表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
seek one's fate  作者: 六軒さくみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/74

*見失う未来7*

月灯りが頼りの深夜の砂漠は、すべてを飲み込んでしまいそうな何かが潜んでいる気がして、砂漠の寒さだけではない恐怖にルリは軽く身体を震わせた。

 馬上のラシードは、ヴィマーナを後にしてすでに二時間以上、無言のまま。

 ルリの震えを背中に感じはいたが振り向くことなく手綱を握り、馬を走らせている。

 何度話しかけても返事が返ってくることはなく、それが怖くなってルリはラシードの背中にしがみついた。

 ラシードの逞しさに驚きつつ、唐突に、アスランの背中を思い出した。

 あの時、抱きついた体はルリが覚えていたよりも遙かに引き締まり背丈もルクより僅かに高くなっていた。

 背中にまわした手が触れたのは堅い筋肉。アスランは男に、そしていつの間にか軍人になっていた。

 指先が触れた背中の堅さも、頬が触れた胸の厚さも、ルリが覚えていたアスランとは全く違っていた。

 こんな時にすらアスランを思い出す自分が滑稽でルリは何かにすがりつきたい衝動に駆られ再びラシードの背中に、とにかく掴めるモノをその手に掴んで、しがみついた。



 目の前にあったはずの光が遮られて、ルリが顔を上げるとそこにいたのは威圧感を全面に押し出し、鬼の形相をしたラシードだった。



「お前に見せたいモノがある」と、低く響く声で告げられても咄嗟に出てくる言葉すら思いつかなかったルリが、呆然と見上げていると、最初から返事など期待もしていなかったラシードは、強引にルリを立ち上がらせ肩に担ぎ上げた。

 その場には数人の整備兵がいたが、文字通り肩に担ぎ上げられたルリと難なく担ぎ上げたラシードを黙って見ている事しか出来ないまま、驚きに目を瞠っている間に「しばらく借りる」と、何かモノを借りるような軽い口調で一言告げ、空いていたハッチからラシードはその姿を砂漠に消した。

 時間はわずか数分で、誰もが声をあげることも出来ず、そして担ぎ上げられたルリも驚きと恐怖で声を絞り出すこともできなかった。


 ルリの父親であるダイも双子のルカも、そして軍人としての教育を受けているルクも背の低い方ではないが、ラシードほどの威圧感はなく、またこのような扱いをしたこともない。

 ルリが驚きと恐怖を感じるのは当然で、その腕から逃れることも、荷物のように扱われたことに対する抗議も出来ず、ただ、なすがままとなっていた。 


 ルカが格納庫での騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた時には、馬はすでに夜の砂漠の中に消えていて、すぐに追い掛けると言い張ったルカを、ルクがなんとか思いとどめた頃には、砂漠は白々と朝を迎え始めていた。



「ルリ、見てみろ」


 時間の感覚を失い気が遠くなり始めた頃、いきなり名前を呼ばれルリはその声にゆっくりと顔を上げた。


「砂漠の朝日だ」


 ラシードの指し示す方向に目をこらせば、白々と明けていく空に太陽が昇り始めていて、砂漠の砂の反射が目に飛び込んできて、あまりの眩しさに目を細める。

 先程まで、全てを飲み込みそうなほど不気味だった砂漠の砂が、今は太陽の光を浴びて輝く様はとても同じ砂漠とは思えないほどに美しい。



 その美しさにルリは「綺麗……」と自然に言葉を洩らした。







 自分の今後の扱いが書かれていた紙切れを、エイドリアンは淡々とした表情で目を通した後、静かにテーブルの上に置いた。

 何もかもがペーパーレスになったこの時代に、わざわざ紙に書かれたその文章に笑いがこみ上げる。

 昔から、エイドリアンの父ドーマスカーは割と時代がかった事が好きな人間だった。

 子供に対する愛情はあったかも知れないが、それを間違った方法でしか表現することが出来ず、子供にも人格があり自分とは別人間であるということをまったく理解していない人だった。

 反抗をすれば、親の言うことをただ黙って聞くのが子供の役目だ。子供は親が死ぬまでは子供だと、外聞も憚らず宣言する。

 確かに親から見れば子供でも、人格が芽生え意志を持ち、自分の道を考えるようになれば、それを尊重するのも親であるはずなのだが、エイドリアンの父であるドーマスカーは、そんなことは世迷い言だと切り捨ててしまう。


