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無撃の冒険者  作者: 寝刃鄒


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2/2

2話

 目を開けた時、レイン・トロワの視界に広がっていたのは、果てしなく、どこまでも純白な世界だった。


 空も地面も白い。遠近感すら狂いそうな無機質な空間。

 先ほどまで自分を包んでいた月明かりも、夜の森の静寂も、足元にあったはずの柔らかな土の感触もない。

 ただ、自分一人だけがそこに立っていた。


「……どこだ、ここ。俺はさっき、森にいたはずじゃ……」


 その時、頭の中へ、感情を排した無機質な声が響く。


【特殊空間『白亜の鍛錬場』へようこそ】

【本空間内では肉体の老化は停止し、飢えや渇きによる衰弱は発生しません】

【死亡時は即座に自動蘇生が実行されます】

【解放条件:当空間『白亜の鍛錬場』の破壊です】


「……破壊? この世界そのものを壊せっていうのか!?」


 叫びは白い虚空に吸い込まれた。第一話で出会った老人の言葉が脳裏をよぎる。

『お前の拳は、世界そのものには届いている。周囲にあるすべての世界を味方にすればいい』

 この場所から出る方法はただ一つ。老人が示した理屈を、この手で証明するしかなかった。



******

 


 見渡しても武器はない。あるのは自分の体、それだけだった。

 レインは震える手で拳を握り、素振りを始めた。

 一日一万回。二万回。眠る必要すらない世界で、レインはただ、虚空に向かって拳を突き出し続けた。


 視界の端に意識を集中すれば、いつでも自分のステータスが浮かび上がる。この白い世界において、唯一変化し、積み上がっていく数字だけが、レインの心の支えだった。


 この空間での修練は、彼の職業である拳闘士の素質を異常な形で開花させた。拳闘士は敏捷と筋力に最大の成長補正が働き、次いで耐久が伸びる特性を持つ。

 一万年という歳月、一刻の休みもなく限界を超えて拳を振り続けた結果、レベルは1()のまま、ステータスの数値だけが生物としての限界を突き抜けていった。


 《空振り》というスキルの特性により、彼の拳は標的に衝突した瞬間の減速も反動も一切存在しない。その反動ゼロの加速が、敏捷と筋力による破壊力を異次元の領域へと押し上げていった。



******



 数千年が経過した頃、レインは《空振り》の特性を逆手に取った二つの破壊技を編み出した。これらはステータス上のスキルではなく、彼が独自に到達した技術の結晶だった。


拳風(けんぷう)

拳が標的を透過する直前、その神速に引きずられた空気が凄まじい密度で圧縮され、物理的な鉄槌と化す正面衝撃波。拳そのものはすり抜けても、圧力の壁が正面から標的を粉砕する。

絶引(ぜついん)

敵の体内を透過し、背中側へ突き抜けた瞬間に実体を取り戻した拳を、突き出した時以上の超絶的な速度で引き戻す。背後の空気を爆ぜさせ、標的の背中側から襲いかかる背面衝撃波。


 正面からの〈拳風〉が押し潰し、体内を抜けた拳による〈絶引〉が背後から挟み撃ちにする。回避も防御も叶わぬ、全方位からの圧殺。



******



 一万年が過ぎた。

 少年の姿はあの日、森で光に包まれた十三歳のままだが、その眼差しは永劫の時を越えた者のものだった。


---------------------------------------------------

名前:レイン・トロワ

職業:拳闘士

Lv:1


筋力:89,421

耐久:48,202

敏捷:121,503

器用:12,055

魔力:42


固有スキル:《空振り(スルーリング)

---------------------------------------------------


「……よし。終わらせよう。……すべてだ」


 レインは大地を踏みしめ、右拳を正拳に構えた。


「――ッ!!」


 突きによる凄まじい圧縮空気が空間の連続性を歪ませ、最速の引き戻しが、その歪みを内側から爆ぜさせた。


ドゴォォォォォォォォォン!!!


 一万年不朽だった『白亜の鍛錬場』は、鏡が割れるように粉々に砕け散った。


【解放条件:『白亜の鍛錬場』の破壊を確認】

【所定の位置に転送を開始します――】


 砕けた世界の破片が光に溶け、レインの意識は再び遠のいていく。



******



 視界が強烈な光に包まれ、次の瞬間、全身を夜の冷気が包み込んだ。

 気づけば、レインはあの日の森の中に立っていた。

 母を亡くし、絶望の中で首飾りが光り輝いた、まさにその場所に。


 見上げれば、転送前と同じ月が夜空に浮かんでいる。現実世界では、おそらく一秒も経過していない。しかし、レインの肉体に宿る力は、もはやこの世界の理を逸脱していた。


「……戻ったんだ」


 敏捷12万、筋力9万弱。レベル1のままで到達した神の領域。

 レインは母の形見の首飾りを握りしめ、ゆっくりと歩き出す。

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