8日目
建物の中にあった町は今まで見てきたアギ族の町で一番活気があった。露店や飲食店と思われる店もあり、心なしか町を歩く人も楽しそうに見える。今まで見てきた町にあまり人がいなかったので、双子が言っている隔絶された、とか追手が来ないという意味が分からない。
「普通の町に見えるけど?ここのどこが隔絶されてるの?」
「この町にはシシル達聖女のような一般のアギ族が入る事が無いからさ」
「ここの人達がやっている事は他のアギ族の生活に一切関係が無いんだ」
「言っている意味がよく分からないんだけど」
「アギ族で使用される物の生産はフフによって完全に効率化されたんだ。働く人々はその技能と各自の希望によりフフによって最も適した場所に配置されているんだ」
「じゃあ、効率化した社会の中に適した仕事が無い人はどうなると思う?」
私は必死に双子が言っている事を噛み砕き、回答を考える。
「その人が出来る範囲の仕事を割り振るとかじゃないの?」
「残念、不正解。それをやったらせっかく効率化した社会が非効率になってしまう」
「だからフフは考えたんだ。効率化した社会とは別に、その枠に当てはまらない人を一か所に閉じ込め、別の社会を作ってしまおうと」
「ここがその別の社会だって言うの?でも、普通に生活しているように見えるよ」
「折角だから少し見て回ろうか」
「そんなに時間はかからないし、見れば分かると思うよ」
双子に連れられて町の中を少し歩く。近くの露天商が売っていたのはアクセサリーなどの小物だった。でもそれは私から見ても変な形で、とても買いたいとは思えない。
「ちょっと、この料理味が全然しないじゃない」
「うるさい、文句があるなら出て行け、2度と来るな!」
近くの料理屋では店員と客が喧嘩していた。それはアギ族の印象からはあまり考えられない光景だった。他にも殆ど商品が無いやる気が無さそうな店や半分腐ったような食品を売っている店など、予想より酷い有様だった。人通りが無い路地に入ると再び双子が喋り出す。
「分かっただろう?この町で作られた物はこの町の中でだけで売られ、廃棄されていく」
「それでもフフが大半は買い取って廃棄するので人々にお金が入らなくなる事も無い」
「シシルからはこんな話聞いた事ない。アギ族の町はいい町だって」
「そりゃ教えられていないからね。シシル達聖女は住民の中でも上級階級で、ここの事なんて知らないし、足を運ぶ可能性も無い」
「ボク達だって極秘の資料を見つけなければ知らなかったさ」
「じゃあみんなフフに騙されて生活してるって事?」
「別に騙している訳じゃ無いよ。教えていないだけさ。社会を効率化して、犯罪を抑止して、不満を最小限にする。フフ自体は優れたシステムだと思うよ」
「それでもここはまだいい方さ。もっと犯罪を起こす可能性の高い、デオ族に近い気性の持ち主は別の建物に隔離して、訓練と称してストレスの発散をさせてたりするんだから」
双子の言っていた犯罪率0%のからくりが何となく分かった。最初から問題を起こしそうな人を隔離してしまえば犯罪は起きないのだろう。でも、こんな住む場所を分ける、動物園みたいな社会が正しい姿なのだろうか。
「この事を知ってるのは二人だけなの?他に知っている人がいて、おかしいと思ったりしないの?」
「知っているのは管理しているフフと大聖母ぐらいじゃないかな」
「ボク達もおかしいとは思うけど、ここと別の社会を繋いだら全体の治安が悪化して、社会としての効率が落ちるのは理解出来るよ」
双子の話でアギ族には私の知らなかった問題がある事が分かった。でも、今はそれよりシシル達の事を考えないといけないと思う。
「色々教えてくれてありがとう。でも、まずはシシルを助けないと。どこに居るか分かるの?」
「分からないけど、恐らく再教育施設のある第18棟か聖女達のいる第25棟辺りかと」
「他の建物にある端末に触れれば調べられるかもしれない」
分かってはいたが、簡単に助け出せるものではなさそうだ。どこに居るかがまず分からないし、下手に調べればこちらが見つかってしまう。かといってぐずぐずしていたらシシルが再教育されてしまうかもしれない。レレリだって変身しているとはいえ、どんな目に合っているか分からない。
「ちょっと待って、何か変だ」
「変なものが近付いて来てるね」
双子が急に警戒し、私も路地から大通りの方を覗き見る。するとそこには湖から移動する時に出会った機械人形が整列して移動していた。人々は突然現れた異様な機械に奇異の目を向けるが、避けるだけで特に行動は起こしていない。
「あれ、この間私達を襲った機械人形だ。何でアギ族の町にいるの?」
「あれはアギ族が作った無人防衛装置だね」
「作ってるのは知ってたけど完成してたんだ」
「嘘!?シシルは違うって言ってたよ。シシルが嘘をついてたの?」
「いや、情報が隠されてたんだと思う」
「しかし厄介な物が出て来たね。逃げよう」
双子は急いで路地の奥へと逃げ出す。私もそれを必死に追いかける。
「戦わないの?」
「魔法は使えても、別に戦闘力が高い訳じゃないんだ」
「あの機械は対デオ族用に作られてるから魔法じゃ戦い辛い」
双子は何事にも余裕ありそうだったので、まさか戦闘が駄目だなんて思わなかった。しかも逃げ足もそんなに早くなく、途中から私の方が余裕ある位になった。
「うーん、ダメみたいだね。もうすぐ追い付かれるよ」
「キランは何か出来ないの?」
「無理だよ」
途中から機械人形はこちらを見つけ、いつの間にか前後から挟まれる形になっていた。赤石の力が使えれば、何とかなるかもしれないが、前と同じように発動するかは分からない。
「そうだ、魔法で転移出来るんじゃないの?」
「ここは転移禁止の結界が張られてる」
「強力な術者なら無理矢理破れるけど、ボクらには無理だね」
ついに八方塞がりとなった。じりじりと機械人形との距離が狭まる。遠くから攻撃してこないだけ前より状況はマシかもしれない。こんな事なら無理にでも武器を持ってくればよかった。というか、双子こそ武器を持ってくるべきだったのでは。
「しょうがない、諦めよう」
「素直に捕まった方が怪我がない」
「そんな」
せっかく牢屋から抜け出したのに捕まって戻ったらまたやり直し、というか、警備が厳しくなって2度と出られないかもしれない。目的が曖昧な双子はともかく、私はそうなったらおしまいだ。だったら、私が何とかするしかない。私はポケットから赤石を取り出し、右手で強く握る。
「私が何とかしてみるから、二人は下がってて」
「そんな事出来るの?」
「ケガしても知らないよ」
私は双子の前に出て、近寄って来る機械人形の方へ進む。危険な目に合えば赤石が前みたいに力を発揮してくれる。それを信じるしかない。
『抵抗しないで下さい。大人しくこちらの誘導に従って下さい』
