7日目
「ここがアギ族の都なの?」
「はい、そうです。ここがアギ族の都市で一番栄えている首都のブレウです」
「でも、人通りが無いし、建物も高いのばっかりで周りに植物も無くて、あんまり綺麗だと思えないような」
「ここは効率化した都市なので、確かに外観は無骨かもしれませんね。人通りが無いのは移動は長距離なら地下の列車を使い、建物間でしたら移動通路を使うので、地上を歩く事がほぼ無いからです。建物の中や、最上階からの周囲の景色などはお気に召すと思います」
私の疑問に対してシシルが回答してくれる。変身した姿で黙っているレレリも周囲を珍しそうにきょろきょろと眺めていた。
「まあ、町を見て回るのは後にしましょう。まずは話し合いをする必要がありますから」
「そうだ、誰と話すつもりなの?」
「私達聖女を管理し、フフと直接やり取りが出来る大聖母様とです。大聖母様は温和で頭もよく、きちんと話せばわたくし達の味方になってくれるでしょう」
シシルが穏やかな顔をする。彼女がここまで信頼しているのなら、話し合いもうまく行くかもしれない。
「一応言っておくが、話し合いがうまく行かなかった時の事も考えておけよ」
アギ族の土地に入ってから無言に徹していたレレリが小さな声で釘を刺す。
「もちろんその時の事も考えております。聖女に友人もいますし、他にも手を貸してくれる人の心当たりはあります」
「キランの身の安全が第一だからな」
「勿論です」
「私の為にあんまり無理はしないでね」
私に出来る事は喋る事ぐらいなので、結局二人に頼ってしまう。赤石の力もメメヌに襲われた一度きりしか使えていないので、あてにしない方がいいとは思っている。
「では案内しますので付いて来て下さい」
シシルに案内され、近くの大きな建物へと入っていく。確かに建物の中に入ると景色は一転して、中はゆったりとした空間になっており、床や壁には模様があって美しく、所々に植物や調度品が飾ってあった。でも、人影はやはりなく、円柱のような機械が一度シシルに寄ってきて何かをチェックし、去っていったぐらいだった。
「ここにも人はいないね」
「今は紅い星の時間になったので殆どの人は自分の部屋で休んでいるか、商業施設などにいると思います。この時間に働いている者もいますが、そうした人が周囲を歩き回る事はありませんので、今ここを通る人はいないですね」
「ブレウには何人位の人がいるの?」
「多少変動はありますが、現在15万人ほど住民がいると思います。この規模の町は他にはありません」
「そんなにいるんだ」
セダの民の町は見た感じそんなに大きくなかったし、デオ族の都も全体像は分からないけど、そこまで人はいない気がした。でもこんな静かな町に本当にそれだけの人が暮らしているのだろうか。シシルが嘘を言うとは思えないので、そもそも私の考えている町とアギ族の町が違うのだろう。
「こちらにわたくし達聖女の訓練施設があるのでそこへ向かいます」
シシルは迷路のように入り組んだ通路を進み、その先のパイプ状の通路に入る。ホワスも含めてその通路に入って立ち止まると、床が浮かび上がり、自動でパイプの中を進んで行った。シシルの言う移動通路という物だ。やがて入ってきた建物を抜けて、パイプが透明になり、外の景色が見えるようになる。見た目は似たような高層建築だが、中身はそれぞれ違っているみたいだ。よく見ると他にも建物同士が繋がっている場所があり、そこには私達と同じように移動する人の姿が見えた。このエレベーターみたいな移動通路があれば、地上を歩く人がいない事も納得出来る。転移の魔法を使わなくても、かなりの速度で移動しているので、効率化をしているアギ族ならではの都市だと思った。
「ここが訓練施設になります」
移動通路が目的の建物まで私達を運び、シシルに連れられて自動で開く扉の中へ入ると、そこにはまるで外のような自然溢れる風景が広がっていた。天井までの高さも10メートル位で、青い星に似た光を出す機械が部屋を照らしている。外観は普通の建物だったのに、その中にこんなスペースがあるとは思わなかった。シシルは草木に囲まれ舗装された道を進み、その先にある小屋のような建物へと近付く。すると、小屋の扉が開き、中からシシルと同じ格好をした少女達が出てきたのだった。
