【103】 レベルを操れる男(ルナ視点)
ソレイユが連れて来たわけではなかった。
彼女は緊急の用事で遠征に出て行ってしまった。
そこで彼女の幼馴染であり、部下でもある『クレール』と『アメリア』という少女たちが例の男を連れてきた。
二人は男をこちらに引き渡す。
お辞儀すると早々に立ち去った。
「…………」
この人物が【月と太陽の誓約クエスト】を果たし――『レベル売買』の力を持つという男か。
わたしは男を警戒し、予め顔を隠していた。
ブラックベールという特別な布を頭から覆い、プライバシーを高めていた。こちらからは男の姿が見えるが、向こうからはわたしの顔は見えない。
情報の信憑性は高いようだが、まだ完全に信用したわけではないし、男とは初対面。そもそも、わたしは若い男とはまともに会話を交わした事もない。故にわたしは強く警戒したのだ。
今は護衛もなく、男と二人きり。
父は怒り狂うほど反対したが、わたしは押し切った。どうしても対面して話がしたかったのだ。自分でもなぜそんな事を言ったのか理由は分からない。なぜかそうしたかった。
「男……名をなんと申す」
「……あー、はじめまして、かな。
俺は『カイト』っていうんだ。なんだか知らんけど……昨日くらいからこの世界に居たようでね。これまたよく分からんけど『レベルを操れる能力』があるらしい。一度試したけど、本当っぽい」
男の名は『カイト』というのか。
短くて覚えやすい名だった。無駄に美しい銀髪に、青い瞳を持っていた。背はわたしより高く……優しい顔立ちをしていた。
これが若い男。不思議な感じだ。
「それだ……。その『レベルを操れる能力』を詳しく聞きたい」
男は腕を組み、悩んでいた様子。
だが、軽く頷き言葉にした。
「うん。どうやらね、金さえあれば『レベル』を上げたり下げたり出来るみたいなんだ。便利だろ。でもさ、その肝心の金……この世界の貨幣、セルだっけ。手持ちがなくてね。一度試した時は、貴族の人が資金を提供してくれたから」
やはり、そのような奇跡が可能なのか。
これは凄いことだ。不可能だと思われていたレベルの操作をこの男は出来ると、自信を持って口にする。しかも、一度試したという前例もある。
もう藁にも縋る思いで……いくしかない。
「金はいくらでも払う。だから……わたしのレベルを下げて欲しい。お願いできないだろうか」
「レベルを? どうして? 普通、高レベルの方が有利だろう、こういう世界って。強い方がいいんじゃないのか」
「わたしは、ある病気に罹っている。決して治すことのできない病だ。でも、あなたの『レベル売買』というスキル。それが本当の力であって、わたしのレベルを下げられるのなら……それを治せるかもしれない」
「変わった病気だな。因みにいくつなんだ?」
「Lv.9999だ」
「はぁ? Lv.9999だって!? すげぇな……」
「わたしが怖いか。恐れるか。怪物に見えるか」
「いや、別に。ただ純粋に凄いって思った」
「凄い?」
「レベルはそう簡単に上げられるものじゃないって、さっき、騎士の女の子に聞いたんだよ。『転生クエスト』だって大量に熟さないといけないんだろう? 凄いじゃないか。でも、それで病気になってしまったんだよな。治したいんだよな」
「そうだ。わたしを『Lv.1』にして……この忌まわしい呪いを解いて欲しい。それが叶えば、きっと延命できる。わたしはまだ……生きたい」
男は直ぐには返事をせず、悩み、答えを出した。
「じゃあ、分かった。その見返りをくれ」
「金か?」
「いや、金はいらない。俺はこの素晴らしい世界を冒険してみたいんだよ。せっかく転生したんだ。少しは楽しまなくっちゃな!
そうだな、噂に聞いたけど世界最強のギルド『シャロウ』だっけ。そいつらの仲間に入って、最強の商人になるってのはどうだ。俺はきっと商人向けだと思うし」
「――分かった。ギルドへの加入でよければ望みを叶えよう。その代わり、わたしのレベルを下げてくれ。それで交渉成立でいいかな」
「分かった。じゃあ、金をくれ。でなければ『レベル売買』スキルは発動できないらしいからな」
◆
カイトには、既に『インプラント術式』が手の甲に組み込まれていた。……あれは、我が帝国の大賢者であるアプレミディ卿の御業。
いつの間に施したのだろうか。
いや……今考えるのは止そう。
わたしは念のためも考え、彼に『20,000,000セル』を渡した。カイトは、こんなに必要ではないと困惑していたが構わない。未来を生きられるのなら、金よりも命だ。誰だってそうする。
「じゃあ……顔の見えないお姫様。どうせなら、一目だけでも顔を見たかったけど我慢しておく。よし、さっそく『レベル売買』スキルを発動するよ。それではお手を拝借」
そうだ、わたしは布で顔を隠していた。
これはちょっと不公平だったかな。
でもいい。これが終われば、もう彼とは二度と会う事もないだろう。これはそう、それだけの関係にすぎないのだから。
それだけの、なんてことのない一期一会のはず。
――この時は、そう思っていた。