機械人形から片言の女性の声が聞こえる。私達を捕まえるのが使命なのだろう。
「あの、えーと、消えて!」
私は叫んで、赤石を機械人形の方にかざす。が、何も起こらなかった。
『抵抗の意志を確認しました。実力を行使します』
人形は一斉に右手の剣のような物を構える。周囲を囲まれ、一気に危険が増した。と、近くにいた機械人形が吹き飛ぶ。
「もう、世話が焼けるなあ」
「状況が悪化したじゃないか」
「ミミト、ミミコ!」
双子が魔法で近付く機械人形を吹き飛ばし、周囲にバリアみたいなのを張ってくれた。
「やっぱり戦えるんじゃ」
「いや、吹き飛ばしただけで倒せてない」
「この防壁も数分だけしかもたないよ」
「そんな……」
また私は余計な事をして周りを危険に巻き込んでしまった。肝心の赤石も使えない。本当に情けないなと思う。
「こっちも好きでやったんだから気にしなくていいよ」
「牢屋の中にいるよりは楽しめたよ」
「ごめんね、ありがとう」
周りから機械人形が砲撃を開始し、双子の防壁もだんだんと弱まってるのが分かる。
(レレリ……)
私は心の中でその名前を呼んでいた。すると、周囲の機械人形が次々と爆発していく。
「ようやく見つけた。もう、勝手に動き回るんじゃないよ」
「レレリ!?」
そこには変身した丸い珍獣姿のレレリが居た。そんな姿でも飛び回って機械人形を爪で破壊していく。瞬く間に周りの機械人形は全滅していた。
「レレリっ!!」
私は走っていってレレリに抱き付く。離れていたのは半日位だが、とても久しぶりな気がした。周囲にシシルの姿は無く、レレリが1人で来た事が分かる。
「く、苦しい……。嬉しいけど、この姿だとちょっとマズイ……」
「ご、ごめん」
急いでレレリを解放する。この姿のレレリはぬいぐるみみたいでつい抱き付きたくなる。
「何ですか、それは。珍獣?」
「デオ族の雰囲気があるけど、ついにそんな方向に進化したの?」
「キラン、なんだその双子は。そいつらも倒した方がいいか?」
「両方とも、敵じゃないから。こっちはレレリでデオ族の王様。今はアギ族の環境に合わせて変身してるの。で、こっちの双子は牢屋で知り合ったアギ族で、私が脱獄するのを助けてくれたんだ」
「ああ、これが例の王様か。ボクはアギ族の双子の姉ミミト・トムト」
「同じくアギ族の双子の妹、ミミコ・トムト」
「そうか、キランが世話になったか。あたしはこんな姿だが、デオ族の王である、レレリ・トラトだ。しかしどっちがどっちか分からんな」
レレリの言う通り私も区別はついていない。
「簡単だよ。前髪の分け目がやや左寄りなのがミミト」
「やや右寄りなのがミミコ。他にも違いはあるけど、簡単なのはここかな」
言われてよく見ると確かに前髪の分け目が中央から右寄りと左寄りで違っている。が、瞬時に見分けるのはやはり難しそうだ。
「まあどちらでもいいわ。それよりキラン、怪我は無いか?変な事はされてないか?」
「私は大丈夫だけどシシルが心配で。それにレレリこそよくここまで来れたね」
「雑に閉じ込められててな。さすがにこの姿だと紅い星が昇るまでは身動き取れなかった。で、動けるようになってキランを助けに行こうと思ったら赤石の反応が動いてて焦ったわ」
「だって二人がどうなったか心配で。そうだ、シシルはどうなったの?」
「キランが倒れた後、別々に連れて行かれてな。一応居場所については調べてきたが、無事かどうかは分からん。それより、キランはあの時突然倒れたが身体は本当に大丈夫か?」
「えーと、何とも無いけど、そういえば何であの時倒れたんだろう」
「恐らくこの世界との剥離のせいかな」
「確かこの世界に来て8日目だよね。身体に影響が出てもおかしくないよ」
「そんな……」
たまに忘れてしまうが、自分がこの世界に居られるのは今日を含めて後3日しかないのだ。のんびりしている場合じゃない。
「シシルはどこに居るの?」
「一度第18棟に連れて行かれて、今は第25棟の自室にいると調べて分かった。助けに行くのか?」
「恐らくもう再教育済みだね」
「今助けに行っても、敵としか認識しないかもしれない」
「そんな。再教育は元には戻せないの?」
「その再教育っていうのはなんだ?」
双子はレレリに再教育について私にしたのと同じ説明をした。そして、一度再教育されると過去の記憶が上書きされるとも。
「ボク達は双子で、互いに影響し合ってる関係で再教育が効かなかった」
「普通の人は記憶を上書きされるから、奇跡でも起こらない限り元には戻らないかな」
双子の話は信じたくないものだった。遅かったのだ。でも、まだ可能性は0じゃない。
「もしかしら再教育されずに、シシルが改心した振りで済んでるかもしれない。それかレレリが調べた情報が嘘の可能性もあるし」
「あたしはキランの望みに従うよ。だが、シシルがもし再教育されて敵対するようなら、あたしはキランを守る為に戦うからな」
「どちらにしてもさっきの防衛装置が破壊されたのがバレてるから、ずっとここにいるのはマズイね」
「第25棟への裏道は知ってるから、行くなら案内するよ」
「行こう。シシルがいないとアギ族の協力は得られないよ」
私は決断し、再び双子の案内で移動を開始した。レレリが加わった事で、機械人形から隠れつつ移動する事が出来たので、すんなりとシシルがいると思われる建物に侵入出来た。
「ここからは隠れて移動出来ないから、敵が出てくる前にシシルの部屋まで行くよ」
「ボク達が脱獄したのはもうバレてるし、待ち伏せされてると思うよ」
「雑魚や聖女の一人や二人ならあたしが少しだけ本気を出せば何とか出来る」
「私は何も出来ないけど、みんなお願いね」
もどかしいがレレリと双子を頼る他ない。双子を先頭に建物の中にある階段を昇っていく。普段使われていない階段のようで、人影は無く、私達の足音だけが響いていた。
「こっちだよ」
「あと少しだけど、待ち伏せが無いのが逆に怪しいね」
「案外そこまで手が回って無いのかもしれないな」
双子が階段横の扉を開き、中の廊下へ入る。しかしそこにも敵の姿は無く、閑散としていた。レレリの言っている通りならいいが、罠の可能性が高い気がする。かといって、引き返す訳にもいかない。
「ここがシシルの部屋だよ」
「こんなにスムーズだと罠としか思えないね」
「あたしが最初に入って確認しよう」
「待って、私なら下手な事出来ない筈。私が開けるよ」
入ろうとするレレリを制止して、私は前に出る。罠だろうがここまで来たのは私の意志だ。私が確かめないといけない。
「シシル?」
近付くと部屋の扉は自動で開き、私は名前を呼びながら中に入る。思ったより広い部屋で、天井も高い。そして部屋の中央にはデオ族の都で見た、白い大きな鎧があった。
「ホワス?中にシシルがいるの?」
