16
「よし、では話してやろう。あ、その前にお茶を用意しろ」
「はいはい」
と、あやのが答えて部屋の外へと消える。そして、すぐに戻ってくるとペットボトルを立花の前にドンと置く。
「ペットボトルだと? こういう時は熱いお茶だろ」
「文句言わない。最近のは美味しいんだから」
立花は不満そうな顔をしながらも、それをゴクリと飲んで喉を潤してから話し始めた。
「この国の『三種の宝物』を知っているか?」
「それって……八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣のことですか?」
「当たりだ。若いのによく知っているじゃないか」
「……ありがとうございます」
だが、目の前の10才の子供が言っていると思うと、少し複雑な気分になる。
「『三種の宝物』はニニギノミコトが天照大神から授かったという鏡、玉、剣のことだ。しかし、残念ながら、というか当然のことというか、それは偶像にすぎない」
「偶像?」
「うむ、実体は別にあった。それぞれがこの国を作り、この国を護る強大な力であった。だが、人の世になって、それは表に存在してはならぬものになった。だから、それらは自ら姿を消した。消し方はそれぞれが違った。八咫鏡は一度、獣たちに魂を映し、その後に人の姿になった。人の姿になったとはいえその中身は元のままであることを選んだのだ。八坂の勾玉は人に溶けた。草薙剣は大地となって神となった」
その立花の話を聞きながら、母と会った時のことを思い出していた。きっとここで言う『八坂の勾玉』が『伊吹の民』の祖なのだろうか。そして、草薙剣がーー
「――西ノ宮の神」
「そうだ。よくわかっているじゃないか。だが、そっちのことはどうでもいい。ここで話さなければいけないのは八咫鏡だ」
「待ってください」
「なんだ?」
「獣に魂を映した……というのは?」
「理由は二つだ。一つ目は人間が不浄のものであること、もう一つが獣のほうが媒介にしやすいということ」
「媒介にしやすい?」
理解出来ないでいる瑠樺に見かねたのか、あやのが横から口を挟む。
「鉄は熱を通しやすいでしょ。あれと同じようなものよ」
「魂の媒介と熱伝導を一緒にするやつがあるか」と立花が怒ったように言う。
「でも、少し理解出来た気がします」
瑠樺が頷くと、立花は余計に呆れたような顔をした。
「おまえたちは魂というものをどう考えているんだ。まあ、いい。獣の魂や肉体というものは、確かに力を伝えやすいのだ。死んだ人間の魂も人間よりも獣にとりつきやすいだろう」
「ああ、そういうことですか」
すると、立花は満足そうにーー
「よし、では続けよう。人の姿となった八咫鏡はそこからさらに姿を変える。人の世となったこの地には魂を浄化させる存在が必要と考えた」
「浄化させる存在?」
「人は愚かで心の弱い生き物だ。その人間の感情は負の力となる。そして、その負の力が人の姿と化した八咫鏡の影響を受け、妖かしを生み出す。そこで八咫鏡は自らの一部からある一族を作り出した。それが宮家、『茉莉の一族』だ。不浄なものを全て排除した光の一族だ。そして、自らは『和彩の一族』として『妖かしの一族』となった」
「一族を生み出す?」
「そうだ。自らの力を切り出し、新たな一族を作り出す。『和彩の一族』にはその力があった。だが、それは『和彩』にとって同時に負の部分を内に生み出すことになった。あまりに浄化された存在を作り出したため、その真逆の闇の力が『和彩』の中に生まれ、それに苦しむことになったのだ。そこで『和彩の一族』は罪を犯すことになる。その苦しみを取り除こうと自らの中の闇の部分を切り離したのだ。そこで闇の塊として生まれたのが『双葉の一族』だ。これを失敗と考えるかは微妙なところだ。だが、いずれにせよ『双葉の一族』は悪しき者となった。災厄をもたらす『禍津神』と呼ばれるようになった。ん? なんだ? その顔は」
「ずいぶん身勝手な気がして」
「身勝手?」
「だって、自分にとって不要な部分を切り捨てておいて、それを『禍津神』だなんて言い方」
「そうだな。しかし、それは仕方のないことではないか。人間だって病気をする。病気をすればその悪しき部分を切り捨てるだろ。それと何が違う?」
「まったく違います」
瑠樺は反発した。「病気とは違うじゃありませんか」
「同じだ。おまえがそれを違うものと思うのは、それは自分のレベルでしかものを考えられないからだ。病気で捨てた悪しき部分におまえは生命を感じないのだろう? だが、そこに生命があったとしたら? 感情があったとしたら? おまえは自らの身体のことを考えるよりも、その悪しき部分のことを考えるか?」
