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4日目

 記憶の賢者の住処を出て、湖に向かって3人でホワスに乗って空を移動している時だった。ちょうど青い星が沈み、赤い星が昇る前の虚無の時がやって来た。


「え?嘘、落ちてない?」


 暗闇の中、急な落下を感じ私は叫ぶ。


「すみません、ホワスの機能が停止しました。原因不明です。しっかり捕まっていて下さい」


「そんな!あの高さから落ちたら死んじゃうよ」


 私は言いながら必死にホワスの左右の手すりに掴まる。


「これだから機械は。二人とも手を放せ」


「えっ?でも」


「いいから!」


 レレリが語気を強くしたので私は言う通りに手を放す。すると急に不安定になり、身体が浮き上がる感覚になった。ああ、このまま地面に落下して死ぬのだと思った。

 と、急に脇腹に手が差し込まれる。ギュッと誰かに抱き寄せられた。そうして、抱き寄せる手に力が入り、私は腹を抱きかかえられている姿勢になった。空に赤い星が昇ってくる。見ると翼を生やしたレレリが私を左手で抱きかかえていた。シシルはと言うと、レレリが右手で服の一部を掴み、辛うじてぶら下がっている状態だ。レレリはゆっくりと地面へと降下していく。下には落下して一部が砕けたホワスが転がっていた。あのまま乗っていたらただでは済まなかっただろう。


「ホワスが……」


 地面に降りたシシルは壊れたホワスに駆け寄っていく。


「それより自分の身が無事だった事を喜べ」


「レレリ、ありがとね。でも、なんでいきなり落ちたの?」


「分かりません。しかし、虚無の時は原因不明の現象が発生する事があります」


「結局最後に信じられるのは己の力だけだよ」


 レレリが居なければ私もシシルも大変な事になっていたので、確かにそうだと思った。


「どう?直りそう?」


「破損が酷いので半日ほど修復にかかると思います」


「時間が勿体ないな。キランだけならあたしが抱えて湖まで飛んでいける。こいつは置いてって先に行こう」


「レレリ!」


「分かったよ。でも、半日ここで待つのか?」


「ここから湖まででしたら1時間ほどですし、歩いて行けない距離では無いです。ホワスは自己修復モードにして先に進みましょう」


「うん、じゃあそうしよう」


 私自身もあまり時間を無駄にしたくなかったので、レレリとシシルの案で進む事にした。周囲は森があった場所とは異なり、砂漠とでもいえばいいだろうか。赤い砂が広がっており、所々にある赤い岩山が定期的に崩れていく。ピンク色の岩のようなものが転がっていて、それは岩なのかと思うと下から虫の足のようなものが出てきて移動したりした。お守りのおかげなのかレレリやシシルがいるからかなのかは分からないが、とりあえず化け物には襲われずにしばらく進む事が出来た。


「何かピクニックみたいだね」


「随分と楽しそうだな」


 状況は悪化してるけど周囲に危険が無く、思ったより歩きやすい場所だったので私は浮かれていた。レレリの事もシシルの事も大分分かってきて、二人の好意に嘘が無いと分かった事も大きい。気温もやや汗ばむ位に暑いけど、部活の練習に比べれば楽だった。


「キラン様が楽しいのでしたらわたくしも嬉しいです」


 そう言うシシルはやや苦しそうなことに気付く。今は赤い星の時間でシシル達アギ族は本来休んでいるのだろう。


「無理させちゃってるよね。ごめんね、シシル」


「いえ、この程度全然大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ございません」


「だからアギ族はもっと身体を鍛えろというんだ。デオ族なら青い星の時間だろうと普段の8割の力は出せるぞ」


 レレリの言う事が本当かは分からないが、そういえばレレリはいつでも元気そうだなと思った。私自身は運動神経はそこそこだけど、身体を動かす事自体は嫌いじゃ無かった。ただし練習や筋トレは嫌いだけど。