私の後ろから双子とレレリも入ってくる。すると後ろのドアが閉まった。やはり罠だったのか。人型になったホワスの前面の装甲が上に上がる。そこには確かにシシルの姿があった。しかし、ホワスから出てきたシシルは全身ダークブルーの特撮ヒーローのスーツのような物を着ており、顔にも半透明のマスクを着けている。何よりその表情がいつものシシルと異なり、冷たく、鋭い。
「救世主とミミト・トムト、ミミコ・トムトですね。大人しくしていれば危害は加えません」
「シシルだよね?私の事覚えてないの?」
「救世主殿、貴方に名前で呼ばれる覚えはありません。貴方はアギ族を混乱させたと聞いております。抵抗せずわたくしの指示に従って下さい」
「ホワスを使った装着型強化スーツ完成してたんだ」
「完全に再教育されてるみたいだし、逆らわない方がいいよ」
双子が状況を説明してくれる。やっぱり私の知っているシシルじゃないみたいだ。
「演技では無く、本当にあたし達の事覚えてないんだな?」
「知能を持った未確認生物ですね。わたくしは貴方達の事は記憶しておりません。言動で惑わそうとしても無駄です」
「そんな……」
「キラン、下がっていろ。殴れば正気に戻るかもしれん」
レレリが私の前に飛び出す。
「素直に従わないようですね。それではしょうがありません。言う事を聞かなければ多少の怪我は問題無いと指示されています」
シシルは強化スーツの腰から筒状の武器を取り出す。それは青い光を放つ剣になった。そして背中には鳥のような黒い翼が広がる。恐ろしくも美しいと私は思ってしまった。
「面白い。一度全力で戦ってみたいとは思っていたよ」
レレリが変身を解き、いつもの姿になり、更に身体に装甲を付け、翼を生やして全身凶器へと変わる。
「デオ族か!お前が救世主殿をたぶらかしたのだな!!」
「そうだよ。キランはあたしの魅力でメロメロだからな」
口を挟みたいところだが、二人の雰囲気はそれどころではない。私は双子に手を引かれ、部屋の隅へと移動する。
「それじゃ始めるぞ。手加減したら痛い目見るからな」
「それはこちらのセリフです。アギ族の技術力、甘く見ないで下さい!」
そして二人の戦いが始まった。二人は宙を舞い、ぶつかり、火花が飛び散る。レレリもシシルも本気だった。これまで見た戦いで一番激しく、目で追うのがやっとだった。レレリが繰り出す刃や蹴りをシシルは剣や左腕から出した光る盾で受け止める。そしてシシルも隙を見て剣でレレリを攻撃するが、レレリもそれを避け、刃で受け止める。激しい一進一退の攻防は互角に見えた。
「魔王が押されてるね」
「このままだとマズイね」
「本当?私にはそんなに差は無いように見えるけど」
「シシルの強化スーツはホワスの力で出来てるからまだ余裕があるんだ」
「一方魔王の装甲は自分の魔力で作ってるので、青の力が強いこの土地だとかなりの魔力を使う。もってあと数分ってところだね」
そうなのだ。ここはアギ族の土地で、いくらレレリが強くても、その力が存分に発揮出来ない。そして双子が言っていた通り、段々とレレリがシシルに追い詰められていく。空中で何度も交差する二人だが、レレリの勢いが目に見えて弱くなる。そしてついにはレレリが地上に足を着く。
「無益な殺生はしたくありません。ここで降参するなら捕虜として扱いましょう」
「馬鹿を言え。あたしはまだまだ戦えるぞ」
レレリが強がりを言っているのが分かる。レレリが負ければ全てが終わってしまう。でも、私は応援する以外何も出来ない。レレリとシシルは再び交差し、剣を交わした。レレリの身体の装甲は次々と剥がれ、地肌が露出していく。一方シシルは数度攻撃を食らうが、傷付いた装甲はホワスから出る青い光によって再生されていく。私から見てもレレリの敗北は濃厚だった。
「残念ですが終わりにしましょう」
「ああ、ケリを付けようじゃないか」
シシルは剣を、レレリは腕から生やした刃を構える。そして両者は一気に距離を詰めた。“キーンッ”という音がして、レレリの刃が宙を舞う。シシルが剣で切り飛ばしたのだ。そして剣を振り上げトドメを刺そうとする。
駄目だ。レレリが死んでしまったら終わってしまう。シシルだって本当はレレリを殺したくないのに。止めなくちゃ。私の身体はその想いだけで駆け出していた。
「キランっ来るなっ!」
「もう終わりです!」
私がレレリの元に辿り着くより速く、剣が振り下ろされようとしていた。瞬間、私の想いが溢れる。自分はどうなってもいい、二人を助けたいと。そして部屋は赤い光に満たされた。
「これは……赤石の力か?」
「何が起こってるんだ?」
「始めて見る現象だ」
私の手の中の赤石が再び激しく光り、部屋中に光を放っていた。シシルは動きを止め、レレリは何とかシシルと距離を取る。
「貴様、何をした?」
「ごめんねシシル。でも、もうやめて」
私はゆっくりとシシルに近付く。光が増し、赤い光の中には私とシシルだけが立っていた。シシルは金縛りにあったように身動き出来ないみたいだ。
「ねえ、本当に私の事覚えてないの?」
「貴様が救世主だという事は知っている。だが、今日が初対面だ」
私が近付くとシシルを包んでいたダークブルーのスーツが溶けていく。頭の仮面も背中の翼も無くなり、シシルは下着姿になっていた。
「貴様、解放しろ。ここはアギ族の土地だぞ。赤い光で汚すな!」
「初めて会った時、シシルは私を変獣から助けてくれたよね。空から降りて来たシシルは天使なのかと思ったんだよ」
また一歩シシルへと近付く。顔も身体も以前のシシルと同じだ。そして出会った時の記憶だってまだ彼女の中にある筈だ。
「そんな記憶は無い。わたくしは聖女として、今まで救世主を導く為に修行をしてきた。だが、求めたのは貴方のような野蛮な救世主ではない」
「思い出してよ。シシルは優しくて、私に料理も作ってくれたよね。それで、最初は嫌がってたデオ族の料理もおいしいって言ってたじゃん」
「それ以上近寄らないで。わたくしを汚染しないで」
シシルに拒絶されると心が痛い。でも、私が何とかしないといけない。こんなのは本当のシシルじゃない。だから、私に出来る事をする。
「シシルは私の事好きだって言ってくれたよね。私も好きだよ、シシルの事」
「黙れ、それ以上喋るな。よせ、何をする、んむ……」
私は動けないシシルの顔を両手で挟み、背伸びをしてキスをした。私の初めてのキス。これなら気持ちが伝わると思って。だから、どうか、本当のシシルに戻って。私は祈りながら目を瞑った。唇が柔らかい。シシルの体温を感じる。私の鼓動とシシルの鼓動が混ざり合う。“ドクンッドクンッ”と鼓動が重なっていく。私はゆっくりと目を開け、唇をシシルから離す。すると周りを包んでいた赤い光もだんだんと弱まっていった。
「シシル?」
硬直したままのシシルに呼び掛ける。シシルも目を瞑っていて、その目がゆっくりと開く。
「キラン様?
