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神に聞けば

 齢十五を過ぎたあたりで、自分が選ばれた人間という事に気づいた。端的に言う。神に聞いたのだ。

 なぜ知ったのではなく気づいたのかというと、それまで私は、自分の人生に価値の欠片の一つも見い出せていなかったからである。そして神に言われて納得した。納得せざるを得なかった。なにせ、相手は神だった。

 これといったビジョンがあったわけではない。声や匂いも、五感で感じられる何かではなかった。ただ、神に聞いたという不思議な体験を終えていたことだけは覚えている。これは、私の夢ではないかと、何度か思い胸にしまった。

 私ことエビシは、神に聞いてから、変わったことが二つある。

 一つは目だ。目が異様によくなった。視力のことでもあるがそれだけではない。見た目もだ。綺麗なのだ。鏡から見える瞳には、再び私の瞳が反射する。それが永遠と続き、やがて闇に消えていく。これがとんでもなく綺麗なのだ。私がこの目に焼き付けていた夕日などとうの昔のことのように、その瞳はすべてを吸い込んでいた。

 二つ目は人生だ。なぜかうまくいく。気概だ。そういう気概があるのだ。何をしても、何をしてしまっても、私はうまくいくと思って仕方がない。事実、十五を過ぎてからの私の人生は、これまでが嘘のように、その湾曲した線を右肩上がりに引っ張っていった。まるで私の過去も訂正してしまいそうな勢いだ。

 そのうまくいった人生ついでだ。高校生活を一年棒に振り終わった私は、新たな友達を作っていた。名前はデフという。これがまた面白い人間で、やけに神を信仰している。その神が私の知る神かは知らないが、なにか親近感がある。だから友達になったというのだろうか。そうかもしれない。

 このデフという男の口癖は「先にやっておいてよかった」だ。何を言っているんだと毎度のこと思う。そして聞く。何のことだと。するとデフはこう言う。「もし順番が違っていたら、大変なことになっていた」と。

 事の経緯を説明しよう。

 ある昼時、私とデフは屋上に満たない旧校舎の四階部分で談笑しながらパンを食べていた。このパンというのがデフの持参だった。家から食パンを持ってきていて、わざわざ購買で買った何味かも検討のつかないパッケージと味をしたジャムをこれでもかと塗っていた。

 窮屈な曇り空だった。数えたくもない天井のシミを数えた日を思い出し、ふとデフに言った。

「雨が降りそうだな」

 そうするとデフは慌てる様子をして、手に持ったイカサマ賽子(さいころ)よろしく重心の偏った食パンから手を放してしまった。そのジャムのせいでも、デフの信じている神のせいでもなく、当たり前に顔面から崩れ落ちた食パンを、デフはさぞ驚いた顔で眺めていた。

「先にやっておいてよかった」

 ここで聞いた

「何のことだ」

「もし順番が違っていたら、大変なことになっていた」

 私は自分が発言した言葉の意味が間違っていないか頭の中で復唱した。そして私が悪くないことを確かめると、再び聞いた。

「何のことだ」

「もし僕が、パンを落としてからパンを食べていたら、大変だろう。だから先に食べるという行為をしておいてよかったと思ったんだ」

 なんとなくだが分かった。伝えたい意味が。だがデフの悪い癖か、私たちが使う言語の文法のせいか。結果が先走りすぎている。

「それが、どうしたんだ。先に食べていたのに、なぜ後に食べていたことを考える。君はねずみか?」

「面白いね。でも僕の信じる神によると僕は人間だ。それも愚かではない、ね」

 そういう屁理屈を聞いているのではないと、内心では呆れていても、外面に出すのは億劫だった。だから私は折れることにしたのだが、一つ気になることがあった。

「どうして、私の言葉に過剰に反応したんだ」

 デフには似合わない沈黙だった。彼ほどのお喋りは未だ会ったことはない。彼に五十音順に質問をしていっても、すべてそれっぽい答えを出せるほどには適当な人間だ。考える葦の風上にも置けない。

「君の目は、いいからね」

 食パンを拾いながら、コンクリートの粒を払いながら、デフは空をゆっくりと見上げた。

「雨だ」

 デフがそういい終わる前に、私の食パンも清潔ではなくなった。

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