「機械で代替出来る事に時間を割くのは勿体ないです。アギ族は本来このような行動はしませんから」


「でも実際に今起こってるだろ。聖女とか言ってもそこまで考えられてないんだな」


「二人ともそれ位で。元はと言えば私のお願いでこんな事になったんだし、誰にも非は無いよ」


「キランは甘いな。でも、そういう所も好きなんだけどな」


「え?」


 突然そんな事を言われても恥ずかしくなる。


「そうです、キラン様は素晴らしい方です。ですが、わたくしの方がキラン様を愛しております」


「それは救世主としてだろう。あたしは一人の女として好きだって言ってる」


「それは……。いえ、わたくしも一人の人間としても愛しております」


「ちょっと、恥ずかしいからそこまで!」


 何か変な流れになってきたので私は二人を必死に止める。人前で好意を示されるのはこんなに恥ずかしいのだと初めて気付いた。


「そうだな、そんな事言ってる場合じゃないな」


「キラン様はそこの岩陰に隠れていて下さい」


「え?何?」


 二人が急に私の前に出る。見ると向こうから砂ぼこりを上げて猛スピードで向かってくるものがあった。


「凶獣サマムか。しかも数体いるな。少し厄介だ。しょうがない。

あたしが動きを止めるからシシル、お前が頭を撃ち抜け」


「そうですね、キラン様を守る為ならしょうがありません。レレリさん、貴方の言う通りにします」


 よほどの強敵なのだろう、二人は嫌がりながらも協力して倒そうとするみたいだ。


「二人とも気を付けてね」


 何も出来ない自分がもどかしいが、足を引っ張ったり、自分のせいで怪我をされても困る。私は大人しく岩陰から二人を見守った。


「行くぞ」


 レレリが翼を生やし、宙に浮かんだ。砂ぼこりは大分近付いて来ていて、私にも3匹の巨大な茶色い芋虫がこっちに向かって来ているのが分かる。ぶよぶよとしていて気持ち悪い。


「はああああっ!!」


 レレリは声を上げて一旦急上昇すると、先頭の芋虫もどきに横から思いっきりぶつかった。レレリの何十倍も大きい芋虫もどきが衝撃によって横に転がる。


「はっ!」


 転がった芋虫もどきの頭に向かってシシルは構えていた武器から青い光線を放った。光線は芋虫もどきの額にある人間の口みたいな部分に当たり、貫く。そこからオレンジ色の体液が噴き出し、芋虫もどきは痛いのかゴロゴロと左右にのたうち回った。そうしてしばらくして動かなくなる。


「次っ!」


 レレリは再び上昇して迫ってきていた2匹目の芋虫もどきに同じように体当たりする。続いてシシルが武器を撃ち、2匹目もしばらくもがいてから動かなくなった。問題は3匹目だった。


「何あれ、大きい……」


 遠近感が無くて同じ位の大きさかと思っていた3匹目の芋虫もどきは前の2匹と比べて一回り大きかった。高さだけでもレレリの身長の10倍はあるんじゃないだろうか。レレリは前の2匹と同じように体当たりをしたが、その巨体は転がらず、逆にレレリが跳ね返されていた。私は見ていて心配になる。


「しょうがない、少し力を使うか」


 レレリは宙に留まると、ギュッと両手を握る。レレリの身体は赤く光りだし、角が伸び、羽根も大きくなり、手や足に獣のような爪が生えてくる。黒い肌の一部も鉱物のように赤く硬質化し、全身にトゲが生えたような姿になる。


「1撃で決めろよ」


「やってみせます」


 レレリはシシルとコンタクトを取ってから巨大な芋虫もどきに突っ込んだ。レレリのスピードは先ほどより速くなり、左右から芋虫もどきに体当たりし、分厚い皮膚を切り刻み、左右に揺さぶった。そして一旦距離を置いて右側から思いっきりぶつかる。芋虫もどきはよろけ、ようやく前進が止まる。


「今だっ!!」


「はいっ!」


 動きが止まった芋虫もどきの頭にシシルが青い光線を放つ。それは額の口に当たり、そこを貫いたように見えた。が、その傷跡はすぐに再生を始め、芋虫もどきが態勢を立て直す。


「そんな……。すみません、これで弾切れです」


「くそっ!シシルはキランを連れて下がれ!!」


 レレリに言われてシシルは反転し、私の方へ来る。


「キラン様、今のうちにっ!」


「でもレレリが」


「大丈夫です、ここは彼女に任せましょう」


 シシルに手を引かれ私は走り始める。背後ではレレリが芋虫もどきと戦っている音が聞こえた。私もシシルもとにかく必死に逃げた。ここはレレリを信じるしかない。


「ここまで来れば大丈夫です」


 大きな岩山の陰まで移動出来たのでシシルの足が止まる。私も息を切らせながらゆっくりと止まった。レレリは無事だろうか。私は振り返ってみる。すると、まさに芋虫もどきが倒される瞬間だった。レレリは右手を大きな刃の形にして、それで芋虫もどきの頭を上から切り裂いていた。オレンジ色の体液が辺り一面に散らばる。レレリもそれを真正面から浴びていた。