……わたくしは何を?」
「シシル!!」
以前の優しい表情に戻ったシシルを見て、私はシシルに抱き付いた。
「キラン様、これはどうなっているんでしょうか。少し記憶が曖昧で……」
「凄いな、キラン。まさか再教育を打ち破るなんて」
「さっきの紅い光といい、常識を超えた力があるんじゃないのか?」
「えっと、ミミトさんとミミコさん、ですよね?なぜ二人がここに?」
「細かい話は後だ。周りを敵に囲まれてる。一旦撤退するぞ」
レレリはシシルに抱き付いたままの私ごと掴んでホワスに乗せ、双子も含めて転移の魔法を使ったのだった。
「本当に申し訳ございませんでした。キラン様を守る筈が、みすみす捕まってしまい、その上危険に晒し、わたくしの方が助けられてしまうなんて」
「顔を上げて。私は無事だったし、シシルを助けられて本当に良かったと思ってるんだから」
私は謝り続けるシシルの顔を何とか上げさせる。ここはアギ族の都市から少し離れた場所で、双子が知っていた小屋だった。レレリの転移の魔法で私とシシル、双子とついでにホワスをアギ族の都から脱出させ、とりあえず次の手を考える為に近くにあったこの小屋に移動したのだ。小屋のテーブルのある一室に今は5人が集まって座っている。
「キランももう時間が無いんだろ。アギ族と手を組むのを諦めてないんなら早く行動した方がいい」
「そうだね。シシル、私はやっぱりアギ族も救いたいと思う。ミミトとミミコに教えられて、確かにフフに支配された町はおかしいと思ったけど、それでもそこで生活していた人達に罪は無い。フフが無くなればアギ族の人達だって協力してくれると思う」
「そうですね。わたくしもフフによってアギ族の一部が隔離されて生活していた事は知りませんでした。それを知った今、フフを止める事に躊躇はありません。ですが、ホワスが動かないのでは、わたくしはあまり役に立たないかと……」
都市から外に持ってきたホワスは突然動かなくなった。フフによって管理されている為だとシシルは言う。助けられた事とホワスが動かない事で、シシルは弱気になっていた。
「ホワスなら動くように出来ると思うよ」
「ボク達が何とかしようか?」
「本当ですか?ですが、ホワスの構造は最新鋭の機械で、機密情報の塊ですよ?」
「昔設計図を見たし、フフが管理するシステムなら大抵弄れるよ」
「ホワスはいざという時にスタンドアロンで動くようになってるからね」
「ミミトさんとミミコさんとは昔会った事はありますが、ただの聖女候補という認識でした。その後危険人物として隔離されたとは聞きましたが、お二人は何なのですか?」
シシルが不思議そうな顔をする。
「何だろうね。強いて言えば他のアギ族より知識欲が強いって事かな」
「他の聖女達に比べて不真面目だったって思えばいいよ」
「そうですか。キラン様を助けて頂き、かつ、わたくしの元まで導いて下さった事は感謝しております。更に頼み事になってしまい申し訳ないのですが、ホワスの改造をお願い出来ますでしょうか」
「いいよ。1,2時間はかかると思うからその間にこの後どうするか考えておいて」
「機械いじりは好きだし、ホワスの中を見るのも楽しいし喜んでやるよ」
双子はホワスが置いてある部屋へと移動する。
「ホワスの事はいいが、本当にフフを止める事が出来るのか?またキランを危険な目に合わすなら反対するぞ」
「町に協力者がいます。あの人はササトと違って大聖母様の影響を受けていません。その人の協力が得られればフフまで安全に移動出来る筈です」
「でも待ち伏せがいるかもしれないぞ」
「今度はわたくしが戦います。相手が聖女でも大聖母様でも。キラン様を危険に晒した事は赦される事ではありません。ましてや、あの機械人形もアギ族のものだったなんて、おかしいです」
「シシルがそこまでやる気なら、私も応援する。赤石もまた使えるかもしれないし」
「ダメだ、赤石に頼らず終わらせよう。戦いは今まで通りあたしとシシルでやる。もしまた危ない目に合うようなら、今度はちゃんとあたしがキランを逃がす」
レレリはいつもより強く言う。多分、私をうまく守れなかった事が悔しかったんだと思う。
「ありがとう、レレリ。レレリはいつも私を助けてくれてるよ。だから今度もお願いね」
「ああ、任せろ。
あたしも少し力を使い過ぎた。隣の部屋で休んでるから出発の時に声をかけてくれ」
「分かった、ゆっくり休んでね」
レレリは私に笑顔を向けて部屋を出て行った。やっぱりアギ族の都で力を使うのはデオ族にとって大変な事なのだろう。そして部屋には私とシシルの二人きりになる。
「キラン様……」
「今度謝ったら怒るからね。シシルは十分頑張ったと思う。それに、再教育されても以前の記憶が残ってたのはミミト達とシシルだけなんだから凄いと思うよ」
「ごめ……、いえ、ありがとうございました。正直再教育された後の記憶は無いんです。ただ、唇に柔らかい感触があって、気が付いたら、目の前にキラン様がいらっしゃって」
「あ……」
シシルが元に戻ってからキスをした事については説明してない。レレリも双子もキスしたところは見えていなかったようだ。あの時は私も必死で、なんであんな事をしたのか分からない。それにシシルに対して好きだと言ってしまった。勿論その言葉に嘘は無いけど、あれが恋愛感情の好きなのか、自分でも分からない。
「わたくしの記憶が戻ったのは赤石の力ではないかとレレリが言っていました。ですが、わたくしは遠くからキラン様が呼んでいたような気がするんです。記憶が戻ったのはわたくしの力でも赤石の力でもなく、キラン様のおかげだと思っています」
「ううん、私自身には何の力も無いよ。今回の件だって双子が居なければ牢屋から脱出も出来なかったし、レレリが居なければまた掴まってた。そもそもシシルが居なければ私はこの世界に来てすぐに死んでてもおかしくなかったんだから」
言いながら私はレレリとシシルがいたからこそまだ無事なんだと再確認する。
「キラン様」
「何?」
「いえ、もうやめます。わたくしもキランと呼ばせて下さい」
「いいけど、急にどうしたの?」
「レレリは素直にキランに感情をぶつけていて、わたくしはデオ族らしい欲望だと蔑みながらも、羨ましく思っていました。わたくしに出来るのは聖女としてキランに身を捧げるだけ。でも、それはもうやめます。聖女とか救世主とか関係なく、わたくしはキランの事を愛しています」
