*見失う未来6*
ここ数日ですっかりヴィマーナの一員となってしまったかのようなラシードは、勝手知ったる、とばかりに艦内を歩き回り、目的人物であるルクを、ルリの部屋の前で捕まえルカにも伝えた言葉を告げた。
「貴殿らはいつまで生ぬるい家族ごっこを続けられるおつもりかな」
「か……家族ごっこって……」
ラシードが言わんとしていることがなんなのか、ルクには心当たりがある。
言葉は違うが似たような意味を含めてボブにも言われたことがあるからだ。
それも一度ではなく宇宙から降りてきてから幾度か。
言われても当然なのだと、ルク自身も十分理解している。
このままで良いはずもないとも判っているが、それでもやはり、心のどこかでルリに対するやりきれない想いや、憐憫の情もあるから、そのことに関して強く出ることも、諭すことも何も出来ていない。
ボブの「素人の戦い方が通用するのは一度きりだ」という言葉は、ありきたりな台詞ではなく事実で、戦場を見てきた者ならば誰しもが感じていることだ。
ヴィマーナで戦闘員として前線に立っているのは僅かばかりの人間で、その中でも正規の訓練を受けているのはルク一人。
ルリもルカも非常時の特別措置として前線に立っているに過ぎない。
そのルクも戦闘についてのノウハウを学んだわけではないが、二年間の間に自然と身に付いてしまっただけのことだ。だが、ルリやルカにはそれがない。
それは先ほどの戦闘でイヤというほど実感してしまった。
艦を預かる責任者として、しなければならない最低限のことはやった方が良いというトマスの言葉も内心ではムカっときたが正しい意見だ。
耳が痛いのは事実だからだ。
ルクも重々承知し、なんとかしなければと日々、思っているが今までのルリとの思い出が、ルクの判断を奪ってしまうのだ。
ルクが若いながらもコウキの信任が厚いのにはそれなりの理由がある。
飄々と構え大雑把な性格の持ち主ではあるが、冷静沈着で物事を見極める目を持っている。
でなければ父親が幽閉され、弟が連邦の兵士だと知ってもなお、ブルームのために戦うという選択肢を取ることは出来 ない。
父が処刑されるかもと知らされても、それを冷静に受け止めて、動けない自分の代わりにと全てをゆだねている。
自分の立場も、自分のしなければならないことも受け入れることのできる度量もある人物だが、そのルクを狂わせるのは、ルリとルカの存在だった。
幼い頃から何も知らず、何も知らされず家族やまわりから愛だけを存分に与えられて、それに傲ることもなく、かといって迷惑だとはねつけることもなく、ただ素直に、ただ真っ直ぐに、育まれてたルリを知っているだけに、どこかでルクの判断を狂わせる。
「前にも言ったはずですがね。甘い考え方は放棄しろと。そして考え方を切り替えろと。貴殿らは、いや貴殿は何一つ出来ていない。その最たる例がこの部屋の彼女のことです」
「……」
「貴殿は本当にヴィマーナでブルームにご帰還される気がおありか」
ラシードの言い分は正しい。だからルクは項垂れ、その言葉を反芻しながら深いため息をついた。
ブルームの上層部が、責任者であるコウキが正式にヌミディアの暫定新政府と手を組み同盟を結んだと宣言した。
暫定とはいえ国民の圧倒的な支持を受け、特に反発している組織もないから、そのまま新政府として機能して行くに違いない。
そして、情勢が安定していけば内外にも新政府として認められて行くはずだ。
ブルームがヌミディアと手を結んだ理由は多々あるが、その最大の理由はもちろんこの先に考えられる帝国や連邦との一戦に向けてに違いない。
逆にヌミディアが求めたものは、ブルームが持っているコクーンや月とのパイプ。
互いの利益が一致した同盟で、過去に特別な遺恨があったわけでもないので両国にすんなり受け入れられた。
反発するだけの理由もないということもある。
それに対し連邦は猛反対しブルームやヌミディアの新政府に対して徹底抗戦の構えを見せている。
それは当然の結果で、連邦側は国王一族を保護している。
国王をクーデターで追い出した新政府を容認することは出来ないのだと言い張っているが、ここで意外なことに助け船をだしたのは帝国だった。
