パーティ追放だ!
教室の窓から差し込む夕陽が、俺の名前を呼ぶ声にどこか焦燥感を孕んでいた。黒板には「探索者適性試験結果」と書かれた紙が貼られ、そこには鮮やかな赤字で合格者たちの名前が並んでいる。俺、神代光輝の名前もその中にあった。
世界中にダンジョンが現れてから早数十年。日本において、子どもたちの憧れの職業は野球選手やユーチューバーから「探索者」へと変わった。ダンジョンに潜り、モンスターを狩り、その様子を配信して世界に発信する。一攫千金を夢見て、10人に1人しか持たないとされる適性を求めて、俺たちは15歳の誕生日を待ちわびた。
俺が探索者になった理由は単純だ。適性があって、同じクラスの拓也に誘われたから。それだけだ。英雄願望も金への執着もない。ただ、流されるままにこの世界に足を踏み入れた。
「おい、聞いてるのか?」
俺は窓の外へ視線を戻したまま、後ろの席の拓也に返事をした。拓也は剣士。金髪を爽やかに撫で付け、どこか芸能人を思わせる端正な顔立ちをしている。彼の夢は有名配信者になって大金持ちになること。そのためなら何だってする、と彼はよく語っていた。
「聞いてるよ。で、どうするんだ? 今日もダンジョン行くのか?」
「ああ、行くけど、その前に話があるんだ」
拓也の声が低い。いつもの軽薄な調子が消えていた。嫌な予感が背筋を這い上がる。
「話?」
俺が振り返ると、拓也の隣には魔法使いの昌幸が立っていた。眼鏡の奥の瞳が、冷ややかに俺を見下ろしている。彼らは俺たちのパーティの前衛。そして、俺と結城さんは後衛だ。
「神代、結城さん。お前たち、パーティから追放だ」
時が止まったようだった。教室の喧騒が遠のき、自分の心臓の音だけが耳に響く。追放。その単語が持つ冷たい響きが、ゆっくりと脳に染み込んでいく。
「は? 何言ってんだ、拓也」
俺は乾いた笑いを漏らした。冗談だろ、と言いたかったが、拓也の表情がそれを許さなかった。
「冗談じゃないよ。俺たちはもうレベル5まで上がったのにお前たちはまだ1のままじゃないか!」
拓也が声を荒らげた。その言葉は、俺たちがこの1ヶ月間、必死に彼らの後ろで支援してきた事実をあっさりと踏みにじるものだった。
「そうだ! レベルが上がらない奴を連れて上には行けないからな!」
昌幸も続く。その口調には、仲間への情など微塵も感じられなかった。ただの荷物を扱うかのような、冷徹な判断。
「そんなこと言ったって!」
俺は声を絞り出した。怒りと、どうしようもない無力感が胸の奥で渦を巻く。
「俺と結城さんは戦えないから、モンスターに止めをさせないからしょうがないじゃないか! 俺にもトドメを刺させてくれたらレベルも上がるだろ!」
それが精一杯の反抗だった。ダンジョンにおける経験値の分配は残酷だ。トドメを刺した者にのみ経験値が入るというシステム。そのため、剣や魔法で直接ダメージを与える前衛職ばかりがレベルを上げ、回復や支援に徹する後衛職はレベルが上がらずに腐っていく。これが探索者界隈の暗黙の了解であり、理不尽な現実だ。
「お前にやる経験値は無い!」
拓也はきっぱりと、まるで汚いものを切り捨てるように言い放った。
「結城さんはまだ回復があるから残ってもいいけどな、光輝! お前のスキルはただ自分のステータスをみんなに分け与えるだけじゃないか! 今さらレベル1のステータスを分けてもらっても俺たちのステータスは変わらないんだよ!」
昌幸が眼鏡の位置を直しながら、淡々と言葉の刃を突き立てる。
俺のスキル『分ける』。自分のステータスを仲間に分け与えるという能力。一見すると強力だが、レベルが低い俺のステータスなど、高レベルになっている彼らにとっては誤差のようなものだ。微々たる支援にもならないゴミスキル。それが俺の価値だった。
言葉が出なかった。彼らの言っていることは理不尽だが、否定できなかった。俺は弱い。レベルは1のままだ。スキルは役に立たない。それが事実として、俺の前に突きつけられている。
「わかったよ」
