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6日目

「おはよう、ちゃんと眠れたか?」


 起きて挨拶に来たレレリはいつも通りだった。落ち込んでたり、どこかよそよそしかったりするかと思っていたので私は肩透かしを食らった気分だ。起きてからも悩んでいた自分がバカバカしい。


「皆さん準備は出来ましたか?」


 シシルも元気そうだ。ドレスをレレリに貰ったが、それを普段から着るのはさすがに恥ずかしいので、私は動きやすくてある程度身丈夫な服と、下着一式を作ってもらい、それに着替えていた。全体的に水色の服で、下はスカートではなくズボンにしてもらった。レレリはいつもの皮の服、シシルも同じくいつもの鎧と服だった。ドレスや荷物はホワスに積んでもらう。


「それじゃあ湖まで行くぞ。手を繋げ」


「ねえ、これってどういう仕組み?前もヨヨゴさんと手を繋いだらここまで移動してたけど」


「転移の魔法だよ」


「そんな便利な物があるなら、今までの移動は何だったの?」


 一瞬で移動出来るのなら今まで歩いてた時間が無駄だと思った。


「これは行った事がある場所か、目的地に赤石のような対象物が無いと使えないんだ」


「補足しますと、術者の集中力が途切れたり、術者と手を離したりしますと次元の狭間に落ちると聞いています。ですから、アギ族は緊急時以外の使用を禁じているのです」


 シシルの補足を聞いて、あの時ヨヨゴから逃げようと手を離していたらと思いゾッとした。


「ねえ、だったら安全策を取らない?」


「転移の魔法なんて子供だって使ってるぞ。いいから、手を離すなよ」


「ちょっと……」


 私が言い終わる前にレレリは手を強引に握る。すると、前と同じように景色が揺らいできた。私は怖くなってレレリの手をギュッと握った。そして目の前が何も見えなくなる。


「着いたぞ」


 意識がはっきりすると、景色が湖の周りになっていた。今は赤い星が出ていて、湖面も赤くきらめいている。


「それで賢者の居場所は分かったの?」


「ああ、キランが連れ去られた後、魔力が回復するまで辺りを散策してな。湖の中央付近におかしな場所があったんだ」


 レレリが湖の真ん中辺りにある、小さな岩を指差す。じっと見つめると、その岩の周りだけ水の流れがおかしいのが分かった。


「ホワスに乗って下さい。あの岩まで移動します」


 シシルに言われてホワスに3人で乗り、湖の上を飛んで移動する。岩が近付くにつれ、その違和感が増していき、目前になると、岩を中心に半径20メートルぐらいの部分が魔法か何かでカモフラージュされている事が分かった。


「突入します」


 ホワスがカモフラージュされた部分に入る。すると、景色が一転し、そこは緑色の光が満ちた空間になっていた。中心に小さな島があり、そこに大きな緑色の木が1本立っている。木の幹には窓やバルコニーのような空間があり、正面には大きな扉もあった。あそこに賢者が住んでいるのだろう。ホワスは木の前に着陸し、私達も島に降り立つ。緑に光る虫か何か分からないものがフワフワと飛んでいて、幻想的な空間だった。


「開いたぞ。ここの賢者も歓迎してくれるみたいだな」


 木の正面にある扉が自動で開き、レレリが早速入っていく。記憶の賢者があんな感じだったので、私は期待しないでそれに続く。今度もホワスは外に置いて、シシルが最後に入ると扉が自動で閉まった。中は木をくりぬいた階段が続き、私達はそれを登っていく。木の香りは心を落ち着かせ、私はリラックスしていた。そうして階段を登りきったところにまた扉があり、それも自動で開く。


「いらっしゃい。よく来たね」


 部屋の中から老婆のようなしわがれた声が聞こえる。見ると、ゆりかごのように揺れる木の椅子に座った、皺だらけの老婆と思われる人物が部屋の中央に居た。記憶の賢者と同じく毛はまったく生えていないのだが、身体の小ささや全身の皺から高齢である事が感じられる。声は歓迎を示しているように聞こえるけど、顔中皺だらけなので表情は分からない。


