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3日目

「とにかく進んでみましょう」


 岩の裏に歪みを見つけたが、そこに入っていいか私が躊躇していると、シシルが中に入る事を提案してくれた。


「魔力の流れは感じるが、ただのカモフラージュだと思うぞ。危険は無いだろう」


「分かりました、じゃあ、3人一緒に」


 誰か先に入らせるのも、私が先に入るのも嫌だったので、3人横に並んで一緒に進む事にする。歪みの中に入ると視界が一気に変化した。岩陰だと思った場所は黄色い光に照らされ、明るかった。そして奥の山肌の中に金属で出来た大きな扉があるのに気付く。


「家?洞窟?」


「人の手が入ったものなのは確かですね。もしかしたらキラン様が探していた賢者の隠れ家かもしれません」


「おお、開いたぞ。歓迎してくれているようだな」


 レレリが扉が勝手に開いた事に気付く。ホワスはギリギリ入らなそうなので扉の外に置いていき、3人で中に入っていく。中は一本道の洞窟のような通路になっていて、所々に黄色いランプのような明りがあり、恐怖は感じない。少し進むと自動で入ってきた扉が閉まる。閉じ込められたのだったらどうしようと少しだけ不安になった。


「何、どんな化け物が出て来ようとあたしが相手してやる。今は紅い星が昇り始めたところだ、力は漲ってるぞ」


 小さいけどレレリが強い事は分かっている。化け物に殺されるという心配は無かった。たまに曲がったりはするが一本道なので迷う事は無い。少し進むと最初はジメジメとかび臭かった匂いがすっきりした爽やかな匂いに変わった。アロマでも焚いているのだろうか。そうしてまた目の前に扉が現れる。金属製だが入り口のものよりはずっと小さく豪華な意匠が彫られていた。扉は私達が来た事に気付いたのか、自動で開く。扉の中は通路より明るく、全体的に黄色い照明で照らされていた。いい匂いが更に濃くなる。そして部屋の真ん中には豪華な椅子に腰かけた人物がいるのが分かった。


「失礼します」


 声をかけてから部屋に足を踏み入れる。


「随分時間がかかったな。待ちくたびれたよ」


 部屋に入るとややしわがれた女性の声で返事が来る。女性、なのだろう。その人物はゆったりした白い服を着て、椅子に座っている。ただし、その顔には一切毛が生えていなかった。髪の毛はおろか、眉毛、まつげも生えていない。輪郭で女性と分かるが、皺も無いし、毛の無い頭は卵のような印象を与える。肌も白く、唇も同じく白いからだ。目の色は黒く、そこだけ穴が開いているように感じた。


「あ、あのあなたは?」


「そちらから名乗るのが礼儀だろう。まあ、お前らの事は知っているがな。異世界人の木崎希蘭、デオ族の王レレリ・トラト、アギ族の聖女シシル・ムオムだな。我は賢者と呼ばれる者の一人で記憶の賢者と呼ばれている。本当の名はもう忘れた」


 女性は記憶の賢者と名乗った。賢者。セダの少女が教えてくれたのは賢者の居場所だったのだ。


「あなたが賢者なんですね。良かった。私、他の世界から来たみたいで、元の世界に戻るには賢者に会うしかないって。お願いです、私を元の世界に戻して下さい」


「会っていきなり頼み事か。キラン、お前はこの世界に来て何も感じなかったのか?お前をここへ導いた者はどうなった?」


「それは……。確かにセダの少女は消えてしまって、この世界が崩壊している事は分かりました。大変な事だとは思います。でも、それはこの世界の話で、この世界の人達でどうにかすればいいんじゃないんですか。私には関係ありません」


 賢者に言われ、私は思っていた事を口走ってしまう。言ってから自分に不利な事を言ってしまったかと少し後悔した。


「正直なのはいい。この世界の者に対して懐疑的なのも正しい。だが、周りの者が皆そこの二人みたいにお前に対して友好的だと思わない方がいい。この世界に来てからのお前を見てきたが、我はお前の事が嫌いだ。自己中心的で我儘で危険な事は他人任せだ。本当ならここへ招き入れたくなかったぐらいだよ」


「賢者様、失礼ながら意見を述べさせて下さい。キラン様は突然召喚されて戸惑っているのです。何も出来ない身では元の世界に戻りたいと願うのは当然かと」


「あたしからも言わせてもらうぞ。キランを呼んだのはお前らだろう。それを気に入らなかったからって文句を言うのはどうかと思うぞ」


 私に対して賢者が言った事をシシルとレレリが庇ってくれる。


「シシル、お前はまだ何も分かっていない。自分の立場も役割もな。レレリ、お前は王だろう。そんな調子では民に愛想を尽かされるぞ。お前達は本当にその異世界人が正しいと思っているのか?

