好きと結婚しては口癖
「いたた…。」
真紅に染まった空。鴉たちが妖しげに目を光らせ、見下ろしている。
鴉たちが止まっている木には葉が無い。生命を搾り取られているかのように項垂れている。
どう見ても日本じゃない。と、なると。
「悪夢だ…。」
しかもこれ、明晰夢っていうやつ?夢の中で自分の体を動かせるっていう…。
あーあ、どうせ見るならもっと幸せな夢がよかった。美味しいスイーツに囲まれてさ、どれだけ食べても無料ですよ!とかイケメンに囲まれて求婚されるみたいな。
誰もこんな夢求めてないよ。
覚めろ、早く覚めて!あわよくば早く覚めて新しく良い夢見たいのこっちは!毎日現実で疲れてるんだから!
きゅっと目を瞑って念じても目覚めない。どうしよう。でもその内目覚めるよね。
「夢の中で死んだら目覚めるのかな…」
とそんなことをぼんやり考えながら歩き始める。
ぱきん、と落ちた木の枝を踏む度に視線を感じる。当然ながら何もいない。
嫌な夢だなあ、と思いつつ足を進めると大きなお城に辿り着いた。
凄い。中性ヨーロッパにあるようなお城だ。お姫様、というよりかはヴァンパイアが住んでいそう。
「ここで何をしている。」
艶やかに光る黒髪、伏せられた睫毛は私よりも長い。凄く綺麗な人。でも、人と言うにはその赤い焔を灯らせたような瞳が邪魔をする。
夢の中だからか私のタイプの人だ。私が好きなアニメの推しくんにもそっくり。しかもここは夢。何をしても許されるのだ、多分。
となるとすることは1つ。
「す、すきです…。結婚してください…。」
「は?」
「結婚して…」
目の前の男は明らかに引いている。
「お前、俺が誰か分かっているのか。」
「私の運命の人…」
こいつヤバい女だ。刺さる視線から伝わってくる。
しかし、見れば見るほど似ている。私は元気な夢女子なのだ。口癖は「結婚して!」推しくんのためなら財布を空にするのなんてお手の物。
夢の中、それなら法律だってない。なら通報されることもない!となれば口説く!推しくんの分まで愛を伝えてやる!
「ふふ、ははは!」
「え、なんで笑ってるんですか。」
「いや、俺に運命などと口走る女がいるなんてな?しかも初対面で。そうだな、そんなに俺を好ましいと思うならば。」
___結婚するか?
低く掠れるような声。私の腰をなぞると額をつんと合わせる。恋愛スキルなんてない私はずるずると崩れ落ちてしまった。
「俺を口説く癖に案外初なのか。まぁ良い。入るぞ。」
ひょいっと私を抱き抱えると男は進む。
「ちょっと!!?いや、あの、そこはお城ですよ。いくら夢の中とは言え許可が無いと入れないんじゃ。」
「何を言っている。ここは俺の城だ。」
「はあ?」
「ようこそ、俺の城へ。いいや、お前の城にもなるのだな。なんて言ったって今日からお前は俺の妻なのだから。」
妻。え?この人マジで結婚しようとしてるの?いや、嘘。私には推しくんがいるもん。結婚しようって言うのは私の冗談、いや冗談じゃないけど。
いや、ねえ待って?夢、ヤバいって!これ、私はとんでもないことしてるのではないだろうか。しかも思いのほか冷めない。軽率なことを調子に乗ってしすぎたのかもしれない。
「あの、私可愛くないし、やめておいた方が。」
「何を言っているんだ。俺にとっては愛しいし、可愛らしい。それで十分だろう。」
頬を若干赤く染めて甘く私に囁く。
出会った頃の警戒しているあの男はどこに行ったのか。
いや、待って?
私の意志と反してぎいいっと重い音を立てて扉は閉まった。