「シシル……。嬉しい。ありがとう」
素直になったシシルの表情はいつもより柔らかく見え、その言葉は本当に嬉しかった。私がシシルに見た先輩の幻はもう無くなっていた。そこにいるのはシシルという、1人の少女なのだから。そこで私はようやく自分の初恋が終わった事を実感した。もう先輩への想いは薄っすらとしか残っていない。
「こんな事を言われてもご迷惑ですよね。キランにはわたくし以外に好きな方がいらっしゃるのは何となく分かっていました。わたくしを通じてその方を見ている事も」
「ううん、そうじゃない。いや、違うか。ごめんね、確かに以前はちゃんとシシルの事見れて無かったかもしれない。でも、今はシシルが魅力的な一人の女性だと思ってるよ」
「では、わたくしを選んで下さるのですか?」
シシルに迫られて私は言葉を無くす。以前レレリから迫られた時は拒絶してしまった。その事についてちゃんと謝ってすらいない。シシルの事は嫌いじゃない。でもそれと同じぐらいレレリの事も気になっている。私はこの気持ちをきちんと整理しないといけない。
「待って欲しい。私はこの世界の誰も好きになるつもりは無かった。だって、私はこの世界から去るつもりだったから。でも、今は少しだけ違う。シシルの気持ちにもレレリの気持ちにもちゃんと応えたい。だからもう少しだけ待っていて」
「分かりました。
……ふぅ。これでようやくわたくしもレレリと並べました。あの子にだけは負けたくありません」
「ふふっ。それが本当のシシルなんだね。ちょっと我儘で、負けず嫌いで」
「はい。だからこそ聖女の中で一番になれたんです。いつもササトと争って、でも最後にはわたくしが勝ちました」
言いながらシシルの顔が暗くなる。
「ササトさんの事信じてたんだね」
「はい。彼女はいつもわたくしの相談にも乗ってくれました。そしてわたくしが間違っていた時は怒ってくれました。彼女とだけは心が通じていると思っていたんです」
「あの時は色々あったからちゃんと伝わらなかったのかもしれない。もう一度しっかり話せば分かってくれるかも」
「そうですね。フフを止めればきっと分かってくれます。ありがとう、キラン」
シシルが再び笑顔になったので私はホッとした。それから食事をし、少し休憩すると双子のホワスの改造が終わっていた。直ったホワスを見に行き、実際にシシルが動かしてみる。
「凄い、本当に動くようになりました」
「色々と仕組まれてたけど、何とかなったよ」
「しかし、完成版のホワスは凄いね。何と戦うつもりで作ったんだか」
「救世主を手に入れたら子供の誕生を待たず、ホワスと機械人形でこちらに攻めてくるつもりだったんだろうな」
レレリも起きてきたようで、双子が作業していた部屋に入ってきて話に加わる。
「でも、それだと聖女の役目の意味が無くなってしまいます」
「あくまで保険なんだろう、救世主と聖女は。それに救世主をこちらに取られたらマズイとは思っていただろうし。アギ族、いやフフはいざとなったら救世主を殺す事も考えていただろう」
レレリの言う事で、機械人形が私達を襲って来た事も納得がいった。
「そうだね、生きていられるといつ奪われるか分からないしね」
「それにこんなに自由に振舞う救世主だなんて思ってなかっただろうしね」
「そんな、私は別に何も考えずに動いてる訳じゃないよ」
と言いつつも、今までの行動に心当たりが多々あった。私は心の中でみんなに謝る。
「残り時間はそれ程ありません。行きましょう」
「どこへ行くの?」
「フフを止めるといっても、フフへ近付くのは難しいよ」
「ラボへ行きます。あそこにいるゴゴシに会います」
「ああ、じいさんか」
「確かに変わり者だし、特別扱いされてるな」
「誰でもいいが、そこへはどうやって行くんだ?」
「ホワスに乗って下さい。本来使用を禁止されている転移機能が使えるようになりました」
シシルに言われて5人でホワスに乗り込む。さすがに5人が乗るとギリギリだ。これで空を飛ぶのは無理だろう。
「転移しますのでしっかり掴まって下さい」
ぎゅうぎゅうなので私はシシルを後ろから抱きしめる形になり、レレリが後ろから私に抱き付く。そしていつものように目の前が見えなくなって転移が完了した。
「こりゃまた凄いな」
レレリが周りを見回す。転移した先はどこかの建物の中で、そこには色々な機械が無造作に積まれていた。天井にはレールが付いていて、たまに箱に入った何かが移動していく。
「ここは様々な機械の製造工場の中にある開発施設、通称ラボです。中でも今回会うゴゴシという人は様々な発明をした発明家で、誰にも干渉されない自分専用のラボを持っています。ホワスを開発したのもゴゴシさんです」
「ここに来たのは久しぶりだね」
「相変わらず意味不明の機械が転がってるね」
「シシルはここへよく来てたの?」
「はい、ホワスはわたくし用の特注品でしたので、その製作に関わっていました」
シシルが歩いて行くので私達もそれについて行く。機械が動いているだけで人の姿は無く、機械の製造が人の手を介さず自動化されているのが分かる。
「失礼します」
シシルが機械に埋もれた扉を開き、小さな小屋の中に入っていく。
「ん?こんな所に誰だ?今忙しいんだが」
「ご無沙汰しています、ゴゴシさん。シシルです」
「おおシシルか。後ろにいるのは誰だ?お、バカ姉妹じゃないか。久しぶりに見たが改心でもしたのか?」
機械に囲まれた部屋の中にいたのは紺色の髪が薄くなり、禿頭が目立つ分厚い眼鏡をかけた老人だった。
「バカ姉妹は無いでしょ。そっちこそまだ生きてたんだ」
「じいさんこそ偏屈な変人って周りに言われてるくせに」
「うるさい。で、他のは誰だ?」
「初めまして、私は救世主と呼ばれている木崎希蘭です」
「あたしはデオ族の王、レレリ・トラトだ」
私とレレリも挨拶をする。レレリは変身せずにいつもの姿だ。
「こりゃまた、凄い組み合わせだな。しかしこんな辺鄙なところまで何しに来たんだ?」
「ゴゴシさん、お願いがあります。力を貸して下さい」
シシルが早速これまでの経緯を簡単に話し、フフを止めたいので手を貸して欲しいと頼む。普通のアギ族なら何らかの拒否反応を示すだろう。
「分かった、手を貸してやろう」
「え?本当に?」
あっさり返事をされ、私は思わず言葉にしてしまう。