「賢者さん、ですよね?」


「ああ、あたしは賢者の一人で真理の賢者と呼ばれてる者だよ。記憶の奴とはもう会ったんだろう?」


「はい、そして他の賢者に会えと言われました」


「ならいい。まずはそこに座って」


 賢者に言われて木のベンチに3人並んで座る。緑の明りが温かく、落ち着く空間だった。とりあえずこの真理の賢者は記憶の賢者よりは話が通じそうだと感じる。


「で、何が聞きたいんだい?」


「この世界を崩壊から救う方法を教えて下さい。あと、私が元の世界に戻る方法も」


「いいだろう。まずは崩壊の件からだ」


 あっさり回答が聞けそうなので私は少し安心する。


「キラン、アギ族かデオ族、どちらかしか救えない場合、お主はどちらを救いたい?」


「え?どちらをって……」


 突然変な質問をされて困惑する。記憶の賢者の話ではどちらかだけではダメだと聞いた。ではこの質問の意図は何なのだろう。左右からレレリとシシルの視線を感じる。どちらも自分の種族が選ばれたいと思っているのだろう。賢者はそれ以上言葉を発しない。私は少し考えてから喋り出す。


「どちらか片方だけを救いたいとは思いません。でも、本当にどちらかしか救えないのなら、私はまだ正確な判断が出来ません。デオ族に関してはレレリと他の人達を見て、その人達も含めて救いたいと感じました。ですがアギ族については私はシシルしか知らないし、シシルだけを見てアギ族全体を語るのはおかしいと思います」


「なるほど。ちゃんと頭が回っているようで何よりだ。じゃあ早速アギ族を見に行ってきなさい」


「え?どうしてですか?さっきの質問は何かの例えじゃないんですか?」


 私は賢者の言葉の意味が分からず困惑する。


「お主はそこのシシルとレレリからそれぞれの種族を救う方法を聞いただろう?そういう解決策もあるという事だよ。お主はそれを判断する為にこの世界に呼ばれたのだから」


「ちょっと待って下さい、記憶の賢者と言っている事が違いませんか?」


「あやつは言葉が足りんし、自分に都合がいい事しか言わないからね。虚無の時が生まれたという事はこの世界が不必要だという可能性が生まれた事を示しているんだよ。だから、それを見極める必要が出たという訳さ」


「賢者はこの世界を救う事で手を組んでいたんじゃないんですか?」


 私は記憶の賢者に言われた事を思い出しつつ質問する。毎回違う事を言われたら何を信じていいか分からなくなるからだ。


「もちろんあたしもこの世界が続く事を願ってはいるよ。ただ、この世界は成り立ちがそもそもおかしいんだ。記憶の奴は聞かれた事しか答えないからこの世界の成り立ちについては話さなかっただろう?」


「はい、聞いてません」


「ここは次元の狭間とでも呼べばいいのか、本来存在すべきではない世界なんだよ。元々この世界に住んでいた生物はおらず、異世界から流れ着いたものが適応し、生活しだしたのが始まりだった。キラン、お主の世界でもたまに大量の人が消える事件が過去にあっただろう?」


 昔は神隠しで大量の人が消えた事があると、うろ覚えだが聞いた事があった。


「はい、そんな話があったと思います」


「そういう事がお主の世界以外でもあり、色々なものがこの世界に流れ着いた。人だけでなく、動植物や物もな。そして何とか世界に適応出来たものがデオ族、アギ族や変獣のように根付いたのだ。しかし最初は紅い星にも蒼い星にも対応出来ず10日の滅びで消えていった。そんな中もっとも早く適応したのがセダの民と呼ばれる者達だ。各種族を追われた者も混じってはいるが、この世界の人間の大元がセダの民だったんだよ」


