村上
歓迎会と称した飲み会はアスカの働いているお店から5分も歩けば着く、近くのあまりパッとしないお好み焼き屋で行われた。個人経営の夫婦2人でやっているような小さな店だ。この辺りにはまだこういうお店がわりと残っていた。
どうやら彼らは常連らしく、奥の座敷を予約してあった。
決して綺麗とは言えず、料理も普通だったが、懐かしい暖かさがして悪くない雰囲気だった。
アスカは一緒にあがった早番の3人と先にそこで飲んでいて、遅番の人たちが来るのを待つような格好になった。
ちなみに店長は後から来るようなので、あまり乗り気じゃなかったアスカにとっては救いだった。仕事が終わってまで、あの嫌な店長がべったりと隣にいるのといないのでは大違いである。
歓迎会と言われて来てはみたものの、特に変わったこともなく普通の飲み会だった。
普通の若者が集まってただ飲んでいるだ。ちょうど男女比も2対2なので自己紹介などしていると合コンのように見えなくもない。
ただ、仕事の愚痴を言い合い、飲んで中身のないくだらない話をするだけだ。
遅番の人が合流してもそれは変わらない。
お酒は好きだが、大人数で飲むのが好きではないアスカにとって、あまり居心地の良い物ではなかった。
自分が会話に入れない知らない人の話なども多かったし、パチンコや競馬の話も多かった。
ビックリしたことに彼らは自分がパチンコ屋の従業員であるにもかかわらず、たいていパチンコ好きで、休みの日は他の店に打ちにいくのだと言う。
中には給料の殆どをパチンコにつぎ込むなどという猛者もいる。
ギャンブルをやらないアスカにとって信じられなかったし、住む世界が違うような気がした。
退屈な会話はアスカにキャバクラで働いている時を思い出させた。
それと来てみて分かったことだが、彼らは毎週のように忙しい週末が終わると、ここで飲むらしかった。
それが一種のお店の慣例みたいだった。
アスカはなんとなく少しがっかりした気分になった。
アスカは左手の時計をチラチラと見て終電を気にしていた。
「宮崎(アスカの苗字)さんて夜やってるでしょ。」
飲み会の帰り道、同僚の村上に突然そんな事を言われてアスカは戸惑ってしまった。
歓迎会と称した飲み会はまだ続いていたが、終電がなくなってしまうのでアスカは先に帰らしてもらうことにした。
そうしたらこの村上が危ないから送ると言い出して、アスカを駅まで送ってくれることになった。
アスカは断ったが、半ば強引について来てしまったのだ。
「えっ。やってませんよ。」
アスカは動揺を隠すようにさらりと答えた。
「ほんとに?」
「ええ、本当に。」
夜道を歩きながら、村上はオーバーアクション気味にいかにも信じられないといった感じで、横からアスカの顔を覗き込んだ。
この男は声が大きく軽薄そうで、いちいちやることがオーバーアクションで全てが胡散臭く見えた。
嫌いではないがアスカの好きなタイプではない。
飲み会の行われたお好み焼き店は駅からそう離れていないのだが、この男と2人で歩いていると長く感じた。
村上とはよくシフトの関係で一緒になったが、何しろ仕事中はアスカには店長がつききりだったので、あまり話をしたことはなかったし、アスカは着替えてすぐ帰ってしまうので話す機会もなかった。
アスカの中の村上はいつももう一人の男の人(名前の分からない同僚)といつもじゃれあっているイメージだ。
村上の正確な年齢は知らないが、アスカの恋愛対象としてはいささか幼いように感じた。
空はどんよりと曇り、暗い夜道を外灯の明かりがぽつぽつと照らしていた。
2人っきりで歩いていてもロマンティックとは言えるものではなかった。
「でも、どうしてそう思ったんですか?」
アスカは息苦しさに耐えかねて、逆に村上に質問してみた。
「んー。俺そういうの分かっちゃうんだよねー昔から。なんとなく。」
村上は両手をズボンのポケットに入れて大股で歩きながら、星一つ見えない空を見上げて言った。
「そうなんですか…。」
「だって、それにさぁ。宮崎さんて早番しか入らないしいつもすぐ帰っちゃうじゃない。だから掛け持ちで働いているのかなって思って。結構この業界も早番しかやらない人って夜バイトしている人も多いから。」
「そうなんですか。」
「でも、本当にやってない?やったことはあるでしょ。」
まだ聞くか?この男はしつこい。
「はぁ。少しは…。」
アスカはあきれたように答えた。
「やっぱりなぁ。俺は殆どはずしたことないんだよねぇー。実は杉山さんとかけていたんだ。」
アスカは少しむっとした。別に自分が賭けの対象にされたからではない。
この男の言わなくていい事を言う、無神経さにむっとしたのだ。
それに夜やっていたからって何だというのだ?悪い事をしていたわけでもないのに。
その杉山というのは遅番の主任だった。
アスカの働いている店はどうやら早番より遅番の方が偉いというような考えがあるようだ。
別に社内の規定で決まっている訳ではないのだが、遅番の人の方がえばっていたし、なんとなくそれがみんなの共通認識みたいに浸透していた。
「でも、本当に送っていただかなくても大丈夫だったのに、それに遅番の人たちが来てすぐに帰っちゃって、何だか悪い気がしちゃって。」
「なぁーに。気にすることはないよ。いつものことだよ。それに夜道の一人歩きは危ないからね。」
村上はさわやかを演出しているかのように答えた。
いたい笑顔だ。
「これから戻るんですか?」
「あー。どうしょっかなぁー。店長もいるし面倒くせーんだよな。俺も終電で一緒にかえっちゃおうかなー。」
村上は独り言を大きな声で言った。
アスカはなんと返してよいのか分からずにしばらく考えてから不自然なく聞いた。
「村上さんは家何処なんですか?」
別に村上が何処に住んでいようと興味もなかったが送ってもらっている手前、黙って歩くのも変だと思い仕方なく聞いた。
「えっ。俺、俺はねー、わりと近くだよ。」
なんとも的を得ない返事である。
何だかだんだんこの男と話すのが面倒くさくなってきた。
「へーそうなんですか。」
アスカが気のない返事をしていると駅に着いた。
冬のすんだ空気の中に、煌々と電気がついた駅のホームが浮かび上がって見えた。
日曜日なので人も疎らだ。
「じゃあ、ここで。ありがとうございました。」
改札の前まで来るとアスカは村上に丁寧にお礼を言った。
「えっ。うん。じゃあ。」
村上はちょっと恥ずかしそうに、小さく右手を挙げた。
アスカは終電に乗り遅れるといけないので簡単な挨拶を済ますと、小走りでホームに向かった。
ホームから村上が今一緒に歩いてきた道をとぼとぼと歩いているのが見えた。
村上は悪い人間ではないのだが、少し痛いところがある。
空気が読めないと言っても良いのかもしれない。
後日アスカは村上がお店の上にある従業員用の寮に住んでいる事を知ることになる。
なんなんだ、アイツは。