「シシル、行こう!」


「キラン様、もう少し様子を見た方が」


 私はシシルの制止を振り払ってレレリの方へ走り出す。レレリが無事かどうか心配になったからだ。記憶の賢者が言った通り、私は戦いは全部任せっきりで、それに対して何も出来ていない。だったら、せめて労いの言葉ぐらいかけてあげたかった。


「うう、気持ち悪い……」


 そこには全身オレンジ色のレレリの姿があった。よく見ると脇腹や腕に傷跡が見える。


「レレリ、怪我してる。大丈夫?」


「これ位しばらくすれば治る。それよりこれを何とかしたい。臭いしベタベタするし、早く湖に行くぞ」


 とりあえず思ったより元気そうで安心した。本当は抱き締めてあげたい位だけど、さすがに近寄り難い臭いを発していた。


「あの、レレリさん。今回の事はありがとうございました。わたくしにもっと力があればキラン様に危険は及びませんでした……」


「別にいいさ。今は紅い星の時間だしな。こっちこそキランを守ってくれた事については感謝してるぞ、シシル」


 二人が少しだけ打ち解けたような気がして、私は見ていて嬉しくなってしまった。


「じゃあ湖まで急ごう」


「はい!」


「ああ」


 私達は芋虫もどきの残骸を残して湖へ向かって歩き出した。



「凄い!!」


 私は目の前に広がるピンク色の大きな湖に驚かされた。湖は思っていたより大きく、辛うじて対岸が見えるぐらいだった。赤い星に照らされ、ピンク色に光る水面は美しく、優雅だった。湖の周りは岩が多く、草木は少なめで湖岸は砂浜みたいになっている。


「ようやく汚れが落とせるな」


 レレリは瞬時に服を消滅させ(どうやったかは分からないが)全裸で湖へと走っていく。私もシシルもとりあえず水辺まで移動した。レレリは全身の汚れが落とせたようでスッキリしたようだ。濡れた髪がストレートになって少しだけ艶やかだった。


「どうした、入らないのか?」


「さすがに全裸になるのは」


 レレリは全然気にしていないようだが、周りに人影が無いとはいえ、一緒に裸で水浴びするのは恥ずかしい。でも、3日間風呂にも入っていないので、正直身体を洗いたかった。


「でしたらキラン様に合わせた水着を用意いたしますよ」


「え、そんな事出来るの」


「はい。少々お待ち下さい」


 そう言うとシシルは腰に付けていた小物入れみたいなところからケーブルを伸ばし、私の方へそれをかざす。そうしてシシルが小物入れを開くとそこから水色のビキニタイプの水着が出てきたのだった。水着の生地はこちらの合成繊維に近い気がする。


「下着も衣服も希望がありましたら数着までなら作成出来ますので言って下さい」


「ありがとう、シシル。シシルは入らないの?」


「わたしくしですか?いえ、大丈夫です。ここから危険が無いか見張っています」


「周囲に化け物の気配は無いから安心していいぞ」


「ほら、レレリもああ言ってるし、一緒に入ろうよ」


「ですが……」


 私は嫌がるシシルを岩陰に連れてって、水着を着させたのだった。


「気持ちいい……」


 久しぶりに入る水は温度も冷た過ぎず、砂漠が暑かったのでちょうどいい感じだった。レレリは泳いではしゃいでいて、紺色の水着を着たシシルはようやくおずおずと水に入ってきた。


「シシルもお風呂に入る習慣はあるんでしょ?」


「勿論です。都に居た時は毎日身を清め、清潔にしておりました」


「だったら何でそんなに入るの嫌がったの?」


「それは……。あっ!」


 話していたシシルが急に水に沈む。その後手足をバタバタさせて溺れそうになっていた。


「あ、足が、助けて……」


「大丈夫、全然足が付く深さだよ」


 溺れそうなシシルを抱き締め、何とか落ち着かせる。


「こいつ泳げないんだよ。色々ポンコツだな」


「す、少し泳ぐのが苦手なだけです!あ、キラン様すみません」


 シシルは必死に私に抱き付いていたので、気付いてすぐに離れる。シシルの身体は柔らかくて別に嫌じゃなかった。びしょ濡れになったシシルは近くで見ると色っぽく、水着の胸もはち切れそうだ。比べて私はレレリに比べれば十分大きいけど、胸は平凡で、腰は少しだらしなくて恥ずかしい。レレリは相変わらず全裸で泳いだりはしゃいだりしている。楽しそうにしている姿は本当に美少女で、成長途上な身体も芸術作品のように思えた。


