「第6話」死んだも同然
仕事を終えたひさおは急いでエレベーターに乗った。
宅急便の指定時間が迫っていた。もっとも、仕事での立場が上のひさおは会社の待遇が良く、オフィスのすぐ近くのマンションに会社負担で住んでいるため自宅まで五分もかからない。
ひさお「しまったな。遅くなっちゃった。こんなことなら、置き配指定にしておけば良かった。でもなー、もし盗まれたら嫌だから直接受け取りたかったからな。間に合うかな。」
ひさおの会社は、オフィス街の一等地にオフィスと製造拠点を構えるギリギリ大企業と言える会社だ。
ひさおはその会社の営業部門トップをしている。とても精神的にキツイ仕事だ。まもなく55歳になり定年のカウントダウンになりつつある。
ひさおは、定年後を意識し、自分のやりたい事を模索していたのだが、その一つの可能性がある荷物がようやく今日届くのだ。
かなり焦り、ひさおは急いで会社を出ると、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。
見ると、高校生らしい女の子が倒れている。
ひさおは驚いて、急いで倒れた女の子に近寄ると足から出血していた。
ひさおは血の気が引いた。僕は、とんでもないことをしてしまった。。。
ひさおは急いで駆け寄り「ごめんなさい。大丈夫?ケガさせちゃった。なんてお詫びしたら良いか。。痛い?すぐに医者連れていくから。」
女の子「大丈夫よ。放って置いてよ。私なんてもうどうなってもいいのよ。ケガはあなたとぶつかる前からよ。それにケガしていようが、もう私には大した問題じゃないから。気にしないで大丈夫よ。」と投げやりに答えた。
これは。。。ぶつかるとか以前の問題で、ただ事ではない雰囲気で、目に全く輝きがなく涙まで流している。
意識ここにあらず。という感じだった。
ひさおは営業職のためか職業病とも言えるが、瞬時に相手の雰囲気を掴んでしまう。
女の子が極めて精神的に危険な状態ということを理解してしまった。
何も分からない、何も知らない。こんな状況の彼女を僕に助けてあげられるのか。。。でも、僕が助けられるなら助けたい。
自分の出来ることは精一杯する。それがひさおの生き様だった。
必死に考えたが、可能性のある言葉は一つだけだった。もし、これが無理だったら僕程度では救えない。
ひさおは周りも気にせず女の子に怒った「どうなってもいいはずがないだろ!いいか、あなたは私なんかよりずっと価値がある。あなたは愛されるために生まれたんだ。いいか、あなただけでなく全ての人が愛されるために生まれたんだ。あなただって同じなんだ!違う人なんて誰一人としてもいない。僕なんかより、ずっとずっと愛されるべき人。あなたは、愛されるべき人なんだよ。」
さきに生気が一瞬戻る。言葉の全てがさきの心に突き刺さった。
愛されるため。。。
自然に言葉を伝えた男を見ると。。。
それは不思議な感覚だった。
こんな状況なのに、さきは生まれて初めて男性に好意を抱いていた。
もう死ぬ覚悟をして最後の場所に向かっていたのに、もうどうでも良かったはずなのに。。なんで。。。
それはさきにとって初めての気持ちだった。さきの心に変化が起こると、急に一人ぼっちが怖くて怖くて仕方なくなって震えはじめた。
男は優しく「家まで送るから、どこ?」と聞く。
さきはぽつりと話す「家はもう無くなった。家族も。みんな全て無くなった。。」
ひさおはあまりにも悲惨な状況に絶句した。こうなるのは仕方ない。
あまりに酷い状況に、ひさおは心を傷め、放っておくことは出来なかった。今自分が助けなければ、誰も救いの手を差し伸べる人間はいない。
しかし、ここまでの状態の子を僕に助けられるのだろか。。とにかく、やれることは全てやろう!
ひさおは「社宅だけど、もし良かったら家に来る?このままでは僕は心配だ。」と伝える。
さきはうなずき、すがるような思いで、無言でひさおについて行った。