帝国は、ヌミディアの新政府を支持すると宣言し、帝国寄りの諸国にも働きかけをして賛同を得た。
もちろん裏で何事か取引がなされたことは間違いない。
だが、ここではいそうですかと認めてしまったのならば、連邦はヌミディアからの撤退を求められ尚かつ、自分たちがヌミディアで行った行動が今後どのように波紋を広げるか判らないから、やはり「認められない」と出るのは、誰もが簡単に判ることである。
そして、もう一つ連邦には暫定政府を認めることの出来ない理由が存在する。
ヌミディアは連邦にしてみれば帝国に対する砦であり、ブルーム攻略の足がかりであり、砂漠地帯には大型の戦艦や補給艦が宇宙に上がれるだけの大型の宇宙港があるから失うわけにはいかない。
逆にヌミディアは、この宇宙港は今後の復興に必要なものであるから、やはり失うわけにはいかない。
結果、ヌミディアの暫定政府は連邦と真っ向から対立し、ブルームはそれを支援する形となっている。
ブルーム国内では他国の戦闘に首を突っ込む必要はないという意見もあるが、ヌミディアが連邦の手に落ちれば、どちらにしても一戦構えることになる事が目に見え表だった反発も反対も出ていない。
「これから戦闘は間違いなく激化します。今日は確かに偵察部隊でしたが、明日も偵察部隊とは限りません。遊撃部隊の数も増える可能性だってあります、圧倒的に物資の違いがあります。これ以上消耗するわけにはいきません」
「……わかっているんですけどね」
「判っていませんよ。あなたは全く判っていない。いや、判っていても、このことにだけ目を瞑り耳を塞いでいる。いいですか、先ほどのような無様な戦い方が続けば、敵に悟られます。自ら弱点を露呈させていては勝てる見込みなど皆無。戦い方を知らなければ戦い方をたたき込む、銃の持ち方が判らなければ銃を持たせる。なぜ、そんな単純な事を躊躇している?」
「ルリやルカは…もともと戦争をするためにこの艦にのっているわけじゃない」
反論したところでその論の虚しさをルクが一番に感じていたから、自分が思っていたよりも強い口調にはならなかった。
それを聞いたラシードが、ほんの少しだけ目を伏せた後、やはり強い視線を向ける。
「艦に乗ることを選んだ以上はきちんと自分たちのことを考えさせるべきですよ。銃を持つこと、戦うこと、根本を解決するために原因を探している暇など今はありません。戦いの度に精神が壊れかけてしまうのでは使い物になりません。貴殿の言い分も判りますが、今は個人の感情に拘っていられるほどの余裕もない。違いますか。戦えない、イヤだというのならばこの艦から放り出す権限をあなたは有しているはずです」
煮え切らないルクの態度にじれたのか、それとも取り繕うのも馬鹿らしくなったのか、ラシードは軽く舌打ちすると、がらりと口調を切り替えた。
「……ルリを巻き込んだ、ルリに武器を持たせた、自分が、俺が不甲斐ないばかりにと罪悪感だけを感じて優しくしてやればいいから、そりゃ楽だ。だけど、それをやられた方は? 泣いてりゃ可哀想、気の毒だ。泣いても良いぞって甘やかすのは、時の場合によりけりだ。違うか?」
辺りに散乱した割れない食器や、水浸しになった床を見てルクはそれを行った人物を探した。
今だに怒りが収まらないのか、ルカは新たな怒りの矛先を探して立ちすくんでいる。
ルカはこのようにモノに八つ当たりをする質ではない。
よく言えば冷静で、悪く言えば自分にとって大切だと思える人間以外にはとても冷たい一面を持っているから、他人の動向にここまで感情を顕わにするのは本当に珍しいことだ。
ルリが絡んでいなければ、ルカはもっと割り切っていたはずだと思うと、先ほどラシードに言われた言葉の重みと、何も出来ない自分の不甲斐なさに息をするのも辛い。
「ルク兄、あの男なんなんだよ! なんで僕があんなことを言われなきゃならないのさ」
「頼むから落ち着いてくれ。それにここを掃除する衛生官の苦労も考えろ。こんな子供っぽいこと、お前らしくないぞ」
「……こんな非日常を送っていたら誰だっておかしくなるよ。僕はいいよ、別に何を言われても、何をされてもやり返せるから。でも、ルリは違うんだよ。それなのに!」