 子供なりの愛情で必死に堪えていたエイドリアンが初めて父に逆らったのはカレッジを卒業し、ドーマスカーに政治の道を提示されたときだった。


 ドーマスカーのように政治の道に入り何枚もの舌を操り、何十センチのも面の皮を備えるなど、自分には到底向いていないと自覚していたので、政治ではなく軍に入ることに決めた。


 平和を導きたいとか、国を守りたいとか高尚な思い等が存在していた訳ではない。


 ただ父から逃れたい一心だった。軍に入れば全寮制で、軍役につけば赴任地に赴くことになるから、父から逃れられると思っていた。


 だが、それがエイドリアンに現実を見せた。

 今まで知らなかった現実と真実を知り、どれほど自分の迂闊さと甘さを呪ったか判らない。


 けれど、そこで見ない振り、知らない振りが出来なかったエイドリアンは、その現状で、与えられた環境下で自分の出来うることをしようと心に決めた。

 些細なことでも微々たる事でも。

 何もしないよりは、していた方が自分の性にもあっていたし、心にも言い聞かせることが出来る。

 ドーマスカーが全盛期のように力を持っていたなら、帝国の女帝が今のフラーミングでなければ、そしてブルームが侵攻を受けていなければ、エイドリアンの「なしえよう」としたことは、これほどに歯車があうことなどなかったかもしれない。



 かみ合い始めている時代に運命を感じる。



 もしかすると、エイドリアンがアシェリーナと出会ったあの瞬間に、急速に回り始めていたのかも知れない。

 だからこそドーマスカーは、息子であるエイドリアンを、軍内部に起き始めているクーデターの黒幕として処刑しようとしている。


「この紙には執行日が記されていませんが、ご存じですか?」


 自分のことであるのに、まったく慌てる様子のないエイドリアンを見て、ロレンツォは軽くため息を漏らす。

 頑固な所はエイドリアンとザリオドルはよく似ている。

 けれど、二人は物事に対する対処の仕方は正反対。

 何事にも鷹揚にそして実直に対処するエイドリアンと、激情家で激昂しやすいザリオドル。

 多少なりともザリオドルの気質をエイドリアンが継いでいれば、また別なやりようもあったのではないかと思う。


「生憎、私どもには知らされておりません。ドーマスカー大臣は他の人間にも洩らしていないようなのです」

「……だとすると、これはワナかもしれませんね。彼らが、特にエレクトルが不用意なことをしなければよいのですが。確かに殺したいほどに僕のことを憎んではいるでしょうが、この時期に殺すのでは、父自身の立場がありません」

「と、いいましても、いきなり今日、明日に殺されては困りますよ」

「それも、そうですね」


 ふっと笑ったエイドリアンの顔が、アスランやエレクトルの笑顔を被る。

 ドーマスカーと正反対のエイドリアンは殊更、家族をそして息子を愛していた。

身の回りの殆どを没収され、外部との接触を完全に断たれたエイドリアンが、ロレンツォに頼み込んだのは家族の写真だった。

 屈託なく笑う二人の息子と、美しい黒髪に息子に遺伝した薄紫の瞳を持つアシェリーナを見ては、柔らかな笑顔を浮かべるのだ。

 けれど、そんな時間ももうじき過ごせなくなる。

 それはエイドリアンが父であるドーマスカーと、そしてアスランが父であるエイドリアンや、兄であるエレクトルと、それぞれに答えを出すために向かい合わなければならない時期に来ているからだ。


「エレクトル殿はご自身の意志で動き、ご自身の意志で物事を見極めています。けれどアスラン殿には、その時間は、もうないのですよ、リアン」


 ロレンツォが出したアスランの名前にぴくりと反応したエイドリアンの表情が急に曇る。

 言わんとしていることはよく判っているだけに、エイドリアンは頷くこともできないまま、ただ黙ってアスランの写真を見ていた。







「マリーからの手紙はなんと書いてきましたの」


 妻がテーブルにカップを置きながら微笑む。


 一人娘のマリーが突如「軍人になって出世するわ」と月の自宅を後にしたのは二年前だ。


 以来、妻は毎日、娘マリーの無事をアンタレスに祈っている。

 娘に退役を懇願したり、愚痴を零さないのは、妻アレクサの父親や兄弟達が軍役していることが大きい。

 夫のジョージが返答に困っている様を見て、あらたかの予想が付いたのかアレクサは「私なら平気ですから」と告げて、静かに部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