「シシル、お帰りなさい!お役目ご苦労様」
先頭の少女がシシルに走り寄り、抱き付いた。水色のショートヘアの少女で、背も私より小さく、可愛らしい。他の少女達もやってきて、私達は20人ぐらいの少女に一気に囲まれた。
「ササト、ただいま。みんな元気みたいですね」
「さすがシシル、ちゃんと救世主様を連れてきたね」
「この人が救世主様なんだよね。素敵な人みたいで良かったね」
「デオ族と接触したみたいだけど大丈夫だった?怪我したりしてない?」
「この変な生き物はペット?触ってもいい?」
シシルや私は矢継ぎ早に声をかけられ、対応しきれない。私はどう返したらいいか分からない状態だ。でも、みんないい子そうで、シシルにもこんな友達がいたのだとなぜか安心した。
「ほらほら、シシルが困っていますよ。それに救世主様もいらっしゃいます。皆さんちゃんとして下さい」
小屋の奥からゆったりとした優しい女性の声が聞こえる。すると今までわちゃわちゃとしていた少女達は道の左右に分かれ、姿勢を正して静かになった。
「大聖母様。ただいま帰りました」
「お帰りなさい、シシル。シシルも救世主様もご無事なようで安心いたしました」
「初めまして。私は木崎希蘭と申します。シシルさんには色々と助けて頂きました」
私は何とか丁寧に挨拶をする。
「キランさん、初めまして。わたくしはこの子達の面倒を見ている、ホホリ・タルタと申します。周りからは大聖母などと呼ばれていますが、ホホリと呼んで下さい」
「分かりました、ホホリさん」
「それで大聖母様、話したい事がありまして」
「分かっておりますよ。賢者様からお話を聞いたのですよね。シシルの大まかな行動は定時連絡で把握していますから。ほら、みんなはお役目に戻って。シシルとキランさんはこちらへどうぞ」
ホホリに言われて少女達は元の小屋へと戻っていく。シシルがアギ族へ定期的に連絡していた事は知らなかったが、シシルならやっていたかもしれないと納得は出来た。ホホリは小屋の左側の道を進み、シシルと私もそれに続く。最初にシシルに抱き付いたササトという少女が最後までシシルに手を振って、シシルも見えなくなるまで手を振り返していた。
「ここなら他の者に話を聞かれません。それで、どのような話し合いをいたしましょうか?」
ホホリに案内されたのは質素な部屋だった。長テーブルに椅子が並んでいて、ホホリは左奥の席に座る。
「ホワス」
シシルがホワスを呼ぶと、ホワスは平べったい形に変形する。そしてホワスから光が照射され、テーブルの上に人の姿が映し出された。
「デオ族の王であるレレリさんと相互で通信が出来るようにしてあります。まずはわたくし達の話を聞いて下さい」
映し出されたのはレレリの姿で、シシルの提案でホワスを使った魔法の通信で話合いをする事に決めていた。ただ、レレリはデオ族の都に居る事にしているが、実際は変身してこの部屋の宙に浮いていて、そこから一旦外を経由してホワスに像を送っている。私とシシルはホホリの斜め前のレレリの像が浮いている横の席に座る。
『初めまして。あたしはデオ族の王である、レレリ・トラトだ。今日はこの世界の崩壊を止める為の話をアギ族とさせて貰おうと考えている』
「初めまして。わたくしはホホリ・タルタと申します、レレリさん。こちらのシシルの上司と思ってもらえればいいです」
立体映像のレレリとホホリが互いに挨拶を交わす。ホホリはもっと拒否反応を示すかとも思ったが、今のところいい感じだ。
「それではわたくしから救世主様と出会ってからの経緯と賢者様からお聞きした情報をご説明いたします」
シシルが中心となり、これまでの話をホホリへ説明する。細かい部分で私やレレリから補足をしたりしたが、ほぼシシルが説明してくれた。話を聞いて少し驚いたのはデオ族の国に連れて行かれた部分だった。原因は誤解から生じた手違いで、デオ族が私にもシシルにも友好的に接してくれたと説明したからだ。確かにそうではあるが、デオ族を敵対勢力とした場合、もっと悪印象を与える説明をすると思っていた。一通り説明が終わり、その後レレリがデオ族の王として語りだす。
