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星読みの遺言  作者: あおい
02
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02-5


 こつ……ん。こつこつん。

 貴堂は頬に小さな刺激を感じ、目を開けた。


 目の前を、何かキラリとした物が横切って行くのだ。


 ――何だろう……氷の粒? いや、ダイヤモンド?


 身体が何か、優しい感触に包まれているのが分かった。

 いい匂いがしている。爽やかなハーブのような……清涼感のある匂いだ。


 ――あ……れ。


 身体は小さく振動し、揺れている。

 がたんがたん・がたんがたん……。


 ――電車?


 そう思った時、ハッとして我に戻った。


 慌てて身動きしようとするのだが、何かに……いや、誰かにホールドされていて、少し身体が重かった。


 ムリヤリそこから逃れると、目の前に姫君の顔があったのだ。


「うわっ!」


 姫君の瞳からはポロポロと涙が溢れ、それが零れ落ちている。

 落ちた雫は彼女の制服の上で跳ね、更に転がってゆく。


 ――えっ?


 目を閉じて泣いていた姫君が、ゆっくりと瞳を開けた。

 そしてこちらをじっと見つめ、涙を零し続けている。


 貴堂は姫君に抱かれ、眠っていたのだろう。

 そして、昔の夢を見ていた。

 それまでは、分かった。


 状況も思い出した。

 電車の中だ、うん。それはいい。だが。


 だが、彼女の瞳から零れ落ちている〈物〉は、何だ?


 止めどなく零れるそれを貴堂は一粒、手でキャッチした。

 掌で転がるそれは、液体ではなかった。


 涙では、ないのか? 何なのだ、これは。


「わたくしの〈種子〉です。このように〈種子〉が出現するなんて、思っていませんでした……」


 透明で、小さな粒。これが〈種子〉なのか!


 ――さ……さすがは豊穣の姫君だな。普通の〈種子〉とは、違う。


 姫君に抱かれて眠っていた恥ずかしさなど、この不思議な〈種子〉の前ではどうでもよくなってしまう。


「わたくしはこの時代の担当ではありません。この時代に生きているあなたとの間に〈種子〉など、作ってはいけなかったはずなのに……止まりません」


 ――え。俺のせいなの? って言うか、作ってはいけなかった?


「う……と。出来てしまったものは仕方ないから、植えなきゃいいのでは。姫君は、一種類の〈種子〉しか作れないわけでもないのでしょうし」


 確か昔読んだ神話では、月読尊に殺された豊穣の女神の死体からは、五穀を始めとしたあらゆる〈種子〉が収穫出来た。


 とか、そんなだった気がするのだけれど。


「分かりません。ですがわたくし、こうやって誰かの為に涙を流したのは、初めてなのです」


 幼い貴堂に同情して?

 優しい姫だが、そう簡単に泣いては大変ではないのだろうか。


 ――あの時の事は俺にとってはトラウマもんの恐怖だったけど、他人への同情で泣けるなんてスゲー。それはそれで大変だな。


 思わずこちらも同情してしまう。


「うっく、ひっく……き、綺麗、ですか?」


 スカートの上に転がっていた物を集め、彼女は自分の掌に乗せた。

 それを、こちらに差し出す。


 結構な量だ。小さな山が出来ている。


「うん、宝石みたいで綺麗」


「う……嬉しいです。でも、止まりませんぅ~」


 ぽろぽろ・ぽろぽろ。


「貴堂への気持ちがわたくしの中に溢れて、止まりませんぅ~」


「だから止めとけばよかったんだ。強引な事をするからでしょ!」


「ごめんなさいぃ~。でもわたくし、後悔はしていません~」


「どうして」


「わたくしはどうしても、どうしても、貴堂の悲しみを溶かしてさしあげたかったのです」


「頼んでない……ですよ。そんな事」


 コロコロ、コロコロ。

 止めどなく量産されてゆく〈種子〉。


 貴堂はポケットからハンカチを取り出し、それを乗せた。

 そして、姫君の手へと渡す。


「もうさっきのような事、止めてください。姫君だって困るのでしょ? 俺が原因の〈種子〉なんて」


 小さい子のように、ことさら可哀想がられては自分が情けないし、恥ずかしいし。

 それに何より正直、鬱陶しい。


「わたくしは、花を咲かせて日本を幸せにするために生まれました。人が、小鳥が、森の動物達が、全ての生命いのちが飢えないよう、泣かずに済むよう、実り豊かに日本を導く為に生まれました。でもわたくしには、あなたひとり……笑顔には出来ないのでしょうか」


