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渡邉

 「おい、川島はいるか?」

ユウがいつものように呼び込みをしていると、強面の男に声をかけられた。

男は背は低いが、ガタイが良く夜なのに細いサングラスをかけていた。一見してその筋の臭いがする風体だった。

ユウはこの男に見覚えがあった。

ユウが働き出してからも、何度かお店に来たことがある。マナミ指名の客だった。


「あっ。いつもどうも。」

ユウは軽く挨拶をした。


「おい、川島を呼べ。」

男は眉間にしわを寄せすごむ様に言った。

ユウは何かただならぬ様子を感じ取った。

「どうしました?今日は飲まれないのですか?マナミさん出勤してますよ。」

「いいから、今すぐ川島を呼べ。聞こえないのか?」

男はイラついた様子で、強い口調でユウに言った。


「あっ。はい、少々お待ちください。」

ユウはびびってしまい、すぐにインカムのマイクを口元に運んだ。


「店長ー。とれますか?お客様がお呼びです。」

「えっ?何。」

「お客様が店長を呼んでくれとのことで下にいらしているんですけど…。」

「えっ。誰だ?分かった、すぐ降りるわ。」


「すみません今すぐ来ますので……。」

ユウは男の迫力にびびってしまいご機嫌を取るような、いやらしい笑みを浮かべて言った。

男は黙ってタバコを吸っていた。相変わらず目つきは鋭いままだ。

不良がらみのことで何か揉め事でもあったのだろうか?

ユウの頭の中に嫌な想像が膨らむ。


しばらくすると川島が降りてきた。

川島は男に気づくと一瞬引きつったような顔をしたように見えたが、すぐにいつもの営業スマイルで男に近づいていった。

「あっ。どうも。お呼びでしょうか?何かありましたか?」

川島はわざととぼけているかのような口調で礼儀正しく言った。

「何かありましたかじゃねーよ。お前。ちょっとこいよ。」

そういうと急に男は川島の腕を引っ張った。

ビックリした川島はおろおろしながら言う。

「いえ、あの?今ちょっと営業中で……。」

「うるせーな。ごたごた言ってねーで、面かせよ。」

「いや、あの、ちょっ・・・・・・・。」

男は川島の首の後ろから太い腕を回すと、無理やり引っ張って行ってしまった。

ユウはただ呆然とその様子を見ていた。

正直に言うと怖かったので、見ていることしかできなかった。

あっという間の出来事だった。

何があったのだろうか?

あの様子だとどうも川島が何かやらかしたらしい。


「てんちょー。」

「……。」

「店長取れますか?」

ユウがボーっとしていると田村がインカムで川島を呼んでいる。

その声が耳に入ってきた。


「店長ならいませんよ。」

「はぁ?どこ行ったの?」


「何か不良に連れて行かれました。」

「何?もう一回。ユウ君のインカムは聞こえづらい。はっきりしゃべってくれ。」


「はい。すみません。何かヤクザに連れて行かれました。」

「えっ。まじで?何で?誰?山下さん。?」

山下とは毎月みかじめを収めている地場の不良だった。

一応ケツモチと呼ばれていた。


「いえ、違います。良く来るあの……。」

「あー。マナミの客かぁ。」


「そうです。」

「あっ。渡邉さんね。」


「渡邉さんって言うんですか。その人です。」

「…あっー。ついにきたかぁー。」


「きたかぁーって、田村さん何か知っているんですか?」

「何か知ってるんですかって?ふふっ。まあいいや、そんじゃぁ俺そのまま回しやるから、今日はずっと外たのむわ。」


「了解しました。」

そう言いながら、ユウは田村に対し何か気持ちの悪いものを感じていた。

それは得体の知れない恐怖と言うか、ちょうど以前大田に対して背筋が寒くなるのを感じたのと似ていた。


そんなことがあったからなのか、結局その日はユウの呼び込みも上手くいかず、1時半には客が途絶え、2時に閉店になってしまった。


早めにホールバックしたユウは帰った客のグラスやボトルなどを下げていた。

すると珍しくユウに一人のキャストが近寄ってきて話しかけてきた。

「今日、店長はどうしたの?」

マナミだった。


マナミはこの店のNO1で売れっ子だった。

大きく盛られ内側に巻かれた茶髪に、はっきりとした目。

見た目はどこにでもいそうな最近の美人ギャルだが、話し方にどことなく品があった。

そして何より彼女の人気は多分そのスタイルにあった。

手や足は細いのだが、物凄く巨乳だった。Fカップはあるのではないだろうか。それでいてウエストはくびれている。まさにグラビアアイドル顔負けといった見事なプロポーション。

彼女はその武器とも言えるバストを強調した。大きく胸の開いたドレスをよく好んで着ていた。

今日も真っ赤な胸の開いたドレスを着ていた。

ユウも間近で見ると思わず唾を飲み込んでしまう。


「えっ。いや……。よくわからないなぁ。」

ユウはなんとなく言ってはいけないような気がして、言葉を濁した。


「どこ行ったの?」

「…さぁ?」


「いつ帰ってくるの?」

「えっ。多分もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」

ユウが返答に困っていると、リストで作業していた田村がわって入ってきた。

「マナミさん。悪いけど今日はみんなと送りに乗ってって。」

「えっ。店長どうしたのー?」


「何か大事な仕事の話をしているみたいなんだ。だから悪いけど今日は。」

「ふーん。そうなんだぁ。わかったぁ。」

マナミは酔っ払っているのか子供みたな口調だ。


「それじゃあ。もうすぐ送り出ちゃうから、着替えちゃって。」

「はぁーい。」

マナミは田村の言うことを素直に聞くと、右手を大きく上に挙げて更衣室へ入っていった。

その姿はとても愛らしく、思わずチャンカワイになってしまうところだった。


「ユウ君それ終わったら、着替えた子から、送り振り分けて乗せちゃって。」

「はい。分かりました。」


「日払いいる人ー。」

そう言いながらリストに戻っていく田村。

田村は川島がいなくてもすっかり店を取り仕切っていた。

ユウは田村の背中を見ながら、何かむかつきを覚えた。



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