『賢者の言う事が確かなら、どちらかの種族が救世主を手に入れても世界の崩壊は収まらない。なので我らデオ族は一時的にアギ族と手を組み、世界の崩壊を止める決定をした。もちろん過去の諍いは無くならないし、お互い譲れない部分はあるだろう。しかし、世界が崩壊してしまっては意味が無い』
「レレリさんもこう言っている通り、わたくし達も今一度方針を見直すべきかと思います。わたくしもデオ族は野蛮で愚かで、過去の行いは許されるものではないとは思っています。ですが、レレリさんを含め、デオ族にも理性的な方はおりますし、料理や歌や踊りはアギ族に無い文化だと感じました。わたくし達が考えるべきは第一に世界の崩壊を止める事ではないでしょうか」
「私からもお願いします。私は余所者だし、この世界の事はまだよく分かりません。ですが、シシルとレレリに出会い、二人がこの世界の為を思って必死だった事はよく分かりました。賢者も態度は気に入らない所はありましたが、わざわざ嘘を付いているとも思えません。アギ族の人達は穏やかで理性的だと聞いています。どうかデオ族と手を組む事をお願いします」
レレリとシシルに続いて私も出来る限りの説得の言葉を選んで喋る。ホホリは微笑んで私達の言葉を聞いていた。他のアギ族は分からないが、彼女は分かってくれるのではないだろうか。
「皆さんのお話はよく分かりました。シシル、大変なお役目ご苦労様でした。デオ族と直接接触するのは大変だったでしょう?」
「いえ、レレリさんのおかげでわたくしも歓迎され、宴も素晴らしいものでした」
「そう、それは良かった。キランさんはデオ族についてどう思われましたか?」
「私ですか?そうですね、初めは見た目や粗暴な振る舞いから恐ろしく思いました。でも、彼らなりの生活があり、子供を大事にしていて、いい人達だと思い直しました」
ホホリの言葉に素直に答える。私も完全にデオ族のやり方がいいとは思わない。でも、その文化はこの世界に合わせたものだし、否定するものでは無いと思った。
「そうですか……。
残念です。
結論から申しましょう。我々アギ族がデオ族と手を組む事はありえません。時がどれだけ経とうと、世界がどう変わろうとそれだけは変わりません」
「大聖母様!なぜですか?今までの話に嘘偽りはございません。賢者様の言葉を疑っているのですか?」
「シシル、少し落ち着いて。貴方が嘘を付いていない事は分かっておりますよ。ただ、貴方は少しだけキランさんへの想いが強くなり過ぎましたね。それは我々教育者の責任です。賢者様が嘘を言っていない事も分かっております。むしろ、その結論は既にフフが導き出しています」
「でしたらどうして?」
シシルは必死に食い掛る。多分ホホリの事を凄く信頼していて、自分の言葉が伝わると信じていたのだろう。でも、私もそこまで知っていて、なぜそういう結論になったのか不思議に思った。
「我々アギ族は忘れてはならないのです。過去の大虐殺を。苦痛の歴史を。過去に大きな戦争があり、アギ族がデオ族に負け、救世主によって再び世界が安定した、という話を賢者から聞いていますね?」
「はい、それは聞きました。ですが、それは数千年も前の話だと」
「時間は関係ありません。デオ族は忘れたかもしれませんが、我々アギ族はその大敗を教訓とし、大聖母となる者とフフによって記憶を受け継いで来ました」
『戦争でどちらかが負けるのは当然だろう。お互いが敵対して戦いを始めたのなら、その結果をずっと引きずるのもどうかと思うぞ』
「それは勝者側の論理でしょう?そもそも、その時進攻してきたのはデオ族です。そして武器を持たない弱者すら虐殺しました。それは許される事ではございません」
ホホリは力強く訴える。その言葉の重みは私にも分かった。でも、今は過去の事を言い争っている場合では無いのではないだろうか。
「ちょっと待って下さい。別にデオ族の過去の過ちを許すとか、そういう話をしに来た訳じゃないんです。今は未来の事を考えて、崩壊を回避する為に話し合いに来たんですから」