「レレリは運動は大体得意そうだよね。何か苦手なものはあるの?」


「……虫が苦手だ。だからさっきのサマムも本当は触りたく無かったよ」


 サマムというのが芋虫もどきの名前なんだろう。確かに私も虫は苦手で触りたくない気持ちは一緒だった。


「サマムは別としても、毒の無い虫でしたら可愛いものですよ」


「シシルは大丈夫なんだ。デオ族はさっきのサマムとかも喜んで食べるのかと思った」


「それはやめてくれ。確かにデオ族の一部に虫を食べる部族もいるが、あたしは勘弁して欲しい」


「動物も虫もそれほど変わらないと思いますよ。どちらも食べるものでは無いですが」


 同じ生き物なのはそうだけど、私も虫と動物は違うカテゴリーなんじゃないかと思っていた。


「少し腹が空いて来たな。魚を捕ってきてやるから待ってろ」


「ではわたくしも食べられる植物を集めてきます」


 言われて私も急にお腹が空いてきた。ここでも私は自給自足出来ないので結局二人に頼るしかなかった。



「ねえ、シシルも魚を食べてみれば?本当に美味しいよ」


 レレリとシシルが食材を探してきて簡単に料理し、食事が始まった。が、生憎食べられる植物が少なく、シシルの方は果物が数個だけになってしまった。携帯食もホワスに積んであるので今は無く、それじゃかわいそうだったので私はレレリの捕ってきた焼き魚を勧めてみた。


「いえ、動物を食べるのはどうしても……」


「もう死んでるんだ、どっちみちあたしかキランの腹に収まるんだから気にせず食えばいいのに」


「食べたら罰せられるの?」


「別にそういう訳ではありません。どうしてもという非常時に動物を食べる事は赦されております。ですが、そういう習慣がありませんので急には……」


 “キュウウッ”っとそこでシシルのお腹が鳴った。空腹なのは間違いないようだ。


「栄養を付けとかないと、いざという時にキランを守れんぞ」


 そうしてレレリからも魚を勧められる。シシルは魚を刺した枝を受け取り、それをまじまじと見つめた。


「大丈夫だよ、骨も少なくて美味しいから」


「分かりました、いただきます」


 シシルは覚悟を決め、魚の腹に口を付けた。小さく噛みちぎって咀嚼する。私とレレリはシシルの反応を待つ。


「……美味しい、です」


「だろ、新鮮で焼き立てだからな」


「よかった」


 無理強いしてしまったかと思ったが、その後むしゃむしゃと食べるシシルを見て私はホッとした。10匹程あった魚も空腹の3人で一気に無くなり、私達は水着姿のまま湖の横の岩の上でくつろいでいた。まあレレリは水着ではなくいつもの服だけど似たようなものだ。


「そうだ、賢者を探さないとね」


「魚を捕る時に周りを見たが、ここら辺にそれらしいものは無かったな。まあ湖は広いし、前みたいにカモフラージュしてあるなら近くに行かないと分からんな」


「少し休んだら出発しましょう」


 私はそれ程でも無いけどレレリもシシルも戦いでまだ疲れている筈だ。なるべく二人のペースに合わせたいなと思った。



「二人とも起きろ、敵襲だ!」


 レレリの声で目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたようだ。空にはもう青い星が昇っていて、数時間が経っているのは確かだ。


「変獣ですか?凶獣ですか?」


「いや、これは人の気配だ。デオ族かアギ族か」


 すぐに着替えるのは無理なのでとりあえず服の入ったカバンを抱え、私はレレリとシシルの背後に移動する。


「誰だ、囲んでいるのは分かっている、出て来い!」


 レレリの言葉に周りの岩陰から十人以上の人が出てきた。背が高く、武器を持って厳つい鎧を着た屈強な男達で、その頭の角と尻尾からデオ族だという事が私にも分かった。髪は赤毛が多く、皆レレリのように褐色の肌をしている。


「なんだ、お前らか。こんな所で何をしている」


「お前こそ何をしている。そいつが救世主だな、大人しく引き渡せ」


 先頭に居た男がレレリに対して強気な姿勢に出る。レレリは王様では無かったのだろうか。


「誰に向かって口を利いている雑魚風情が!」


 言うが早く、レレリは跳躍し、先頭の男が蹴りで吹っ飛ばした。


「こいつ強いぞ!ヨヨゴ様を呼んで来い」


 デオ族の男達は騒然とし、1人の男が後ろへ駆けていく。私とシシルはとりあえず立ち尽くし、レレリは視線で男達を威圧していた。


「何が起こっている。ん?誰だ、この小娘は」


 すると他の男達より一回り大きい、3メートルはあるかと思われる大男がやって来た。上半身裸で身に付けているのは皮のパンツだけ、全身の筋肉は凄まじく、武器は持っていなかった。額から左右に伸びる角も長く立派でその形相は鬼のように恐ろしい。


