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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
91/139

091.エレン



...



コンコンッとアンのいる王宮の離れにノックの音が響く。


「おはようございます。ご機嫌いかがですか?ケントです。本日の護衛を担当させて頂きます。」


アンが食事を摂る事をやめてしまった日から、護衛強化の名目の下、騎士がつくことになっていた。


本来の目的は、自ら命を断つことへの防止策だ。侍女ではいざという時に、対応が遅れる可能性が高い。




ケントが部屋に入ると、アンは窓の外を眺めていた。


「良い天気です。窓を開けましょうか。」


ケントがそう言って窓を開けるが、アンは返事をする事もなく、ただ外を見つめるだけだった。窓から入った風が長い髪を靡かせアンの睫毛にかかったが、それすら払うこともなかった。見かねたケントが、髪を後ろに払ってやる。


ふと、テーブルの端に目を落とすと、昨晩の食事もそのまま置いてあった。


アンの膝の上には、白タヌキが寄り添い続けていた。白タヌキ自身もアン同様に食事を摂っていない。




「今日はとてもいい天気ですね。」




ケントがその日1日の護衛で声をかけられたのは、結局それが最後だった。


どこかでアンの琴線に触れてしまうのが怖かった。アンはまだ一本の細い細い糸でやっと命を留めているといった様子だった。それを、自分の余計な一言でプッツリと切ってしまうのではないかと緊張が絶えなかった。




殆ど動きのないその部屋で、一日中気を張り詰めるのは、ケントにとって何よりも苦しい仕事だった。




...




「オリビア...私はどうすればいいのだろうか...。お前たちを幸せにしたいんだ。」


祖父は一日中微睡(まどろ)むオリビアの手を握り、その手に額を押し当てた。


アンの状況の悪化を風の精霊達から聞き、祖父母も更にやつれていた。


祖母は心労からここ最近はかなり耳も悪くなっていた。風魔法が聴力は補助してくれるのが救いだった。


老体に鞭打ち、娘の介護をし続ける日々は、暗く出口の無い迷宮で彷徨うようなものだった。


それでも、振り返ればアンという光が照らしてくれる日々は、温かく陽だまりのような感覚をもたらしてくれた。







それすらも、



閉ざされているのが今だ。



一寸先は闇とは言い得て妙。

これからの事が何も分からない。


これから長くない自分達が、どこまでしてやれるのかだけが気がかりだ。





「オリビア...アンがもう...駄目かもしれん...。」




涙を流しながら、はじめて"アンが駄目かもしれない"と口にした。言葉にしてしまえば、その通りになってしまう気がしてずっと避けていた。


祖父はオリビアの手を握り締め、アンを助けてやってくれと何度も何度も必死にオリビアに縋った。








すると


「父...さ...ま...?」


久方ぶりにオリビアが目を見開き、声を発した。





祖父は驚きのあまり、息を呑んだ。


(何が起きた...?オリビアはもうずっと人形なようになっていたというのに。諦めに近かった状況から都合よく回復することなどあるのか...!?)


様々な疑問が頭に浮かび、遅れてオリビアに声をかける。


「お...オリビア!?オリビア!聴こえるか!?」


祖父は期待してはいけないと思いながらも、オリビアの手を強く握り直す。




「...私の大事なあの子は...?どこに行ってしまったの...?私の小さなアンは...?」


オリビアは静かに父を見つめた。目の前に映る父は、自分の記憶よりもずっと老け込んでおり、一体何があったのかとぼんやり考える。


「夢じゃないのか...!奇跡、奇跡だ...!!!」


祖父は喜びに震える膝で、何とか祖母を呼ぼうと歩いた。





「...っエレン!!!エレン!!!」





子どもが産まれてからというもの、祖父が祖母の名を呼んだのは、何年ぶりの事だっただろうか。



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