先に言っておこう。キランを召喚したのは回廊の賢者、キランを選んだのは先見さきみの賢者だ。我は召還に関わっておらん。ただ、キランに救世の為の道標となる事を頼まれただけだ。

が、キラン自身にその気が無いのなら協力などせん」


「ちょっと待って下さい。私は元々救世主になるつもりなんてありません。その話だと、あなたは私を元の世界には帰せないんですよね?だったら、その召還した人か、選んだ人の所へ案内して下さい」


「本当に己の立場を弁えない奴だな。お前が召喚されたのは救世主としてだ。それ以外の価値は一つも無い。元の世界に帰りたい?それは死にたいという事か?」


「私は帰りたいだけです。死にたいだなんて言っていません」


 この賢者が何を言っているのかが分からない。勝手に召喚したのはそちらだろうに。


「そうか、元の世界のお前がどうなっているか分かってないようだな。いいだろう、だったら見せてやる」


 賢者が手を叩くと賢者の頭上にスクリーンのような映像が映し出された。それは校門を出る私の姿だった。


「なんですか、それは」


「お前がこの世界に来る直前の映像だ」


 賢者に言われて私はそれを見つめる。先輩にフラれた直後なのだろう、傍から見てもふらふらと歩いているのが分かる。一応いつも通りの帰宅の道を私は歩いていた。そして車の往来が激しい大通りに出る。横断歩道の信号は赤、車は猛スピードで行き来している。


「え?」


 何を考えたのか、私は横断歩道へ足を踏み入れる。右から来る乗用車は私に気付くが、ブレーキを踏んでも間に合わない。私の身体は車に跳ねられ宙を飛び、道路のど真ん中に落下した。どう見ても重体だろう。


「嘘、こんな記憶無い。なんなの、この映像は!」


「だから、お前がこの世界に来る前の映像だと言っただろう。お前の魂はこの後辺りを彷徨っていた。そのままだと消えてしまうので、こちらの世界に案内してやったのだ。光を追ってきたのだろう?」


「確かに光を追ってきたけど。でも、ほら、肉体はここにあるし、怪我なんてしてない!」


「それはこの世界に来た時にお前の記憶を元に再現されたからだ。お前の本当の肉体はもう死んでいるだろう」


「嘘だ、そうやって元の世界に戻らせないようにしてるんでしょ!!」


 私は映像を見てショックを受けた。信じられない。いや、信じたくない。信じてしまったら全てが崩れ落ちてしまう。


「まあ、すぐに受け容れろとは言わん。部屋を貸してやるから少し休んで考えろ。もし、救世主として役目を果たす気になったのなら話をしてやろう」


「キラン様、確かにお疲れだと思います、少し休みましょう」


 私はシシルに強引に連れられ、貸し与えられた部屋へ移動した。


「ではわたくしは右隣りの部屋で休んでおりますので、何かございましたらお声がけ下さい」


 半ば錯乱気味だった私を無理矢理ベッドに寝かせ、シシルは部屋を出て行った。部屋は洞窟の壁を何かの塗料で塗ったよう壁で出来ており、全体的に白く、落ち着いていた。ベッドも清潔で布も上等な気がする。明りは薄黄色の物が点いているだけで、寝ようと思えばこのまま眠れそうだ。この部屋にもアロマのようなスッキリした匂いがして、少し心が落ち着いてくる。

 本当に元の世界の私は死んだのだろうか。見せられた映像はリアルで、現実味があった。確かに私に学校を出てから光を追いかけ始めるまでの記憶はない。ぼんやりとしていたのは確かだ。かといって車に跳ねられたのなら、その痛みを覚えている筈。それとも跳ねられた瞬間に肉体と魂が離れてしまったのか。そもそも死んだらどうなるとか、魂と肉体は別とか、そんな宗教観がしっかりある訳でもない。魂だけ異世界に来たなんて馬鹿らしい話にも聞こえる。魔法が使える世界なら、私の記憶からそれらしい映像を作って見せる事なんて簡単なのかもしれない。