「ちょっと待って下さい。そんな話は聞いた事がございません」


 賢者の話を聞いてシシルが口を挟む。話の内容が納得出来ないのだろう。


「まあ、アギ族にとってもデオ族にとってもセダの民は劣等種族という認識だからね。そいつらが祖先だという話は消してしまうだろうさ。が、紛れもない事実だよ。かくいうあたし達賢者も元はセダの民だったんだ。ただし、突然変異で知能が発達した特殊な存在ではあったけどね」


「レレリは知ってたの?」


「ん?……いや、そんな話はデオ族でも聞いた事は無いな」


 レレリは何か考え事をしていたのか、少し間を置いてから答える。


「まあ、この話は余談だよ。ここはそういった別の世界から逃げ出したものが辿り着く場所だった。しかし、たったの十日だろうが不確定要素が毎回流れ着けば世界は不安定になる。そこで他の世界からの流入を止めたのが回廊の賢者だ。キラン、お主は召喚されたのではなく、本来閉まっていた扉を賢者が少し開け、そこから入ってきた訳だよ」


 賢者の言う事は何となく分かるが、私にとってここに来た経緯はどうでもよかった。


「ここまでの話は分かりましたが、それが何で世界を救わない話になるんですか?」


「話した通りこの世界の成り立ちは歪で、その存在が許されていたのはおまけみたいなものだと考えていい。例えば部屋の隅に小さな虫が巣を作ったが、害が無いから放置していた、みたいな事だよ。しかし、その虫が活発になり鬱陶しいと思ったらどうする?巣を破壊して虫を殺すか追い出すだろう?今起こっているのはそういう現象なんだよ」


「それってこの世界に本来の主人である神様みたいな存在がいるって事ですか?」


「それ自体は観測出来ていない。でも、起こっている現象から考えるに、それと似たものがいるのは確かだね。だから先見の賢者はお主を選んだんだ。中立の立場からアギ族、デオ族が今後この世界に生存すべき存在か否かを見極めてもらう為にね」


 私は賢者が言っている事を頭の中で整理する。神様がいるんなら、全ては神様次第で、私の意味など無いのではないだろうか?それとも私が考えている神様と賢者の言っている神様の定義が違うのだろうか。


「判断するのはその神様みたいな存在じゃないんですか?そもそもなんで私なんですか?」


「言った通りその存在は観測出来ないし、世界が今後どう変化していくかは先見の賢者しか知らない。ただ、お主の存在が世界を変える可能性があるのは確かだよ。キランが選ばれた理由は三つある。一つは特定の思想に囚われておらず、中立の立場でこの世界を判断出来るという事。一つは紅い星にも蒼い星にも影響されない、極めて珍しい体質な事。恐らくお主の世界でも数万人に一人の体質だろう。そして三つ目は男性ではなく女性が好きな事」


「ちょっと待って下さい。前の二つは何となく分かりますが、三つ目って重要な事なんですか?」


 突然自分の好みの話になったのでどうしても引っ掛かってしまう。適当な事を言っているのではないのかと。


「ああ、とても重要だね。見ての通り、今のデオ族の王は女性だ。アギ族も救世主に対して男性ではなく、聖女という女性を用意している。だから女性が好きな者の方が公平に判断出来るんだよ。あと、以前この世界に来た救世主が男性だと聞いたと思うけど、男性では己の欲望に囚われてしまい、結果として怨嗟が残ってしまった。だから、女性が好きな女性というのが重要だったんだよ」


「そんな理由なんですか。でも、私は自分が公平に見ているだなんて思えません。見た目の好みや性格の好みで世界の命運が変わってもいいんですか?」


「それで正しいと考えているよ。完全に公平な人間なんていないさ。アギ族だってデオ族だって少なからずお主を騙し、取り込もうとしただろう?それで決まってしまったのなら、この世界はそういう運命だったのだろうよ。それにキラン、お主は心に傷を負っているだろう?それがブレーキになっている事を自覚しているね」


