変化なし?あり?
次の日から川島は来なかった。
俗に言うとんだ状態だった。連絡もつかない。
そしてマナミも同じような状態だったので、原因は察するに難しくなかった。
要するにマナミの太客だった不良に、店長との風紀がバレたのだ。
ユウは、その渡邉という不良と川島の間にどういうやり取りがあったのかは分からなかったが、店長である川島が来ないという状態から考えてきっと逃げなければいけないほど、きつい追い込みをかけられたに違いないだろうと考えていた。
店長が来なくなってからすぐに、とりあえず田村が店を任されることになる。
肩書きこそ店長ではなかったが、お金の管理や経営に関する全ての店長業務を田村がやることになった。
しかし別に店長がいなくなったからと言って、休みにすることなどなく通常通りお店の営業は続いた。
思ったよりキャストの動揺も少なく、夜に働く女達の冷たさを感じた。
所詮人間なんてそんなものなのだろう。
自分が思っているほど、他人は人のことには興味はないのだ。
ユウはそう思った。
ただ、NO1のマナミがいなくなってしまったのは、お店にとっては痛かった。
明らかに売り上げは落ちていく一方だった。
田村は店長がとんだその日にオーナーに連絡して、現在の状況とそれまでの経緯を説明したようだった。
オーナーは、人手不足のためかとりあえず田村に店を任せることにしたと言う。(ユウは田村本人の口からそう聞いた。)
ユウはオーナーとはまだ一度しかあった事がなかった。
会ったと言っても、営業中に来てチラッと挨拶する程度だったが、なので、面識がないに等しかった。
オーナーは昼間の会社を経営している社長で、どこにでもいるような中年の男だった。
ユウが挨拶をしてもきちんと挨拶もできないような社長で、とてもキャバクラを経営しているようには見えない。オーラのかけらもない、さえない中年男にユウはイメージとのギャップに驚いたのを覚えている。
昼間の仕事が忙しいのか、はたまた興味がないのか、とにかくオーナーはほとんど店には来なかった。
ユウは今まで川島に任せきりで、こういう状況になっても店に来ないオーナーに不信感を抱いていた。
「たなかぁー。」
営業準備中に田村の声がホールに響く。
川島がいなくなって3日もすると田村はユウのことを苗字で呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「はい。なんでしょう。」
「お前、便所がきたねぇーよ。ちゃんと掃除したのか?」
「はい、一応やりましたけど。」
「一応じゃねーよ。やり直し。」
「……。」
ユウ個人にとって変わった事と言えば、以前より田村の態度が目に見えて横柄になったことと、ユウはまだ付回しができないので、1日中外で呼び込みをやらされるようになったことだった。
また、そんな嫌な雰囲気なのでユウのモチベーションも下がり、以前に比べ呼び込みでもあまり結果を出せくなっていた。
そんな時は決まって、田村にインカムでなじられ、連れてこないと営業終了後に正座をさせられ2時間にも及ぶ説教を聞かされた。
いくら逃げないと決意したユウもこれには、辞めようかと何度も考えた。
しかし、ユウは耐えた。
アパートを借りれるお金が貯まるまで、何とか続けよう。そして、お金が貯まったらブチぎれて辞めてやろうとも思っていた。
実際、田村はユウよりも6つも年下だった。
仕事をする上で年齢は関係ないとよく言うが、限度があった。
年上の人に対する口の聞き方など最低限のマナーはあるとユウは思っていた。
しかも、田村は売り上げをごまかして抜いていた。
毎日ではないが、週末などある程度客が入って忙しかった日などは必ずと言っていいほどやっていた。もっとも一回に1万とか2万づつ、オーナーに気づかれない程度の小額だったが、真面目に働いても、まだ家さえ借りれないユウにとっては許せるものではなかった。
