5日目
部屋の中でも城内が騒がしくなったのが分かる。そして、“ドーーンッ”と地に響くような音がして部屋が揺れた。
「なんなの?何が始まったの?」
「分かりません。ですが、周囲の様子から敵が攻めて来たのかと思われます」
メメヌが立ち上がって身構えて答える。敵とは何なんだろう。デオ族の敵だからアギ族?でも、確かアギ族はここまで侵入出来ない筈じゃ。そんな事を考えていると今度は部屋のドアが開いた。
「貴様、何者だ?」
メメヌが侵入者に対して手に持った刃物を構える。見ると入ってきたのはヨヨゴと同じ位の大きさの全身白い鉱物の鎧のようなものを着た人物(?)だった。手も足も太く、武器は持っておらず、こういう形の化け物と言われればそうとも思える。メメヌの様子から知っている存在では無いようだ。こいつが攻めて来た敵なのだろうか。
「誰の許可があってここまで入ってきた?」
メメヌは武器を構えたまま問い質すが相手は何も答えない。言葉が通じていないのかもしれない。と、その白い鎧は私を見つけたようで、急に速度を上げてこちらへ走ってきた。“キィーンッ”という音がして、メメヌの武器が白い鎧に当たったのが分かる。が、白い鎧は動きを止めただけで、効いては無さそうだった。
「私が時間を稼ぎます、キラン様は今のうちに逃げて下さい」
「でも……」
敵の目的が私だとしたら、そのせいでメメヌに危険が及ぶのは嫌だった。かといって、私にはメメヌを守る力は無い。と、そこで私はあの赤石の事を思い出す。
「戦うのをやめて下さい。もし言葉が通じるならあなたの目的を教えて下さい」
私は赤石を握りしめながら白い鎧とメメヌの方へと近付いた。すると白い鎧が両腕を降ろして、戦闘姿勢を解除したのが分かる。
『キラン様、わたくしです、シシルです』
「え?シシル?」
白い鎧の中から聞こえたのはシシルの声だった。白い鎧の前面が上に上がり、中から下着姿のシシルの上半身が現れる。
「貴様、アギ族だな。キラン様を奪いに城までやって来たか」
「メメヌさん、違うの。とりあえず敵じゃないから。シシル、何が起こってるの?」
シシルを見て飛び掛かろうとしているメメヌを制止して状況を確認する。
「レレリさんと相談し、レレリさんが派手に暴れている間にわたくしがキラン様を連れ去る事になりました」
「え、なんでそんな事になってるの?レレリは普通に戻って来ればよかっただけなのに」
「わたくしもそういう案を出したのですが、レレリさんがどうしてもそれでは気が済まないとおっしゃって」
シシルの言葉で経緯が何となく分かった。が、それではデオ族を思って行動したヨヨゴがあまりにも可哀想だ。
「もしかしてこの騒ぎ原因はレレリ様なんですか?」
「うん、そうみたい。怪我人が増える前に止めないと。シシル、暴れてる場所まで案内して」
「分かりました、付いて来て下さい」
メメヌもレレリの事はよく理解しているようで、それ以上は何も言ってこなかった。シシルに案内され私とメメヌは城の正門まで走っていく。
「そういえばその恰好はなんなの?」
“ドシンッドシンッ”と音を立てながら前を走る白い鎧姿のシシルに気になっていた事を聞いてみる。
『これはホワスの緊急保護モードです。キラン様が連れ去られた後、修理が終わったホワスが戻ってきました。わたくしもこの状態でしたら赤い力が強いエグマでも数時間活動出来るのでレレリさんと相談してキラン様の保護役を買って出たのです』
シシルの言葉でシシル達アギ族がデオ族の都ではまともに活動出来ないと言っていた事を思い出す。ホワスにそんな力があるとは聞いていなかったが、それは私にも秘密にしていた事なのかもしれない。今は緊急事態なので、細かい話は後で聞こうと頭を切り替える。
「いました、あそこです」
