荘厳なる少女マグロ と 運動会
娘達が
――車に向かって
歩いて来る。
二人 ["マグロの両親"] は話を終えた――
つもりだった。
ただ "母親" は
「bot」
付け加える事を忘れなかった。
"母親":
「戦争にも行った事がない癖に…」
咄嗟に――
"父親":
「何か言ったか?」
横目で見た。
"母親":
「いや――別に」
"母親" は見返した。
まっすぐ。
―――――――――――――――――――――――――
二人は、
娘たちが
車に
”重力ストーン”
を詰め込むのを
待つ。
"マグロの母親" は、夫の事を考えていた。
"母親":
《……このヒト、なに甘い事いってんだろ………》
"母親":
《戦争に行ったら
そんな甘い考えじゃ通用しない事が
わかるだろうに……》
"母親":
《勝たなきゃ意味がないの》
車内で "母親" は頷いた。
"母親":
《…勝たなきゃ意味がない》
"母親":
《ルールがあって
――それに沿って
やっているだけなんだから……》
"母親":
《そう――ルール》
"母親":
《ルール》
娘達が乗り込み――
車が動き出す。
"マグロ" と "姉" は
――先程ほど
気を張り詰めて
いなかった。
車内の空気は、それほど悪くなかった。
"母親" は、過去を思い出していた。
―――――――――――――――――――――――――
戦地で、
退却した残党を
征圧した時。
”ABEE”で、
敵の動きを
止めた時。
地に、血は流れていない。
ただ――人間が倒れている。
その複数のボディの上
――征圧した後も………
”ABEE”
が、滞在を続けていた。
音はない。
突然。
倒れた人間のうち、
一人が
――倒れたまま
片腕を上げた。
すぐに "マグロの母親" が、
”ABEE”に命令を送る。
映像画面の中、
地に対して直立していた腕が
「dard……」
力なく
また倒れた。
その後――身体を起こす者はいなかった。
浮遊を続ける
――意志なき
”ABEE”
から
――ヘッドクォーターに
映像が送られ続ける。
倒れた人間達の傍には、銃が横たわっている。
旧式の――弾丸を使う銃。
誰もそれを発射させない。
銃は
地面で
のたうっていた。
銃そのものが振動している訳ではない。
人間たちが
――床の上
痙攣していて、
銃は
それに
釣られて
動いて
いた。
人間の手が胸の上――メトロノームの様。
”ABEE”による
スティングの挿入で
一時的に動きを止められているのだ。
といっても、傷痕はない
――”ABEE”
――は
――落ちる前に…
――開けた穴を
――塞ぐから。
コンバルシブな人間を取り囲む様に
――アタックを終えた
大量の”ABEE”の残骸が、
横たわっていた。
黒い点――点。
身動き一つ、しなかった。
"マグロの母親" に、感傷はなかった。
依然として、
大勢の
”ABEE”
その残りが、
宙を飛んでいた。
「征圧確認」
そう宣言する声がして――
「バタリィョン第一
戦闘配置に就け」
そして――
「ゴゥ!」
入口から、
戦闘服を来た兵士が
入ってきた。
"マグロの母親" と母国を同じとする兵士だ。
中には、
"マグロの母親" と同じ時期に
”ドラフト”
された者もいる。
皆、無防備に見える。
弾丸などと云う
過去の産物を
兵士は持たない。
”シールド”
の後ろに
隠れていた。
戦闘用
”ABEE”
が
――部屋の中
飛び続けていた。
兵士達は前進する――止まる。
前進する――止まる。
危険が少ないと判断された。
兵士達が
”シールド”
の後ろから
出た。
過激な事態は、起こらなかった。
兵士は
――床に倒れて痙攣し
――口から泡を吹く
<人間たち>
を拘束した。
誰もが穏やかに
――粛々と
仕事をする。
誰もが――従うだけ。
兵士がすべき事を行う間、
”ABEE”
は
――兵士には……
攻撃を仕掛けない。
ただ
――邪魔にならない様に
周囲を飛んでいた。
すべては撮影されていた。
兵士が仕事を終える。
”バタリィョン第一”
の
<ヘッド>
によって、
「完了」
が告げられた。
音声は、
ヘッドクォーターと
共有されていた。
待機。
そして………――
<ビエール>
が来る。
拘束された人間が、乗せられる。
次々と運ばれていく。
抵抗はない。
ただ――痙攣だけ。
行く先は――世界軍事裁判。
捕虜となり
――無傷のまま
全世界の戦争犯罪を調停する役目を持つその場所で
判決を受けるのだ。
平和的解決を模索した人間の戦い。
暴力に
暴力を返さなくなった
”文化的”
人間達の戦い。
―――――――――――――――――――――――――
"マグロの母親":
《……ルールを守らなきゃ》
たとえ何をしようとも
何人も傷つける事は
――人権上
許されない。
建前では。
"母親":
《ルール》
不手際は許されない。
"母親":
《捕虜を
人権宣言に沿った形で
待遇しないと
世界軍事裁判の判決が
変わって来るんだから…》
<何を為したか?>
ではなく
<何かを行った後に
何をされたか?>
が、問題に絡んでくるのだ。
”プロセスス”
に不備があれば、
民間人を攻撃し
苦しめた者に、
甘い判決が下される。
「収容所でひどい待遇を受けた!!」
という主張が通り、
”多くの民間人の命を奪った者”
が、自由になる
――そんなケースがある。
―――――――――――――――――――――――――
最後の一人が輸送機に乗せられた。
兵士最後の一人が、
<ビエール>
に寄り添った。
部屋は無人となった。
まだ処置は完了していない。
部屋には、”ABEE”が飛んでいた。
少しすると、
別の輸送機が来た。
人間を運ぶものより――小型のもの。
それは
部屋に入ると
チリトリの様な面を出し、
床に散らばった
”ABEE
を
隅へ集めた。
マシンの口が開き――
飲み込んだ。
そして、
すべての残骸を飲むと、
その小型マシンが――
退場。
こうする事で――
「任務完了」
「これが
<ルールする>
という事だ」
突然、
若き頃の "マグロの母親" の傍で
声がした。
「ルールした」
"マグロの母親" が声のする方角を見ると――
同僚がいた。
モニター画面を見つめている――横顔。
"同僚":
「ルール――完了」
皮肉が見えた――気がした。
"同僚" の唇が
――突然
尖った。
音がした。
「P……」
「P………」
「P……」
――口笛だ。
"母親" は、
現場に残っている
”ABEE”
に命令を与えてから、
任務の後片付けを始めた。
止まない口笛を――聞いていた。
そのメロディが
<何か?>
を
――当時の
"マグロの母親"
は、知らなかった。
そして――"口笛を吹いている人" にも、訊ねなかった。
その曲は――嫌いではなかった。
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"マグロの母親" は、除隊してから知った…――
その口笛の曲が、
オペラ『バレエ座の怪人』の挿入歌
「セ・アンフォルフェ・モデ・ク・ブゼット・ベル」
である事を。
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