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多摩川で寝ていた大田に声をかけたのは、すぐ近くのテントに住んでいるホームレスだった。ホームレスはそんなところで寝ていると風邪をひくよと言って、茶色く変色した2本しかない前歯を大田に見せて笑った。誰かが自分に対して見せる久々の笑顔だった。

大田はNPO施設を追い出され、自殺にも失敗して何もやる気が起きず、高架したのコンクリートで四角く舗装された斜面に2日ほど寝転がって、色々と考えていた。最初は自分自身のことを考えていたが、考えが飛躍して、日本経済のことについて考えるようになっていた。今の日本に自分のような人間はどれほどいるだろうか?リーマンショック以降目に見えて、政府発表の完全失業率も上がっている。政府の発表する数字など最初から信じていないが、その数字を基にしてもかなりの数がいると思われる。では一体そのような人間はどのようにして暮らしているのだろうか?大田はそれが不思議でならなかった。

自分はNPO施設に保護される前は、生活保護の申請に何度か役所に足を運んだ。それで生活保護を貰うのは容易ではないことも分かったし、実際に貰っている人数も調べて把握している。町を歩けばホームレスのダンボールやブルーシートで作った、簡素なテントを目にすることもある。自治体が発表するホームレスの人数も調べた。把握していないホームレスがいるとしても、目に見えるかぎりではそう多くはないはずだ。それだけでは全然足りない。良くて半分。

じゃあ残りの人達はどこに行ったのか?どこで生活をしているのか?それが不思議でならなかった。大田はそのことについて半日を費やして考えた。

そして考えて考え抜いた結果。ある結論が導き出される。

寄生。

それが大田の出した答えだった。

先ほどの数字の整合性はやはりその事実を表しているのだ。ようはそんなにニートがいるはずはないと思っていたが、現実には生活保護者やホームレス以外のお金を稼げない人間は全員ニートなのだ。ニートというと御幣があるが、この資本主義社会では資本者は絶対的な力を持っている。自由競争の場合においてはほぼ全てにおいて資本力の勝るほうが勝つと言っていいほどだ。だから、より良い資本者に寄生できるよう努力するべきではないだろうかと思った。女は器量を磨いてより金のある男に寄生しようとする。とてもシンプルで分かりやすい。本来それが人生において最も努力すべき点なのかもしれないと思った。

もっと分かりやすく言えば、親にかわいがられるよう努力し、社長や上司に気に入られるように努力する。努力の仕方は人それぞれだが、仕事で結果を出して気に入られる人もいれば、ゴマをすって気に入られる人もいる。とにかく寄生しなければ生きられない。

親、兄弟、親戚。みんなが助け合い家族という共同体として社会に参加する。例えば親が病気で働かなくなれば、子供達が援助し、兄弟や親戚が職を失えば、心配し職の世話をすることもある。友達が多い人間は友達の家に転がり込むこともあるし、顔が良くて口の上手い男は女の家に住むし、女は股を開いて金のある男に寄生する。

目に見えないところでは会社。

自分ひとりでお金を稼いでいる気になっている営業マンや、IT関係の技術職でも会社という共同体の持つ資本力に依存しているに過ぎない。つまり寄生。共同体はある意味信用を作りお金を借りることもできる。その人間が真面目だろうが、怠け者だろうが関係ない。個人の性格や見た目などどうでもいい。その共同体に属してさえいればよいのだ。だから人はその仲間からはずされないように努力する。最近では会社の景気が悪くなれば、助け合いワークシェアリングなどというくだらない言葉まで使われるようになる。

大田は35歳にして、ようやくコミュニケーションの大切さに気づく。コミュニケーション能力の高い人間はどうにかして助けてもらえる。共同体に仲間として入ることができるのだ。そして共同体の持つ資本に寄生することができる。それは簡単な事ではないが、応援はしてもらえる。仲間はやはり一番大事なのだ。大田のように学生時代から1人ぼっちで過ごしてきた人間には、わずらわしいものにしか思えなかった人との付き合い、つながりが大事。