「フフの奴は注文が多くてな、最近好きな物を作る時間が足りなかったんじゃ。フフが止まるならそれに越した事は無い」
「そんな理由で」
「ね、変人でしょ?」
「まあ、作る物はいい物もあるんだけどね」
「わしの作った物はどれも傑作じゃ。甲乙つけがたいわ」
「あの無人防衛装置も?」
「あれはあんまりいいセンスとは思えないな」
「は?無人の防衛装置は依頼されたが、納得いかず破棄させた筈じゃ。そりゃ、あれは駄目だ」
「あれもゴゴシさんが作った物だったんですか。凄いんですね」
「あんなもんは他の発明家でも作れる。それよりそこにあるホワスの方がよっぽどいい出来だわ」
そういえばホワスを作ったのもこの人だと聞いていた。まさに天才なのだろう。
「それで、フフまで本当に安全に行けるのか?」
「ああ、それなら問題無い。フフはその莫大な処理の為に地下に演算装置と冷却装置を備えている。冷却装置には定期的な水の流れがあり、その水路は一定期間だけ空洞の状態になる。そこを通っていけばフフまで監視に気付かれずに近付けるじゃろう」
ゴゴシは巨大な地図を取り出し、それを見せてくれる。私も見てみたが、どこがどうなっているか分からない。
「水路の緊急用の解除キーのスペアを貸してやる。後はお前達に任せたぞ」
「ありがとうございます」
「ねえじいさん、これも貸してくれない?」
「ホワスの試作型だよね」
双子が部屋の隅に有ったホワスに似た2台の機械を指差す。
「別にいいが、お前らに使えるのか?量産型のホワスでさえ聖女達は使うのに苦労してたぞ」
「量産型?そんなものがあるんですか?」
「なんだ、シシルは知らんのか。数日前に完成したと言われ、使い方のレクチャーをしてやったところだぞ」
「シシル、複数のホワスが敵なのはさすがにまずいんじゃないのか?」
レレリが珍しく弱気な発言をする。実際にホワスの強化スーツと戦ったレレリだからこそ、その強さが分かっているのだろう。
「いえ、大丈夫です。他の聖女に比べればわたくしの方が力は上です」
「そうか、実戦か。まあ量産型はそっちのホワスに比べればパワーダウンしとるよ。それに扱いやすくする為に強化スーツの背中の装甲を薄くしてある」
「情報ありがとうございます。なるべく壊さないように戦います」
「別に壊れたって構わん。また強化して直せばいいからな」
その後フフの停止方法や試作型のホワスについてゴゴシが説明してくれた。双子は試作型のホワスを手に入れ、3機のホワスに乗り地下水路へと向かう。
「変わったじいさんだったな」
「でも手を貸してくれたし、いい人だと思うよ」
「ああ見えてもアギ族の事は考えているんです。昔二人きりの時に言っていました。本当にアギ族の未来の事を考えて行動しなさいって」
「シシルのもう一人の先生みたいな人なんだね」
言いながらホホリの事を思い出す。あの人だってアギ族の事を考えて行動していた筈だ。ただ少しだけ間違えてしまったんだろう。全てはそう導いたフフが問題なんだ。
「ここから入れるみたいです」
先頭を飛んでいたシシルのホワスが止まる。そこは地下にある薄暗い通路で、壁には確かに扉があった。
「情報通り、今は水が流れていません」
シシルが壁に耳を当て、流れていない事を確認する。そして貰った鍵で扉を開ける。
「思ったより中は広いんだな。ここを水が流れるのか」
レレリが中に入って魔法で明りを作り確認する。中は湿っぽく、独特の匂いがして、床には所々水たまりがあり、水が流れていた事を感じさせた。全員と3機のホワスを水路に入れ、扉を閉める。それからホワスに乗って再び移動を始めた。水路なので明りは無く、ホワスが照らすライトとレレリの作った明りだけが頼りだ。
「でも、今水が流れてきたら私達お終いだよね」
「やめてくれ、そういうこと言うと本当に……」
とレレリが言っている最中、何かゴンゴンという音が聞こえてくる。
「また罠だったのか?これ、水の音だぞ」
「ミミト、ミミコ、飛ばしますよ」
「了解」
「こりゃ、ヤバいね」
ホワスのスピードが一気に上がる。私にも音で水が段々近付いて来ているのが分かる。ゴゴシも裏切っていたのだろうか。いや、それなら偽の情報を教えたり、水路に入る前に待ち伏せしててもおかしくない。
「しょうがない、少しだけ時間稼ぎしてやる。キラン、あたしの身体を支えててくれ」
「分かった」
レレリがホワスの上で後ろを向き、両手を前に構える。私はレレリが落ちないよう、片手で抱き締めて、もう片方の手でホワスに掴まる。
「はっ!!」
そしてレレリの手から冷気が放たれた。それは移動する私達の後ろに展開し、通路を氷で塞いだのだった。
「これで数分間はもつ。目標地点でなくてもいいから、どこか出られる場所から出よう」
「分かりました。フフからは少し離れますが、フフへと通じる通路の途中に出ます」
シシルは目標地点の手前の扉で止まり、急いでその扉を開ける。
「氷も壊れたみたいだよ」
「急がないと水が来るよ」
「分かってます」
シシルは焦りつつもようやく扉を開けた。レレリが最初に出て、次に私、そして双子と続く。
「シシルっ!」
水音が近付いて来たので私は叫ぶ。最後にホワスに乗ったシシルが外に出て、急いでレレリが扉を閉めた。水はすぐそこまで来ていて、ロックをしている扉の隙間から少し漏れていた。
「良かった、間に合って」
「そう喜んでいる場合じゃないみたいだね」
「無人防衛装置だね、こいつらは」
ガッシャガッシャと音がして、周りを何かに囲まれた事が分かる。機械人形だろう。
「ここはボク達が食い止めるから先に行って」
「こういうの言ってみたかったんだよね」
双子はホワスに乗り、ホワスが人型へと変形する。
「でも……」
「ここは二人に任せましょう」
「そうだな、こちらの足取りがバレたとなると、急いだ方がいい」
「どう?強そうでしょ」
「これなら戦えるよ。すぐに追いつくからどうぞお先に」
試作型ホワスから出てきた二人は髪の色と同じ青色の強化スーツを身に纏っていた。シシル程では無いが、十分強そうだ。
「ではお願いします」
「無理はしないでね」
私達はホワスに乗り込み、機械人形の上を飛び越えていく。機械人形は双子と戦い始めたのか、追っては来なかった。
「この先に広場があって、そこの階段を昇っていけばフフに辿り着きます」
「まあ何かしらの敵が待ってるだろうな」
レレリの予想は的中し、広場には複数の人型になったホワスが待ち構えていた。