「おお、ヨヨゴか。なんだ、この騒ぎは」


「お前のようなチビに名前で呼ばれる覚えは無いぞ」


 レレリは知っているようだが、相手はレレリを知らないようだ。


「は?このレレリの顔を忘れたと?」


「はっはっはっ!面白い冗談だ。レレリ様が貴様のようなちんちくりんな筈が無かろう。レレリ様はもっと偉大で気高く、お美しいのだ」


 そのヨヨゴという男の言葉で私も原因に気付いた。


「レレリ、その恰好じゃ分からないんじゃない?」


「おお、そうだったな。すまん、今いつもの姿に戻ろう」


「馬鹿め、今更変身しようが偽物である事はお見通しだ。貴様、レレリ様の名を騙って何をしようとしている!」


 何か話がややこしい方向に転がってる気がする。


「分からん奴だな。だったら力で分からせてやるわ!」


 レレリは猛スピードでヨヨゴに突っ込んだ。その拳がヨヨゴの腹に届いたと思った。が、ヨヨゴは意外に素早く、手の平でレレリの拳を受け止めていた。


「確かにそれなりに実力はあるようだが、レレリ様の拳はもっと鋭いぞ!」


 男は握った拳を振り回してレレリを吹き飛ばした。


「キラン様、レレリさんは凶獣との戦いで使った力が回復していないようです」


 シシルが小声で伝えてくる。レレリは何とか態勢を立て直したが、このまま戦えばどうなるか分からない。しかも周りの男達もいつの間にか私とシシルを取り囲んでいた。


「馬鹿にしおって。魔王に手を挙げる事の恐ろしさ、その身をもって思い知れ」


 レレリが再び赤い光に包まれる。このままではマズイと私は本能で感じた。勘違いの戦いでレレリは仲間と戦おうとしている。どちらが傷付いてもレレリ自身は後悔する事になるだろう。


「みんなやめて!」


 私は一歩踏み出して叫んだ。


「キラン、何を言う」


「レレリも落ち着いて。ねえ、ヨヨゴさん、ですよね。あなたの目的は私で合ってますか?」


「ああ、俺はヨヨゴだ、救世主殿。確かにここに来たのは救世主殿を連れ帰る為だ」


 ヨヨゴという男も話は通じるようだ。


「だったら戦いをやめて下さい。私はあなたに従います。その代わり他の二人には手を出さない事を誓って下さい」


「キラン!」


「キラン様!」


「レレリもシシルも大丈夫だから。お願い、私の言う通りにして」


 誰も傷付かずに場を治めるにはこうするしかないと思った。同種族であるレレリはいいとしても、シシルはどうやっても無事で済まない可能性があるからだ。


「まあ、俺の仕事は救世主殿を連れ帰る事、その為ならそれ位問題無いだろう」


「ヨヨゴ様、ですが先ほどの戦いでこちらにも被害が」


「うるさい、弱いから負けたんだろ。こんな小娘に負けた事を反省しろっ!

約束は俺の名に懸けて守ってやる。だから大人しく付いてこい」


「分かりました」


 私はヨヨゴの方に歩き出す。


「キラン様」


「大丈夫、信じてるから」


 私は小声で言ってシシルに笑顔を向ける。


「待ってるよ」


「石は肌身離さず持ってろ」


 レレリとすれ違いざまに小声で声を掛け合った。うん、きっと大丈夫だ。


「野郎ども、城に戻るぞ!」


「おおーっ!!」


 私がヨヨゴの元まで行くと、ヨヨゴは男達を連れ立って歩き出した。とりあえず場は治まったみたいだ。レレリもシシルも大人しく何もしてこなかった。

 しばらく進むとヨヨゴが立ち止まる。


「手を握れ」


「え?」


「いいから早くしろ」


 私はヨヨゴに脅されて恐る恐る自分の倍以上ある大きな手を握る。ヨヨゴは予想より優しく手を握り返した。


「離すなよ」


 ヨヨゴが言った瞬間、身体が浮く感覚が訪れる。周りの景色が溶け出し、頭がクラクラした。私は言われた通り必死にヨヨゴの手を握る。いつの間にか目を瞑っていた。


「着いたぞ」


「え?」


 ヨヨゴに言われて目を開くと、そこは全く別の世界だった。さっきまで青い光に照らされた湖と岩だらけの場所だったのに、今は赤い世界にいる。瞬間移動をしたのだろうか。空は青い星が昇っているが、周囲に赤い光を放つ高い塔がいくつか建っていて、その光が辺りを赤く照らしている。周り中にデオ族の男女が歩き回り、活気がある町が広がっていた。石造りの家が建ち並び、露店があって肉や魚が売られている。レレリやシシルの言葉からもっと原始的な生活をしてるのかと思ったが、十分文明的な生活をしているようだった。


