荘厳なる少女マグロ と 運動会
"バレエ座の怪人":
「…セ・アンフォルフェ・ク・ブゼット・ベル……
………セ・アンフォルフェ・モデ、ラボテ……」
―――――――――――――――――――――――――
確かに
"鼈" の悲観の始まりは、
同じ国出身の選手である
<"マグロの姉" という存在>
に在った。
ただ悲観の原因は、
"マグロの姉" が活躍し始める以前から
――見ようと思えば…
見えていた。
世界には、
"鼈" と同じ程度のジャンプの種類を跳び
"鼈" よりも高いジャンプを跳んで
加点を貰っている少女が
――山ほど
いる。
ジュニアのレベルで、
"鼈" がまだ
――練習でも
跳ぶ事が出来ていない
六回転SJ [スピンジャンプ]
や
四回転FJ [フォーロール]
に挑戦してくる者もいた。
さらに、
"鼈" には出来ない様な
柔軟を見せ、
顔を作り、
ただ宙を滑るのではなく、
<物語を示そうとする>
そんな姿勢を
「vivid」
に見せつける者がいた。
それらは皆――
<手足が長く>
<鞭毛の様な柔軟さを持ち>
<痩せていて>
<可愛い>
――のだ。
ジュニアやシニア選手の中に
”太っている”
――”筋肉質である”
選手は
――いなくは
――なかったが……
低い順位を与えられていた。
"鼈":
《あんな手足が長いだけで――》
"鼈":
《拒食症みたい!》
"鼈":
《身体が柔らかくても
ジャンプが跳べない
ブスじゃん!!》
"鼈" は、
同じ競技を行う選手達を
内心で
そう――評し
そう――自分に言い聞かせてきた。
"鼈":
《わたしだって………》
"鼈":
《失敗さえしなければ
いいんでしょ!!!?》
ノービスまでは、それで良かった。
国内大会では、"鼈" のする事で十分だった。
ただ、
"鼈" は
ジュニアで
世界に出た途端、
”重力スケート”
という競技に於いて
”求められている事”
――即ち
――<厳しい現実>
を、知る事となる。
加点のレベルが段違いであった。
<芸術点>。
―――――――――――――――――――――――――
"鼈" は、身体が硬かった。
子供の頃から
周りに
「so」
言われていたし、
他人との比較で
それを認識していた。
苦手意識を持ち
――それ故に
さらに練習から遠ざかる事が
多かった。
そして、
ジャンプの練習にばかり
力を入れていた。
"鼈":
《欠点よりも、それを埋める長所……》
だから、
高難度の柔軟技は
――いつまで経っても
――加点どころか
認定されない事が
多かった。
そんな "鼈" は、
手足が短かった。
胴体が太かった。
太っているというより――筋肉質な身体。
遠くから見ると――
「poteé」
「poteé」。
さらに
"鼈" は、
他人に
「美しい…」
と、
ため息をつかれない
そんな顔を
持っていた。
寧ろ、
誰もが心を持っているとされている”人間”の
心無い言葉が投げかけられる顔――
"重力スケートファン":
「あいつ ["鼈"] って
――どちらかと云えば
ブスだよね……」
仮想世界に飛び交う
――自分が匿名のつもりの本音
――そして
――冗談のつもりの
言葉。
"鼈" は、鏡に映る
”自分の顔”
を見る。
"鼈" は
――自分の顔が
「それほど悪くない」
と思っていた。
それでも………――
"鼈" には
"マグロの姉" に与えられる様な待遇が
齎されなかった。
協会から与えられる
強化費のランクは、
同じだ。
しかし……――
周りの
<目>。
<卑屈さ>
が、
"鼈" の目尻に滲む様になるのに、
時間は掛からなかった。
そして
<卑屈さ>
や
<憂鬱>
が
顔に過り始めると
悪くないものでさえ
さらに
「悪く」
見られていく――
”悪循環”。
勿論、家族は注意した――
「笑顔でいなさい」
――と。
しかし…――
注意を聞く子供ではなかった。
わかっていても――反発する子供。
全国大会が終わり、
次のシーズンが始まるまで、
"鼈" は
「がむしゃら」
に、練習した。
結果、
新しいジャンプを手に入れた。
しかし
――さらに
顔がキツクなった。
シーズンが始まり、
<卑屈さ>
は、
膨らんだ涙堂を
<隈取>
にしていた。
それを "マグロの姉" が
――会場に隣接した駐車場で
見ているのだ。