 そんな事を考えていると“コンッコンッ”と扉がノックされた。


「はい、どうぞ」


 今更拒む理由も無いので返事をする。すると入ってきたのはレレリだった。


「まだ起きてたか」


「レレリこそ寝なくていいの?」


「まだ紅い星が出てる時間だしな。そもそもあたし達は二日ぐらい寝なくても大丈夫だし、寝るとしたら力が弱まる蒼い星が出てくる時だ」


 レレリがそう答える事で、シシルも出会ってから丸一日寝てなかった事に気付く。知らず知らずのうちに無理をさせていたのかもしれない。


「そっちに行っていいか?」


「別にいいけど。どうしたの?今更遠慮なんかして」


 普段は何も言わずに近くに寄ってくる癖に、今になってよそよそしい態度を取るのがおかしく感じる。レレリなりに気を使っているのだろうか。


「まあ、あんまり気にするな。賢者だろうが、嘘を言っている可能性もある。もし本当に肉体が死んでいたとしても、今この世界では生きているんだしな」


 レレリはベッドの端にちょこんと腰掛けると慰めの言葉をかけてくれた。やっぱり心配して来てくれたみたいだ。とにかく何か話していたい気分だったのでレレリに聞きたい事を聞いてみる。


「賢者って何なの?アギ族やデオ族とは違うの?」


「あたしも詳しくは知らん。少なくともあたしが生まれる数百年前から存在していて、知恵を授けてくれる存在として特別視されている。元がデオ族かアギ族なのか、別のルーツなのか、世代交代しているかも分からない。ただ、その言葉がこの世界の住人にとってそれなりに影響があるのは確かだ」


「そうなんだ。さっきの記憶の賢者は何か偉そうで、そんなに凄い人には見えなかったけどなあ」


「キランには分からないかもしれないが、あたしにはアギ族やデオ族には無い力を感じた。賢者である事は間違いないと思う」


 レレリが言うのならその通りなのだろう。私の頭は少しだけ回るようになってきた。


「ねえ、レレリは私がこれからどうすればいいと思う?賢者の言う通り救世主として世界を救う必要があるのかな」


「それはキランが決める事だ。あたしの希望は分かってると思うがキランにあたしの事を好きになってもらい、一緒にデオ族を救う事だ。が、あたしはそれを無理強いしようとは思わない。状況に流されるだけの人間はつまらないと思うしな」


「そっか。そうだよね……」


 他人に決めてもらう事は楽だ。でも、それで人のせいにするんならどうしようもないだろう。これは私が悩んで、決めなくちゃいけない問題なのだ。


「と、それは置いといて、今は少し休んだ方がいい。何かして欲しい事はあるか?あたしに出来る事なら何でもやるぞ。

その、多少恥ずかしい事でも……」


 そこでレレリはもじもじとする。言っているのは性的な話だろうか。しかし、レレリがそれで恥ずかしがるイメージは無かった。むしろ、無理矢理いたずらして来るぐらいかと思っていた。


「レレリって王様でしょ?そういう事は経験豊富なんじゃないの?」


「そ、それは……。

むしろ逆だ。王にもなると、むやみやたらと性的な関係は持てない。そういう行為は相手に弱みを見せる事になるからな。むしろ、あたしが認めるぐらいの者でないと許可出来ないんだ。あたしはデオ族最強で、釣り合うような男も女もいなかった。それに、いつもはあの成長した姿をしているだろ。行為は本来の姿でないと感度が弱くてな。

まああたしの話はどうでもいいんだよ。

……あたしはキランとならしてもいいと思ってる」


 レレリが急に歳相応の乙女らしくなって見え私は戸惑う。まあレレリの年齢は知らないのだけど。私もそういう経験は無いが、レレリは輪をかけて初々しいように見えた。それが今までとのギャップでとても可愛らしく見えて少しだけドキドキした。