「ヨヨゴ隊長のお帰りだ!ヨヨゴ隊長が救世主様を連れ帰ったぞ!!」


「おおーーーっ!!」


 周りの人が私達を見つけ、すぐさま人だかりが出来てしまう。


「お前ら、道を開けろ。救世主殿はお疲れだ!」


「は、はいっ」


 ヨヨゴが一喝すると周囲に道が出来上がる。


「付いてこい」


「はい」


 私は恐る恐るヨヨゴに付いて行く。周囲が珍しがって私を見ているのが分かる。そうして自分が水着姿だった事に気付いて私の顔は真っ赤になった。しかしこの場で着替えるとは言い出せない。周囲の人々が私の恰好を見て何かつぶやいているのが分かる。なんでこんな羞恥プレイをさせられなければならないのだろう。もちろん自分で決めた事なので諦めるしかなかった。



「大きい……」


「これがレレリ様の城、アギラメ城だ」


 ヨヨゴはどこか自慢気に言う。今までの言動からヨヨゴがレレリの事を尊敬しているのが分かった。まさか自分がレレリから救世主を奪ってきたとは思っていないだろう。アギラメ城は石で出来た立派な城なのだが赤く塗られていて、装飾もとげとげしく、魔王の城と言えばそれらしい感じがした。


「お帰りなさいませ、ヨヨゴ様。

そちらのお嬢さんが救世主様ですね」


「ああ、そうだ。残念ながらレレリ様はおられなかった」


「そうですか。では私が救世主様を案内しておきます」


「頼んだぞ」


 城の中に入ると、ピンクの短髪の可愛らしい女性が寄ってきた。服装も他のデオ族と違って長袖に長いスカートで召使なのだろうと思われる。


「救世主様、ご案内致します。私はレレリ様のお世話係をしております、メメヌ・オツオと申します。メメヌとお呼び下さい」


「は、はい。私は木崎希蘭です。名前が希蘭です」


「キラン様ですね、分かりました」


 メメヌは笑顔で答える。角も尻尾も生えているが、目もまん丸で大きく、デオ族特有の悪魔のような感じはしなかった。


「こちらでお待ち下さい」


「分かりました、ありがとうございます」


 メメヌに案内されたのは綺麗に整理された部屋で、ベッドと机と椅子があり、とても居心地がよさそうだった。メメヌも出て行ったので私はベッドに倒れ込み、これからの事を考える。

 とりあえず水着のままはヤバいとバッグから下着とジャージを取り出して急いで着替える。バッグの中に赤い石があったので、レレリに言われた事を思い出し、それをジャージのズボンのポケットに放り込んだ。


(レレリに任せればよかったのかなあ……)


 ちょっと衝動的に行動し過ぎたのではと反省する。レレリの力が十分でなかったとしても、レレリはデオ族で一番強い筈で一人で何とか出来たのかもしれない。シシルだって青い星が出てたのだし、私を守る事は出来たのかも。でも、そうならなかった場合もある。あのまま続けてればレレリかシシルが怪我する可能性があったし、どちらにしろ周りのデオ族の人達は無傷では無かっただろう。

 そんな事を考えていると、“トンットンッ”とドアがノックされる。


「どうぞ」


 私は起き上がってベッドに腰かけ、返事をする。


「失礼する」


 入ってきたのは巨体のヨヨゴだった。以前のパンツ一丁の恰好ではなく、長袖長ズボンのちょっと変わった赤いスーツを着ていた。デオ族の礼装なのだろうか。


「何か?」


 私が聞いてもヨヨゴは答えない。ヨヨゴは入ってきたドアを閉め、鍵をかける。そこで初めて私は身の危険を感じた。自分は救世主だからどこかで安全だと思っていた。でも、そうじゃない。記憶の賢者が言った通り、誰もが自分に対して優しい訳では無いのだ。