「そんな……そんな考え方」
「おまえの言う生命とは何だ? 人の姿をしたものだけが生命を持った者なのか?」
畳み掛けるように立花が言う。
「でも、それでは『双葉の一族』が可愛そうです」
「可愛そうか。ふん、『妖かしの一族』の者がずいぶん人間臭いことを言うものだな。だが、『双葉の一族』を作り出したことは確かに失敗だった。そして、そのときの失敗から和彩は学んだ。そこでその後はやり方を変え、人と交わることでその力をわけることにした。その結果、他の一族、美月、詩季、呉明、六花、七尾、八鶴が生まれた。それが『八神家』だ」
「八鶴?」
それは初めて聞く名前だった。「そんな一族がいたんですか?」
「一族といってもほぼ人間だ。七尾も人に近いが、八鶴はさらに人に違い。そのために生まれて間もなくこの地を去った。私のような化物とは違う」
「化物?」
瑠樺は思わず眉をひそめた。
「なんだ? その言葉に抵抗があるのか? つまりお前は人間でありたいと思っているのだな。だが、私は自分を人間だとは思っていない。そもそも今、この国に生きている人間も、その生まれは創造物に作られた魂のある人形にすぎないではないか」
「魂のある人形?」
「なるほど。おまえはそのことも知らないのだな。では、それについても教えてやろう。もともとこの島国にはある民族が住んでいた。世界のあちこちに存在している猿から生まれた一般的な生き物と同類の生き物だ。ある日、この島に宙人が降り立った」
「宙人?」
「この星の外からやってきた者たちだ。彼らは知能こそ優れていたが、戦闘向きの肉体を持ってはいなかった。そこで彼らはこの島国を征服するために、ここに住んでいた民族そっくりの姿の兵隊を作った。その兵隊たちは強かった。もともと戦うために作られ、宙人の知識まで与えられたのだ。強くて当然だった。だが、奴らは次第に自らの感情を持つことになった。その結果、自分たちを作った創造主をも倒すことになった。それがこの島国に住む人間のはじまりだ。見た目は他の世界の人間と同じだが、この島国の人間は根本的なものが違うのだ。その形や、能力や、存在などどれほどの意味がある。だから私は化物で良い。人間などという不確定な存在などでなくて良いのだ」
これまで聞いたこともない話に、瑠樺は唖然としていた。
「初めて……聞きました」
「そうだろうな。知ったところで何がわかるものでもないしな。おっと話がそれたな。大事なのは『双葉の一族』のことだ。悪しきものから生まれた奴らだったが、奴らもそれなりに人間のような感情を持つようになった。そして、自らの存在に悩み、今度は自らを変えようとした。その結果、生まれたのが『久遠の一族』だ。だが、それは失敗した。大きな副産物を生んだ。それが『魔化』だ」
「久遠?」
「なんだ、そっちに反応するのか?」
「だって、久遠って……沙羅ちゃんのですか?」
「そうだ。久遠は双葉から生まれた一族だ。それ故に奴らは『呪われた一族』と呼ばれ、忌み嫌われるようになった」
「傀儡師だからではなかったんですね」
「もともと『傀儡師』と呼ばれたのは『呉明の一族』だ。『呪われた一族』などと呼ばれ、忌み嫌われなければならない理由はない」
「それを言うなら久遠だってーー」
「『双葉の一族』、『久遠の一族』、『魔化』、奴らはもともとが一つだ。それだけに非常に近い存在なのだ」
「それならどうして『久遠の一族』である沙羅ちゃんが『魔化』と戦わなければいけなかったんですか?」
「まあ、待て。焦るな。それは今から話す」
立花はそう言って再びお茶を飲む。そして、フッと一息ついてから再び口を開いた。
「『双葉の一族』は間もなくしてこの地を去った。もともと双葉は他の一族とは疎遠だったからな。『魔化』は生まれてすぐに地に潜っていたのだが、やがてその邪悪な気を撒き散らすようになっていった。そこで、我ら一族は『魔化』が危険な存在であることを理解し、奴を倒そうとした。だが、それはあまりにも強大だった。そこで目をつけたのが『久遠の一族』だ。あれは双葉から生まれた一族だ。同じ双葉から生まれた者同士をぶつけ合わせることで、『魔化』を倒すことが出来るかもしれないと考えた。そこで『久遠の一族』を、後継者がいなかった『呉明の一族』の養子とすることにした。そして、その子であった呉明沙羅を霊体化させ、『魔化』にぶつけた」