「そうです。もしキラン様にご協力頂いてデオ族を滅ぼしたとしても、この世界が滅んでしまっては意味がありません」
「シシル、貴方は勘違いをしているようですね。フフはデオ族全てを滅ぼすとは言っておりませんよ」
「え?ではわたくしが今まで聞いていた話は?」
「もちろんキランさんにご協力いただいて、紅い塔は破壊します。ですが、デオ族自体は滅ぼしません。デオ族は我々アギ族の支配下に入れ、この世界のバランスを取る為に生き残って貰います」
ホホリは満面の笑みで宣言した。私は背筋が寒くなる。
「そんな……。なぜそこまでしないといけないんですか?普通に手を組むだけでいいのではないのですか?」
「シシル、貴方は過去を知らないからそんな事が言えるのです。確かに大昔の大敗の後、救世主様が来られた事で再び均衡が生まれました。ですが、そうなるには数百年という苦痛の日々があったのです。
救世主様はデオ族とアギ族、両者に子孫を残しましたが、アギ族の扱いはずっと奴隷のままでした。アギ族は屈辱に耐え、力を蓄え、多くの血を流して反乱に成功して再び種族を取り戻したのです。デオ族にはあの悪魔の血が流れています。また同じ過ちを繰り返してはなりません」
『さすがに反論させてもらう。確かに敗者は勝者の言う事を聞くのがデオ族の掟だし、武器を持っていない者も敵としてみなす事はあるだろう。だが、その過去の記憶は本当にあった事なのか?途中で誰かが改ざんしていないと誰が証明出来る?』
「証明など必要ありません。実際に見てきた記録が残っているのですから。なんならお見せしましょうか?」
ホホリはそう言うと、手をパンッと鳴らす。すると天井から何か機械が降りて来て、白い壁に映像を照射した。
「これは……」
それは地獄のような光景だった。沢山のデオ族の者が逃げ惑うアギ族を追い、背後から惨殺していた。そこには戦おうとするアギ族はおらず、一方的な蹂躙が行われていた。老若男女、小さな子供もそれに含まれている。次に映ったのは鎖に繋がれたアギ族の人達。身体は汚れ、服はボロボロで皆痩せ細っていた。アギ族が畑を耕し、デオ族の見張りが休んでいる者を鞭で叩いている。そんな悲惨な光景が次々と映し出される。戦争の虐殺とその後の隷属の日々。確かに人の目を通した情景がそこに残っていた。
「苦しんだ人々が死ぬ間際に記憶を魔法で記録として残し、それを集め管理してきました。細かい部分の違いはあっても記憶の魔法は虚偽を残す事が出来ないようになっています。何人もの記憶が同じ経験を残しています。これ以上の証明は無いのではないでしょうか」
ホホリの言葉に3人とも反論が出来ない。少なくともホホリを説得する事は難しいのではと私も思ってしまう。シシルだってこの真実を知ったら考えが変わってしまうかもしれない。
「大聖母様」
「何でしょう?」
「もしフフの言った通りデオ族を管理すれば、今起こっている虚無の時も解消されるのですか?」
「シシル!」
私は思わず叫んでしまった。
「勿論です。フフは長い年月情報を取り込み、今や賢者をも超える知識を蓄えています。シシルを選んだのもフフです。貴方がキランさんにとって相応しいパートナーである事は共に居て実感したでしょう?」
「そうですね、キラン様のパートナーとして選んで貰えた事は感謝していますし、その選択に誤りは無かったと思います。
……決心がつきました。わたくしは報復目的のようなフフの案には反対です。アギ族の掟に恨みや妬みに囚われてはいけないとあります。フフの決定はそれに反しております」
「シシル……」
私はシシルが変わらず味方で居てくれた事にホッとする。
「残念です。シシル、貴方は聖女の中でも特に優秀で、いずれはわたくしから大聖母を引き継ぐとも思っておりました。ですが、真面目過ぎて物事の大局が見えていないと思っており、やはり今回もそこをデオ族と賢者、救世主に惑わされる結果となってしまいました」
『大局が見えていないのはあんたの方じゃないか?少なくともシシルは今まで見た事無かった世界を見て、デオ族と直接接触し、それで結論を出したんだからな』