「な、何をするんですか?デオ族に必要なのは私の血なんでしょ?」


「なぜそれを。いや、そんな事はどうでもいい」


 ヨヨゴはベッドの上の私の方ににじり寄る。どうしよう。手が汗ばんでくる。そうだと思ってズボンのポケットの赤い石を必死に握る。だが、レレリは飛んできてくれない。


「救世主殿」


「……はい」


 ベッドの端まで追い詰められた私は必死に声を絞り出す。


「無理矢理連れて来る事になってしまい、申し訳なかった!」


「え?」


 突然ベッドの前で土下座するヨヨゴに私は唖然とする。今まで大きく見えていたその姿も一気に小さくなったように見えた。


「これは俺が勝手にやった事で、レレリ様の命令では無い。どうか、レレリ様の事は悪く思わないでくれ」


 ヨヨゴは頭を下げたまま声を絞り出す。


「もういいですから、頭を上げて話して下さい」


「感謝する」


 ヨヨゴは頭を上げる。顔は恐ろしい。でも、よく見るとその目はどこか澄んでいるように見えた。


「俺はデオ族の守備隊長をしている、ヨヨゴ・クルクという。これでも一応レレリ様に次ぐ力の持ち主という事になっている。今回このような強硬手段に出たのには理由があったのだ」


「それはどうしてですか?」


「レレリ様の為だ。レレリ様が自分勝手なのは国民すべてが知っている事だが、今回だけは救世主殿が関わる為、国民は期待していたのだ。また、レレリ様と敵対する者もおり、救世主殿の奪取に失敗した際、それを理由に失脚を狙っていた。更にそれを聞いて血気盛んな若者が動き出し、国中は混乱したが、レレリ様は戻られなかった。だから俺自らレレリ様が向かったと思われる湖に出向き、レレリ様か救世主殿を連れ帰ると言って場を何とか治めたのだ」


「そうだったんですか」


 ヨヨゴは見た目に反して理知的な人物だったようだ。


「しかし、これは全てレレリ様に説明せずに進めた事、レレリ様にバレてしまったら俺はどうなるか。かといって放置すれば他の若者たちが勝手に動き回ってしまう。どうしようも無かった。

すまんな、愚痴ばかりで」


「ヨヨゴさんはレレリの事が好きなんですか?」


 何となくそんな気がして私は聞いてしまった。


「そ、そんな、滅相も無い。俺のようなただの力だけの馬鹿がレレリ様のような高貴で美しく、豊満な身体に欲望を抱こうなんてとんでもない」


「ふふふっ」


 図星だったようで私は笑ってしまう。少し慌てていたヨヨゴも落ち着いて、語りだした。


「……レレリ様は子供の頃からの憧れなんだ。城の周りの子供は皆レレリ様に育てられ、その素敵な姿、力強さを見て大きくなった。デオ族にとって強さは何ものにも代えがたいんだ。俺は必死に身体を鍛え、何とか守備隊長の地位まで昇りつめた。が、レレリ様は俺の何倍も強い。決して届かぬ、いや、届いてはならない存在だ」


 ヨヨゴの言葉でレレリが本当に慕われている事が分かる。そこまで人に好きになられるなんてレレリが少し羨ましいと思った。


「それで、私はどうすればいいんですか?」


「何もせずレレリ様のお帰りを待って頂きたい。血を採れとか俺が救世主殿を誘惑しろ、などという者もいるが、俺はレレリ様が戻るまではもう動くつもりは無い。逆にレレリ様が戻るまでは救世主殿を絶対にお守りする」


 ヨヨゴに湖で会ったレレリが本物だと伝えたいが、レレリの事を妄信してそうだし、信じてくれないだろう。レレリが私に好意を抱いていたり、本当の姿があの小さい方だと知ったらどんな反応をするかは興味がある。が、知ったらヨヨゴが落胆しそうで伝えてはいけない気がした。


「分かりました、レレリはしばらくすれば戻ってくると思います。私はそれまで大人しくしています」


「救世主殿、お心遣い感謝する」


 ヨヨゴは頭を下げて出て行った。あとはレレリが元の姿で戻って来れば問題は治まるだろう。とりあえずの危機が去ったので私はホッとしてベッドに横になる。そのまま私は眠りに落ちていた。



