけている人の姿が目にうつった。
「とりあえず、運ぶの手伝ってくれる?」
「あ、ああ」
英は車に向かった。
向かいに住んでいる同年代の彼の名は如月竜司といった。猿轡に手錠と足かせをしている。
「んーーー」
竜司が涙を浮かべて、英を直視する。髪は生えていない老いた人だ。
「黙らないと殺すわよ」
「いや、佳代子、この人は逃がしてやろう」
「だめよ。それとこの人の家族に気が付かれたらまずいから、お母さんを連れて行くわ」
「馬鹿野郎! これじゃあお前は詐欺師の考えだろ! 目を覚ませ、佳代子!」
「これしか、2人を守る方法なんてないじゃない」
「俺がリムを捕まえて拳銃で自殺するし」
「ふざけてんの? そんな事していいわけないじゃない」
周りも見えずに論争を始めた2人。土砂降りですっかりずぶ濡れだ。
「何を喧嘩しているんですか?」
若そうな女性が間に入ってきた。
2人はしまった、とばかりに口をつぐむ。
「あ! 隣に住む竜司さんじゃないの?」
車内の竜司が見つかってしまった。
「俺がやったんです。すみません。すぐに解放します」
英はとっさに佳代子をかばった。
「このことは黙っていてください。せめて明日の12時までは」
『もしもし、警察ですか。拉致しようとしている人がいるので来てくれますか』
彼女は懸命だった。機敏に警察を呼んでいる。
「すぐに逃げよう」
「だめだ」
佳代子と英は再び言い争いになり、しばらくしてきた、警察のお世話になった。
その間ヘルパーさんにリムの世話をしてもらった。
次の日。
氷鬼ごっことしての、情状酌量の余地があるとして執行猶予付きで次の日に出れることになった。
12時すぎに警察の拘置所を出て、山道のある家に戻るとリムはまるで初めからいなかったかの様に姿は忽然と消失していた。玄関の鍵は破壊されていた。
「俺もコールドスリープか。これで、2人とも仲良く100年後に行けるわけだ」
英はくぐもった声で呟いた。
佳代子は涙ながらに頷いていた。
「さようなら。ありがとう」
佳代子は実家と英に別れを告げて車で自宅へ帰ることとなった。
後ろの黒い車は英を乗せてコールドスリープのセンターまで運んでいった。
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