7-4 春の夜の夢
時間の流れは目には見えないが、新年度を迎えることで新たな気持ちになり、一年の経過を感じる。
地域再生促進課の面々も半数程度が異動になり、座席の配置も変わっている。その一方で神谷課長と自分はそのままだ。
新しい顔ぶれが加わったオフィスで僕は普段通りに仕事を続けていた夜六時過ぎ。
「秋山補佐、また来ましたよ」異動せずに昨年度から残っている若手が呆れた調子で声を掛けて来る。何が来たのか、言われるまでもない。国会質問の事前通告だろう。
大臣官房 総務課 国会連絡室から「【至急】明日予算委員会 質問通告」というタイトルのメールが来ているので開く。
「質問主意:地域再生促進法に関して、○○県○○郡秋山町他七つの地域が居住制限区域に指定された経緯について
質問者:衆議院議員 日本改革党 真田 直樹 先生」
誰もが知る有名人なので議員についての補足メモはない。
旧住民による訴訟が起こった以上、どこかの政党からこの件が再燃することは予想していた。それがまさか、あの真田先生から出てくるとは予想していなかったが、どうせ質問されるのであれば中途半端にパフォーマンス的に質問をする議員でなく、愛国議員である真田先生であることにほっとした気持ちもあった。
答弁するにしても、既に裁判用にまとめた資料があるので、それで対応は可能だ。
僕は深く息を吐き、隣の課長に声を掛けた。
「課長、質問通告ご覧になりましたか」
「見た。勘弁してほしいね」
「例の裁判関連の話以外に何か情報が出ていないか心配です。念のために、情報収集を兼ねて真田先生のところに調整に行こうと思いますが、よろしいですか」
「その方がいいね。向こうの出方も探れる。その結果を受けてこちらも調整する」
了解の意を示し、僕はすぐに自席の電話の受話器をとった。
「国土交通省の地域再生促進課の秋津と申します。先ほどの質問通告について、事前にご説明・ご相談できればと思い、ご連絡差し上げました。できれば真田先生に直接お話できればと考えております」
議員会館の真田先生のオフィスに電話をかける。
幸い、真田先生と直接会えるという返答が返ってきた。すぐに書類一式を持ちオフィスを後にした。通告のメールを確認してからまだ三十分も経っていない。
庁舎の玄関を出て道路を見ると、ちょうど客を降ろしたばかりのタクシーが停まっていた。歩けば十五分程度なので普段は徒歩で向かうが、今夜は時間が惜しい。タクシーに乗り込み、議員会館に向かった。
***
真田先生との打合せを終え、議員会館を後にする。直接ご本人と、いつもの第一秘書と話すことができた。既に時計の表示は午後九時前を示している。
スマートフォンで課長に電話を掛ける。
「課長、今終わりました」
「随分時間がかかったな」
「すぐ会えるとのことだったんですが、急用が入ったとのことで向こうで待ちぼうけをくらいまして」
「で、どうだった」
「向こうも完全に手の内を明かしているとは思えませんが、雰囲気的にはあの裁判関連の情報以外にはなさそうです」
「そうか。じゃあ答弁の内容は既存の資料ベースでいけそうだな。各種調整は俺の方でしておくから、また明日朝七時十分前にオフィスで会おう」
「承知しました」
と言って電話を切ると、疲れがどっと押し寄せた。
そのまま僕は父に電話を掛ける。
「聞いてるかもしれないけど、真田先生から例の件についての国会質問の通告がありました。先程直接お伺いして調整しておきました。明日は少し大変になると思うけど、よろしくお願いします」
「そうか。ご苦労だったな。ありがとう」
短いやり取りだけをして電話を切った。
春だというのに、やけに冷たい風が横切って行った。
***
翌朝六時半に登庁した。フロアには既に何人か出勤して作業をしている。
課長もほどなくして登庁したが、この時期は出勤者も多いので、二人で静かな会議室に移動した。
「案文は前回とほぼ同じでいいな」
「はい。特に修正点は見当たりません」
答弁については特段打合せをすることもない。
「長谷川幹事長の反応はいかがでしたか?」
「想定通り、『証拠がないから気にしていない』とのことだった」
「では前回通りですね」
七時から会議室で大臣レクを行う。淡々と進んでいく。地域再生促進課の管轄の質問事項について、課長が要点を説明し、大臣は頷きながらメモを取る。
普段通りに物事が進む。
——だが、誰もこの後に起こることは予想もしていなかった。
午前九時。国会の予算委員会が開会。
僕は控室のモニターで様子を見ている。予定通りに進むかどうか、緊張が続く。はやる心を落ち着かせるため深呼吸をする。
昼休憩を挟み、午後二時半。
いよいよ日本改革党の真田先生の質問が始まった。
「二十年前に施行された地域再生促進法に関連しまして、○○県○○郡秋山町他七つの地域が居住制限区域に指定された経緯について質問させていただきます」
淡々とした口調。しかし、その声は確かな力を帯びていた。議場の空気が少しずつ緊張で固まっていく。
