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螺旋の行方 ―居住地域制限法―  作者: 越智康生
第4章:採掘場の秘密
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4-5(遥) 採掘場の秘密

朝。まだ世の中が本格稼働を迎える前の時間帯。

遥は静かに玄関の鍵を回す。キッチンの方からは朝食をとっている活動の雰囲気や灯りが漂ってきた。父と母が朝食を食べおわったところのようで空になった食器がテーブルの上に並んでいる。

父・昭一がこちらを見上げる。

「おかえり。徹夜か」

「うん、ちょっとね」

「お菓子屋の手伝いはどうだ」

「久しぶりに体を動かしたけど、やっぱり何かしてるっていいね。頭の中が空になる感じ」

昭一は「そうか」とだけ答えて、湯呑を手に取った。

遥の中で昨日の夜の光景がよみがえった。

——闇の中を走るダンプカー、廃鉱になったはずの採掘場、そしてそこに灯る人工の光。

しばらく迷っていたが、もう黙ってはいられなかった。

「お父さん、二十年前の採掘場で……何かあった?」

唐突な質問に驚いた様子で再びこちらを見上げる。

「どうした、急に」

「気になって。秋山町が居住制限区域に指定されたとき、他にも候補はあったはずなのに、なぜ秋山だったのかって」

少しの沈黙。

昭一は湯呑を置き、ため息をついた。

「……採掘量が減って、もう先はないと思ってた。だから移住促進の話が出た時は正直、助かったと思ったよ。タイミングが良かったんだ」

「でも、秋山町より人口が少ない場所もあったのに。なぜ秋山だけが居住制限区域になったの?」

「政治なんてそんなもんだ。一般人に理解できるものじゃない」

淡々とした言葉。だが、その声の奥にある微かな震えを、遥は聞き逃さなかった。まるで何かを隠しているように。

「お父さん」

「……なんだ」

「この前話したよね。採掘場に明かりが点いていたって」

「ああ」

「昨日の夜、見たの。トラックが二台、採掘場から出てくるのを。まだ何か採ってるんじゃない?」

昭一の手が止まり、表情が硬くなった。

「……夜まで、あそこにいたのか」

「うん」

「それは法律違反だ。夜間の立ち入りは禁止されてる」

「わかってる」

「じゃあ、なんでそんな危ないことをする」

声が一段階高くなった。遥はその強い調子に少したじろぎながらも、視線を外さなかった。

「ちょっと落ち着いて」

声のトーンを下げ、ゆっくりと語り始めた。

「五年前、彼が南海トラフ地震に巻き込まれて行方不明になって……もう、書類上は死亡扱いになってる。でも最初のうちは、どこかで生きてるかもしれない、記憶を失って戻れないだけかもしれないって、そんな希望も持ってた。でも、それもだんだん現実じゃないとわかってきた。気がついたら、働く気力もなくなって、仕事も辞めて、ただ毎日が過ぎていった」

言葉を続けるうちに、遥の声はかすかに震えていた。

昭一は何も言わず、ただ黙って聞いている。

「最近になって、秋山の居住制限が解除されるかもしれないって聞いて……ふと思ったの。もし戻れるなら、秋山に戻りたい。私が生まれ育った町だから。彼との人生はもう取り戻せないけど、故郷で過ごす日々は取り戻せるかもしれない。でも、その秋山がもし、誰かの都合で『奪われた』場所だったとしたら——私は、それを許せない」

昭一は長く息を吐いた。顔の皺が深く刻まれ、視線が揺れた。

「……そうか。そこまで考えた上でのことなんだな」

「うん」

昭一は腕を組み、何かを迷うようにうつむいた。そして、ぽつりと漏らすように言った。

「ただな、採掘場のことについては話せない」

「話せない?」

「ああ。……特定秘密保護法に違反する」

遥は言葉を失った。まるで現実感が剥がれ落ちていくような感覚。「特定秘密」——それは国家機密を扱う人間だけが口にするような言葉だ。父はただの民間の元鉱山職員だったはずだ。なのに、なぜ。

「……お父さん、どういう意味?」

「そのままの意味だよ。話せば、俺だけじゃなく、話した相手にも法的な危険が及ぶ可能性がある。だから、何も聞かないでくれ。何かあってからでは遅い。危ないことは、もうやめてくれ」

その言葉の裏に、明確な恐れがあった。単なる父親の心配ではない。

遥は深く息を吸い、まっすぐに父を見た。

「……わかった。お父さんが話せないなら、私が自分で確かめる」

昭一は目を閉じ、しばらく何も言わなかった。

「……勝手にしろ。ただし、絶対に夜は行くな」

その声は、命令というより懇願に近かった。

自分の部屋に戻った遥は、カーテンを閉めたままベッドの縁に腰を下ろした。心臓の鼓動が早い。

父が「特定秘密」という言葉を使った瞬間の、あの一瞬の表情——恐れ、罪悪感、そして諦めだろうか。あれは、確かに何かを知っている人の顔だった。

——父は何を隠しているのか。そして、どこまで関わっていたのか。

スマートフォンを手に取り、昨日の夜に撮った写真を見返した。採掘場に続く道の前、ヘッドライトの光が浮かび上がらせたダンプカーの影。

「真実を確かめる」

心の中でそう呟く。朝の光はどこか冷たく、まるで彼女の決意を試すかのようにカーテンの隙間から淡く差し込んでいた。

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