「ごめん、私は好きな人以外とするつもりないから。

ありがとね、慰めに来てくれて。もう大丈夫だから戻っていいよ」


「でも……。そうだ、歌を歌ってやろう」


「歌?なんで?」


「これでも歌は得意なんだ。大人しく寝ない子供もあたしの歌を聞くと静かに寝てくれるんだぞ」


 子守歌という事だろうか。正直聞きたい訳ではない。でも、レレリは歌いたそうにしている。


「分かった、私も寝るから歌ってくれる?」


「ああ、任せろ」


『風に吹かれる綿毛のように

あなたの心も飛んでいく

真っ赤な空に私は思う

風よこちらに吹き抜けて……』


 レレリは歌う。とても綺麗な歌声だった。聞いた事無いけれど、どこか懐かしい曲。私はそれを聞きながら、いつしか眠りに落ちていた。



 “コンッコンッ”扉がノックする音で意識が浮かんでくる。自分が今まで寝ていた事に気付く。


「キラン様、起きておられますか?」


 扉の向こうからシシルの声がした。


「うん、入っていいよ」


 私は目をこすりながら上半身を起こす。


「すみません、起こしてしまいましたか?8時間ほど経ちましたので、もう起きているかと」


 寝てからそんなに経っていたのか。レレリは歌を歌って私が寝たからそのまま部屋を出て行ったのだろう。


「いいよ、8時間だと寝過ぎた位だし。それで、何か用があったの?」


「はい、賢者様の話はキラン様にとってショックだったと思い、それを少しでも和らげようと思いまして」


 シシルはそう言いながら何を思ったか、着ていた服を脱ぎだす。入ってきた時から服の上に鎧を着けておらず、全身を覆うローブのような服の下に下着も付けていなかった。ローブが地面にはらりと落ち、全裸のシシルが目の前に立っている。


「え?どういう事?」


「わたくしの身体はキラン様の物です。好きに使って下さい」


「ちょっと待って、それはどういう意味?」


 私は混乱する。目の前には一糸まとわぬシシルの姿がある。胸は予想以上に大きく、腰のくびれもとても細い。まさしく女神のようなプロポーションだ。見てはいけないと感じつつも、私の目は釘付けにされてしまう。


「疲れを癒す為にマッサージをして差し上げてもいいですし、わたくしの身体を触って楽しんで頂いてもいいです。もちろん、お望みでしたら性行為に及んでも構いません」


 まさかレレリよりシシルの方が積極的に誘って来るとは思わなかった。私は混乱しつつもどうしようかと悩む。もちろんこのまま帰って貰うのが正しいとは思う。でも、目の前の美しい裸体に触れたい誘惑がある。そしてレレリと同じようにシシルとも少し話したいと思っていた。


「じゃあ、ベッドに座って後ろから抱きしめてもらってもいい?」


「こうですか?」


 シシルはゆっくりとベッドに乗り、その上に座っている私の背後から優しく抱き締めてくれる。柔らかい胸の感触が背中に当たる。とても温かく、安心した気持ちになった。私はしばらくその感触を味わう。


「ねえ、シシルは賢者の事をどう思ってるの?」


「賢者様ですか?そうですね、そのお言葉はきちんと受け容れねばならないと思っております。ですが、わたくしにとって重要なのは賢者様のお言葉よりキラン様の事です。例え賢者様であろうと、キラン様を傷付ける事は許される事ではございません」


「ありがとう」


 シシルは抱き締めながら答えてくれる。耳に息がかかって少しくすぐったい。


「キラン様、いつの間にかわたくしの事を呼び捨てにしてくれましたよね」


 シシルが少し笑いながら言ってくる。そういえばそうだったと思い出す。


「ごめん、必死になったら呼び捨てになってたみたい。嫌だった?」


「違います、嬉しかったんです。レレリの事は呼び捨てでしたので、わたくしもキラン様に近付けたのかと思い、喜んでおりました」


「そうなんだ」


 完璧みたいなシシルもそんな事を気にしていたのかと思い、私もおかしくなって微笑む。そうしてようやくレレリもシシルも普通の人間の女の子なんだと実感した。徐々に自分の心がほぐれていくのが分かる。


「ねえ、私が世界を救ったらシシルは嬉しい?」


「それは勿論です。ですが、キラン様は元の世界に戻る事に決めているのでしょう?」


「うん、それは諦めてない。でも、もし私に世界を救う力が本当にあるなら、世界を救ってから戻ってもいいかなって」


 セダの少女に言われて引っ掛かっていた事。記憶の賢者に軽蔑された事。今まで良くしてくれたレレリとシシルの事。そして最後に私自身の事。色々な事が自分の中で繋がってくる。もしかしたら自分でも出来るのかもしれない。それが目覚めて辿り付いた答えだった。