 賢者に言われて昨日のレレリとのやり取りを思い出す。その通りだった。失恋していないまっさらな状態だったらレレリかシシルを頼り、恋に落ちていた可能性もある。そして、先輩への想いがそれを阻んだのは事実だ。ただ、私は事実を言われ、胸の中がとてもむかむかとしていた。


「酷い……。私の気持ちすら世界を判断させる為の道具なんですか?」


「向こうの世界でどっちみち待っていたのは死だよ。だったらこの世界の役に立った方が嬉しくないかい?元の世界に戻る方法も聞いていたね。記憶の賢者に聞いたと通り、戻ったところでもうお主の肉体は無いかもしれない。そうなれば戻った時点で消滅するよ。それでも戻りたいのかい?」


「全てが私を救世主として扱う為のホラ話の可能性だってあると思います。だったら戻って確かめるしかないじゃないですか。少なくとも私は道具としてしか価値が無いのなら、元の世界で事故で死んだ方がいいです」


「キラン、そんな事無い!賢者は置いといても、あたしはもうキランを道具としては見ていない」


「わたくしもです。世界の行く末とは別に、キラン様がこの世界で生きていて欲しいと思っています」


 二人の言葉はありがたかった。それでも、私がこの世界に来た意味が賢者の道具としてだと分かり、私の決心は揺らいでしまった。


「別に何を選んでもいいんだよ。それが判断の結果だからね。どちらの種族を救うか、はたまた何も救わないか。それが異世界から来た者の選択だったら、それに従う事に我々は決めたんだ。記憶の奴はまだ救世の可能性を捨てきれてないみたいだけどねえ」


「随分と偉そうですね。自分がこの世界の神様みたいに」


「権力に興味は無いけど、知識は他の者達よりあるとは思っているよ。あたしはただ単純にこの世界がどう判断されれるかを見てみたいだけだよ」


 まさか私にきつくあたった記憶の賢者の方が、この一見人が好さそうな真理の賢者よりましだとは思わなかった。言ってる事は事実かもしれないが、こんな風に実験みたいに言われるのなら、まだ記憶の賢者のように直接文句を言われた方がよかった。


「真理の賢者様、一つ質問させて下さい」


「何だい?」


「記憶の賢者様は世界を救う方法があるように言っていましたが、貴方は先程からアギ族かデオ族のどちらかしか救えないような言い方をしています。どうしてでしょうか?」


 シシルが今までの話を聞いて気になった事を聞いてくれる。確かにその理由は何も話していない。


「それは世界を救う為にアギ族とデオ族が手を組むのが不可能だからだよ。シシル、お主が一番分かっているのだろう?フフがそれを許可しない事をね」


「それは……。いえ、まだ分かりません。世界の崩壊の事を伝え、デオ族が譲歩している事が分かれば、話は変わるかもしれません」


「無理だね。フフはアギ族の存続の為に作られたモノだよ。デオ族に対して友好的な回答は絶対に出さない。それは散々教えられただろう?」


 賢者は念を押すように言う。確かに今までのシシルの態度からアギ族が譲歩するイメージは無かった。しかし、そこまで絶対的なものなのだろうか。


「救世主様がそれを願っている事を伝え、デオ族が謝罪をすれば話は変わると思います。勿論わたくしも説得いたします」


「ちょっと待て、あたしは謝罪なんてしないぞ」


「レレリ、そこは私の為に考えてみてくれないかな。シシルがこんなに必死なのは初めてだし」


「ん、でもな……」


「まあそこまで言うのなら試してみるのも面白いかもねえ。でも、あたしは無理だと思うよ。その時はどうするんだい?デオ族と戦うのかい?それとも世界が崩壊するのをただ待つのかい?」