それしか言えなかった。拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みだけが、俺を現実に繋ぎ止めていた。
「じゃあ、俺は抜ける」
俺は鞄を掴み、席を立った。もう彼らと目を合わせることはできなかった。
「待って!」
その時、小さな、しかし力強い声が響いた。結城琴葉。彼女は俺たちのパーティの回復役であり、同じクラスの同級生だ。分厚い前髪で顔の上半分を隠し、その奥にある瞳はいつも伏せられている。大人しくて目立たない、まさに影のような存在。
「私も抜ける」
「はあ? 結城さん、お前は回復役だぞ? 残ればまだ俺たちのサポートができるんだから、それなりに分け前はやるぞ?」
拓也が怪訝な顔で彼女を見る。彼女の回復スキルは、まだしばらくは彼らにとって有用だったはずだ。
「いいえ。神代くんを追い出すパーティなんて、私も嫌です!どうせ役に立たなくなったら私も追い出すんでしょ」
彼女は顔を上げた。前髪の隙間から覗く瞳は、揺るぎない光を宿していた。その意外な強さに、俺は思わず見とれてしまった。
「好きにしろよ」
昌幸が興味を失ったように肩をすくめる。拓也も呆れたようにため息をついた。彼らにとって俺たちはもう、過去の仲間ですらなかった。
俺たちは揃って教室を出た。廊下は静まり返り、俺たちの足音だけが虚しく響く。
「すまない、結城さん。巻き込んで」
俺は力なく言った。彼女は残ればよかったのに。俺なんかのためにパーティを辞める必要なんてなかったのに。
「気にしないで。私も、あそこには居たくなかったから」
彼女は静かに首を振った。その横顔は、どこか寂しげで、それでいて清々しかった。
「これからどうするんだ?」
「とりあえず…レベル上げ、しますか?」
彼女が控えめに提案した。
「レベル上げ?」
「ええ。二人でなら、交代でトドメを刺せるでしょう?」
俺の脳裏に、彼女の言葉が光となって差し込んだ。そうだ。なぜ今まで気づかなかったのか。トドメを刺せば経験値がもらえる。なら、二人で協力してトドメを刺せばいい。前衛に頼るからダメだったんだ。自分たちで道を切り開けばいい。
「…そうだな。やろう」
俺は頷いた。希望が見えた気がした。彼女の前髪の奥の瞳が、微かに細められた。それは笑顔だったのかもしれない。
翌日、俺たちは市内で最も難易度の低い、初心者用ダンジョンの前に立っていた。薄暗い洞窟の中から、湿った風が吹き出している。
「行くぞ」
「はい」
俺たちは覚悟を決めて、その闇の中へと足を踏み入れた。
最初のモンスターは、洞窟の壁に張り付くスライムだった。粘液質の体が薄明かりを反射して不気味に光っている。
俺はスキル『分ける』を発動した。自分のステータスの一部を琴葉に渡す。彼女の動きがわずかに軽くなる。
「ありがとうございます」
彼女は短く礼を言い、回復魔法ではなく短剣でスライムを突く、短剣がスライムを貫く。スライムが苦しげに震える。
「今だ!」
俺は剣を握りしめ、弱ったスライムに走った。レベル1の俺の力でも、瀕死のスライムなら倒せるはずだ。
剣がスライムの核を捉える。ぶよん、という感触と共に、スライムは光の粒子となって消滅した。
《経験値を獲得しました》
脳内に直接響くシステムの音声。待ち望んでいたその音は、まるで乾いた大地に降る雨のようだった。
「やった!」
「おめでとう、神代くん!」
琴葉がパッと表情を輝かせた。隠れていた前髪の奥から、素敵な笑顔がこぼれる。俺は彼女のそんな笑顔を初めて見たかもしれない。
「次は私の番ですね」
「ああ。俺が弱らせるから、トドメは頼む」
「はい!」
俺たちは顔を見合わせ、頷き合った。そこにはもう、無力な後衛の姿はなかった。希望を抱いた探索者たちの姿があった。
この日から、俺たちの厳しくも確かなレベル上げの日々が始まった。弱小パーティと嘲笑われようが関係ない。俺たちは俺たちのペースで、一歩ずつ、確実に強くなっていく。拓也たちに見せつけてやる。俺たちの価値を、俺たちの強さを。その思いだけが、俺たちの背中を押し続けた。