城の外に出てシシルが指差した方を見ると、思っていたより酷い惨状が広がっていた。空にはトゲを全身に生やして完全武装した少女姿のレレリがおり、その周りに複数のデオ族の男達が飛んでいる。次々と男達がレレリに向かって行くが、男達はすぐに殴り、蹴られ、地面へ凄い勢いで落ちていく。地面や城の壁には男達が吹き飛ばされた跡が大量にあった。そこへ一人だけ巨体の全身硬質化した男が現れ、レレリと対峙した。
「ヨヨゴ様っ!」
メメヌの反応から大男が全力のヨヨゴだと分かる。一度は弱気な姿を見せたヨヨゴだが、今はとても強そうに見える。
「アギラメ城でこれ以上の狼藉は許さんぞ」
「あたしの庭で何をしようがあたしの勝手だろうに」
ヨヨゴはまだあれが本物のレレリだと分からず、レレリの方も見た感じ手加減しそうにない。本気の二人が戦い始めたらどうなってしまうのか。私は後先考えずに走り出した。
「二人ともやめて。
そうだ、ヨヨゴさん、これを見て!」
二人が飛んでいる下まで行って、私は思い出して赤石を取り出す。
「それは……」
「そう、この国の王の証。私が今はこの国の後継者って事になってるの。そして、今戦ってるのは本物のレレリよ」
ヨヨゴは降りて来て私の手の上の赤石をまじまじと見つめる。そして以前のメメヌと同じように私の前で跪いた。
「この石は本物だ。ほら、お前らも控えろ!」
頭を下げつつヨヨゴが叫ぶと、空を飛んでいる他のデオ族の男達も降りて来て、ヨヨゴの後ろに並んだ。
「なんだ、つまらん。鈍っているこいつらに灸をすえるいい機会だと思ったのにな」
「自分の部下なんでしょ?レレリも普通に帰って来ればいいだけだったのに」
レレリも降りて来て私の横に並ぶ。レレリはトゲなどをしまって、いつもの皮の服だけの恰好に戻った。
「キラン、こいつらに変な事はされなかったか?嫌な思いをさせた奴がいればあたしが処刑してやるぞ」
「大丈夫だよ、ヨヨゴさんもメメヌさんも良くしてくれたし」
本当は少しだけ危機はあったのだが、二人の為にもレレリに言うつもりは無かった。
「本当にその姿がレレリ様の真の姿なんですか?」
メメヌもこちらまでやってきて、レレリに問いかける。
「ああ、そうだ。威厳が無いだろう?だからいつもはあっちの姿を取ってたんだ」
「そんな事無いです。レレリ様はどんな姿であろうと、その強大さは感じられます」
「世辞はいらんぞ。
……まあ姿を偽っていた事は謝ろう。すまなかった」
レレリは頭を掻いて軽く謝る。
「いえ、レレリ様は王です、何をしようと問題ありません」
「あの、レレリ様……」
ヨヨゴが頭を下げたまま腹の底から絞り出したような声を出す。
「ああ、もう頭を上げていいぞ」
「レレリ様、今回の件、全て俺の責任です。俺が考え、俺が動かし、俺がレレリ様を見分けられませんでした。こいつらはただ、俺の命令で動いただけです。ですから、今回の件は俺の首だけで許して頂けないでしょうか」
ヨヨゴが更に頭を低く下げる。他の男達も同様に頭を下げた。レレリはそれを冷たい目で見つめる。私は凄く嫌な予感がした。
「待って、ヨヨゴさんはデオ族が混乱しているのを収めようとしただけだから。そもそもレレリが戻ってこなかったから混乱してたんだし」
「キラン、お前であろうと今回だけは口を挟むな。これはデオ族としての問題だ。何かが起こった場合、誰かが責任を取る必要がある」
いつもと違うレレリの真面目な口調に私は金縛りにあったように固まる。でも、それじゃいけない。そもそもの発端は私なのだから。
「これ、大事な物なんでしょ?これを受け取ったって事は、今は私がレレリのパートナーで、それだけの地位にあるんでしょ?だったら無関係じゃない」