「では我々の都ブレウに来て頂けるのですか?」


「ううん、そうじゃない。それだと私は元の世界に戻れないでしょ。シシルが言ってたのともレレリが言ってたのとも違う方法があるかもしれない。私はそれを賢者に聞こうと思う」


「そうですか。キラン様がそれを探すのでしたら、わたくしもそのお手伝いを致します」


「ありがとう、シシル」


 シシルの本心は分からない。でも、私はシシルにもレレリにも幸せになって欲しいと思っていた。



「少しは休めたかい?それで、考えは変わったのかね」


 十分気持ちの切り替えが出来たのでシシルとレレリを連れて賢者の元へ戻ると、彼女が問い掛けてきた。長い話になるかもしれないので私は賢者の正面のソファーのような椅子に座り、二人も私の左右に座る。


「元の世界に戻る事は諦めていません。でも、この世界の為に私に出来る事があるなら、それをしてから帰ろうと思います」


「そうか。まあ、及第点だな。我はお前を認めはしないが、他の賢者が選んだのだから力は貸そう。何が聞きたい?」


 正直気分がいい言い方では無いが、話は聞けるようだ。さて、何から聞けばいいのだろう。


「賢者ってなんなんですか?どういう理由があって私をこの世界に呼んだんですか?」


「賢者という呼び方は他の種族の者がそう呼んでいるだけで、自分達からしてみれば知識欲に駆られた変わり者だよ。それぞれが独立した個人で、知識も興味も人それぞれだ。だが、この世界を永続させたいという点では同意見で、その点でのみ協力関係にある。お前を呼んだ理由はこの世界を崩壊から救えるかもしれないからだ」


「それが分からないんです。世界を救うというのはレレリやシシルが言っていた、どちらかの種族を滅ぼす為の協力が出来るという事を言ってるんですか?」


「我にもその点は詳しくは分からん。だが、赤か青のどちらかの力を増す事が救世に繋がるとは思えんな。むしろ、その方法は世界の崩壊を加速させるだろう」


「そんな筈はありません。フフが導き出した答えでは世界は安定する筈です」


 口を挟んだのはシシルだった。シシルが信じていた方法を否定される事は許せなかったのだろう。


「確かにどちらかの力を増せば片方の種族だけ生き残り、一時的な安定は作られるだろう。だが、それは衰退への道だ。アギ族、デオ族の身体はそれぞれどちらかの星の力を吸収出来るようになっている。しかし、それは別の星の力があってこそ発揮されるものなのだ。今の世代は普通に生きられても、2世代目、3世代目の寿命はどんどん短くなるだろう」


「それは本当か?なぜそんな事が分かる?」


 レレリも賢者の言葉に疑問を投げかける。


「我が見てきたからだ。我は記憶の賢者、この世界の過去の記憶を全て引き継いでいる。かつて今と同じように互いの星の力が強まり、世界が揺らいだ事があった。その時はデオ族が戦に勝って青の力を弱まらせた。しかしそれはデオ族の生命力も弱らせ、デオ族を絶滅寸前まで追いやった。その時も我々が救世主を呼び、世界を安定させたのだ」


「それは本当ですか?その時の救世主は何をしたんですか?」


「争いを止め、子を成しただけだ。まあ、あの救世主は男だったし、アギ族とデオ族の女性との間に出来るだけ多くの子を産んだのだがな。生まれた子は星の影響を受けず、どんな環境でも生きられる。今となっては元のアギ族とデオ族に戻ったが、あの頃は種族の壁が薄れ混沌としていたよ」


 また子供を産む話になってしまった。救世主とはそういう存在なのだろうか。


「そんな話は聞いた事ありません。嘘をおっしゃっておりませんか?」


「嘘は言っておらん。まあ数千年は昔の話だしな。アギ族は汚らわしい過去として記録を全て消し去っただろう。デオ族はそもそも書物を残さないから数世代も経てば忘れただろう」


