052.ジャスパーの奇行
ジャスパーと素材収集の約束をした日の朝。
アンは小さなリュックに沢山の風呂敷のような布を詰めた。そして、その上から数種類の紅茶とマフィン、ナイフなどを詰め込む。
次に服装を悩み始めた。この世界の魔物は知性もある。男女差を見分けて女性を襲うことも多い。結局、髪をまとめ深緑のローブをまといフードを深く被ればいいだろう。スカートしか普段は履かないアンだが、走る可能性を考えズボンを着用する事にした。
「よし...他に必要なものってあるかしら?」
「大丈夫〜!」
「僕らがついてる〜!」
「任せて〜!」
アンは一緒に来てくれるという3匹の精霊に微笑む。
「皆ありがとう!心強いわ。じゃあ行きましょう。白タヌちゃん、お留守番よろしくね!」
「ぶにゃにゃ!」
...
「おはようございます!皆さんお待たせしてすみません!」
アンが白亜の本屋に着くと、既にジャスパーと騎士団の2人が到着していた。
ジャスパーは無言でペコリと頭だけ下げた。
「おはようアン。気にせず。先程着いたところだよ。」
ケントは一番乗りで20分も前に着いていたが、ひとまず定型的な返答をした。これにはジャスパーが真顔のまま少し首を傾げた。
「アンさんですね。よろしくお願いします。マークだ。」
マークと名乗る50代くらいのベテラン騎士が名乗った。手には大きな盾を持っている。
「皆さん、お忙しい中ありがとうございます。申し訳ありません...。」
アンは自分が素材収集をしたいと言い出したがために、3人も巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じていた。
「いえ、魔法使いの方々の護衛や研究補助は騎士団としても正式な任務の一つです。迷わずこれからも頼るといいですよ。」
マークはそう言うとアンと握手をした。
「ありがとうございます、それでは本日はよろしくお願いします。」
アンは3人に向かって微笑んだ。
...
4人は昼すぎには東の森に入った。先頭にケント・中心にアンを置いて後方を残り2人で囲むトライアングルのような陣形だ。
そして、上空にはフウ・プウ・ブウがいる。余程の事がない限り東の森では問題ないだろう。
東の森は基本的に穏やかだ。防御・回避力の高い魔物が多いため、攻撃力の高い魔物は少なく多様な植物が生い茂る。
入り口付近では、魔物はほぼ出ないため紅茶に使う植物系の素材収集をする予定だ。ジャスパーもせっかくなので、魔道具に使用する素材を集めるそうだ。
後ろではマークの質問に、ジャスパーが素材を拾いつつ淡々と答えていた。
「それは何に使うんだ?」
「魔道具だ。」
「何の魔道具だ?」
「人工的に雷を起こす。」
「どんなことに使えるんだ?」
「まだ分からんが魔道具だ。」
会話が進んでいるようで、進んでいない会話が聞こえてくるが、ケントとアンは苦笑いをしながら先を急ぐ。
アンはこの世界でも雷はあるならば、電気を利用できないだろうかと少々考えた。この国にはまだ外灯やランプが未発達で、そこには不便さも感じていた。
初対面のマークとジャスパーは、案外その後も会話が途切れることはなかった。意外と良いコンビなのかもしれない。
「ジャスパーは何故魔道具師になったんだ?」
「魔道具師になりたかったからだ。」
「何故魔道具師になりたかったんだ?」
「いつも魔道具を作っていたからだ。」
「ふーむ。ま、俺が騎士になったのも同じようなもんか!剣を振っていた!気が合うな!」
「......。」
ジャスパーすらそれでいいのか?と少し疑問に思ったような顔をしている気がした。魔道具関連の事にしか興味がないジャスパーにしては珍しい。
「あの会話、成り立ってるのがすごいような気がするんだが...。」
コソコソとケントが話しかけてきた。
「ええ、私もそう思います。」
また、耳元で囁かれたことで少しドキッとしてしまったアンだが、平静を装って返事をした。
ジャスパーはマークに返事を返しながらも、時折右だ。左だ。と全員に地図を見ながら指示を出していた。
「ん?お前さん、そこまで詳しい地図を持っているのか!もしも凶悪な魔物が出る北の森の地図もあるなら、騎士団に売ってくれ!」
マークはジャスパーの地図を見て興奮気味に食い付いた。ケントも気になって覗き込む。
