10-2
その夜、俺は宿屋のバルコニーで夜風に当たっていた。
目がさえて眠れなかった。
小説でも読んでいればそのうち眠くなるだろうと思いきや、物語が佳境に入って熱い展開になり、かえって眠気がなくなってしまったのだ。
バルコニーから見下ろす街並みは暗くて静か。
ハルベリアには電気などという便利なものはないから、日が昇れば目を覚まし、沈めば眠りにつくという自然の摂理に従った暮らしを人々はしている。中には明かりが灯っている家屋もあったが、それもまばらだった。
「結婚か」
ひとりごつ。
まさか恋愛をすっとばしていきなり結婚することになるなんてな。
あくまでゲームだから、とセレナも主張していたが、それでも意識しないなんて無理な話だ。そもそもセレナ自身が意識しまくっていてぎこちないありさまなのだから。
結婚システムの恩恵を得るために友達程度の仲でも結婚するプレイヤーは多いとアサギさんとルンは言っていた。俺とセレナもおそらくそっちに分類される。
とはいえ、とはいえ、だ……。
やっぱり意識してしまう。
幼馴染の、同い年の女の子。
肩まで垂れる長いツインテールがトレードマーク。
勝ち気で生意気で、猪突猛進。失敗して転んでもすぐに起きあがる。そんな性格のせいで失敗ばかりしているが、ときたまうまくいくと、とびきりの笑顔を見せてくれる。
そんなところが――
「起きてたんだね、トキヤくん」
声がして振り返る。
バルコニーの入り口にクラリーチェが立っていた。
「なんか眠れなくてな」
「えへへー。実はわたしもなんだー」
クラリーチェは俺の隣に並び、バルコニーの手すりに手をのせた。
「クラリーチェが貸してくれた小説、面白かったぞ」
「あっ、もしかしてそれで眠れなくなったんだね」
「実はそうなんだ」
「最後の展開が燃えたよねっ。主人公の親友が命をかけて魔王の攻撃をかばうシーン!」
「それで主人公の真の力が覚醒して魔王を倒すんだよな」
俺たちは『勇者物語』の話題でひとしきり盛り上がった。
「この小説、実はハルベリアの人じゃなくてプレイヤーの人が『執筆』スキルで書いたんだって」
「そんなスキルがあるのか!」
「驚いちゃった。細工とか調合とか冒険に役立てる以外のスキルもいっぱいあるんだね。わたしも『料理』スキルでお料理屋さんを開いてみたいなー」
「クラリーチェにぴったりのスキルだな。今度おぼえられるかどうか試してみたらどうだ」
俺が提案するも、クラリーチェは首を横に振る。
「んーん。わたしたちは魔王をやっつけなくちゃいけないんだから、そんな寄り道しているヒマはないよ」
「セレナの言葉を真に受けなくてもいいんだぞ。どうせ最初にゲームクリアするのは俺たちよりずっとレベルが上のやり込み勢だろうからな」
「そっ、そうなの?」
やり込み勢はすでに40レベルを超えていて、おそらくメインクエストも相当進んでいる。『ハルベリア・オンライン』には料理や踊り、歌といったゲーム内の生活を楽しむコンテンツが少なからずあるが、彼らはそういう寄り道を一切無視してひたすらレベル上げとクエスト攻略を進めているのだ。もはや俺たちでは追いつけない。結婚システムだって恋愛抜きに、転移機能や経験値ボーナスのために活用しているはず。
「なら、今度いっしょに料理スキルを――」
クラリーチェは言葉の半ばで口を閉ざす。
「やっぱり今のナシ」
「どうしてだ? 料理スキルをおぼえたいんだろ?」
「トキヤくんといっしょだと、セレナちゃんに悪いから」