「うっ……。それは、その、そうだが、そうじゃない。じゃあキランは正式にあたしの嫁になってくれるのか?」
「それは保留。でも、もし今回の件でヨヨゴさんを処分するつもりなら、私は絶対にレレリのお嫁さんにはならないから」
引いたら負けなのは分かっているので、私は強気に出る。
『キラン様の勝ちですよ、レレリさん。話し合いではなく、戦いを選んだのは貴方ですしね』
鎧姿のシシルが私を援護してくれる。
「……分かった、もういい。今回の件はあたしにも非があった事は認めよう。キランに免じてお前らの処分は無しだ」
「レレリ様……」
ヨヨゴの顔は涙ぐんでいる。
「良かった……」
メメヌも泣きながらヨヨゴに抱き付いた。怪我人や城の一部は破壊されたものの、ひとまず騒動は収まったようだ。
「湿っぽいのは無しだ。せっかくキランがここまで来たんだ、宴の準備をしろっ!」
「「はいっ!!」」
レレリの号令で周りに居た者達が動き出す。私とレレリと鎧姿のシシルだけがその場に取り残される形となった。
「そうだ、これ、返しておかないと。そんな大事な物だなんて知らなかった」
「いや、まだ持ってろ。別にデオ族の王の証として渡した訳でも無いしな。あたしとしては居場所が分かるぐらいのつもりだったんだ」
「でも、危ない時に光って守ってくれたよ?」
「は?そんな機能は知らんな。そうか、そういう機能もあるのか」
レレリのおかげで危機が去ったのかと思ってたら、そうでも無かったようで、私は少しだけ肩透かしを食らったみたいになる。
「そうだ、シシルは大丈夫なの?というか、アギ族がここにいていいの?」
『わたくしは激しく動かなければ大丈夫です。ですが、この場にいるのは問題ありそうですね』
「いや、問題無い。今はあたしの客人だ。それに、世界を救う為に一時的にアギ族と手を組む話もしようと思っていたからな」
後先考えていないようで、レレリなりに考えていたみたいで驚く。
「まあ、キランもシシルも少し休め。デオ族の宴って奴を見せてやるから」
レレリがとても眩しい笑顔で言ったので、二人ともとりあえずはレレリに任せる事にした。
「うわー、凄いね!」
レレリに連れて来られたのはデオ族の町の中心にある広場だった。その中心には大きな焚火が燃えていて、その周囲で料理が作られている。既に数百人はいると思われる老若男女のデオ族が集まっていた。
「レレリ様達はこちらへ」
メメヌに連れられ、上座と思われる、一段高い台座のような席へ案内される。
「シシルもその鎧はもう脱げ」
『ですが、まだ紅い星の時間ですし、ここは塔の力が大きいので無理です』
「メメヌ、あれを持ってこい」
「了解です」
レレリは何か考えがあるのか、メメヌに命じている。私はとりあえず言われた席に座って、辺りの様子を観察した。デオ族は怖そうな屈強な人達だけかと思ったけど、普通に力が無さそうだっり、痩せてたり、太ってたりする人もいて、その雰囲気も普通の人間同様だ。肌の色が濃いのはほぼ同じで、髪色や瞳は赤系だけど、よく見るとそれぞれ細かく違っていたりする。鍋や鉄板のような道具も色々使っていて、別に物を全く作らない訳では無い事も分かる。ただ、機械のようなものは無く、そういう所がアギ族と違うのだろう。
「レレリ様、持ってきました」
「シシル、これで普通に外に出られる筈だぞ」
メメヌが持ってきたのは青い大きめの座布団のような物だった。レレリはそれを私が座っている隣に置く。
「分かりました、今はレレリさんを信じます」
着ていたホワスの前面が上に上がり、中から下着姿のシシルが出てくる。いつもの白いローブのような服を着てから、青い座布団の上に移動する。
「これは……。確かに少し息苦しいですが、普段の赤い星の時よりやや楽な位です」