「おい、ルカ!」
滅多に発せられない大声に、さすがのルカも押し黙った。
長い付き合いから、ルクが大声を発するときは要注意であり、理不尽な怒り方をしないことを知っている。
だから、その声の御陰でルカの沸騰した怒りが急激に収まる。
ルカとアスランもいつもこんな感じだった。
双子のように仲の良かったルカとアスランは互いに頑固で、喧嘩を始めると見境のないところがあった。
怒鳴り合うことも取っ組み合いも良くしていたが、どちらかが本当に腹に据えかねると、どちらかが冷静になっていたものだ。
「………僕にだってわかってるよ」
「ルリは……戦闘に堪えられるほどの精神的強さがないよ」
「……ルク兄、本当にそう思う?」
てっきり賛同するとばかり思っていたルカの言葉にルクは虚を突かれたような顔をする。
「ルク兄、前に言ってたじゃない。純粋な思い程狂気に走るって。僕はそれが怖いんだよ……確かにこの艦に乗ったのは間違いだったと僕も思うけど……今さら、引き返せないでしょう。この砂漠の地から逃れるには戦うしかない。海域で連邦が集結を始めたらしいね。情報だと、エイムズ艦隊がこっちに向かってる」
「……ああ」
「エイムズ艦隊って連邦の主力艦隊なのは僕でも知ってる。それが来てるって事は近いうちにって事だよね」
「多分」
「あの人達はそれに乗じて例の作戦をやる。僕にだって判ってるよ。だけどさ、自分の妹が、半身があんな状態になってるのを見て堪えられる人間なんていないでしょう。泣いていたら慰めたいし、苦しんでいたら助けたい。そんなの当然でしょう!」
ラシードの言っていることはどこまでも正論で、そしてルカの言っていることも正論で、どちらも正論である。
だが両者の決定的な違いは立場の違いだ。
この現状においてルクの立場としてならば、ラシードの言い分の方に理がある。
「あの人……ルリになんて言ったか知ってる?」
「いや……」
戦闘終了後に帰投した時、格納庫で何か揉めていた気がする。
震えていたルリが唇噛みしめ真っ青な顔をしていたし、そのルリを抱いていたルカが冷たい目でラシードを睨み付けていた。
何を言われていたのか気にはなっていたが、会議やら報告やらをしているうちにすっかり頭の隅から追いやられ、そのことを思い出し、ルリの様子を見に行ったときには、ラシードと遭遇してしまったから聞けず仕舞いだ。
「あの人、ルリに『随分とふざけた戦闘やってるな、余裕か?自分は相手を殺さずに、傷つけずに圧倒的に勝てますって』って言ったんだよ」
「!」
「ルク兄、気付いてなかったの? ルリは敵機の攻撃を一発も機体に受けていないんだ」
背中に感じたのは悪寒だったのかそれとも。
「ちょっと、そこのこんがり美味しそうな人。邪魔くさいんだけど、どけてくれない」
聞き慣れない言葉にラシードは目を瞠ると、それを発した人物に視線を合わせてみた。
背後にいたのは、ラシードの胸の辺りまでしか身長のない小柄な少女が、整備員である証の作業着を身につけて、仁王立ちしている。
確かに健康的で人よりも大きめの体躯のラシードは、居住区の狭い通路の半分を塞いでいる。
「居住区の通路は、ただでさえ狭く出来てるのよ。アンタみたいな大男が立っていたら邪魔くさいじゃない」
気の強そうな口元、貫く意志を持っていることを伺わせる瞳は、ふっくらとした愛らしい顔に輝きを与えている。
ラシードはオモシロイとばかりに、片眉を上げて口元に微笑みを浮かべた。
微笑みを見た少女は、黙って扉を見つめた後、高い場所にある男の目をにらみ返す。
「ふざけんな、相手も命を賭けてその場に立ってるんだ、そんな思い上がりは捨ててしまえ」
自分が数時間前にルリに言った言葉だ。
「言いたいこと言ったなら、フォローするのもその人間の役目じゃないの。言いっぱなしって卑怯だと思うわ。人は育ちが違えば考え方も違う。それにあなたの方が長生きしてるんだから、私たちより知ってることも多いのは当然でしょう……言いたいのはそれだけ。そこどけて。私これから休憩なの」
言いたいことを言って、振り返ることもなく歩いていく少女の後ろ姿を見てラシードは含み笑いを零した。
少女の足元を見れば、微かに震えていた。




