第七話:帰還
馬車での旅も終盤に近づいていた。俺は、窓から見える田園風景を眺めながら、腿の上に頭を乗せて眠る猫耳の女の頭を撫でていた。
猫人族の双子の姉、ツウィスらは先ほどまで姉妹でおしゃべりに講じていたが、二人とも今は眠っている。
昼寝中のツアイはレイラの太ももに頭を乗せて眠っている。そして、レイラも目をつぶり馬車の揺れに身を任せていた。
眠っているのだろう。
ダークエルフのレイラは、猜疑心の強い女だがさすがに狭い馬車の中で一緒に過ごすとなると慣れてきたのだろう。
今では、金を持たないレイラも宿屋で遠慮がなくなっていた。ツウィスとツアイの三人で、遠慮なく飯を頼むと腹一杯食っていた。
俺が頼んでもいない料理が運ばれてきたので、金は自分で払えよと言った時のレイラの情けない顔を思いだす。
三人とも明るくて良い娘たちだ。
二人の姉妹は、よく歌を歌っていた。自分たちで曲を考え、歌詞を作るという。
何度となく馬車の中で二人は歌って聞かせてくれたが、思いのほか歌が上手い。あの時はしばらく、耳障りの良い歌声に聞き惚れた。
この娘たちは、酒場で歌を歌わせることにしよう。きっと、町の人気者になるだろう。
レイラは、長くて健康的な肢体と上を向いた大きな胸、くびれた腰で男たちを踊りで魅了することができるだろう。
アンダルシアに歌と踊りを取り入れたいというカトリーヌも満足するに違いない。
窓の外から見えるカールトン国最大の山脈が遠くに連なり、広大な原野が広がっていた。
視界の端に南地区の農家の家が見え始めていた。たった、九日間離れていただけだが随分懐かしい気がしてきた。
窓から入る風が清々しく顔を撫で、アルーナの町の生暖かい空気とは違ったものを感じた。
俺も、ここが地元と言えるようになったのだろう。
いつの間にか、俺も眠ってしまったらしい。目がさめると、すでに領主の家の近くまで戻っていた。
◆
領主の館に到着したのは夕暮れになる少し前になった。
御者が馬を止めると、領主と執事たちが俺たちを出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、サルバトーレ様」
執事と召使いが恭しく頭を下げると、領主は笑顔で俺のそばに来たかと思うと胸に手を当てて礼をとった。
「なぜ臣下の礼を俺にするんだ?」
「レベッカ様の眷属である私は、サルバトーレ様の臣下でもあります」
「お前は領主なんだから、他の者がいる時はそういうのはやめてくれ。レベッカに何を言われたのか知らないが、今まで通りでかまわん」
「かしこまりました。では、お疲れでしょうから中でお話しいたしましょう。して、そちらの女性方は?」
領主の視線の先には、レイラと二人の姉妹が不安そうな顔をして、馬車の近くで俺たちのやりとりを見ている。
ツウィスはレイラの手を握り落ち着かない様子で、俺の方を見ている。
大きな屋敷に連れてこられた不安が三人から伝わってくる。
「あの真ん中のダークエルフはアンダルシアで働く踊り子だ。小さい二人はおまけだ」
「……お、おまけって……ひどいにゃ!」
ツアイは、顔をしかめて抗議の視線を送って来た。この娘は人見知りしないが、姉のツウィスは俺たちの様子を伺うのみでいた。
レイラはそんな二人の手を握り返し、固唾を飲んで押し黙っている。
俺は、レイラたちに領主を紹介する。
「こちらは、このニブルの街の領主だ」
「スピアーズです。お嬢様方も、どうぞサルバトーレ様とご一緒に中へ」
不安そうな二人に気を使ったのか、笑顔を作った領主は女たちを手招きした。
召使いたちがレイラたちの元へと駆け寄り、荷物をそれぞれ受け取る。
取り上げられると勘違いしたのか、すぐに荷物から手を離さないレイラに、持ってもらえと言うと渋々手を離す。
「心配するな。領主からレベッカをアルーナまで送り届ける仕事を請け負っていた。その報告と報酬を受け取るだけだ」