「魔王が何と言おうとわたくしには届きません。キランさんも残念です。一時とはいえ、あんな悪魔達に心を許してしまったのですから」
「大昔はどうであれ、今のデオ族はそんな酷い人達じゃないと思います。それに、今は手を組む事を望んでいる。それを拒む事が正しい判断だとは私にも思えません」
話し合いは決裂した。そしてここは敵のど真ん中だ。私はどうしようかとシシルの方を見ると、彼女が頷いたので任せる事にする。
「残念ですが、わたくしはフフを止めます。ホワスとわたくしの能力はよくご存じですよね」
シシルはそう言うとホワスから武器を取り出して構える。
「本当に騙されているのね。可哀想に。でも、ちゃんと再教育してあげますからね」
ホホリは両手を上げ降参の姿勢を取る。すると、室内に警報が鳴りだした。
『どうするんだ、シシル?』
「大丈夫です、わたくしの味方になってくれる者がおります。付いて来て下さい」
シシルに案内され部屋を飛び出す。ホホリは追って来なかった。シシルは先程の小屋の方には行かず、歩道が無い草原を進んで行く。しばらく行くと壁に突き当たり、そこをシシルが触ると壁がずれて通路が現れた。
「秘密の通路です。この先は安全です」
薄暗い通路をシシルを先頭に進んで行く。
「シシルは本当にこれで良かったの?」
「正直あの映像はまだ信じられません。あれが真実だとしたら大聖母様の憎しみも正当な気は致します。ですが、それと今回の事は別で考えるべきです。デオ族と戦うとしても、それは崩壊を止めてからにすればいいのです」
「過去の事とはいえ、デオ族の気性が荒いのは確かだ。だが、隷属化させたのには違和感を感じる。一方的な情報だけを見ても過去の事は分からないと思うな」
変身したレレリが言うが、それにはシシルは答えない。根本的な考え方が違うのだ、今まで築いた信頼関係が揺らぐのはしょうがないのかもしれない。
「シシル!」
と、通路の向こうから声がする。
「ササト」
シシルが笑顔で近付いていく。先ほど会った聖女の内の一人だ。彼女がシシルの味方なのだろう。
「やっぱりここに来たんだね」
「うん、ササトなら気付いてくれると思って。キラン様、彼女はわたくしの親友のササトです」
「ササト・ツニツと申します、救世主様。よろしくね」
「はい、私は木崎希蘭です。希蘭と呼んで下さい」
ササトはとても可愛らしい笑顔だった。
「それで、シシルはこれからどうするつもりなの?」
「わたくしはキラン様の望み通り世界を救いたいと考えています。その為にはアギ族の考え方を変えるしかありません。ですので、フフを止めます」
「……やっぱりそうなんだ……」
ササトの表情が一気に無くなる。フフは信仰している神様みたいなものだろうから、その反応は何となく理解出来た。
「大丈夫です、アギ族は優秀な人が沢山おります。フフが無くなってもやっていけます」
「本当にそうかな?今の都市の機械の管理は全部フフがやってる。転送装置だってそう。食料の生産だってフフが見守ってるからうまく行っていた。それを止める事がどれだけ恐ろしい事かちゃんと考えたの?」
「ササト?ですが、アギ族とデオ族が手を組まなくては世界が崩壊し、それどころではなくなります。それを知ればみんな分かってくれます」
「シシル、変わっちゃったんだね。キランさん、あなたがシシルを変えたの?」
「私?」
突然話を振られ、鋭い目で睨まれ私はたじろぐ。でも、ササトまで敵になってしまったらどうしようもない。
「違うよ、私はそんな大した存在じゃない。シシルは賢者やデオ族と直接触れて、悩んで、今の結論になったんだよ。確かに救世主に対する想いは強いけど、それよりこの世界の事を一番に考えてるから変わったんだ」
「ササト、わたくしは変わった訳ではありません。ただ、あまりにも無知だったのは確かです。デオ族を敵対する種族としてしか認識しておらず、その一人一人が生活し、生きている存在とは思っていませんでした」
「もういいよ。
ねえ、やり直そう?また元のシシルに戻ればやり直せるよ」
ササトは隠し持っていた武器を構える。シシルもそれに反応して武器を構えた。
「ササト、貴方ではわたくしに勝てないのはよく知っていますよね」