「まあ、本来は捕虜として捕まえたアギ族を生かす為に準備してたんだがな。今日のお前は客人だ、存分に楽しんでいってくれ」
「そうですか。出来るだけ努力はしてみます」
シシルにしてみれば周り中敵だらけで、いつ襲われてもおかしくないと思っているだろう。ただ、私はレレリは嘘をつかないと思うし、レレリに面と向かって反発する者もいないと確信していた。
「では宴を始めるぞ。今日は思う存分飲んで食べて騒げ!!」
「「おおーーーーーっ!!!!」」
レレリの号令で宴が始まった。私はシシルとレレリに挟まれるように座り、その前には次々と食べ物が持ってこられる。皿や椀に入っているのは見た事も無い食べ物だ。周りではみんな適当に地面に座り、食事を始めていた。
「どうぞ」
メメヌがコップのような物を渡して来たので受け取ると、そこに何か飲み物が注がれる。少し濁った液体で、鼻につんと来る匂いがした。
「これは?」
「酒だよ。まさか飲めないとは言わないよな?」
レレリは私のコップより一回り大きな器に並々とそれを注がれていた。
「いや、私は未成年だし、お酒はちょっと。レレリは知らないけど、シシルだって未成年でしょ?」
「酒を飲むのに制限があるのか?デオ族は十を過ぎたら皆飲み始めるぞ」
「いや、私は飲まないから。シシルだってそうだよね」
「ええと、はい、飲みません」
シシルは少し濁してから返事をする。
「アギ族は祝いの席でしか酒は飲めないと聞いたな。しかも1杯までだと。ここはアギ族とは関係ない場所だ、気にせず飲めばいいだろうに。それとも酒が弱いのか?」
「そんな事はありません。
そこまで言うのでしたら飲んでみせましょう」
シシルは私のお酒の入ったコップを受け取る。もしかしたら飲みたかったのかもしれない。
「ではキラン様にはこちらを。果実のジュースですので、お酒ではありません」
「ありがとう」
メメヌが代わりのコップを持ってきてくれる。ここは異世界なのだからお酒を飲んでも良かったかも、と少しだけ後悔する。でも、お酒を飲んだらどうなるか分からないので、飲まなくて正解だったかもしれない。
「では飲もう」
「「はい」」
レレリとシシルはお酒を飲み、私は果実のジュースを飲む。ジュースは思ったより甘くなく、スッキリしていて、飲みやすかった。レレリは豪快に一気に器を飲み干す。一方シシルも半分ぐらい飲んでいた。が、真っ白い肌がそれで一気に赤くなったのが見て取れた。
「シシル、大丈夫?」
「勿論です、キラン様。少し心地いい位です」
「シシルも意外といい飲みっぷりだな。ほれ、注いでやるからもっと飲め」
レレリはお酒の入った容器から自分の器に並々と注ぎ、続いてシシルのコップにもお酒を継ぎ足す。するとシシルはそれを先ほどより速いペースで飲み干した。
「やるじゃないか。お代わりはいくらでもあるぞ」
「ふふふっ、美味しいお酒ですね……」
シシルの目がとろんとしている。少し心配だが、お酒で死ぬ事は無いだろう。それよりも先ほどから料理のいい匂いがして気になっていた。もうどうにでもなれと、近くにある肉料理っぽい物から食べていく。スプーンのような木製の匙で掬い、口に運ぶ。
「美味しい!!」
「だろう?それはあたしも好物のキギヌの炒め物だ。そっちのダイオシの煮物も美味いぞ」
レレリが他の器も勧めてくる。キギヌやダイオシがどんな動物か気にはなるが、聞くと食欲が失せそうなので気にせず食べる事にした。そうして3人で酒と料理を楽しみつつ、主にレレリに話を聞く。
「ヨヨゴは今でこそあんな偉そうだが、子供の頃は泣き虫でな、いじめられてるところをメメヌに守って貰ってたんだ」
「そうなんだ」
レレリが笑いながら話す。メメヌは心配しているだろうが、レレリにとってのヨヨゴはどうあっても恋愛の対象にはならないのだろう。ちょうどそんなタイミングでメメヌが料理を持ってきたので、私は耳打ちする。