それがない人間は、共同体の持つ資本に寄生することはできない。それはホームレスの社交性の低さからも明らかだった。

大田には家族がいないわけではなかった。両親は栃木の佐野で小さな商店を営んでいる。国道50号沿いから、厄除け大師の方に曲がり、工業団地につながる手前の住宅街の一角に大田の生まれた家はある。小さな個人商店なので決して裕福ではなかったが、それなりには普通の生活ができた。ようするに食うに困ったことはないというわけだ。お店には食料品を中心にお菓子やカップ麺、缶詰などと生活雑貨が申し訳程度においてあり、店前で母親が佐野市の名物の芋フライを揚げて売っていた。父親は商店なのにしょっちゅう会合や話し合いに出かけ、それ以外のときは配達なのか何なのか、仕事と言って外に出ていたので、商店なのにあまり店にいることはなかった。大田は今思い出しても自分の家が何屋なのか分からなかったし、父親が何をしていたのかも正確にはわからなかった。大田は本を読むことに夢中で聞いたこともなかったし、あまり興味もなかった。その他に大田には妹がいたが、大田が高校妹が中学に入学する頃より口を利いた記憶がない。家族の中心は母親、父親、妹で大田だけはいつも疎外されているように感じていた。夕食の時なども3人は1階のちゃぶ台で仲良くTVを見ながら食べていたが、大田だけは1人会話もなく時間差で食べていた。

県立の進学校に入学した大田は、家計のことを考えて、国立の大学以外行く気はなく受験の為に猛勉強をした。塾や予備校にも行かずひたすら独学で勉強し見事ストレートで日本の最高学府東大に合格する。両親はとても喜んだが、大田はいたって冷静だった。別に政治家や官僚になるつもりもなかったし、学者や教授になりたいと思ったこともなかった。大田はただとにかく早く嫌な思い出しかないこの町から離れたかっただけだし、両親のように小さな町で一生を終えるのはとても嫌だっただけだから、結果としてお金の面で国立の大学を選んだわけだし、父親を納得させるのは東大しかないと思っていたから受験した。大田の父親は学がなかった。大学と聞いてもせいぜい6大学位しか知らない。そんな父親でも東大と聞けば喜んでお金を出すし、周囲の人間に自慢したりもした。そういう父親を見て大田は今までの辛い経験が間違っていなかったと安心した。父親は大田が中学の時から何も言わなくなった。もともと口数の多い方ではなかったが、さらに話さなくなった。別に反抗期があったわけでもない。大田は学校で苛められていて、運動もせず肥満になった自分を恥じているのか見下しているのだと思っていた。大田が学校の勉強で一番になろうが、県立の進学校に合格しようが、ただ何か言いたそうな目で太田のことを見るだけで興味を示さず何も言わなかった。その目は大田に勉強よりももっと大切な物があるぞと言いたげで、十代の貴重な時間を勉強だけで過ごしている太田を哀れんでいるようにも見えた。それは喜んでいる母親と大田を嫌な気分にさせた。

青春は勉強だけではない。そんなことは大田にも十分分かっていた。しかし、大田にはそれしかなかった。友達もいないし、部活もやらない大田はやることがなかった。お金もなかったから趣味に走ることもなく、自分が苛められないようになるには勉強で人から認められるしかない。そう信じてきた。だから東大に受かった時父親がよろこんだ事は自分がやってきたことが間違いではないと感じさせてくれたし、暗い青春時代を肯定してくれた。

周囲の人間にうれしそうに自慢をする父親を見て、大田はもしかしたら自分はこの人に認められたくて勉強をしてきたのかもしれないと思った。

だから、決して両親には今自分の置かれている現状を話せない。泣きを入れることはできないのだ。せっかく学費を出してもらった大学も2年で中退してしまった。中退する経緯は色々あったのだが、それ以来両親とは疎遠になっている。

仮に田舎に帰ることができたとしても、また何も言わない父親のもとで暗い2階の自室に閉じこもることは考えられない。もうあの頃には戻りたくないのだ。


そんな大田に仲間などいない。

大田はこれからは社交的にしてみようと思い、最大の勇気を出して、仲間と考えてただ1人頭に浮かんだユウにメールをした。その内容は他愛もないものだが、それを送ることで大田のふさぎきっていた気持ちは少しは楽になった。

ホームレスの汚い笑顔に起こされた大田は、立ち上がりズボンの後ろポケットのあたりをパンパンとはたいて、4日ぶりに図書館に行くことにした。

とりあえず、本を読んで心を落ち着かせよう。どこかとつながりを持つために大田は知らない町を歩き出した。







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