「ある。だが、断る。」
ジャスパーはバッサリと提案を却下した。
「むむむ、そうか。それだけの代物だ。そうだろうなぁ。だが騎士団の生存率も上がると思うのだ。せめて高ランクの魔物の位置を写させてくれんか?」
マークはバッサリとしたジャスパーの回答にもめげない。空気は読めるが、必要以上に気を遣わない性格だ。
「書き写すのは自由にしていい。これ自体を再び作るのは手間だ。」
ジャスパーはどうやら情報にも金にも興味がなく、貴重な魔道具を手放すのが面倒だという意味だったらしい。
「なんと!そのうち遠征にでも行った際に、騎士団からジャスパー殿に貴重な魔道具の素材を見繕おう。ちなみに、酒は好きか?」
酒という単語にジャスパーの目が光ったと思ったら、コクコクと頷いた。かなり酒は好きなようだ。
マークとジャスパーは更に意気投合する。
「今、北の森の地図は店にある。だが、東の森の倍の情報量があると思ってくれ。写すならば、好きな時に持って行くといい。」
「ウソだろ!?東の森の地図でもその情報量なのに、倍かよ...。何週間かかるんだ...。」
マークはありがたい反面、情報量に愕然とした。
「こういう時、一気に複写できればいいのに...。」
アンはボソッと下を向いて呟いた。
すると、
「今何と...?」
一瞬でジャスパーの顔がアンの目の前にあった。
「わわっ!?」
アンは驚いて足元の枝を踏み、ひっくり返りそうになった。小さく悲鳴をあげると同時に、咄嗟にマークが受け止めてくれた。ケントの手は支えようとして届かず空を切った。ケントは悔しそうにそのまま拳を握った。
「こら!ジャスパー殿、急に前に出ては驚かれるだろう!」
マークはジャスパー相手に叱りつけた。年齢差があるので、抵抗がないようだ。
「申し訳ありません。」
ジャスパーも叱責を受け入れるとサラリと謝った。
「あ、いえいえ...!」
アンはマークにお礼を言いつつ、ローブについた砂を払って立ち上がった。
「ええと、ジャスパーさんが気になったのは今言っていたことでしょうか?地図をいっぺんに他の紙に同じ内容を複写...つまり写しとってしまえたらいいのにと思ったんです。手書きではなく魔道具で。」
アンはこの世界でスキャナーどころか印刷技術すら未発達な事を考慮して説明をした。
「はぁ...なるほど。」
ジャスパーはその場で目を瞑って上を向いたまま、数十秒固まった。その様子に3人がオロオロとし始める。
「え!?あの、ジャスパーさんどうしましたか!?」
アンは静かに声をかける。
「ジャスパー殿...?」
さすがに痺れを切らしたマークも、目の前で手を振ってみる。
「これは、ジャスパー殿はどうされたのでしょうか?」
ケントは微動だにしないジャスパーの肩を叩こうとした。
すると
ジャスパーの目がおもむろに開き、近場にあった適当な枝を拾うと地面に大量の文字や図を描き始めた。
3人は驚いてジャスパーが書いているあたりの地面から飛び退く。
「これは...!?」
ケントは目を見張った。ジャスパーは文字や図を描きながらも時折先程拾った雷を起こす素材を眺めては、チリチリと電気を発生させている。
そして、
パキッ.......!!!
......ッバチバチバチバチ!!!!!
という轟音とともに先ほどの雷を起こす素材から大きな放電が起こり、素材の魔石が砕け散った。咄嗟にケントが自身のローブでアンを覆い、腕の中に入れて庇った。マークは持っていた盾でそのケントよりも前に立ち塞がった。
3匹の精霊達は、悪意も魔物も無い中で、ひとまずは状況を見守っていた。が、怪訝そうな顔はしているので精霊にとってもジャスパーは奇異に見えるのだろう。
そして、放電がおさまったと思ったら、今度はジャスパーがまた地面に新たな文字を書き込んでいく。
それから10秒ほど経ち、ジャスパーはスクッと立ち上がり何事もなかったかのように枝を捨てるとアンたちに近付いて来た。
「「「...。」」」
3人は口をあんぐりと開けてジャスパーを見つめていた。ジャスパーの突然の行動に、説明があると思い口を開くのを待った。
だが本人は、
「皆さん何をしているんです?目的の素材はあちらです。」
と、言っただけで歩き始めてしまったのだった。