「ね、レレリはこんなだったでしょ。だから、メメヌさんも自信を持ってヨヨゴさんに想いを伝えなよ」
「それが、そうでも無いんです。ヨヨゴ様は今のレレリ様を見て、あんな小さな身体であれだけ強いのはギャップがあり、誰にも真似出来るものではないと他の人に自慢気に語り始めて」
メメヌは苦い顔をして去っていく。やはりヨヨゴにとってレレリはある種の信仰の対象なのだろう。でも、このままではメメヌがあまりに可哀想だ。
「ねえ、レレリ」
「何だ?」
「ヨヨゴさんがレレリの事を好きなのは分かってるんでしょ?だったら気を持たせずに振ってあげたらどう?」
「なんであたしが告白もされてないのにわざわざ振らなければならんのだ。
あれは憧れみたいなものだ。ヨヨゴもメメヌもまだまだ若い。以前あたしに告白してきた者もいたが、そういう時はきちんと断ったさ。だがな、みんな成長すれば自ずとちょうどいい相手を見つけるんだよ。だからわざわざあたしが何かする必要なんてないんだ」
レレリの表情がいつもよりも大人びて、少し寂し気に見えた。
「っと、そんな話は忘れろ。今は宴を楽しもう。ほら、踊りも始ったぞ。いくぞ、キラン」
レレリは立ち上がると無理矢理私の手を引っ張っていく。酒宴をしていたと思った周囲もいつの間にか笛や太鼓などの楽器が用意され、中央の焚火の周りには歌いながら踊っている人が増え始めていた。音楽に合わせて歌われる歌は言葉の意味は分からないが、とにかく陽気だった。
「でも私は踊ったり出来ないよ」
「あたしが教えてやる。まあ、見よう見まねで身を任せればいい」
踊りの輪の中に飛び込んだレレリは舞うように踊る。それは踊っている人の中で特に目立っていた。そしてレレリも歌い出す。レレリの歌声は美しく、踊りも華麗で周りの人を魅了した。いつの間にかレレリを中心に周りが合わせて踊るような形になっている。
「ほら、キランもこっちへ来い」
「え、でも」
レレリに強引に引っ張られて踊りの輪の中に入ってしまう。ただ、太鼓のリズムが身体に響き、踊りだしたくなってきていた。お酒は飲んでいないのに、なんか身体がふわふわする。私はレレリに引っ張られ、見よう見まねで踊り、歌った。音楽に合わせて身体を動かす事が気持ちいい。レレリがサポートしてくれるので、私はとても幸せな時間を過ごしていた。
と、ふと踊りの輪の外を見ると、こちらを一人でポツンと眺めているシシルが目に入る。その表情は寂しそうだった。
「レレリ、ちょっと抜けるね」
私は踊りの輪から抜け出し、シシルの方へと走っていく。
「ねえ、シシルは踊らないの?」
「わたくしは見ているだけで楽しいです。キラン様は皆さんと楽しんできて下さい」
シシルにやんわりと断られてしまった。
「アギ族には歌も踊りも無いんだよ。だから誘っても無駄だぞ」
背後から追ってきたレレリが理由を説明してくれる。
「本当?シシルは踊った事無いの?」
そういう自分も子供の頃とか学校の行事とかでないと踊らないな、と思い返す。
「正確には歌や踊りはアギ族にもあります。ただ、それは個人の趣味や特技で、劇場で披露されるのを見る位で、わたくしは踊った事はございません」
「でも興味あるんでしょ?私も最初はどうかと思ったけど、凄く楽しいよ。ねえ、シシルも一緒に踊ろうよ」
「他の奴らの事なら心配いらん。宴の時は喧嘩もご法度、嫌ったり絡んで来たりもせんよ。
もう、めんどくさい奴だな。キラン、手を貸せ」
レレリがシシルの左手を引っ張り立ち上がらせる。私もレレリの意図を汲んで右手を引っ張る。二人で両手を引っ張り再び踊りの輪の中に入った。
「大丈夫だから、力を抜いて」
私はさっき覚えた簡単な踊りをシシルに教える。レレリも嬉しそうにそれを見守ってくれた。
