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体力の限界?


重い。

腕が痺れ、体全体に力が入らない。膝がガクガクと震える。膝が笑うという状態だろうか。

初めての週末の遅番に入ったアスカはギリギリの状態だった。

夕方の少し前から空き台が埋まり始め、狭い店内は今までやっていた早番では見たことも無いような光景になった。次から次に大当りがかかり、箱を持っていくのも間に合わない。呼び出しランプはつきっぱなし。

詰まれた出玉の箱で、ただでさえ狭い通路がいっそう狭くなり、急げば急ぐ程、思うように動けない。

下皿を一杯にしたお客が、不機嫌にアスカから箱を受け取ると、いつもの笑顔を作るのも忘れてしまっていた。

遅番がこんなにキツイとは思わなかった。決して遅番を舐めていた訳ではない。遅番の人間の方が偉そうにしている事から、それなりの覚悟はしてきた。気合も入れてきた。それにしても今日はやり過ぎだ。イベントの初日だかなんだか知らないが、こんなに出して大丈夫なのだろうか?逆に心配になってしまう。


それにしても毎日こんなだったら、とてもじゃないけど続けられない。

第一に私は女の子なのだ。

それなのにどうしてこうして過酷な肉体労働を強いられるのだろうか?

こんな仕事は学のない男子にでもやらせておけばいいのだ。

そうあの目の前でせこせこと働く村上みたいな奴に。

この日はどういう訳か、普段早番の村上も一緒に遅番に入っていた。


「大丈夫?」

アスカの視線に気がついたのか、村上がそっと近づいてきて話しかけてきた。

「ええ。大丈夫ですけど。」

アスカは考えが読まれたのかと思い、さも何でもないかのように言った。いかにもどうかしましたか?私の顔に何かついていますか?といった様なすました表情で冷静に言った。


「それならいいんんだ。もう少しだ。がんばろう。」

「ええ。」

アスカは短く返事をするとチラリと左手に嵌めてある、腕時計を見た。

ブランド物の腕時計で、そのブランドのマークをかたどった様なデザインの物だ。

もう何年の前に、誕生日プレゼントで当時付き合っていた彼から貰ったものだった。その彼とはライトの父親だ。

その彼と別れた時に思い出のある物は全て捨てたつもりだったけど、この時計は高価なこともあったし、アスカは他に腕時計を持っていなかったので、なんとはなしにつけていた物だった。

その時計がタバコの煙にまみれてこんなところで汗して働く自分の姿に酷く不釣合いのように思えて、胸が熱くなった。

泣き出してしまいそうだった。


「宮崎さん。」

離れ際の村上に呼ばれて、村上の顔を見た。

村上は子供のような明るい笑顔を作って、自分の顔を指で指していた。

笑顔を作れということだろう。

アスカに笑顔がない事を、村上はずっと気がついていたのだろう。

その村上の作る笑顔があまりにもわざとらし過ぎて、思わずアスカの顔の筋肉も緩んだ。

アスカもわざとらしく不自然に笑顔を作って返してやった。


アスカは動き出す前にもう一度左手の時計を見た。

デザインの関係で、正確な時刻は分かり辛いが時計の針はもうすぐ9時半になろうとしている。

確かにもう少しだった。


10時になると帰る客が多くなる。

何箱も詰まれた箱をしゃがんで狭い通路を押して、ジェットカウンターまで行って、そこに流しこまなければならない。

今のアスカにとってはその一箱を持ち上げるのも大仕事である。腕はモチロンのこと、ついに腰までおかしくなってきてしまっているようで、真っ直ぐに伸ばすと痛い。腰をかがめながら不自然な格好で一箱ずつ流していくしかない。少々不恰好だが、客は特に気にした様子もなく何も言わない。

通路の呼び出しランプが光る。

このおっさんがまた大量に大量に出したものだから、本当にきつい。まだ終わらない。


アスカはジェットカウンターに玉を流し込みながらも、他に呼び出されているのが気になって仕方なかった。

中央の客が空箱を大きく宙に振っている。

下の持ち玉を上にあげろという合図だ。

それぐらい自分でやれよと思う。

見るととアスカの倍はありそうな大男だ。どうしてあの太った男の箱をへとへとに疲れている自分があげなければいけないのだろうか?

パチンコ屋のシステムはちょっとサービス過剰じゃないだろうか。


見ればわかるでしょ。

こっちは今他のお客さんの軽量をしてるのよ。

終わったら行くから待っていなさい。

アスカは心の中で、そう言いながら無視し続けた。

最後の一箱を流し終えようとした時。突然男が大きな声を出した。


「オイィ。」

回りの客が一斉に注目する。

その声に驚いて、近くの担当だった村上が飛んできて対応している。

「何なんだよ。お前のところは。さっきから呼んで全然来やがらねーで。」


「申し訳ございません。」

「申し訳ございませんじゃねーよ。こっちは一回や二回で言ってるんじゃないよ。」

男の剣幕はなかなかのものだった。

村上はビクビクとしながら平謝りをしている。

ぺこぺこと頭を下げている。


アスカはそのやり取りを聞きながらも、出てきたレシートの裏に自分のサインをして目の前のお客に丁寧に対応した。

今あの場に戻りたくない。

あーもう嫌だ。

本当に嫌だ。

帰りたい。

パチンコ屋にはろくでもない奴ばかりだ。

アスカは丁度村上の担当エリアで呼ばれているので、知らぬ顔でそちらに向かった。


結局閉店間際まで村上がそのお客の対応をしている間、アスカは村上のエリアと自分のエリアをくまなく動き回ることになってしまった。

村上の対応が下手すぎたのだ。

いつの間にかクレーム客の隣のおばちゃんまで文句を言う始末。

こんなことなら自分が怒られて、立って謝っているだけの方がましだったかもしれない。


アスカの体はもう限界だった。


足腰立たなくなるわ。

アスカは無意識に呟いていた。


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