「じゃあここはあたしが……」
「待って下さい。これはわたくしの役目です。レレリはキランを守って」
「そうか、じゃあ任せたぞ」
私はレレリとホワスを降り、シシルはホワスを人型へ変形させ、その中に乗り込む。
『わたくしは救世主様に仕える聖女、シシル・ムオムです。救世主様は種族の区別のない救世を望んでおります。その為にも道を開けて頂けないでしょうか?』
『反逆者シシル、偽りの救世主キラン、魔王レレリ。お前達の行いは赦されるものでは無い。全員我ら聖女が粛清する!』
ホワスの集団の先頭から声が聞こえる。それはシシルの親友のササトの声ではない気がした。恐らくシシルによる説得は無理だろう。
『分かりました。全力でお相手します』
そしてシシルがホワスから飛び出す。その強化スーツの色は以前のダークブルーからシシルの髪と同じ紺色の物に代わり、背中から生えた翼も純白になっていた。顔を覆うマスクも透き通っている。
「綺麗……」
その姿は天使を思わせ、美しかった。対する聖女達もホワスから次々と出てくる。その姿は同じく青を基調にした強化スーツだが、翼が黒いのもあり、シシルの姿程美しいとは感じられなかった。シシルは剣を、他の聖女は斧や槍など、各々得意と思われる武器を手にしている。シシル一人に対して相手は10人以上の強化スーツを着た聖女達だ。本当に勝てるのだろうか。
「シシル大丈夫かな?」
「大丈夫さ。今のシシルは守るべき対象がいるからな」
レレリは落ち着いていた。私よりもシシルに対する信頼が大きいのかもしれない。
「行きます!」
「「覚悟!!」」
そして戦闘が始まった。シシルは宙を舞い、襲い来る聖女を次々と斬り払った。ゴゴシが言った通り、背中が弱点のようで、うまく立ち回り、相手の弱い部分を攻撃し、強化スーツを解除していく。何人か私達を狙って攻撃をしてきたが、それはレレリが払いのけ、そこをシシルが倒してくれた。レレリの言った通り、シシルの強さは圧倒的だった。
「シシル、なぜ裏切ったの?」
最後に残ったのは先頭に立っていたと思われる青緑色のツインテールの聖女だった。彼女の強化スーツは所々剥がれ落ち、ボロボロなのに対して、シシルのスーツは少しの傷しか無かった。
「わたくしは裏切ってなどいません。アギ族は偽りの世界に生きていたのです。だからアギ族を正す為にフフを止めます」
「アギ族が滅んでしまってもいいの?」
「アギ族は滅びません。わたくし達は強いでしょう?」
そう言ってシシルは跳躍する。相手の聖女も反応するが、槍の攻撃をシシルは躱し、背中を攻撃してスーツを破壊した。聖女達は倒れ、起き上がれない。技量差があったからか、聖女達全員命に別状は無さそうだ。
「やったな、シシル」
「いえ、これはわたくしがやらねばならなかった事です。手を出さずにいて下さりありがとうございました」
「ねえ、ササトさんいなかったよね?この上にいるのかな」
「そうかもしれませんし、別の場所にいるのかもしれません。どちらにしても邪魔をするなら戦います」
シシルの顔は真剣だった。二人には戦って欲しくない。私はシシルの力になりたいと思った。
「無駄話してる場合じゃ無いぞ。あの双子も苦戦してるかもしれんし、フフを止めるぞ」
「「はいっ」」
レレリに言われて階段を昇っていく。シシルは強化スーツを解除せず、スーツ姿のままで移動した。そしてフフへと続く扉を開く。そこは大きな部屋で中央に高い塔があった。
「大聖母様……」
そこにいたのはホホリだった。だが、様子がおかしい。彼女はその背後にある高い塔にへばり付いている。
「やはりここまで来てしまいましたか。ですが、ここまでです。これ以上先へは進ませません」
「大聖母様、お願いですから道を開けて下さい。わたくしはフフのついてきた嘘を知りました。アギ族の歪みも。それを見過ごす事は出来ません」
「全てはアギ族の為です。確かに一時的にデオ族と手を組むのも一つでしょう。ですが、その後裏切られない保証など無いのです。油断をすればまた付け込まれます。その時の責任を貴方が全て背負えるのですか?」
「罪は背負います。ですが、今はその時ではありません。フフに誤りがあったら正すのが聖女だと教わってきました。どうしてそんな基本的な教えすら破るのですか」
「シシル、貴方は世俗に染まってしまった。貴方の判断はアギ族のそれでは無く、外部の者の判断になっています。決して話が通じる事は無いでしょう。わたくしはどきません。いえ、もうここを離れる事は出来ないのです。わたくしが死なない限り。どうしてもフフを止めたいのならわたくしを殺しなさい。アギ族である貴方にそれが出来ればですが」
ホホリの言った通り、ホホリの身体には複数のチューブが繋がれ、それは塔の扉と融合していた。彼女を排除しなければフフへの最後の扉は開かないのだろう。
「あたしがやろう。あたしなら躊躇なく殺せる」
「駄目です。デオ族の王がアギ族の重要人物を殺してしまったら、それが歴史に残ってしまいます。そうすればまた憎しみが生まれるでしょう。それが正しい行いだったとしても。だからわたくしがやります」
シシルはレレリを手で制し、一歩ホホリへと近付く。ホホリは何か反撃をするかと思ったが、何もしてこなかった。
「シシル、今の貴方には届かないかもしれませんが、わたくしは貴方の事を本当の娘のように愛していましたよ」
「わたくしだって実の母のように慕っておりました。今だって目が覚めてくれる事を願っています」
「まだ間に合います。武器を捨て、もう一度話し合いましょう。アギ族の未来を二人で考えましょう」
「ごめんなさい、大聖母様……」
「酷い……。どうしてこんな事に」
「お互いが正しいと思う事が違っただけさ。争いなんてそんな下らない理由で始まるんだ」
私のつぶやきにレレリが答える。シシルにホホリを殺して欲しくなかった。でも止める事も出来ない。シシルはゆっくりと剣を構える。
「下らないお喋りなんかやめて、さっさと終わらせればいいのに」
「ササト?」
突然現れたのは水色の強化スーツに身を包んだササトだった。手には武器の弓を持っている。
「よく来てくれました、ササト。シシルにはわたくしの言葉は届きません。せめて貴方の手で葬ってあげて下さい」
「そうですね。手っ取り早い方がいいですね」