「こう、ですか?」
最初はぎこちなかったシシルもやがて音楽に合わせて身体を動かし始める。元々運動神経はそれなりみたいで、飲み込みも早かった。私達は3人で踊り、歌い、笑った。心の底から笑ったのはこの世界に来て初めてだろう。周りのデオ族の人達も変な目で私達を見る事も無く、受け入れてくれていると感じる。私が最初に感じたデオ族の印象とはまるで違っていた。
さすがに踊り疲れて私とシシルは元の席に戻って来て水分補給する。レレリの体力はまだまだありそうで色んな人と踊っていた。
「キラン様、ありがとうございます」
「え?何が?」
「キラン様が居なければわたくしはこんな体験をする事は無かったと思ったからです。デオ族の食事やお酒は美味しく、歌も踊りもこんなものは初めて体験しました。素直に感動しています」
シシルの目はキラキラと輝いている。今までのシシルの笑顔はどこか作り物みたいな気はしていた。そして今見るシシルの笑顔が彼女の本当の笑顔なんだろう。
「ううん、私は何もしてないよ。私を助けに来てくれたのはシシルとレレリだし、シシルの事を楽しませてるのはレレリ達デオ族の人達だよ。
でも、それならアギ族の人達もデオ族を受け容れられるのかな?」
「それは違います」
シシルの顔が一気にいつもの冷静な顔に戻った。私はしまったと思う。
「そんな簡単なものでは無いのです。
私一人でしたらデオ族と手を組む事も可能でしょう。ですが、アギ族全体としては決して越えられない壁があるのです。もしそれを無くしてしまったら、アギ族は堕落し、崩壊していくでしょう」
私にはシシルの気持ちが分からなかった。戦争や過去の恨みとかが分からないからかもしれない。それは私が今までどれだけ平和で幸せに暮らして来たかという証なのだろう。
「でも、それで世界が滅んだら本末転倒じゃない?」
「はい。だからわたくしも知りたいのです。本当に世界を救う為に出来る事があるのかを」
ちょうどそんな話をしていると、音楽が終わり、レレリが一段高い台の上に立っていた。
「改めて言おう。あたしはレレリ・トラト、これが本来のあたしの姿だ。今まで姿を偽っていた事は謝る。すまなかった。それで、今後の事を話しておきたい。あたしはそこにいる救世主、キランとアギ族の聖女、シシルと共に記憶の賢者と会合をしてきた。そこで、世界の崩壊を止める為にはデオ族とアギ族が手を組む必要があると聞いた。
まだ、その情報が正しいかは分からない。だが、賢者の言葉は信用に値する。そこで、世界の崩壊が止まるまでは我々デオ族はアギ族には手を出さない事に決めた。これは王としての命令だ。背くものは反逆罪とする。異論がある者はあたしの所へ来い。いつでも相手をしてやる」
レレリは高らかに宣言した。誰もがその言葉を真剣に聞き、その場で異論を言う者ははいなかった。実際に聞いた話と多少違いはあるが、これ位断言した方がいいのは私にも分かる。レレリの言葉に大きく頷いているヨヨゴを見て、デオ族に関してはしばらくは問題無さそうだと思った。
宴も片付けに入り、レレリもこちらへ戻ってくる。
「レレリも色々ありがとうね」
「いや、こちらこそ礼を言わせてくれ。キラン、デオ族の事を気に掛けてくれてありがとう。
あと、シシルにも一応礼を言っておく。ありがとう」
レレリはシシルの顔を見ずに礼を言う。どうしても素直には言えないようだ。
「いえ、わたくしも美味しい食事と楽しい踊りをありがとうございました。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいきません。賢者の所へ向かいましょう」
「まあ、場所は分かったし、移動は魔法で一瞬で済む。せっかく我が家に戻ってきたのだ、少しだけ休んでからにしようじゃないか」
