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10 さいごに





八王子 幸恵様へ



(前略)



 君からはじめて年賀状が来た時の事は今でも覚えています。

 おそらくもう二度と僕の名前など見たくなかったはずであろう君が、僕の名宛てに年賀状を送ってくれた事に、僕の胸は震えました。



 僕の知らない素敵な男の人と君の写真。そして「お前をブチ込む刑務所を作りたい」という君のメッセージ。

 僕は、君と君の家族に頭を下げに行ったあの日の事を思い出しました。

 抜けるような青空に、果てしなく続く田園風景。そしてなによりも、君と、君の家族のあの悲痛な表情を。



 君との婚約を、おおっぴらにしていた僕ですから、勿論君との婚約を解消した時周りからは酷く責められました。

 何度も何度も、冷たい言葉と視線を浴びました。


 それでも、僕と妻は考えるのです。

 君と君の家族に与えた胸の痛みに比べれば、こんなものは比ではないと。



 妻の体調も安定した頃、僕と妻は二人でもう一度君に謝りにいきたい。と申し出た事がありましたね。

 君からの「詫びるなら 田植えを手伝え バカ野郎」という見事な五・七・五の返事に僕も妻も驚きました。


 そして、その年の年賀状で君の苗字は僕の全く知らないものになっていました。去年に引き続き写真に写っている男性が恐らく君の旦那さんなのでしょう。

 「ざまぁみろ。カッコイイ苗字を手に入れたぞ」という君からのメッセージ。 そして「田舎にいますが八王子です」という君の旦那さんからのメッセージ。


 僕と妻はおもわず笑ってしまいました。

 笑えるような立場でないと、分かってはいるのですが。



 毎年毎年、元旦の日僕と妻は郵便配達の人を今か今かと待ちます。

 そして、沢山のはがきの中から一番に君の名前を探すのです。



 その次の年、君からの年賀状には「早くも罵る言葉がネタ切れです」と書いてありました。

 そして、その年の写真は君の子どもの写真でしたね。



 その次の年の年賀状は「毎年毎年湿っぽい詫びの年賀状を送ってくるのはやめろ!!可愛い子どもの写真でも載せてくれ!!!」という君の文字に「ひとは許し許され生きるんだなぁ」なんていう、君の旦那さんのみずを風ポエムでしたね。


 その年の年賀状を見つけたのは妻でした。

 その文字を見るなり、涙をぼろぼろと零していた事を今でも覚えています。


 その日、僕と妻はお正月だというのに子どもみたいに泣きました。



 そういえば、僕の子どもの事ですが、随分大きくなってきましたよ。

 それでも君のお父さんの言葉を忘れる日はありません。娘に愛おしさを感じる度に、あの日の事を思い出します。

 僕は、一生何があっても、あの日の事を忘れません。忘れたくありません。




 人は、沢山のまちがいを犯すものです。

 それでも、僕と妻の犯したまちがいは許されるものではありません。


 僕は、あの頭を下げにいった日。心の底から願っている事がありました。

 どうか、どうか僕の事なんて忘れてほしいと。それは、自分が罪の意識から逃れたいからではありません。

 僕や僕の妻みたいな人間のせいで、優しく明るい君が「憎しみ」の感情を抱き続けるような人生を送って欲しくなかったのです。


 だからこそ、毎年年賀状で君の幸せそうな姿を見るたびに僕と妻は心の底から感謝をしました。君のやさしさと、君のやさしい周囲の人たちに。



 君が、僕と妻を許せども、僕たちが僕たち自身を許す事はありません。

 それでも、僕と妻の犯したまちがいを「あんな事もあったねぇ」なんて君はお笑い話にしてくれているのでしょう。

 僕と妻は「そうだねぇ」なんて言って笑って参加できる立場にいませんから、どうか君の話に、周りの皆さんが一緒に笑っていて欲しいと祈るばかりです。





 さっちゃん。

 ひとは、他人(ひと)を許し。そして他人(ひと)から許され生きているのですね。

 君の旦那さんからの言葉を、僕はいつも噛み締めながら生きています。






 それでは、長々と失礼しました。


 僕たち二人は、いつまでも、いつまでも君と君の家族の幸せを祈っています。


 もう何度めになるか分からないけど、ごめんなさい。

 そしてなによりも、ありがとう。


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― 新着の感想 ―
[一言] この作品を読むのは、二度目ですが、男前の陽太君が幸恵を癒す過程がものすごく素敵です。 婚約破棄した彼氏と寝取った彼女は、普通の人が、ひょんなことから間違いを犯しただけという感じですが、それに…
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