「そうだったんですか……てっきり、こちらのお屋敷に奴隷として売られるのかと……」
「相変わらずだな。さっきも言っただろう、アンダルシアで踊り子をするんだと」
そうでしたと、はにかんだレイラは褐色の頬がほんのり赤くなる。お前たちも行くぞと、声をかけ館の中へ入ると二人の姉妹は慌てて駆け寄って来た。
「あのあの……セイヤは偉い人ですか?」
「あのあのっ、領主さんよりも偉い人なの?」
猫耳姉妹は、領主が俺に礼を取ったのを見ていたのだろう。領主には、もう一度念を押しておかなければならないか。
「ツアイ、ツウィス。セイヤは偉い人というより、怖い人かな。でも、私たちには優しいから心配しないの」
レイラは、二人にそっと耳打ちしている。聞こえているぞ。怖い人は一言多い。
俺は、居間に通されると大きなソファの真ん中に座った。三人の女は後ろに立っている。
「サルバトーレ様、二人でお話ししたいことが……」
「そうか……では、話が終わるまで、この女たちに何か飲ませてやってくれ」
「かしこまりました。お前たち、お嬢様方を食堂へお連れして何か冷たいものを召し上がってもらいなさい」
召使いの女が二人、レイラたちを連れ出すのを見届けると俺は言った。
「まずは、無事にレベッカをアルーナへ送り届けた。といっても、あの女に護衛なんていらなかったんっだろう? 俺を眷属にすることが狙いだったんだな」
「はい、そのような思惑もあったと思います。だが、レベッカ様はサルバトーレ様にも力を貸していただきたいという思いの方が強かったのは確かです」
領主は、膝に手を置き姿勢を正すと、下心があったことお詫びいたしますと深々と頭を下げた。
もともと、この領主との関係は悪くはなかった。
この街の裏街道をいく俺と表の世界の領主とは住む世界が違う。敵対するより共存する方を俺たちは選んでいた。だから、領主が俺の臣下になると言っても対等な関係は保ちたい。
「気にするな。レベッカとは話はついている。それに、そんなに低姿勢になられても困る。今まで通りでいい」
「そうおっしゃるのならば……ところで、エヴァンス様のお話はもうお聞きになりましたか?」
唐突に領主が切り出した。おそらく、その話がしたかったのだろう。
「何の話だ?」
「エヴァンス様が爵位を剥奪され、お亡くなりになりました」
「どういうことだ!」
出発時にはそのような話はなかったから、おそらくここ数日の話なのだろう。俺の脳裏にキャサリンの顔が浮かぶ。
領主は、キャサリンの父親であるエヴァンス伯爵が不正を働き弾劾され、処刑されたこと。さらに、爵位を剥奪され財産没収の憂き目にあったことを一気に語った。
「不正を働く男とは思えんが……」
「はい、私も伯爵がそのような方とは到底思えませんでした。なので調べさせたのです」
「それで、何かわかったのか?」
領主は隠密行動ができる諜報員を抱えているらしく、すぐ指示を出し情報収集させていた。
この領主もまた、王都から爵位を授かっている子爵。
王都や辺境の街への諜報活動も処世のためには必要だった。
「はい。まず不正に関してですが、どうやらエヴァンス様はロシズ伯爵の不正を追っていたようです。これは、商館ギルドに潜入させている男からの情報なので、間違いはないでしょう。ロシズ伯爵が税を横領していたのを調べていたようです」
「それならなら、なぜエヴァンスが不正を働いたことになっている……嵌められたのか?」
「そのようです。王都で兵士をしている者の話では、城郭でロシズ伯爵と口論になり、斬り伏せられたとのこと。その場にいた者には箝口令が敷かれ、ロシズ伯爵は翌日には元老院でエヴァンス様に罪をなすりつけ弾劾したそうです」
貴族が醜い権力争いをすることは常々だ。俺に取ってはどうでもいい話だが、エヴァンスはキャサリンの父親だ。無関心ではいるわけにはいかない。
「ところで、キャサリンはどうした。無事か?」