 真理の賢者はシシルを挑発しているみたいだ。でも、そこが解決しないとどうにもならないのは事実なのだろう。


「その時はわたくしがフフを停止させます。世界の崩壊を止め、救世主様を守るのが聖女の役目です。それはアギ族の掟より優先されます」


「フフが停止すればアギ族の生活に大きな影響が出るだろうよ。下手をすれば死者もね。しかもお主は反逆者の汚名を着る事になるよ。本当にそんな事が出来るのかい?」


「救世主様の望まない世界に意味はありません。それにアギ族の人々もそこまで愚かでは無いと思います。世界の滅びなど望んでいないのですから」


「言ったね。その気持ちに嘘は無いね?ならばまだ世界が救われる可能性は残っているという事だ。キラン、後はお主次第だよ。アギ族が手を組むのを認め、お主がアギ族とデオ族、両種族の存続を願うのなら、その時は救世の方法を教えてあげよう」


 私は真理の賢者の言うがままになるのは嫌だった。でも、レレリとシシルの決意は受け止めたいと思う。心の中の苛立ちをなるべく抑え、私は声に出す。


「私はちゃんとアギ族を説得して、それから戻ってきます。自分達の意志で、世界を救って、それで元の世界に戻ります」


「ああ、楽しみに待っているよ」


 私は気分が悪いので足早に真理の賢者の部屋を出ていく。レレリとシシルもそれに続いた。


「キラン様、余計な事かもしれませんが、一つだけ言わせて下さい」


「何?」


 私は階段を降りながら不機嫌に応える。


「真理の賢者様はあえてああいう態度をとっていたのではないでしょうか。キラン様には今一度冷静に悩んでもらう為に。わたくしに対しての言葉はアギ族の未来をきちんと考えさせる為のものに思えました」


「そうだとしても、私を道具として見ている事には変わらないよ。それを計算して言ってるのならそれはそれで嫌な人だし」


 私は自分が都合のいいように動かされてる気がして、どうしても納得出来なかった。


「すみません、キラン様が傷付けられたのは確かでした」


「ううん、シシルが私の為に言ってるのは分かってるから」


 ちょっと感情的になり過ぎたと思って私は深呼吸する。そういえばレレリはどう思ってるんだろう。


「レレリはどう思った?」


「ん?ああ、そうだな……、謝罪はしないが、アギ族を説得するのには協力するぞ」


「ちゃんと話聞いてた?まあ、協力してくれるのは嬉しいけど」


 レレリがどこか他人事のように聞いてる気がして少しイライラする。でも、ここでレレリに怒りを向けてもしょうがない。

 外に出てホワスに乗ろうとした時、シシルが再び話始めた。


「あの、キラン様。もしかしたらアギ族の説得は想像より難しいかもしれません。そしてキラン様が危険な目に合う可能性もあります。ですので、キラン様はここで待っていていただけないでしょうか」


「どうして?真理の賢者の話だと私がアギ族を見る事にも意味があるんだよね。それにアギ族はデオ族ほど好戦的じゃないんでしょ?」


「別にデオ族も好戦的じゃないが、まあそこはいい。ただキランの疑問はその通りだな。キランに見せたくない所でもあるのか?」


「そうではありません。アギ族の都は美しく、静かで、いい場所です。ただ、フフが関係してくると少しだけ話が難しくなるのです。アギ族はフフの判断に絶対的な信頼を置き、それに反抗する者は酷く警戒されるのです」


「でもレレリとシシルだけじゃそれを覆すのはもっと難しくない?救世主の存在ってそれなりに大きいんでしょ?なら私の話と賢者の話を合わせれば、少しは変わってくるかもしれないよ」


「何かあってもキランはあたしが守ってやる。そこは安心していいぞ」


 とても心配そうにしているシシルを私とレレリで何とか説得しようとする。それに説得の話とは別に私自身もアギ族の人達がどんな暮らしをしてるのかにも興味があった。


「分かりました。キラン様、これだけは覚えておいて下さい。わたくしは何があっても貴方をもっとも大切に思っていると。キラン様を命を賭けてもお守りすると」


「分かった。うん、信頼してるよ、シシルの事」


「あたしもだぞ」


「勿論レレリの事も分かってるよ」


 3人で少しだけで笑い合い、ホワスに乗ってアギ族の都へと向かう。


「レレリみたいに魔法で一瞬で移動出来ないの?」


 ホワスで移動をしながらシシルに確認する。もうこの世界に来て6日経っており、時間の浪費も危険もなるべく避けたかった。


「以前話した通り、転移の魔法には危険が伴います。アギ族の一番西の町に転送装置があり、そこまで行けば一気に都であるブレウに移動出来ます。西の町へは2時間ほどですので、少しだけ辛抱して下さい」


