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愛されない妃ですので。  作者: ごろごろみかん。


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19/50

共に沈むか、救いとなるか

──聖暦1241年10月3日。


私が十歳を迎えた頃、お母様とお父様に尋ねられたことがあった。

それは、シェリンソン伯爵家を継ぎたいかどうか、という意思確認だった。

次期当主として育てるなら、幼いうちからの教育は必要不可欠だ。


私は、彼らの言葉を断った。

もう、立場に縛られるのは嫌だったからだ。


それに、本来シェリンソン伯爵家は夫妻が迎えた養子が引き継ぐこととなる。

もう失わなれてしまった過去のことだが、その未来をいたずらに変えたくないとも思った。


それからすぐ、一人の少年がシェリンソンの養子として迎えられた。

名は、アーク。


日が暮れるような黄昏の瞳に、チョコレートによく似たダークブラウンの髪。女性のような美しい顏だったが、瞳は酷く冷たく、ギラギラとしていた。獣が威嚇しているかのような、そんな怒りの強さ。警戒か、怒りか。

彼は私を睨みつけていた。


お母様はアークの後ろにたち、彼の両肩に軽く触れていた。彼の瞳の強さを知るのは、私だけ。


「フェリス。あなたの義兄となるアークです。彼はね、純人間なの」


その言葉に、私は息を呑むほど驚いた。


純人間。

つまり、エルフの血が一滴も入っていない、ということだ。

エルフの血を至上とするティファーニに純人間がいるなんて、珍しいにも程がある。


びっくりしてお母様を見ると、お母様は私の驚きをよく理解しているように微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。


「アークはね、奴隷商人に囚われていた可哀想な子なの。先日お父様が違法な賭博場を摘発したのだけど、その時にこの子を見つけたのですって。この子は、他の人間とは違う、って」


「……どう違うのですか?」


私が尋ねると、お母様は首を傾げて困ったように笑う。


「それがね、お母様も分からないの」


お母様は、かなりおっとりとしている性格だ。

お父様は、国王の側近を務めるだけあってかなりやり手で、必要とあれば汚い手段も厭わない。

だけどお母様はそんなお父様とは対照的におっとりとしており、滅多なことでは怒らない。

怒った時も、決して声を荒らげることはなかった。


お父様に【他の人間とは違う】と言われたアーク。

私は、彼のことをほとんど知らない。


本来は私が王妃となった後に、彼はシェリンソン伯爵家に迎えられた。


そして、時をほぼ置かずして、彼はシェリンソンの爵位を継いでいる。




──前シェリンソン伯爵の死によって。




そして、アーク自身もまた、爵位を継いだ三年後には亡くなったはずだ。


婚約者との心中。

それが、彼の死因だった。


立て続けにシェリンソンの当主が亡くなったことは、社交界に多大な衝撃を与えた。


なにせ、シェリンソンは前王の側近、そしてリュシアン陛下が国を継いでからは宰相の副官を務めていたのだから。


そしてティファーニにとって、自死は殺人よりも重い罪に問われる。エルフの血を自ら絶やすというのは、それほど罪深い行為だと言われているためだ。


アークの心中は、実に様々な説が囁かれた。

それは、養子が伯爵家を継ぐのは難しく苦労したから、とか。

婚約者から悪い洗脳を受けたせいだ、とか。

婚約者に殺されたのだ、というものから、ティファーニの属国支配から抜け出したい周辺国の暗殺者による殺害だ、とか。


痴情のもつれだと見るものから、暗殺されたのだと言う人まで、実に様々だった。

しかし、当事者は既に死んでしまったため、真実は闇の中。誰も、なぜアークが婚約者と心中してしまったのかを知らないのだ。


彼が、そのアーク・シェリンソン……。

いずれ、会うことになるだろうとは思っていたが、想像していたよりずっと早い。


しかも、彼がエルフの血が一滴も入っていない純人間であるなんて、私は初めて知った。


「アーク。この子は、あなたの義妹になるフェリスよ。十歳なの。仲良くしてあげてね」


お母様に声をかけられると、アークは「はい」と答えた。

しかし、やはりその瞳はギラギラとしていて──まるで飢えた獣か、あるいは復讐の相手を前にした殺し屋のようだった。


そうだ。それは、明確な殺意だった。


王妃であった時ですら、こんなあからさまな視線を向けられることは無かった。

多少怯んだが、しかし彼は義兄となる人だ。

純人間で、しかも奴隷商人に囚われていたというなら、エルフへの恨みが募っていてもおかしくない。

そう思った私は、毛をさかだてた猫を相手にするように彼に笑みを浮かべた。


「……初めまして。フェリスと言います。よろしくお願いします、お義兄様」


アークはほんの少し、困惑の色を瞳に浮かべた。

その様子から、彼がまだ幼い少年であることを知る。


大の大人にこんな瞳を向けられたら、苦手意識を覚えてかもしれないが、まだまだアークは幼い少年だ。


今の彼に睨まれたところで、せいぜい猫が毛を逆立てているようにしか見えなかった。

そして、私は猫が大好きだ。


「…………よろしく。フェリス」


静かに義兄となった人は言った。

ほんの少し、不満気な様子ではあったが、お母様はそれには気がついていない様子でぽん、と手を打った。


「では、アークが家族となったお祝いをしましょう!アーク、あなたは好きな食べ物はある?ああ、フェリス。彼から聞いておいて。私は料理人(コック)に伝えてくるから」


お母様はそれだけ言うと、そのままその場を去ってしまった。

部屋の中、残されたのは私と彼だけ。

私は、恐る恐る、警戒する彼の心を逆撫でしないように彼を見た。


「……なに」


ぶっきらぼうに彼は答えた。

長めの前髪が、彼の瞳を隠す。

彼の瞳は、とても珍しい色合いをしていた。


昼の空が夜に呑まれる直前のような鈍色が、茜色に染まっている。

見れば見るほど美しい瞳だ。


だけど彼は、その瞳を長いまつ毛で隠し、更には俯き気味なので、前髪でより見えにくくなってしまった。

私は、彼になんと話しかけようか迷ったものの、すぐにお母様の言葉を思い出す。


「私は、フェリス」


「……知ってる。さっき聞いた」


「良かった。覚えていてくれたのね」


私は彼の手を握った。

十歳と十二歳。

まだあまり、性差は現れていない。


私に手を取られて、彼の体が少し強ばったように見えたが、気にしないことにした。

私は今、十歳の少女なのだ。

せいぜい、十歳らしく無邪気に振る舞うとしよう。


「お庭を案内してあげるわ!シェリンソンの庭は、とても綺麗なの。薔薇が咲いていて……今の季節はちょうど見頃なの。ラッキーだったわね、貴方」


困惑するアークの手を引いて庭に向かう。

途中であった老年の家老が、手を繋ぐ私たちを見て微笑ましそうにしていた。


庭園は、誰もいなかった。

空は真っ青で、雲ひとつ浮かんでいない。

綺麗で爽やかで、スッキリとした空模様だった。


誰もいない庭園につき、アーチを潜ってから私は彼の手をパッと離した。


そして、くるりと振り返る。

彼は前髪も長いが、襟足も少し長い。


一見、少女のように見える。

長い前髪に隠されて気が付かなかったが、左目の下に黒子があった。


それが、より彼を魅力的に見せているのだと気がついた。少年の時でこうなのだ。

青年となり、社交場に出るようになってからはかなり女性に騒がれたのではないだろうか。


私は、リュシアン殿下の婚約者だったため、残念ながら彼とは全く関わりはなかったが。


「……エルフは嫌い?」


私が尋ねると、彼が稀有な瞳を見開いた。



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