第9話 異世界で仕事探し
アリシアを故郷へ帰す。
そう決めたものの、肝心のお金をどうやって稼ぐかという問題が残っていた。
この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨。宿代や食費を支払うだけでも、少しずつ手持ちの銀貨は減っていく。アリバースで商品を買うにも、日本の銀行口座に残っているお金には限りがある。
いつまでも貯金を切り崩しているわけにはいかない。
「やっぱり、まずはお金を稼がないとな。」
「そうですね。私もできる限り協力します」
隣に座るアリシアが頷いた。彼女を故郷に帰らせるためにもまとまったお金が必要だ。問題はどうやって稼ぐのかだが…
「とりあえず、もう一度ガラス瓶を売ってみるか。」
前回は道具屋にガラス瓶を四十本売り、銀貨十枚を手に入れることができた。あの方法なら、アリバースで商品を買ってこちらで売るだけだし何より利益になりそうだ。
◇◇◇◇
次の日の朝、宿の食堂で朝食もそこそこに済ませ昨日の道具屋に再びガラス瓶を売りにいく。
「こんにちは。少し相談があるんですが。」
「おや、昨日のお客さんか。何か入り用かい?」
「実は、またガラス瓶を買い取ってもらえないかと思いまして。」
店主は少し困ったような顔をした。何か問題でもあっただろうか。
「悪いが、今はこれ以上買い取れないな。」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。昨日の分もまだ全部売れていないんだ。うちは道具を売る店であって、買い取りを専門にしているわけじゃないからね。在庫ばかり増えても困るんだよ。」
言われてみれば店主の言うことは当然の話だった。
昨日は店主にとっても珍しい商品だったから買い取ってくれたのだろう。しかし、いくら便利な品物でも、売れる見込みがなければ店側だって仕入れることはできない。
「分かりました。また機会があればお願いします。」
「こちらこそ、何かあれば声をかけてくれ。」
道具屋を出ると、俺は小さく息を吐いた。
「うまくはいきませんでしたね。」
「そうだね。店の立場を考えてなかったよ。」
ガラス瓶を売る方法は、何度も使えるわけではなさそうだ。店を変えればいいかもしれないが長続きする気はしない。
それに、これから先のことを考えれば、もっと安定して稼げる方法を見つける必要がある。
「この村で何か仕事を探すにしても、まずはどんな場所なのか知っておきたいな。」
「それなら、少し歩いてみませんか?村の中には商店や露店もあるようです。」
「そうしよう。」
俺たちは道具屋を離れ、村の中を見て回ることにした。
モバ村は、最初に想像していたよりもずっと活気があった。村という名前からなんとなく小さいイメージだったが実際はそこそこの町といった感じだろうか。
よく考えれば現代でも村という名前の地名もあるしな。
道沿いにはいくつもの露店が並び、店先には野菜や果物、日用品らしきものが置かれている。少し先からは香ばしい匂いが漂ってきた。
近づいてみると、串に刺した肉を焼いて売っている店だった。
「いい匂いだな。」
「焼いたお肉ですね。あちらには果物を使ったパンもありますよ。」
アリシアが指さした先には、焼きたてのパンを並べた露店があった。生地の中に果物が練り込まれているようで、甘い香りがする。
「へえ、食べ物は結構充実してるんだな。」
「この村には旅人も多く訪れるようですから、そのためでしょう。充実した食事は旅先では難しいですからね。」
旅人が多い…か。
そういえば、宿屋にもそれなりに人がいた。道を歩いている人たちの中にも、腰に剣を下げている者や、大きな荷物を背負っている者がいる。
俺がそんな人たちを眺めていると、近くの露店の店主が声をかけてきた。
「お二人さん、何か探し物かい?」
「いえ、ちょっと村の中を見て回っているところです。この村は賑やかですね。」
「そりゃそうさ。ここら辺には、ほかに大きな村がないからな。」
店主によると、モバ村の周辺には人が暮らす集落が少なく、旅の途中で立ち寄る人も多いらしい。荒れ地の近くという立地のせいでもあるようだ。
ではなぜモバ村は成り立っているのか。詳しい始まりはわからないが、その昔ここで商売を始めて経済圏を作った人物がいるのだとか。
今はそれを引き継いでいるような形のようだ。特に今は冒険者と呼ばれる人たちが重要な客になっているという。
「冒険者?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が少し弾んだ。
冒険者。
異世界といえば、やっぱりこれだ。
魔物がいて、剣や魔法があって、冒険者がいる。転生してからというもの、荒れ地で生き延びたり、怪しい男たちに襲われたりと、なかなか落ち着かない日々を送ってきた。
けれど、冒険者という言葉を聞くと、ようやく異世界に来たという実感が湧いてくる。
「冒険者って、やっぱり魔物を倒したりするんですか?」
思わず身を乗り出して尋ねてしまった。
店主は俺の様子を見て、少し笑った。
「ああ。魔物の討伐や護衛、それに素材の採取なんかをしている連中さ。ここらの森や荒れ地にも、仕事を探しに行く者がいる。まあ荒れ地に行くのはそれなりの実力者だけどな。」
「なるほど。そういう人たちが、この村に集まってくるんですね」
「そういうことだ。宿に泊まるし、食事もする。武器や道具だって必要になる。冒険者がいるから、この村も商売が成り立っているようなものさ。」
なるほど。
モバ村はただの小さな村というわけではないらしい。周辺地域の冒険者たちが集まることで、自然と人や物が集まり、ひとつの経済圏ができているのだ。
俺は改めて周囲を見回した。
冒険者が集まる場所なら、彼らが必要とする商品にも需要があるはずだ。
「ちなみに、冒険者の人たちはどんなものを買っていくんですか?」
「食料や薬、武器に防具。あとは旅に必要な道具だな。仕事によって必要なものは違うが、荷物を運ぶための鞄なんかもよく売れる。」
「鞄ですか?」
「ああ。魔物の素材や採取したものを持ち帰るからな。丈夫で使いやすいものほど喜ばれる。多くの物を持ち運べれば稼げるが、その分動きも鈍くなるからな。」
鞄か。
その言葉を聞いて、俺の頭にひとつの商品が浮かんだ。
アリバースには、さまざまな種類の鞄が売られている。普段使いのリュックサックから、大きな荷物を入れられる登山用のバックパックまで、種類も豊富だったはずだ。
この世界の冒険者たちが使っている鞄がどんなものなのかは分からない。
だが、もし現代の鞄がこちらの世界でも使えるなら、売れる可能性はあるんじゃないだろうか。
「マコトさん?」
考え込んでいた俺に、アリシアが声をかけてきた。
「もしかして、何か思いついたんですか?」
「うん。ちょっと試してみたいことがある。」
俺はアリバースのことを思い浮かべた。
ガラス瓶のように、ただ珍しいだけの商品では長続きしない。けれど、冒険者たちが本当に必要としているものなら、継続して買ってもらえるかもしれない。
もちろん、いきなり大量に仕入れるつもりはない。
まずは実際に冒険者が使っている鞄を見て、どんなものが必要とされているのか調べる必要があるだろう。
「これは、ちょっと面白くなってきたぞ。」
異世界での商売。
その最初の一歩が、ようやく見えてきた気がした。