「分かった」


 空はちょうど赤い星から青い星へ移り変わるところだった。アギ族の都へ行くのだから、今はシシルの言う通りにするしかない。



「っ!!、敵襲です、しっかり捕まって下さい」


 しばらくホワスで移動していると突然シシルが叫び、それと同時にホワスに何かが当たってぐらりと揺れる。


「空中では危険です。一度地面に降ります。レレリさんも戦闘準備を」


「分かった」


 ホワスが急降下し、私はホワスの柵に掴まって何とか耐える。ホワスが着陸すると周りを何者かに囲まれる。それは10人ぐらいのひょろっとした人型の何かだった。


「何アレ?」


「あれは……いえ、見た事無い物体です。生物ではなく自動で動く人形のようですね」


 シシルが説明してくれる。確かに動きがぎこちなく、質感が無機質な灰色をしていた。右手の先が剣、左手の先が筒状になっていて、その左手から何かを撃って攻撃したのだろう。


「キランはホワスにいろ。あたしとシシルで破壊してくる」


「ホワスを防御モードにしておきますので、数分は安全です」


 そう言ってレレリとシシルはホワスを降りた。レレリは全身を武器に変え、シシルはホワスに積んであった長い銃のような武器を手に持っている。


「お前ら何者だ?」


「……」


 人形は何も言わず、左手の筒を構えた。


「喋れないのか、それとも答える気が無いのか。まあいい、丁度暴れたいと思ってたところだ」


 レレリが一歩前に出る。瞬間人形は左手の筒から何かを撃ち出した。しかしレレリはそれを軽やかに避け、シシルは透明な盾を作ってそれで砲撃を弾く。レレリは一瞬のうちに数体の人形を切り裂き、シシルも手に持った武器からの砲撃で次々と人形を破壊した。


「手応えがない奴らだな」


「油断しないで下さい、自爆する事があります」


 レレリの剣を右手の剣で防いだと思うと、1体の人形がシシルが言った通り自爆した。しかしレレリは瞬間に距離を離し、傷は負ってないようだ。

 結局ホワスの方には2、3発しか攻撃はされず、人形は二人の手によって全滅したのだった。


「キラン様、お怪我はありませんか?」


「うん、ホワスが守ってくれたから大丈夫だよ」


「なあシシル、今の敵ってアギ族が作った兵器だったりしないか?」


「え?それは違うと思います。確かに無人防衛装置の開発はしておりましたが、未完成で、今の敵とはまったく似ていません。それに、もしアギ族が作った物なら私を攻撃してくる筈がありません」


 シシルがやや慌てたように答える。でも嘘を言っているようには思えない。


「いや、機械を作れるのはアギ族位だから聞いただけだ。違うならいいが、そうすると外の世界から入ってきた物かな?」


「私の世界にはあんなのはいないからね」


「とにかく、障害は排除しましたし、周囲に同じような敵の反応は無いようです。せっかくですからここで食事と休憩を取りましょう」


 いつものように周囲から食材を集めての食事になり、その後交代で睡眠をとったのだった。敵の襲撃も無く休めたので、私達は再びホワスに乗り、西の町へと急いだ。



「あの先が西の町です。レレリさん、さすがにそのままだと警戒されますし、青の力も増すと思います。どうしますか?」


「そうだな、今変身する」


 レレリがそう言うやいなやその姿が靄がかかったようにぼやける。そうして変身したレレリが姿を現した。


「何その姿。可愛いといえば可愛いけど、笑っちゃいそう」


「馬鹿にするな。これでも青の力の影響を最低限に抑えて、自由に飛び回れる優れた姿なんだぞ」


 羽根や色合いはコウモリを思わせるが、身体はほぼ球形で手足は短く、顔は落書きみたいにシンプルだ。小さな角と尻尾が元のレレリを連想させる位で、あとは風船がふよふよと浮かんでいる感じだった。