「久遠の一族はどうしてそんなことを受け入れたんですか?」
「知らなかったからだ。一気に話しているから聞いているお前は時間的な感覚がないのかもしれない。だが、実際には数百年の時が経っている。『時継神』である私の一族ならば別だが、『久遠の一族』は自分たちが『双葉の一族』から生まれたことを知らなかったのだ。親子3人、行き場を捜していたところを、我ら一族から声をかけられ呉明の家に入ることになった」
「それって……何か酷いんじゃありませんか?」
沙羅や『魔化』の生まれや立場を考えた時、それはあまりに残酷な仕打ちに思えた。だが、立花は表情を変えなかった。
「またか。おまえは無駄に優しいのだな。しかし、まあそうだな。おまえの目から見ればそう見えるかもしれない。だが、『魔化』の驚異を考えた時、それはやむを得ない犠牲だった」
「やむを得ない犠牲?」
瑠樺にはとてもそんな考えは出来なかった。「本当にそんなものあるんでしょうか?」
「おまえは考え方が小さいな」
「人の人生一つです。それが小さいですか?」
「私はこの3000年の話をしている。人間一人の人生など長くても100年程度だ。比べれば一目瞭然だ。今の価値観で過去を語るな。人の価値観で獣を語るな。命あるものの価値観で妖かしを語るな」
「だから、良いってことにはならないと思います」
「では聞こう。おまえは織田信長がかわいそうと思うか? 崇徳天皇のために涙するか? 平将門の墓参り……くらいはするか。だが、そこまで同情はしないだろう? 過去に生きた者たちに対する感情などその程度のものだ。この国には過去、何百億という命が生まれ死んでいった。それら全てに同情するか? おまえが同情しているのは、目の前にいる呉明沙羅という存在に対してのものだろう」
瑠樺は言葉に詰まった。立花の言う言葉を正しいと思うわけではない。それでも立花の言葉を否定することも出来なかった。立花の言うように、彼女とはものの考える土台が根本的に違っているのだ。
「それで……『魔化』はどうなったんですか?」
「『魔化』は完全には倒せなかった。沙羅がどうなったかはお前も知っているはずだ。その父親も戦いの中で果てた。母親は確か普通の人間だったはずだ。戦いの後、姿を消した。結局、『久遠の一族』の犠牲だけでは足りなかったのだ。それでも『魔化』は鎮まった。だが、それは一時的なものだ。また、いつ動き出すかはわからない」
そう言ってから、立花は瑠樺の反応を見るかのように言葉を切った。
立花の話をどう理解すればいいのか、頭が混乱していた。それはどこか自分たちが犯した罪の歴史のように思えた。だが、今、考えなければいけないのはそんなことではない。
「それが……私たち一族の歴史ということなんですね」
「歴史ということも出来ないほど端折りすぎたがな」
「どうして私たちの一族は八尺瓊勾玉のように人に溶けたり、草薙剣のように神になる道を選ばなかったのでしょう? そうしていればこんな問題は起きなかったのではないでしょうか?」
「いまさら根本的な部分に疑問を持つのだな。確かにそれらは『魔化』のような存在を作り出さなかった。しかし、決してそれが問題を起こさなかったわけではない。いかに人に溶けたとはいえ、人間にはそこまで力を抑え込むだけの力はない。時には歪みが生まれ、それに苦しむ者も未だにいるだろう。神となったからといってその力が消えたわけではない。意思のない力がそこにあれば、利用しようとする人間が現れる。実際、『西ノ宮』がそのような問題を抱えていないわけではない。どんな道を選ぼうともそこには何らかの問題が生まれ、そこで誰かが責任を取らなければいけないことになる」
確かに『西ノ宮』も問題を抱えているのは朱雀火輪からも聞かされている。彼らの中にもさまざまな人がいて、それぞれの思いで動いている。
立花の言うように、その疑問は『いまさら』と言われても仕方がない。
「ずっとあなたに会いたいと思ってきました。会わなければいけないと考えてきました。でも、あなたはどこにいるのかさえわからずにいました」
「なぜ今まで姿を現さなかったのか?」
「……はい」
「言っておくが私は『魔化』と戦う時、まともな戦力にはならない。さっきも言ったが私は戦いが苦手だ。『魔化』は相手の魂に働きかける。私は闇に触れられるわけにはいかん。茉莉のような浄化の力があるなら別だが、私の一族はそういうものではない。よって逃げる。奴の目から、奴の耳から、私は常に逃げ続けている。だから、必要のある時以外はおまえたちの前にも現れない」