「勿論。だから私はシシルが好きだったんだから」
ササトが言っているうちに後ろから武器を持った人が出てくる。それは他の聖女達だった。
「ササト、どうして……」
「大聖母様にどうしてもって説得の機会を貰ったんだよ。なのにシシルはそんな愚かな救世主もどきに現を抜かして。最初から全部フフにはお見通しだったのにね」
もう逃げられそうになかった。レレリが力を出せない以上、戦ったら負けるのは目に見えている。私はシシルの言葉が誰にも届かなかった事に悲しみを感じた。
すると突然目の前が見えなくなる。頭が締め付けられるように痛い。何かの攻撃だろうか。ガンガンと頭の中に何かが響き、息が出来ない。
「キラン様!」
『キランッ!!』
遠くで二人の声を感じつつ私の意識は薄れていった。
意識が戻ると見知らぬ天井が見えた。青い薄い明りが灯り、灰色の石のような天井がある。まだ頭が重く、記憶がはっきりしない。そして徐々に倒れる前の記憶が蘇る。ここはどこだろう。あの後どうなったのだろう。私は薄汚れたベッドに寝ていて、服装はシシルに作ってもらった物から簡素な水色の長袖長ズボンの服に変わっていた。横を見ると鉄格子が見え、いわゆる牢屋にいる事が分かる。アギ族に掴まったのは確かだろう。
私は何とか起き上がり、ベッドの端に腰掛ける。牢屋の中には簡素なトイレと机とベッドしかない。机の上には食事と思われるものが置かれていた。
「おっ!目が覚めたね」
「眠り姫のお目覚めだ!」
牢屋の対面辺りから声が聞こえる。目を凝らすと、廊下を挟んだ向かいの牢屋に二人の少女がいる事が分かった。二人とも私と同じ服を着て、椅子に座ってこっちを見ている。そしてその二人の顔はそっくりだった。
「食事はテーブルの上にあるよ」
「まずは栄養を付けないと何も出来ないよ」
「ありがとう」
私はとりあえず礼を言う。食事をしようにも二人がこっちを凝視していてとても気になる。
「ねえ、どうして私がここに連れて来られたか知ってる?」
「さあね。6時間前に寝ている君がここに連れて来られた事しか知らないよ」
「ボク達は要注意人物だからね、他の情報は教えてくれないんだ」
二人の青髪の少女はそう言いながらお互いの顔を見て笑う。変な子達だと思った。
「ここは牢屋だよね。なんで二人はここに居るの?」
「ボク達は天才だから、アギ族の枠には入りきらないんだ」
「再教育も効かないし、他の子を惑わすからこんな所に閉じ込めとくんだよ」
「再教育?」
そう言えばホホリもそんな事を言っていたと思う。
「そう再教育。言い方は柔らかいけど、言っちゃえば洗脳だよ。フフにとって都合がいい考え方を植え付け直すのさ」
「君もここに来たって事は再教育されるんじゃないかな。
ところで君はアギ族でもデオ族でも無いよね。勿論セダの民なんかじゃない。という事は、噂の救世主様って君の事かな?」
「ええと、うん、そう言われてる。私は木崎希蘭。希蘭でいいから」
「ボクはミミト・トムト。双子の姉だよ」
「ボクはミミコ・トムト。双子の妹だよ」
「よろしくね、ミミト、ミミコ」
正直どっちがどちらか区別はつかない。でも話が通じる相手なら、今後どうすればいいかの情報が掴めるかもしれない。結局今の私には何も出来ず、待つ事しか出来ない気もするけど。と、赤石があればと服や周りを見渡すが、どこにもない。着替えさせられた時に一緒に取り上げられたのだろう。
「ねえ、シシル、というか、私と一緒に居た人がどこに連れて行かれたか知ってる?」
「知らないよ、キランは数人の聖女が抱えて連れて来ただけだから」
「シシルってあの聖女のシシル?あの子も何かしたの?」
双子が興味深そうにこちらを見ている。別にここで話したところで大した問題でも無いだろうと思い、私は今までの経緯を簡単に双子に説明する。
「すごーい。あのシシルが考えを変えるなんてね」
「でもシシルは今頃再教育されてるかもね」
「本当?それは困る」
シシルまで敵になってしまったらアギ族の説得はもう出来ないだろう。そうしたらこの世界は崩壊する。それか私も再教育され、アギ族の子供を産む事になる。そんなのは嫌だ。