「俺が笑えば、いい?」


 貴堂は姫君に顔を近づけた。

 このまま、目の前で思い切り笑ってやろうか。


 そのつもりだったのに。


「嘘の笑顔なんか要りませんっ」


 そう言われ、軽く頬を叩かれた。

 この姫君に、泣きじゃくる姫君に叩かれるとは思っていなくて、驚く。


「わたくしは〈人〉が、悲しみと言う気持ちを抱いて生きているとは思っていませんでした」


「まぁ、目覚めたばかりなら知らなくても仕方ないでしょ。姫君は〈人〉ではないのだし」


 貴堂は改めてシートに座り直し、前方を向く。

 叩かれた頬が少しだけ、熱かった。


「どこの家系にも存在する……とあなたはおっしゃいました。どの人も、そのような苦くて痛い気持ちを抱いて生きているのですね。あなただけではなく、りおなだけではなく、この電車に乗っている人達も、みんな――」


「楽しいだけの人生なんて、ありえませんよ。絶対に」


 そう。例えそれが汚染遺伝子を地球にバラ撒いた張本人でさえ、きっと。


 どれだけの〈イヤな思い〉を心に溜め込めば、日本中の植物と関連する精霊を絶滅させてやろう。だなんて思えるのだろうか。

 想像もつかない。


「自分で言うのもナンだけど、俺のトラウマなんて大した事は無いんです。世間には、もっとずうっとイヤな思いをして生きてる人が大勢居る」


「そう、なのですね。りおなは日に日に衰弱してゆくし、あなたの〈中〉にはあの小さな子が見えるし、驚きの連続です」


「そう言えばどうしました? 俺から取り出したあの……子」


「戻りました。どんなに強く抱きしめても、瞳を開けてくれる事はありませんでした。とろけるようにして、あなたの身体へと戻りました」


「ふぅん」


 だから体調は元に戻っているのか。よかった。


「あなたの中には変わらず、あの幼い子が居るのですね」


 まぁ、そう言う事だけど。

 あまり関心を抱いて欲しく無い。観察されているようで……嫌だ。


 突然、髪を撫でられて貴堂はビクッ、と反射した。

 驚いて横を見ると、姫君が真面目な表情でこちらを見つめていた。


 腕がすっ、すっ、と動いて、何度も髪を撫でられる。


「あなたはあの、小さな子。そう思うと、愛しくて愛しくて胸が痛みます」


 貴堂は、自分の顔や耳が熱くなるのを感じた。


「うっ……そ、そうですか」


 潤んだままの大きな瞳が、食い入るように貴堂の目を覗き込んで来る。


「全ての痛みをぬぐい去り、あなたを幸せにしてあげたい。でも、あなたはわたくしを受け入れてはくれません。どんなに強く抱きしめても、その心はわたくしを拒否されるのでしょう」


「な……何なんですか、一体っ」


「だから、心が千切れそうに……悲しいのです」


「いやだからっ。あなたの同情は、生きてる人間全てが対象ですからっ」


「今は、他の人の事を思う余裕などありません。わたくしはあの、怯えて硬直している小さな男の子が、あなたが、何より誰より愛おしい」


 どんっ! と体当たりで抱きつかれ、貴堂はため息を吐いた。

 保護欲と言うのだろうか、それとも母性?


「困ったなぁ……姫君ぃ」


「……やはり困るのですね」


 顔を貴堂の身体に押し付けたまま、姫君が言う。

 不満そうな声がくぐもって、聞き取りづらい。


「わたくしの思いは迷惑なのですね」


 そして姫君は再び泣き始めた。

 彼女なりに声を抑えているようであるが、きっと前後の座席に多少は聞こえているだろう。


 連れの女の子を泣かせている自分。

 どう思われているだろう。あぁ、恥ずかしい。


 仕方なく、貴堂は彼女の背中を撫でた。

 同情で胸が痛い、とか言われたって、どうしてやりようもない。


 ――雨の中、子猫がぽっちで震えているのを見付けてしまった時のようなカンジ、なんだろーな。


 手を差し伸べ、あたためてやりたくなるような。そんなカンジ。


「さっきの子はともかく、俺はもうこの年齢としまで生きて来たし、姫君が思ってる程ピュアに傷ついてるわけじゃないんですけどねー」


「あなたはあなたです。年齢なんか関係ありません」


 涙声を震わせ、そう言われた。


 自分は自分。貴堂紘斗。

 あの日〈マシュー〉を受け継いだ日本人……である。

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