「これならデオ族と分からないだろ。喋らずにいるから捕らえた珍獣とでも言ってくれ」


「では、これを」


 シシルはホワスから小さな紐の付いた首輪を取り出すと、変身したレレリの首に付ける。


「おい、さすがにこれは無いだろう」


「ですが危険な生物は持ち込み禁止になっています。ペットでしたら首輪を付ければ一応許可されるので。紐はキラン様がお持ちください」


「これで問題無いんなら少しだけ我慢してよ」


「……分かったよ。まあキランに飼われるならいいか」


 レレリの言葉がやや怪しげな意味合いになりそうだったが、あえて私はそれには触れない事にする。そうして西の町へと歩いていく。町は周りを大きな青い塀に囲まれていて、その向こうがどうなっているか見えない。道の先の塀に大きな扉があり、それは固く閉ざされていた。


「聖女シシル、帰還致しました。救世主様をお連れしております」


 シシルは扉の前で上にあるガラス玉のような部分へ向かって叫ぶ。


『入国を許可します』


 機械的な声の回答があり、大きな扉がゆっくりと開いていく。扉の先には整理され、青い光に満ちた世界が広がっていた。外も青い星が出ているが、扉の向こうはそれが更に明るい。


「ここがアギ族の国……」


「西の町はその中でも田舎ですが、それでも十分に美しいでしょう?」


 道は舗装され、所々に街灯があり、脇には草木や花が咲いた花壇が並んでいる。建物も2階建て位でしっかりしていて、外装は水色に統一され、高さや並びも計算されているように感じた。ただ、思ったのはデオ族の町と比べて外に人通りが少なく、あまり活気を感じられない事だ。ここが田舎だからだろうか。シシルを先頭にしばらく歩いて行くと、1人の20代ぐらいの女性がこちらにやって来た。青いゆったりとした服を着ていて、髪は青緑色だった。


「これはこれはシシル様、こんにちは。もしかしてそちらの方が救世主様ですか」


「こんにちは。はい、こちらが救世主であるキラン様です」


「こんにちは」


「さすがはシシル様です。見事にお役目を果たしたのですね」


 女性は少し会話をし、大きく頭を下げて離れていった。礼儀正しいけどどこかよそよそしさを感じる。


「もしかしてシシルって有名人なの?」


「有名というより、救世主様の件はアギ族の命運がかかっています。ですので、わたくしがキラン様をお迎えに行く事は国中の者が知っているのです」


「そっか」


 やはり崩壊の件はアギ族にとっても一大事なのだと再認識する。私ももう少ししっかりしないとと思い直した。


「あちらに転送装置があります。あれでブレウまで一気に移動出来ます」


 シシルに案内されて転送装置まで移動する。結局町に入ってからシシルに話しかけてきたのは先ほどの女性一人で、他の人は遠目に見ているだけだった。町の様子がこれが普通なのかは結局シシルに聞けなかった。

 私達はホワスも含めて転送装置の中に入る。青い建物の中は白い壁の部屋になっていて、中央に私の身長ぐらいの台座のようなものがあった。階段を登ってその台座に乗り、シシルが台座の上にある操作装置のような物に触れる。


「ブレウへ」


 シシルがそう言って手を翳すと台座自体が青く光りだした。そうして前の転移の魔法の時と同じく視界が揺らぐ。でも、転移の魔法程身体に影響はなく、一瞬で光は消えていた。


「着きました、ここがブレウです」


「本当に一瞬で移動するんだ」


 転送装置の外に出ると私は周りの景色に面を食らった。そこは藍色の高層建築が建ち並ぶ、都会のビル街のようだったからだ。

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