「はい、家を取られ、財産を没収されたのですが、ナミさんが保護されていると聞いています」
「そうか……。すまないが、ナミをここに呼んでくれないか」
領主は、手をパンパンと二度打ち鳴らすと執事が居間へ入って来た。すぐに、使いの者をやるように執事に指示する。
「サルバトーレ様はロシズ伯爵とご面識はおありですか?」
「いや、ない。少なくともその名前に覚えがないが、それがどうかしたか?」
領主は、言い淀んでいる。言うか言わないでおこうか思案しているのだろう。
「言いにくいことなのか?」
「いえ、お伝えするべきことですが、これを知ったらサルバトーレ様がロシズ伯爵を許さないだろうと思いまして」
「俺が、そいつを殺してしまうと?」
「……はい」
王都の伯爵を俺が殺せば、この二ブルの街に王都から兵隊が押し寄せ戦場になるのではないかと危惧しているのだろう。
「俺はそこまで直情的ではない。心配ない。話せ」
領主は、額の汗をぬぐうと顔を上げ、そして言った。
「ロシズ伯爵は、どうやらキャサリンお嬢様に何度か求婚を申し込んでいたようで、断られたため恨みを持っていたと。しかも、キャサリン嬢ではなく父親であるエヴァンス様を殺してしまえば自分のものになると思っていたようです。そのような考えを持っていたとの情報もありまして……実際、エヴァンス様の財産を引き上げる騎士団の一向にロシズ伯爵も同行されていました」
「一人娘だから、身寄りのなくなった女なら自分のものにできると……浅はかなやつだ」
「高圧的なロシズ伯爵は私にもキャサリン様を探せと……それと、サルバトーレ様を捕まえろと御命じになりました」
「俺をか……」
「はい、キャサリン様を誘拐した罪を被せて、捕らえよと」
ロシズ伯爵とやらは、キャサリンが俺の情婦だと言うことを知っていると言うことか。邪魔な男はこの機会に始末しようと言う腹なのだろう。
俺は女を囲っているわけではない。他に好きな男ができたのなら去ってくれたらいいし、結婚したい男ができたのなら喜んで送り出す。
ロシズは、俺がキャサリンを縛り付けているから自分に靡かないとでも思っているのだろうか。
「キャサリンはどう言っているんだ?」
「ロシズ伯爵が、王都に来て自分の妻になれば家の世話人ともども養うと仰ったのですが、お断りになりました」
それはそうだろう。父親が亡くなったばかりなのに、妻になれと言うのはキャサリンの気持ちを何も考えていない言動だ。本来、喪に服す時期に結婚という祝いを優先するとはな。ロシズはエヴァンスの死を軽く考えているのだろう。
キャサリンも、ロシズという男の腹の底を嗅ぎ取ったのだ。
ドアがノックされ、執事が入って来た。
「ナミ様が到着されました。お通ししますか?」
「ああ、かまわない。入ってもらいなさい」
領主がいい終わらぬうちに、ナミが息を切らせて走りこんで来た。
「セイヤ〜! おかえりなさーい!」
入り口からソファまでの距離を飛ぶと立ち上がった俺に抱きついてくる。
ドンと胸にくる衝撃も、ナミの笑顔と声に霧散した。
「さっき帰ったところだ。頑張っていたようだな、すまない、苦労をかけた」
「いいの、いいの。えへへへ、セイヤひさしぶりだどー!」
たった九日間不在にしただけで、こんなに喜んでくれるのなら今度は長期で出かけるのもいいかと、俺は意地の悪いことを考えた。女が会いたかったと喜んでくれることは男冥利に尽きる。
「大げさだな、九日いなかっただけだ。それより、キャサリンは無事か?」
「もちろんだど。おいらがロシズの野郎にキャサリンを渡すわけがないど!」
俺は、ナミを下ろすとソファに座った。ナミも隣に座ると、俺の顔を覗き込み笑みを浮かべる。
「どういう状況か、教えてくれ」
「はいの。……えっとね、ロシズがキャサリンを探していたからダンジョンに入ったって嘘をついたど。三階層のオアシスにいるって言ったら信じたみたい。あいつら、当分戻ってこないと思うど」