 身体が重い。腰の上に誰かが跨っているのが分かる。夜這い?誰が?再び恐怖を感じつつ私は目を開ける。


「起きましたか。申し訳ないが死んでもらいます。最後に言いたい事は?」


 ベッドの上で自分に跨っていたのはメメヌだった。手には刃物を持っている。


「ちょっと待って、なんで私が死なないといけないの?」


「うるさい、お前はヨヨゴ様と二人きりで何か話していたでしょ。ヨヨゴ様を誘惑するとは何て奴だ!」


 なんか誤解をしているみたいだ。そんなので殺されるのはたまったものじゃない。


「待って、私はヨヨゴさんみたいな人は全然好みじゃないよ。そもそも男の人に興味が無いし。ヨヨゴさんは私に謝りに来ただけだよ」


「ヨヨゴ様が好みじゃない?そんな訳ありません。あの人ほどデオ族の理想を体現した方はおりません。レレリ様に真摯に仕え、その身を捧げる姿は他の誰よりも美しいです」


 そこまで聞いて、私は何となく分かった気がした。


「メメヌさん、ヨヨゴさんの事が好きでしょ」


「な、な、なにを言う、貴様っ!!!!!」


 メメヌの顔が一気に真っ赤になる。ヨヨゴもメメヌも分かり易い。そしてメメヌが実らぬ恋をしていたのが分かった。


「安心して、メメヌさん。レレリはヨヨゴさんを好きになる事は無いから。だってレレリが好きなのは私だし」


「何を言ってるんですか。レレリ様とヨヨゴ様は関係無いでしょう。それに私はヨヨゴ様の事などこれっぽっちも……」


「好きってちゃんと伝えたの?」


 私がそう言うとメメヌは手に持った武器を降ろした。跨っている足からも力が抜けたのが分かる。


「……無理です。ヨヨゴ様は幼い頃からレレリ様一筋ですから。私の事も可愛がってくれますが、妹のようにしか見てくれません」


「メメヌさん可愛いからきっと大丈夫だよ」


「違うんです。デオ族は強さと肉体美が重要なんです。私だって強さはそれなりに鍛えました。でも、胸も身体も成長が止まってしまって。ヨヨゴ様の理想はレレリ様のようなダイナマイトボディです。私が及ぶわけありません」


 確かにメメヌの胸は私より小さく平坦に見えた。それでも本当のレレリの姿に比べれば十分大きい。私は少し悩んでから言う事を選んだ。


「メメヌさんは知らないと思うけど、レレリのあの姿は変身してるだけだから。本当の姿は私よりもメメヌさんよりも小っちゃいよ。湖でヨヨゴさんが戦ったのが本当のレレリだから」


「そんな訳ありません。あれはキラン様を騙す為に誰かがやっていたんだと聞いています」


「メメヌさんはレレリのお世話係でしょ。お風呂や寝ている所を見た事無いの?」


「レレリ様は必要以上に見られる事を嫌っています。誰もプライベートを覗く事は許されていません」


「だったら本当は小さい可能性だってあるんじゃない?」


 私はなぜか必死にメメヌを慰めようとしていた。


「……もういいです。あなたは私の悩みを知ってしまった。やっぱり死んでいただくしかありません」


 再びメメヌが刃物を振り上げる。


「え、どうしてそうなるの?ちゃんと話せば伝わるって」


 そう言いつつ、自分の想いは伝わらなかった事を思い出す。そうだ、みんながみんなうまく行くわけじゃないんだった。それがメメヌに隙を与えてしまった。


「ごめんなさい、死んで!」


 メメヌが思いっきり刃物を振り下ろす。終わったと思った。せっかくこの世界の為に何かしようと思ったのに。やっぱり私は無力なんだ。


(レレリ、シシル、ごめんね)


 刃物が私の喉に刺さる瞬間、光が溢れた。赤い光が部屋中に満ち、メメヌが天井に叩き付けられた。光は止まらず溢れている。


「何が起こったの?」


 私は起き上がり周りを見回す。メメヌは地面に落ち、ゆっくりと起き上がろうとしている。光の出どころはどうやら私みたいだ。よく見ると自分の下半身が光の中心だと分かる。まぶしいので薄目にしながらズボンを漁るとポケットからレレリからもらった赤い石が出てきた。光はそこから溢れている。


「それは……」


 メメヌが起き上がりゆっくりと私に近寄る。光は徐々に収まり、元のただの赤い石に戻った。


「メメヌさん、大丈夫ですか」


「キラン様、ごめんなさい。しかし、その石をどこで?」


「これはレレリからもらった物で」


「では、キラン様の言っている事は本当だったのですね。それこそデオ族に伝わる王家の赤石です。デオ族の王が愛する相手に送り、次の王へと受け継がれる物です」


「え?そんな大事な物だったの?」


 まさかレレリは初めて会った相手にそんな大事な物を渡していたとは。しかも、一回は捨てようか悩んだのに。


「失礼致しました、キラン様。あなたがデオ族の正当な後継者だと認めます」


 メメヌが跪き、頭を下げる。私は再び頭が混乱した。


「敵襲ーーーっ!!動ける兵士は正門に行けーーーーっ!!!!」


 そんな時、城の中に慌ただしい声が響いたのだった。

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