 シシルの疑問は即座に否定された。過去の話で数千年前と言われれば反論出来る者はここにはいない。


「じゃあ私も子供を産まないといけないんですか?さすがにそれは出来ません」


「いや、あの時と今とでは状況が違う。子供を産んでも解決出来んよ。これはお前がどちらかの種族に肩入れをしても無駄だと言う為の話だ。

虚無の時が出来たのは今回が初めてで、我にもそれを止める術は分からん」


「だったらここに来た意味が無いじゃないですか」


 口では偉そうな事を言っていたが、この賢者は過去の事を知っているだけで今の私も世界も救う方法も知らないという。


「意味はあっただろう。我の役目はお前に過去とこの世界の事を教え、覚悟を決めさせる事だ。あとはそこの愚かな二人にもな。異界の救世主とアギ族とデオ族。それらが手を組まねば世界は救えない。我の役目はその手助けだよ」


「賢者様、待って下さい。わたくしは救世主様の為に力を貸す事は惜しみませんが、デオ族と手を組む事など決して出来ません」


「それはこちらとて同じよ。あたしの力があればキランと二人だけでもどうとでもなろう」


 シシルもレレリも賢者の言葉に反発する。そもそも私だって勝手に覚悟が決まった事にされても困る。


「私にはあと8日しかないんです。その間に手を組んで世界を救うなんて出来るんですか?」


「それはお前の都合だろう。まあ8日間で出来るかはお前次第だな。キラン、お前は自分が無力である事は実感しているだろう?だからこそアギ族の知識とデオ族の力が必要だと言っているのだ。どちらかが欠けても世界は救えぬ。まあ、お前がこの世界を受け容れ、住人として暮らす事を選ぶのなら時間的猶予は増えるがな」


 賢者に言われて私は左右の二人の顔を見回す。どちらかを選べば十日という制約は消える。でも、それはしたくなかった。まだ希望は残しておきたい。


「レレリ、シシル、あと8日間の間だけでいいから、私に力を貸して欲しい」


「キラン様、お力を貸す事は当たり前です。ですが、デオ族と手を組む事は出来ません」


「アギ族は相変わらずだな。あたしはいいぞ。もしそれで本当に世界が救えるのなら、一時的に休戦してもいい。デオ族の者はあたしが言えば従うだろう」


「レレリ、ありがとう」


 本当に信用していいかは分からないが、とりあえずレレリの回答は嬉しかった。問題はシシルの方だ。


「レレリもこう言ってるし、シシルだけでもいいからデオ族と敵対するのはやめられないかな?」


「キラン様のご命令だとしてもそれだけは無理です。ですが、不干渉の立場でしたらわたくしにも出来ると思います」


「うん、今はそれでいいよ」


 シシルの精一杯の譲歩を私は受け入れる。これで少しは前に進める筈だ。


「それで賢者さん、次はどうすればいいの?」


「それぐらい自分で考えろ。と言いたいところだが、それだといつまで経っても世界が救われん。我の他に6人の賢者がおる。そのうちの誰かが世界を救う為の情報を持っておるだろう。そいつに会いに行け」


「その人はどこに居るんですか?」


「知らん。我ら賢者は情報の連携は出来ても居場所は知らんのだ。それが生き残る為の知恵でもあるのだからな」


 結局この賢者は偉そうだけどあまり役に立たないんだなと勝手に納得した。


「そうだ、北の湖で賢者らしき者を見かけたという情報があったな」


「レレリ知ってたの?だったら何で先に言ってくれないの?最初からそっちに行けばよかったかもしれないのに」


 突然思い出したようなレレリに不平を述べる。記憶の賢者から得られた情報は嫌な事が多かったので、そっちの賢者に先に会えればもっとよかったかもしれないと思ったからだ。


「国に戻った時に調べてやったのにその言い方はないだろう。キラン達がここを目的地として移動してたから余計な事を言わなかっただけだ」


「ごめん、調べてくれた事はありがとう。でも、そこに本当にいるの?」


「それは分からん。だが、他に手がかりが無ければそこへ行ってみるしかあるまい」


「湖でしたらホワスで半日で着くでしょう。デオ族の言う事は信じませんが、キラン様がそれでいいのでしたらご案内致します」


 シシルも何とか協力する姿勢をとってくれる。


「記憶の賢者さん、私もあなたの事は嫌いですが、情報をくれた事は感謝します。ありがとうございました」


「それはお互い様だ。まあ、この世界の為を思って、お前らの無事を祈っておいてやろう」


 賢者は最後まで尊大な態度で私達を見送った。外にはもう青い星が昇っていて、この世界に来てからの3日目も終わろうとしていたのだった。

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