それはどんなにユウが間抜けでも気づいてしまうような稚拙なやり方で、伝表の金額を修正液で消して書き直すというとんでもないやり方だった。
ユウはそれに気づいてからは、田村のことを上司として見れなくなっていた。
正確には上司ではないのだが、一応仕事の先輩ではある。
川島がいて、一緒に働いている時は先輩として一目置いている時もあったが、今は大嫌いになっていた。嫌いと言うより軽蔑していた。本当にどうしようもない人間だと。
しかし、そんなやり方で金を抜く田村も馬鹿だが、それに気がつかないオーナーも馬鹿である。
「最近アイツ調子にのりすぎだよね。」
そうユウに話しかけてきたのはアスカだった。
このお店にいる一番の古株。
レギュラーで出ていて、ユウが一番顔をあわせる女の子だった。
整った顔立ちで、メイクもナチュラルに近く、今風のキャバ嬢とは異なるストレートでロングの綺麗な髪の毛が印象的なキャストだった。
「えっ。」
その声に反応したテーブルセットを終え、キッチンにいたユウは灰皿を持っていた手を止めて、後ろを振り向く。
「だから、アイツ。田村だよ。」
アスカは腕を組んだまま、他の女の子達と話している田村を顎で指した。
「えっ。ああ。」
ユウもチラリとそっちをみて、再び灰皿を拭いて重ね始めた。
「店長がいなくなった途端態度変わりすぎだっつーの。何様だよ。田中さんもそう思わない?」
「まぁ。それは……。」
「女の子達からの評判も良くないしね。今にみんな辞めちゃうんじゃないの。」
「えっ。そうなの?」
ユウはわざととぼけて聞いた。
「そうだよ。昨日もマミちゃん達と飲んでたんだけどさぁ。みんなアイツの文句ばっかりだよ。本当に次の店探している子とかも多いし。田中さんは大丈夫なの。」
「いや、嫌だよ。俺もストレスはたまるよ。」
ユウがそういうとアスカは少し驚いたような顔をして、うれしそうに続けた。
「そうだよねー。田中さん頑張ってるもんね。みんな言ってたよ。」
「……。そう?ホントに?」
ユウは少し照れくさかったが、約二ヶ月近く心を入れ替えて一生懸命やってきたことが、初めて人に認められたような気がしてうれしかった。
考えてみれば、ここで働き出して人に褒められたのは初めてだったかもしれない。
「いやいや。ホント、ホント。ユウカちゃんもアキちゃんも言ってたよ。真面目でよくやってるって。」
「あはは…。」
ユウはうれしい半面恥ずかしくて、漫画のように右手を頭の後ろに持っていってあからさまな照れ笑いをしてしまった。
見ていてくれる人は見てるんだな。
ユウは改めて、真面目に努力することの大切さを感じた。
「あっ。そうだー。今度田中さんも一緒に飲もうよ。うちらが飲んでいる時に来ればいいじゃん。色々語ろうよ。」
「いやー。でも…。」
当然のようにユウは女の子から飲みに誘われたことなど一度もなかった。
それもこんなに綺麗な飲み屋の子に。
「あぁっ。そうか。連絡先知らないもんね。」
アスカは少しがっかりしたように目線を下に落として言った。
「そうだよ。そう…。だからまた。」
「じゃあ、ちょっとまって。これ。」
そういうとアスカは手に持った小さなポーチから、名刺を取り出した。
「はぁ?」
「そこにアドレスと番号が書いてあるから連絡して。モチロンあいつには内緒だよ。」
アスカは語尾を上げて、お店でお客にしているかのように、悪戯っぽく笑って言った。
その笑顔はとても魅力的で、ユウはドキッとしてしまった。
「何だよ…。俺は客かよ。」
ユウは照れ隠しで、カッコつけながら言った。
「ちがうよーっ。話したいこといっぱいあるからねぇ。メール頂戴ね。」
「まぁ。機会があればね。」
ユウはそう言って、アスカから貰った名刺をスーツの右ポケットにそっとしまった。
「もぅ。絶対近いうちにね。」
そう言うと、アスカはキッチンを出て行った。
元気良くおはよーと他の女の子達と挨拶するアスカの声が聞こえる。
ユウは、自分の胸がドキドキと音を立てているのを感じた。