そう言うが早く、ササトは弓から矢を放つ。危ないと思ったが私の声は咄嗟には出ない。レレリも反応しきれていない。そして当のシシルは呆然と立っていた。矢は真っ直ぐ飛んでいき、貫いた。扉と一体化したホホリの胸を。
「ササト、どうして……」
「私は貴方が嫌いだった。いつもシシルと比べて、見下してくる貴方が。そして、アギ族の掟も聖女の務めも、全部嫌いだった」
そうしてホホリは動かなくなった。
「ササト、やっぱりわたくしの言った事が通じてたんですね」
「違う。私が本当に殺したいのはその子よ」
ササトが指差したのは私だった。レレリが私を庇うように前に出る。
「どうして。あんなに一生懸命二人で聖女の修行をしたのに」
「それはシシルがパートナーだったから。最初は貴方の事が大嫌いだった。全部私よりうまくやって、褒められ、それを自慢すらしない貴方が。
でも本当の貴方は違った。私と同じで負けず嫌いで、陰で必死に努力して、私に劣った部分は何度も何度も練習して。私にはそこまで出来なかった。だから、貴方の役に立てればいいと思うようになった」
「わたくしも同じでした。ササトが必死なのを知って、負けないように頑張りました。でも、ササトが支えてくれて、本当に助かったの。貴方は立派な聖女だった」
「あんたさえ、救世主さえ現れなければよかったんだ。そうすれば私はシシルのパートナーのまま、いずれはシシルの子を産んで、二人で幸せになる筈だった。なのに救世主は現れてしまった。そしてパートナーの座を私から奪った!!」
ササトからの憎しみの視線が刺さる。痛い。でも、その気持ちは少しだけ分かった。
「ちょっと待って、私は別にそんなつもりは。ササトさんはシシルの事が好きなんだよね。だったらそれを素直に伝えればいいのに」
「あんたに何が分かる!!アギ族はデオ族なんかとは違う。自由な恋愛なんて無い。全ては世の中がうまく進む為に組み合わされる。でも、聖女は聖女同士で結ばれる確率が高い。だから私は必死だったんだ。シシルのパートナーで有り続けようと。でももう終わりだ。全て終わってしまった……」
「ササト……。ごめんなさい、貴方の気持ちに気付けずにいて」
シシルはとても悲しそうな顔をした。ササトは下を向いて無言になる。周囲は重苦しい空気に包まれた。
「やっぱり馬鹿だな、アギ族は。好きなら好きって言えばいいだろうに。それでフラれたら、次の恋を探せばいい。そんな事すら忘れたのか」
「レレリ……。ありがとうございます。そうですね、フフを止め、アギ族も新しく進み直せばいいんです。ササト、わたくし達もまた親友としてやり直しましょう」
「でも、私は大聖母様を殺してしまった。もうアギ族ではいられない」
「私が言う事じゃないかもしれないけど、世界を救う為だし、別にいいんじゃないかな。このまま沢山の人が死ぬより、ホホリさんが死んだ事で他の人達が救われたのなら、ササトさんがその人達を救った事になると思うよ」
私は慰めになるか分からない言葉を必死に並べる。
「変な子ね。シシル、貴方は本当にこの子の事好きになったの?」
「はい、大事な人です」
「そっか……。あーあ、何やってるんだろうな、私」
「ササトの事も次に好きですよ」
そう言ってシシルはササトに近付いて抱き締めた。
「ちょ、ちょっとシシル、何するのよ」
「わたくしもデオ族に影響されて、少しだけ悪い女になったんです」
「あたし達のせいにするな」
場の空気が緩み、私達は笑いあった。ササトの恋は実らないかもしれない。それでも、わだかまりは少しだけ消えただろう。
「間に合ったみたいだね」
「まだフフを止めてないの?」
そうしているうちに双子が追い付いてきた。見たところ大きな怪我も無く、無事のようだ。
「行きましょう、新しいアギ族の未来の為に」
シシルが気合を入れ直す。みんなで塔からホホリの死体を剥がし、その裏の扉を開いた。その奥には青く光り輝く大きな球体があった。あれがフフなのだろう。
『大聖母の死亡を確認しました。次の大聖母候補を選定いたします』
球体から女性の声が聞こえる。ただ、それに感情は感じられず、黙々と事実を述べているだけだった。シシルが一歩近付く。
「フフ、貴方を止めに来ました」
『理解不能。貴殿の発言の意図が分かりません。メンテナンスの為の一時停止時期はまだ来ておりません』
「貴方はアギ族の教えに反した行動をとっている。それを続けさせる訳にはいかない」
『アギ族の掟には不備があり、その点は指摘済みです。免責事項第21項でそれを最小限の範囲で訂正し、社会に影響が出ないよう対応してあります』
フフの言っている事は分からない。ただ、フフは決められた通りに動いているのだろう。ずっと昔に決められた事を守り、効率化を続けている。それだけの機械なんだ。
「多分対話は無理だよ。何を言っても反論される」
「フフの考えを正として全ては進められてきたんだ。今更フフが間違ってるって言ったってどうしようも無いさ」
「そうですね。ごめんなさい、貴方を半永久的に停止させます」
『今停止すると、1ヶ月で1521人の死者が発生する可能性があります。その後の社会的混乱の影響も多大です。停止の為の準備期間が必要です』
「シシル、やろう。今やらないと世界が終わっちゃう」
「そうですね。これで終わりです」
シシルはゴゴシから聞いたフフの停止の為のスイッチを順に押していく。フフ自体は抵抗をしなかった。
『理解不能。どうして停止させるのですか。どうして……』
そしてフフの言葉もそこで止まった。周りの機械から青い光が消えていく。最終的に周囲の緊急用の明りだけが残った。
「ここら辺にある筈なんだよな」
「あった!本当にあるんだな」
双子がごそごそとフフだった球体を漁っていた。そして青く光る丸い石を取り出す。
「それは?」
「アギ族の青石。キランの持ってる赤石と対になってる奴だよ」
「大昔はアギ族の王が持っている物だったらしい」
そう言って双子は私にそれを手渡した。私は赤石を取り出して見比べてみる。確かに同じ形で、赤と青に光り輝いていた。
『大変な事になった』
と、そこに女性の声が聞こえてくる。見ると背後に映像が映し出された。それは記憶の賢者の姿だった。魔法で連絡してきたのだろうか。
「記憶の賢者さん?何かあったんですか?」
『世界の崩壊が始まった。このままでは明日には世界が終わる』
「「え?」」
そこにいた全員がその言葉に驚くのだった。