「協力してあげようか?」
「アギ族にとってもこんなチャンス二度とないかもしれないしね」
「本当に?でもどうして協力してくれるの?」
協力の申し出はありがたいが、正直この双子が信用出来るとも思えない。
「キランも見ただろう、アギ族の生活や行動を。今の生活が正しいと思うかい?」
「変獣に対しては不殺生だと言いつつ、凶獣やデオ族を殺害する事には躊躇しない。そもそも考え方に矛盾があるんだ」
「確かに変だと思う所はあるよ。でも、どんな考え方も多少の矛盾はあるんじゃないかな」
「うん、矛盾がある事自体が問題なんじゃない。その矛盾を追及しようとすると、追及した人を排除しようとするのがおかしいんだ」
「それでいてアギ族は絶対に死刑には出来ない。だからこうしてボク達をこんな所に閉じ込めている。この牢は本来は再教育するまでの短期間閉じ込めておくだけの牢獄だった。ここに長期間いるボク達の存在自体がアギ族の矛盾を体現してるのさ」
双子が再教育出来ないなら、アギ族にとって有害な存在なのだろう。そしてそれを殺害も追放も出来ない。してしまったら、それはアギ族の教えに反しているからだ。だからこうして牢に閉じ込めているという。双子はただ正直なだけなのに普通に生活出来ない可哀想な存在なのだろう。
「でも頭がいいんなら再教育された振りとか出来たんじゃない?それか、賢者みたいに外の世界に出ていくとか」
「そこまでしてアギ族の世界で生きたいとは思わないよ」
「賢者のように隠れて暮らすのも嫌だしね」
「それで、本当に協力してくれるの?でも、牢の中で出来る事なんてある?」
「勿論あるさ。牢を抜けようと思わなかったのは出たところで繰り返しになるだけだったからだよ」
「1時間後に看守が見回りに来る。キランはその際腹痛を演じてくれればいい。だからそれまではちゃんと食事を取って万全にしておいてね」
「分かった、こんな出会いだけど、信じてみるよ」
私は藁にも縋るつもりで双子の言う事を信じてみる。冷めた食事を取って、看守が来るのを待った。やがて、一時間後位に看守はやって来た。私は演技など出来ないけど、出来るだけ真面目に腹痛を演じてみる。
「う、うう……」
「ちょっと、どうかしたの?」
看守と思われる女性が声をかけてくるが、私はベッドの上で腹を抱え込んで唸っているのでその顔は見えない。と、“ボンッ”っと軽い爆発音のようなものが聞こえた。
「キラン、もういいよ」
「お仕事ご苦労様」
双子に言われて廊下の方を見ると看守の女性が倒れていた。そして双子の手には看守が持っていたと思われる鍵があった。
「何をしたの?」
「ちょちょいっと魔法をね」
「今のアギ族は使わないけど、ボク達はデオ族と同じように魔法が使えるんだ。だから脱獄もいつでもやろうと思えば出来たんだ」
「じゃあ私が腹痛の演技なんてしなくても良かったんじゃない?」
「いや、それじゃあボク達が魔法を使えるのがバレちゃうよ」
「生身だと思うと相手が油断するからね」
私が演技した事にはちゃんと理由があるようだ。ともあれ、脱出の一手はうまく行ったが、ここからどうすればいいか分かっているのだろうか。双子は先に自分の牢屋の鍵を開け、次に私の牢屋の鍵を開ける。
「ありがとう。それで、どうするの?」
「ひとまず姿を眩まして、それからシシルの救出をしよう」
「脱獄がバレればすぐに追手が出るからね」
「行く当てがあるの?」
「ああ、ここはボク達の町だよ」
「普通この町で逃げる人なんていないから、隠れる場所は色々あるんだ」
とりあえず双子を信じて進むしかない。近くで見る双子はレレリほどでは無いが、背は低く、胸も私ほどは無い。髪は肩より少し長い程度だがあまり身嗜みを気にしていないようで、所々乱れている。顔はとろんとした少し眠たそうな目をしていて正直利発そうには見えない。
「止まって」
「部屋にいる人を眠らせるから」
双子は互いに考えている事が分かるかのように同時に止まり、片方が魔法を使う。すると先の部屋にいた看守と思われる女性が眠りについた。
「ねえ、元の服があったら着ていきたいんだけど」
「そうだね、囚人服のままじゃ目立つね」