レレリはそう言うと私とシシルを城へと案内した。
「凄い!広いし、綺麗……」
レレリに案内された部屋はメメヌに案内された部屋より広く、豪勢だった。全体的に赤い色の布や調度品で飾られているのだけれど、下品ではなく、私から見てもセンスがあると思えた。
「ここはあたしのプライベートルームの一つだ。誰も入ってこないから好きに使ってくれ」
「いいの?ありがとう」
「では、わたくしは隣の部屋で休ませて頂きます。何かありましたらお呼び下さい」
酔いが残っているのと赤い力が強い土地なのでシシルは少し弱弱しく去っていく。
「もう少しだけ起きててくれ。後でいい物を持ってくる」
レレリもそう言って部屋を出ていく。絨毯やカーテンなど、こちらの世界の海外の王族が使ってそうな物が並んでいて、土足で歩く事を躊躇してしまう。製造をあまりしないデオ族の中でこれだけの物を揃えているのは、やはりレレリが王様という事の証なのだろう。
セダの民は確かに可哀想だったが、あまり同じ人間として見ていなかった。でも、デオ族の土地に来て、レレリとシシル以外の人達が生きているのを実感した。やがてこの世界が無くなるというのはやはり悲惨な事なのだ。赤の他人である自分でも、それは無視出来ない。自分が元の世界に戻りたい事には変わらないけど、もう少し真剣にこの世界の事を考えてもいいと思い始めていた。
“コンッコンッ”
「入るぞ」
ノックと同時にレレリが入ってきた。私は部屋の中央にあるベッドのふちに腰かけたまま考えていたので即座に反応出来なかった。
「メメヌの奴が結構気にしていてな。あたしの方からも謝らせてくれ。危険な目に合わせてすまなかった。あいつは真面目で思い詰めるところがあるだけで悪い奴じゃないんだ」
「うん、分かってる。無傷だったし、もう気にしてないよ。あそこまで恋に本気になれるのは素敵だと思うぐらい」
「そうか、ならよかった。で、その詫びと、あたしの方からも色々と迷惑をかけたので、これを持ってきた」
レレリが持ってきたのは薄紫色のドレスだった。他にも靴や下着や髪飾りなど一式ある。
「まあ、あたしのおさがりというか、見た目が気に入って買ったが、大きい姿でも小さい姿でもサイズが合わなくてな。ちょうどキランに合いそうだったからやろうかと」
「いいの?」
私は立ち上がってドレスを見に行く。上下一体になっていて、丈は長くスリットがあり、胸も露出が大きく、私が着ると少し胸の部分が余りそうだ。
「気に入らなければ捨ててもいい。だが、気に入ったなら着てるところが見てみたいかな」
「ありがとう。喜んで着るよ」
「なら良かった。あたしも着替えてくるから、その間に着てみてくれ」
レレリが出て行ったのを確認して私も着替える。シシルに服を作って貰えるとこの間言われたがまだ作って貰えず、ずっと同じ下着だったので、下着が変えられるのはありがたい。下着のサイズはなぜかほぼぴったりだったけど、深くは考えないようにしよう。ドレスは長さは合ったけど、胸はやっぱり少しぶかぶかだった。腰もきつく、もう少し痩せた方がいいと言われてるみたいだ。鏡台の前に移動し、そこにあった櫛で髪をとかしつつ、髪飾りを付けてみる。自分で言うのもなんだけど、着飾ればそれなりに可愛いな、と思ってしまう。あとはドレスに合う装飾がある靴を履き、姿見の前で回ってみる。部屋の雰囲気もあって、本当にお姫様になった気分だった。
丁度そのタイミングで“トンットンッ”とドアが叩かれる。
「もう着替えたか?」
「うん、どうぞ」