「二か月ほど前の国土交通委員会で我が党の村上議員からも質問として挙げさせていただきました。また、その後、民間団体からも、居住制限区域の指定が適切なものであったのか、という国を相手取った訴訟が提起されております。第一に、秋山町を含む七つの移住促進区域の指定はいずれも妥当だったのでしょうか」
国土交通大臣が立ち上がる。
「お答え申し上げます。移住促進区域の指定につきましては、法令に基づきまして、人口・高齢化率・産業構造等を総合的に勘案して判断しております。いずれの自治体・地域についても基準に合致しており、妥当なものであったと考えております。」
短く無機質な答弁。
続けて真田先生が声を張る。
「第二に、三つの地域の特殊事情についてお伺いします。旧秋山町の秋山鉱山が再度採掘場として稼働している事実はありますでしょうか。旧真ヶ谷町の国営鉱山跡地の有害物質は適切に処理されておりますでしょうか。旧白岩町では海岸沿いに防災拠点は整備されているのでしょうか。」
再び国土交通大臣が答える。
「個々にお答え申し上げます。まず、旧秋山町についてです。旧秋山町の秋山鉱山については二十年程前に廃鉱となっております。ただ、採掘場として使われていた地理的な環境や、自衛隊の分屯地と演習場が近くにあることも勘案して、装備品開発の拠点として使う検討プロジェクトを進めておるところになります。次に、旧真ヶ谷町についてですが、居住制限区域に指定された頃には有害物質の問題があったことは認識しておりますが、現在時点でどのような状況になっているかは未確認となっております。最後に旧白岩町の海岸沿いの防災拠点についてですが、居住制限区域の指定後に開発行為が実施され、現在使用されております。」
真田先生はしばらく沈黙した。そして、声のトーンを一段上げる。
「最後になりますが——」
議場が一瞬静まり帰る。
「何らかの事業を行うために住民を追い出す必要があったので、これらの地域を移住促進区域に指定することにした。そういう事実はありませんでしょうか?」
「いずれの地域にも共通することですが、政府の政策実現のために移住促進区域、居住制限区域に指定した、という事実はございません」国土交通大臣は淡々と、そして堂々と回答した。
「今ですね、大臣の口から、政府側の都合でこれら三つの地域を移住促進区域に指定したという事実はない、と明確なご発言がありました——しかし、それと矛盾する資料が今、こちらの手元にあります」
そう言って真田議員は書類の束を高く掲げて、国土交通大臣が座る席の方に力強く見せつける。
議場が凍り付く。一瞬の静寂ののち、ざわめきが走った。
与党議員たちが顔を見合わせ、委員長が慌てて木槌を叩く。
「こちらは国交省の担当部局が作成した移住促進区域の指定基準の当初案と思われます。例えば人口の基準。最終的に公表されたものでは二千五百人となっているのが、当初、少なくとも公表される前の段階では二千人となっております。秋山町について言いますと、当時の人口が約二千二百人。当初の基準の二千人では該当しておりません。ではなぜ最終的に公表されたものでは二千五百人になったのか。すなわち、秋山町を含めるために基準を上げた、と見られても仕方がないのではありませんか?」
与党席のざわめきが一段と大きくなった。モニター越しに見えた神谷課長の表情は、明らかに強張っていた。
「さらにこちらをご覧ください」
真田先生は別の資料を掲げる。
「秋山鉱山の採掘量に関するデータです。地域再生促進法の制定の数年前までの採掘量が記載されていますが、年々減少し続けています。注目したいのは、ある一文です。『レアアースの存在の可能性』というところです。高性能永久磁石の材料になるレアアースのようですが、もしこれが事実であれば、国益に関わる重要資源です。レアアースが見つかっていれば、経済産業省の資源エネルギー庁に届け出義務がありますが、そういった記録は残っておりません。一体誰が何のためにこの情報を隠したのか?」
議場の空気が張り詰める。真田先生はさらに畳みかけた。
「もちろん、レアアースの存在の『可能性』の段階なら届け出義務はありません。しかし、秋山鉱山から夜間にダンプカーが出入りしているという情報を得ています。こちらの写真はそのダンプカーと思われる車で、居住制限区域の外で撮影したものです。元々の鉱物が年々減少していたのに、何を搬出していたのか。新たに見つかった何か。すなわちレアアースでしょう」
議場がざわめきに包まれる中、真田先生は最後の一撃を放った。
「この他にも具体的な政治家の名前などを含んだ証拠が多数ありますが、私のここでの質問と同時に捜査機関に提供することとなっています。ここから先は司法の手に委ねることとします。私からの質問は以上です」
委員長が再び木槌を打ち鳴らす。質疑終了。
大臣は後ろに控える局長、課長と話しているが、慌てた様子が手に取るようにわかる。与党理事が「理事会協議を求める」形で予算委員会は一時中断となった。
既に控室を後にしていた僕は、スマートフォンで国会の状況を確認していたが、三十分後に再開された時には長谷川幹事長を始めとした与党議員の何人かが不在となっていた。そして、真田先生もまた席にはいなかった。