「大体予想は付いてるから」
そう言って双子は看守が眠った部屋に入り、タンスのような家具を漁りだす。
「ボク達はこれが着れそうだ」
「これがキランの服?」
「そう。良かった、見つかって」
「10分もしたら起きるから急いで着替えて」
「武器があるけど持っていくかい?」
双子が着替え始めたので私はまず着替える前に服の中に赤石があるか確認する。すると、ポケットの中までは確認しなかったみたいで、財布もハンカチも赤石も入っていた。
「武器は使えないから要らない」
「分かった、じゃあ行こう」
「少し汚い場所だけど我慢してね」
私はシシルに作ってもらった青い服を、双子は棚に入っていた青緑色の半そで短パンに着替えた。何か体育の時間の中学生みたいにも見える。看守が居た部屋を出ると、少し廊下を進んで階段を昇る。そして大きい道に出たのだが、双子は道の壁にある分かり辛い取っ手に手をかけた。“ガタンッ”と音がして、壁に人一人通れるぐらいの穴が現れた。
「荷物とかを送る為のスロープだけど、人目を避けて地上に出られる」
「この時間は使われないから大丈夫」
「分かった」
双子の情報が正しいかは分からないけど、疑ってもしょうがない。双子が魔法で光を作り、それを頼りに狭くてやや汚れた通路を這って進む。キツイ勾配では無いが、長時間這って進む事が無かったので段々疲れてくる。双子が言っていた栄養を付けておけという言葉は嘘では無かった。
「もうすぐ出口だ」
「外に人がいないか確認するから待って」
双子に言われて通路の中で止まる。正直早く外に出たいところだ。
「うん、誰もいない」
「ここからはなるべく自然にして」
双子が先に外に出て、私も通路を出た。そこは高い建物の一つで、ちょうど一階部分の壁にその出口があった。
「本当に見つからないの?」
「プライバシーを重要視して、重要施設とか入り口以外は監視をしていないんだ」
「ここまで敵や凶獣が入って来る事はまず無いし、アギ族の犯罪率は実質0%だからね」
犯罪率0%なんてありえるのだろうか。全ての人がアギ族の掟に従っていれば出来るのかもしれない。でも、何かの手違いで犯罪を犯す事だってあるんじゃないだろうか。
「不思議に思っているようだけど、その理由はこの後分かるよ」
「それよりその髪の毛と目の色は変えないとね」
言われて私は目も髪も茶色で確かにアギ族でないとバレる事を思い出す。
「でもどうやって?」
「数時間だけど魔法でね」
「痛くないからね」
言うが早く、双子の一人が私に何かの魔法をかける。が、私自身どう変わったか分からない。
「ほら」
「いい色でしょ?」
双子の手にはいつの間にか鏡があって私はそれで今の自分の顔を見る。私の髪や眉は青紫色に、目も似た色になっていた。たったそれだけの変化なのにまるで別人になったように見える。
「じゃあついてきて」
「何かあれば言うから」
双子はどんどんと進んで行き、私はとにかく双子について行くしかなかった。
どれだけ進んだから分からない。私にはどの建物も同じように見えて、本当に先に進んでいるか実感がないからだ。双子の歩みは迷いなく、歩き慣れた道を進むようだ。本当に長期間牢獄に入っていたのだろうか。
「ここだよ」
「ただし正面からは入れない」
とある建物の前で双子は立ち止まり、更にその建物の脇へと移動していく。
「もしかしてまたあの狭い通路?」
「ううん、使われてない階段があるんだ」
「すぐ着くから安心して」
双子が建物の横の床を触ると床石がスライドし、階段が現れる。双子は明りも点けないでそのまま進んで行く。暗さが心配だが、とにかく双子について行った。長期間使われていないのか、湿ったような臭いが鼻につく。階段が終わると、そこは小さな青い明りが灯った薄汚い通路に変わる。そこを進むと今度は登りの階段が見えてきた。
「この先が目的地だよ」
「すぐだから」
双子の後を階段を昇っていく。双子が階段の上のフタを開けるとそこから光が入ってきた。そこには少しだが人通りがある町が広がっていた。
「隔絶された都市へようこそ!」
「ここが絶対に追手が来ない場所さ」
双子は満面の笑みで言った。