そうして入ってきたレレリもドレスを着ていた。淡い桃色をしたドレスで、薄く透き通っており、レレリの褐色の肌と赤い髪によく似合っていた。身体の凹凸は少ないが、その少女体型がドレスを綺麗なシルエットにしていた。髪も煌びやかなティアラをしていて、いつものぼさっとした髪もとかしてまとめてあり、貴族の令嬢みたいだった。いつものワイルドな服を見慣れていたので、急に大人しい雰囲気になっていて、戸惑ってしまう。
「おお、似合ってるじゃないか。うん、あたしが睨んだ通り、こういう方向の服が合うな」
「そうかな?レレリもいつもと違って綺麗だよ」
「本当か?そうか、清楚な雰囲気の方が好みか」
レレリがとても嬉しそうな顔をする。別に好みとかじゃないけど、レレリが喜んでいるので、余計な事は言わない事にする。
「でもレレリは王様だけあってお金があるんだね」
「いや、前の王が貯め込んでただけだ。あたし自身はそんなに物に固執しないしな。贅沢と言っても部屋のインテリアとか服とかをたまに買ってくる位だ。そうしないと職人も食っていけないしな」
「そうなんだ。デオ族の人はあんまり物を使わないの?」
「物より自分の肉体を信じてるからなあ。変わり者もいない事はないが、みんな必要最低限の物しか使わないな」
私は物に溢れた生活をしていたので、少しだけ羨ましいとも思った。でも、スマホの無い生活はやっぱり不便だとも感じている。
「寝る前に少しだけ話さないか?」
「別にいいけど」
レレリに引っ張られて部屋にあるソファーに並んで座る。思ったよりふっくらしていて座り心地がいい。花の匂いみたいな香りがして、それがレレリが付けている香水なのだと分かった。優しい香りで、いいな、と思う。
「正直に話そう。始めは半分冗談で好きだと言っていた。いや、見た目が好みだったのは本当だぞ。でも、あたしは今の王としての生活に嫌気がさしていた。だから、それを壊したいと思っていた。あたしはキランをその為の道具にしようとしたんだ」
レレリは真面目な顔で語った。あの告白は嬉しかったが、騙す為だとも思っていた。だから、レレリの言葉はそれ程私を傷付けなかった。
「でも、今は違う。キランは言ったよな。その人をよく知って、それから好きになるって。あたしはキランが自分勝手で、何も出来ない奴だと思っていた。だが、違った。戦いを収める為に名乗り出て、自ら危険に飛び込んだ。あたしにだって怖がらずに忠告した。そんな姿を見て、本当にキランの事が好きになった」
レレリが私をじっと見つめる。私はどうしていいか分からない。その言葉は今度こそ本当だろう。簡単に拒絶していいものではない。私はレレリの事をどう思っているんだろう。
「キスしたい……」
レレリが私をソファーの上に押し倒す。レレリが私に覆いかぶさる。香水の匂いが強くなる。レレリの顔は整っていて、可愛い。このままレレリに身を任せれば、とても心地いいだろう。二人の顔が近付く。私は目を瞑った……。
『木崎さん』
脳裏に先輩の声が浮かんだ。胸が痛くなる。駄目だ。まだ駄目なんだ。
「ダメッ!」
私は目を開け、レレリを押しのける。レレリの力は思ったより弱く、簡単に引き離せた。
「ご、ごめん。無理矢理するつもりは無かったんだ……」
レレリの声が消え入りそうになる。
「ち、違うの。私こそちゃんと断らなかったのがいけなかった」
「疲れただろ。休んだら賢者の所へ行こう。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい……」
レレリは私の顔を見ず、足早に部屋を出て行った。傷付けてしまった。私がキスしていいと思ってしまったから。最低だ。私はモヤモヤした気分を忘れようと急いで置いてあった寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。眠れないかとも思ったが、疲れは私を眠りに導いてくれた。