「じゃあ、今は?」
「もちろん必要があるからやってきた。理由は言うまでもない『魔化』に対抗するためだ」
「何をするつもりですか?」
「1400年前の戦いの後、我々は、『魔化』を生み出した『双葉の一族』ごと倒さなければならないということに気づいた。しかし、『双葉の一族』は長い間、見つけることが出来なかった。双葉は自らの存在を隠し、我々の目につかないように生きてきた。だが、『魔化』は再び動き出そうとしている。我らは『魔化』に立ち向かわねばならない」
「『西ノ宮』と協力してですか?」
「おまえも知ったのだな、一条春影がしていたことを」
「全てではありません。それにあなたも関わっていたのですね」
「関わっていたというよりも、知っていたというほうがいいだろう。だが、失敗した」
「あれはやはり失敗だったのですか?」
「やはり……か。だが、これ以上はお前が知るべきことではない」
「どうして? これからどうするんですか?」
「さっきも言ったはずだ。我らは『魔化』に立ち向かわねばならない。今、七尾の兄妹もこちらに呼び寄せている」
七尾流と梢の兄妹とは、昨年の秋、瑠樺も知り合っている。
「梢さんまで? それじゃ詩季も?」
「詩季? あれは面倒くさいから呼ばない。いや、どうせ呼ばなくてもその辺にいるし、勝手に戦いに加わる。詩季はそういうやつらだ」
怜羅がこれを聞いたらどう思うだろう。いや、彼女のことだ。何も気にせず笑っているだけかもしれない。
「じゃあ、私もーー」
「頭数がいればいいというものではない。必要な力を持った者でなければ意味がない」
立花は素気なく言った。
「聞いてもいいでしょうか?」
「おまえは不思議な娘だな。礼儀正しいようで、そうともいえないところがある。そんなこと、わざわざ断らずともさっきから何度も質問しているじゃないか」
立花の皮肉を瑠樺は無視することにした。
「六花は夢見が出来ると聞いています。ふみのさんが亡くなることを予言していたと」
「予言ではない。ただの夢見だ。未来を見られるわけではない。可能性が見えることがあるというだけのことだ。ふみのが死ぬことを夢で見た。助けられるものなら助けたかった」
「あなたにもそういう感情はあるのですね」
「なるほど、そういう嫌味が言いたいわけか」
「そんなつもりで言ったわけではありません。気に触ったのなら謝ります」
だが、立花は気にも止めないような素振りでーー
「まあ、いい。謝罪など必要ない。悪いが私にはほとんど感情というものがないらしい。いや、正確にいえば無いわけではないのだが、一時の感情で言動を変えることはない。さっきも言ったように私のなかには3000年の歴史がある。その一つ一つに感情を揺さぶられていては、立花の者として生きてはいけない。おまえの一言など、おまえの気持ちなど、私にとって、いや、この国の歴史にとってみれば取るに足らないことなのだ」
立花の言うのは理解出来る。だがーー
「あなたは……それでいいのですか?」
「何がだ?」
「感情を持たず、ただ記憶だけをためこむような存在。それはーー」
「人ではない。さっきもそう言ったはずだ。私は人であろうとは思わない。おまえの考え方は、鶏に向かって、『あなたはこのまま空を飛べずに一生を終えていいの?』と問いかけているようなものだ。私は『立花の一族』の使命を持っている。そう生きることが私なのだ」
「使命?」
「いいか、我々には出来ることと出来ないことがある。『八神家』などと呼ばれながらも、実際には我々は神ではない。神と呼ばれるような存在になれたかもしれないが、そうはならなかった。それでも我らが一丸となれば、それに近い力になる。その全てに号令をかけることが出来るのが『和彩の一族』だ。つまり、おまえの血にはそういう力があるということだ」
「私に、『和彩』を名乗れるのですか?」
六花は瑠樺をジロリと一睨みした後――
「おまえは保留だ」
「どうして?」
「ただの血で『和彩』になれるわけではない。そもそもお前、そこまでの覚悟、出来ていないだろ。いや、ある程度の覚悟は出来ていた。だからこそ私に会おうともした。それでも、今の話を聞いて気持ちが揺らいだのだろ? 呉明沙羅を、双葉を哀れだと感じたのだろう? いや、それどころか『魔化』に対してまでも憐れみを感じているのではないか? そんなものは安い同情だ。それでどうやって『和彩』になれる? どうやって戦える? どうだ? 言い返せるか?」




