第34話 殺し合い
しばらく歩みを進めていると、鼻を突くような鋭い刺激臭が漂ってきた。それは、命が失われ腐敗へと向かう特有のどろりとした臭いだ。
「目的地は、この先か……」
臭いの出所と進むべき方角は、皮肉にも完全に一致している。俺たちは逃げ場のない嫌悪感を飲み込みながら、その異臭の源へと足を踏み入れた。
近づくと、匂いの正体が死体だとわかった。死体といってもとても奇麗とは言えなかった。顔の半分は原型を留めておらず、体の至る所に血痕が染みついている。それと手のひらに火傷が見える。
「……きついな」
今まで殺してきた人間は体ごと俺に吸収されてきたため、ここまで惨いものはみたことはなかった。
「兄さん……」
東雲が、ぽつりと呟いた。
崩れ落ちるように膝をついた彼女の視線の先には、もはや物言わぬ肉塊へと成り果てた姿がある。この死体を兄と呼ぶということは、彼女はこの地獄で唯一の肉親を失ったことを意味していた。
「……っ、あ…………う、あぁ……」
溢れ出した涙が、土に汚れた彼女の頬に白い筋を作る。最初は声にもならない呻きだった。だが、現実が鋭い刃となって彼女の心を切り裂くにつれ、それは喉を掻き切るような慟哭へと変わっていく。
彼女は兄の冷たくなった手を握りしめ、子供のように泣きじゃくった。その涙は、先ほどまで漂っていた不快な刺激臭さえも一瞬でかき消してしまうほど、切実で、痛切な悲しみに満ちていた。
「大和、お前の能力って何なんだ?」
死体を眺めていると、いきなり主人公君が話しかけてきた。
「それ言ってなんか意味あるか?」
「いや……もし出来るならこいつの見た目を綺麗にしてほしいんだ。せめて綺麗な状態にしてやりたいんだ」
能力を整理していると、いくつか使えそうな能力があったため死体を綺麗にしていく。
綺麗さっぱりとはいかなかったが、顔の原型はなんとか直すことに成功した。直った顔を見ると、どこか東雲を感じ本当に兄妹だったと分かる。
「……行こう」
短く告げた主人公君は、横たわる死体を丁寧にお姫様抱っこで抱えた。その足取りは重いが、決して迷いはない。
彼が向かったのは、エリアの最果て。生き生きとした木々が突然途切れ、まるでそこから先は存在しないかのように、殺風景な石畳がどこまでも続いている。生と死、そして世界の終わりが混ざり合う、不気味な境目だった。
「場外だな」
「……あぁ」
死体をそっと場外に投げた。本当はそっと置いてやりたいだろうが、それだとここ出ることになる。
――――いや待て、なんでこいつらは逃げない?いくら俺でもここまで場外に近づかれたら逃がす可能性はある。それとも俺にビビってるのか?
主人公君の行動に違和感を感じていた時、主人公君が水谷と東雲の間に入り込み二人に重い一撃を食らわした。
「かはっ……!」
「…あ、ぐっ………」
倒れた二人を担ぎ、場外へと投げ出す。振り返り、携えていた剣を俺に向ける。
「………ありがとう、待ってくれて。二人は半ば諦めていたから、これが最善だと思ったんだ」
「別に待ってたわけじゃないし、聞いてもない」
衝撃的過ぎて行動が遅れていたのだ。逃げることは想定しても自己犠牲で仲間を助けることは想定していなかった。
「お前は、庇われる側に立ったことはあるか?ないだろ、じゃなきゃ絶対3vs1を選んでいたはずだ。それも自己犠牲でだ、それで仲間を救ったつもりか?自己犠牲で助けられたあいつらの気持ちは?考えていなかったろ。お前は本当に根っこから主人公らしい、自分が正しいと信じている……それが俺には腹が立ってしょうがない」
想定していない事態になったからか俺のストレスが頂点に達し言葉が強くなる。
「うるせぇぞ、だいたいお前のせいだろうが!お前に俺たちの何が分かる!俺が……どんな思いで決断したか知らないくせに!」
「知らねぇよ、自己犠牲で自己満足する自己中野郎の気持ちなんか知りたくねぇんだわ。ほらこいよ、生き物として次元の違いを教えてやる」
言い捨てた俺の背後で、沈みきった太陽の名残さえ消え失せ、深い夜の帳が森を支配した。
こうして、殺し合いが始まった。
───このゲームが終わるまで、残り3時間。