「ダンジョンに押し込んだのか。何人だ」
「ロシズの他に騎士や兵士が二十くらいかな。強そうな者はいなかったと思うど」
ダンジョンは地下二層、地上五階層あり、地上階以外は魔物が出る、それぞれの階層には階層主がいて倒さないと次に進めないようになっている。
もし他の冒険者が階層主を倒していた場合は、そのまま次に進めるため必ずしも階層主を倒す必要がない。あくまでも運が良ければだが。
地上三階層までとなると、数日はかかるだろう。たとえ王都の騎士でも、相当の手練れでなくてはたどり着けない。
それがわかっていて入ったとなると、よほど強い男なのか。それとも、勝てる算段もなく入る馬鹿か。
「セイヤ。あいつら馬鹿だら馬や荷車ごとダンジョンに入ったど。ギルドに入場料を値上げさせたから、がっぽりと儲かったど」
「そうか。ナミは機転がきくな」
えへへと頭を掻きながら照れるナミは、さらに続けた。
「あいつら一度ダンジョンから出て来たの。キャサリンを匿ってるのがバレたみたいで、竜牙会の事務所に来たんだど。でも、ダンジョンにいるって言ってやったら、また入っていたから、料金二倍だど。まぬけすぎて笑いをこらえるのに必死だったど!」
一度ダンジョンから外に出ると、再入場には同じ金額がかかるのだ。貴族ともなると大した額ではないようなので、ギルドと俺たちの取り分を多くしても問題はないだろう。
クスクス笑いながら、儲かった儲かったと喜ぶナミの頭を撫でてやる。すると、えへへと嬉しそうに目を細めるナミ。
領主は、そんな俺たちの会話を微笑ましく見ている。
「キャサリンは今どこだ?」
「オーガスト邸だど。あそこならロシズでも中に入れないだろうって思って、マーガレットに匿ってもらった」
大きな胸を、さらに反らしたナミは得意げになって言った。
ダンジョンに押し込んだのは、あわよくば魔物に倒されることを期待するのと、ダンジョンの中なら殺しても魔物のせいにできるからだろう。また、俺が帰ってくるまでの時間稼ぎにもなる。さすが相棒だ。
「ロシズを生かしておく義理はない。それに、キャサリンも安心できないだろう」
「だね。じゃぁ、やっちゃおうか。セイヤ」
俺たちのやりとりを見ていた領主が少し慌てた様子を見せる。貴族を殺すと後で何かと面倒なことになるのではないかと心配なのだろう。
「領主。心配はいらん。ダンジョンの中なら死んだところで死体を回収することも、検死に出すこともないだろう。魔物に食われたことにしてすることだってできる。口封じに騎士たちも皆殺しにする必要があるが、罪もない者を殺すのは偲びない」
「はい。仰るとおりでして。ですが、無駄な争いはよしたほうがよろしいかと」
領主との会話はこの辺で終わらせ、報酬をもらって帰ることを伝えると執事が袋に入れた金貨を差し出した。
報酬としては悪くない。俺は金貨を二枚取り出すと領主に渡して言った。
「すまないが、ダンジョンにいるロシズの動向を監視し、逐次報告が欲しい」
「わかりました。ところで、そろそろ、先ほどのお嬢様方もこちらにお連れしたほうが……」
「ああ、そうだった」
ナミがじっとりとした目で俺を見る。何か勘違いしているようだ。
ナミは腕を掴み引っ張ると言った。
「女か……また女を拾って来たのか?」
「拾ったのではない。ついて来たのだ」
はぁーと大きなため息をついたナミの肩を抱き寄せ、仲良くしろよと耳元で囁く。
「わ、わかってるど。女一人くらい増えてもおいらは気にしないから!」
言い終わらないうちに、部屋に通された三人の女が顔を出した。
ナミは、驚いて立ち上がると俺を振り返り、涙目で怒りを露わにした。
その勢いに、つい張り手が来るかと思って身構えてしまったほどだ。
「なんで三人なのよっ!!」
<つづく>
ちょっと他の作品に没頭しすぎて、こちらを更新していませんでした。
続きも執筆しかけているので、お待ちくださいませ!





